プロローグ
「梓ちゃんが、のうなってからまだ一年も経っとらんのに再婚やて」
「よーー、やるわ。ここいらじゃーー。誰もあいつの事は祝っとらん」
関西のとある場所にあるこの小さな小さな集落は、独自の文化を築き上げている。
俺は、同級生の山城大地の結婚式に出席する為に20年ぶりにここに帰ってくる事になってしまった。
「遠矢、わざわざ帰省してきたんか?」
「招待状が、丁寧に届いたからな」
「はーー。ここで、あいつを祝うやつなんてだーーれもおらんのわかっとって。一番大きな会場押さえてからに」
「やっぱり、祝福はされないよな」
「あったりまえで!梓ちゃんは、どんだけあいつに尽くした思っとるんや!俺らかって梓ちゃんが大好きやったやろーーが」
「確かにな……」
山城梓。旧姓深森梓は、俺達、野々花小学校のアイドルだった。
そんなアイドルが25歳になり選んだ相手が、山城大地。
「一年も経たんうちに、新しいやつと再婚しよるやなんて!俺は、許さんで。優馬なんてもっと許さんゆうてたわ」
「そういえば、優馬が来てないのはそれで?」
「ちゃうちゃう。遅れてくるとはゆうとった。何や、仕事がつまっとるらしわ」
「そうなんだな」
「許さんゆうたかって、優馬も結婚して子供もおるからなーー」
「そうだよな。もう、そんな歳だもんな」
「そんな歳って、まだ俺ら35やないか!えらいおっさんみたいにゆいなや!遠矢」
「ハハハ。確かに……。10年間の結婚生活。深森は幸せだったのかな?」
「さあなーー。死んだもんの考えとる事なんてわからんわ」
大きなため息を吐いて、やっちゃんは山城大地の両親を見つめていた。
さっきから、俺に話しかけてくれているのは矢坂隆二。あだ名は、やっちゃんだ!
やっちゃんの初恋は、深森梓で……。熊みたいな見た目と違って繊細な男だ。
やっちゃんは、二十歳まで深森梓に告白していた。
「ちょっと、煙草吸うてくるわ」
「うん」
やっちゃんがいなくなった。
俺は、周りの音に耳を傾ける。
「10年もおったのに、梓ちゃんがのうなってすぐに付き合った人と再婚するやなんて。血も涙もない男やなーー」
「わかるわーー。瀬野さん所の一樹君みたいに暫く一人でおるもんやよ。普通の人やないわ」
「あないな男を選ぶ。さっちゃんもさっちゃんやでなーー」
「ほんま、ほんま。昔から、かわっとったけどなーー」
この場所で、山城大地を祝う人間などいない。
周りの言葉からもハッキリとわかった。
「あーーらーー。遠矢君やないの?」
「あっ、お久しぶりです」
その声に振り返ると深森梓の母親だった。
「そんなかしこまらんでええんよ。元気してた?」
「はい」
「都会で、何や難しい商売しとるって聞いたけど……。れーー」
「深森さん」
「遠矢君、ごめんやで。呼ばれてしもたわ。まだ、こっちにいるん?」
「はい。三日ぐらいは……」
「ほんまーー。ほなら、また時間ある時に来てよ。お母さんの事で話したい事もあるから」
「わかりました」
俺は、深森梓の母親に深々と頭を下げる。
「結婚式。梓の母親も呼ぶってどうかしてるやろ?」
突然、背後から聞こえた低い声に振り返る。
「あーー。悪い、悪い。知り合いかと思ったわ」
そこに立っていたのは、日に焼けた角刈りのおじさんだった。
「いえ。大丈夫です」
俺は、苦笑いを浮かべながら会釈をする。
「ほんま、一樹君によう似とるから。まちごうてしもたわ」
「一樹君ですか?」
「あぁ!さっき、深森さんとも喋っとったやろ?ほんでや」
「えっと……」
「あーー。すまん、すまん。今の話しは忘れてくれ」
「ちょっと待って下さい。その一樹君と深森さんって何か関係があるんですか?」
「すまん。呼ばれてしもたわ。悪かったね、忘れて」
