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地球猫

作者: 大石次郎

17歳ともなれば諦めがつく。

部活は3年生だから、という理由でしかレギュラーになれないだろうし、勉強は部を引退してから死ぬ程予備校に行ってもまともに就職できそうで学費の安い国立大学は、コンビニもないような辺境の県の大学だけだろう。現地県民はおそらく燕麦等を煮た水のような悲しい粥が主食に違いない。

ネットで隠語で売ってる合法ハーブを毎日吸ってハイになっても俺のコミュ力じゃクラスカーストは中の上がいいとこだろうし、現実に部の先輩がどっかから纏めて仕入れてくる煙草を吸っても煙くて肺を燻しているな、くらいの感想しかなかった。

昼休みの中庭で、学校中のイジメられっ子を保護するとして集められている福祉部が、顧問で社会科主任のモリケルこと森藤温子(もりふじあつこ)の指示で男子は男子用ジェンダー服だという膝上丈のキュロットを穿かされて脛毛を晒し、女子は女子用ジェンダー服だという男子用そのままのダボついたスラックスを穿かされてトイレ行った後の上履きで裾を踏み、色々噂のある茶色い羽根共同募金への協力を必死で求める様子を色のはっきりしたネットニュース動画サイト用に撮影をされているのを見送ったりもする。モリケルは来年の市議会選挙に出るつもりだからもう露骨だ。

100均ショップから仲間と出てきたクラスで1番派手な見島望美(みしまのぞみ)が戦利品らしいトートバッグの中身をはしゃいで山分けしているのを見ても素通りするし、陰湿な櫛崎洋平(くしざきようへい)達がホームレスにバクチクを投げて爆笑しているのを見ても素通りする。

隣のクラスの 雨月真澄(うげつますみ)に関してもそう。学校で見聞きする範囲の雨月しか知らないが、ラクロス部、身長161センチメートル。Cカップ。成績は理系選択で中程度。今月下旬に夏休みを少し削って実施される臨海学校の実行委員。うなじの産毛の処理が甘く、特に冬場は柴犬のようになる。今の彼氏は吹奏楽部の副部長。前の彼氏はサッカー部のキーパー。中学の頃の彼氏は塾講師。サッカー部のキーパーの男が悔し紛れに言い触らす弁によるとマグロらしい。

過ぎてゆく。1つ下の彼女に「楽しくなさそう」と別れられても変わらない。

17歳ともなれば諦めがつく。皆、そうに違いない。



部活終わりはいつも半端な時間で、空いた電車に乗って揺られ、糸で吊られた人形みたいな気分で駅から出て、これは洗脳だな、と思いながらスマホに入れたマイナーなまま終わった邦楽バンドと煩くない程度の抽象系のインストとアフリカ音楽をわざわざヘッドフォンで聴きながらバスに乗り、誰も真面目に再開発しないから年寄りだらけになってきた死んだような住宅街で降りる。

俺の家に向かって歩く。ヘッドフォンを取ってもさっきまで聴いていた音楽が亡霊の泣き言みたいに耳に残っていて、混ざる。

耳の奥でウァンウァンと言ってるな、と思って俯いて歩いていると、


「ニャ~ゴ」


漫画みたいな猫の鳴き声がして顔を上げた。


「え」


道路の真ん中の宙に、地球猫(ちきゅうねこ)がいた。それは丸々肥った猫で、透けた腹が地球その物だった。大気の層まであり、台風も見えた。東欧で戦争も起こっているようだ。

可能性を3つ思い付いた。1、宇宙的存在。2、地獄の悪魔。3、俺が発狂した。

俺は理性的な方だから、3を推したい。


「どうした? お前」


「ニャ~ゴ」


呑気な物だ。ふわふわ浮いている。俺は近付いて、地球猫に触ってみた。腹はヤバそうなので頭や顎、足等を撫でてみる。ゴロゴロと満足げに喉を鳴らす地球猫。


「心理学的には何を表すんだろな? まぁ、いいか。じゃあな」


手に負えない、と思い。俺は立ち去ることにした。日曜辺り、カウンセリングでも受けてみようか。インチキの所には気を付けよう。いくらくらい掛かるんだろう? この間、マイナンバーに登録させられた俺の保険証って今、どうなってんだ? 親になんて話そう。面倒だな。

俺はそんなことを思いながら地球猫を通り過ぎてゆく。だが、


「ニャ~ゴ」


地球猫は宙を泳ぐようにして追ってきた。


「ついてくるなよ、俺が悪化するだろ?」


「ニャ~ゴ」


頬擦りしてくる。ダメだ。話にならない。

俺は無視して家に帰ることにした。地球猫は俺に纏わり付いたままだ。家に帰ると、地球猫は家族には見えないらしい。いよいよ