おじさんは、笑うと右下の奥歯の銀歯が見えている。誰かに呼ばれたようで足早に去って行ってしまった。俺は、深いため息をつく。
「でっかいため息やな?」
「やっちゃん」
「何を驚いとんや!今、話してた人、宮村さんやろ?何、喋ってたんや?」
「あっ、一樹君に似てるとか深森さんと話してたとかって……」
やっちゃんは、俺の言葉に首を傾げながら考えている。
「あーー。梓ちゃんのお母さんがきとったんか?」
「うん」
「そかそか」
やっちゃんは、「なるほど、なるほど」と繰り返しながら手を叩いていた。
「実はな。一樹の亡くなった嫁さんが梓ちゃんの職場の同僚やったんや。ほんで、山城が不倫しとるって騒ぎ立ててなーー。小さい集落やからな。すぐに広まるやろ?」
俺は、やっちゃんの言葉に大きく頷く。
「ほんで。梓ちゃんも会いに行けんなったんやわ。一樹と話す事が支えやったんやで。一樹の嫁さんとめちゃくちゃ仲良かったからなーー」
やっちゃんは、会場の案内の看板を睨み付けた。
「俺は、山城が梓ちゃんを殺した思っとる!」
その鋭い眼差しに、俺の身体に寒気が走る。
「怖い事言うなよ。梓ちゃんは、病気だったんだから……」
深森梓の死因は、子宮癌からの末期。
「癌なんてストレスが溜まってもなるんやで!山城が梓ちゃんにストレス与えたからに決まってる!」
「そんな大げさだって。ストレスは誰だって溜まるわけだし……」
「山城が不倫しとったからやろ?」
「やっちゃん?」
やっちゃんのその目は、何もかもを知っているようだった。
「悪い。笹山さんが来よったから挨拶行ってくるわ!もうすぐ、会場入らなアカンやろ?後で、ゆっくり喋ろうや」
「あ、ああ。わかった」
やっちゃんは、俺の肩をポンっと叩くと白髪のおじいさんの元に歩いて行く。
山城が不倫……してた?
俺の疑問を形にしてくれたのは、近くにやってきたおばさま三人組だった。
「大地君。不倫してたって聞いた?」
「聞いた聞いた。梓ちゃんが入院してる時に、看護婦さんとやろ?」
「そうそう。そのせいで、一度は寛解したけどすぐに再発したんやろ?」
「そうよ。深森さん嘆いてはって。殺したい言うてたらしいわ」
「だから、今日は旦那さん来んかったんやね」
「許さんってゆうてたらしいよ。この結婚も大地君も……」
「ほんまに、殺すんやない?昨日、包丁研いでたーー言うて。南さんが騒いでたから」
「こんな小さな集落で、殺人事件なんてやめて欲しいわ」
「ほんま、ほんま。もっと人が寄り付かんようなったら、ここらは過疎も過疎よーー」
「せやから、物騒な事件だけは起こさんといて欲しいわ」
おばさま、三人組は話しながら会場へ足を運んで行く。
どうやら、山城の結婚式がそろそろ始まるようだ。
俺も、会場であるチャペルへ足を運ぼうと歩き出そうとして止める。
(喪服……?)
俺の視線を止めたのは……。
その人は、おめでたい席に似つかわしくない格好をしていた。頭から足の先まで全身真っ黒だ。
ぞろぞろとみんなが会場に入って行く中。
その人は、ジッーーと会場の入り口を見つめている。
(もしかして……?)
頭を掠めた言葉を書き消せたのは……。やっちゃんが、声をかけたからだった。
「やっぱり、山城と付き合っとったんか?」
「彼女が死んだら、うちはいらんくなったらしい」
「せやかて。そんな死人に捧げる格好せんでもよかったやろ?」
「許せるわけないわよ。うちがどんだけあん男を支えた思っとるんよ」
「そうかもしれへんけど……。その格好で、出るんか?」
「ご丁寧に招待状までくれよったんやから!どんな格好しようとうちの勝手やろ」
「ちょっと待てよ!渚」
その名前を聞いた瞬間。
俺の記憶の中で一本の線が繋がる。
海東渚。彼女は、昔から深森梓のものが大好きだった。
『親友だったのにね……』
その声に、俺は振り返る。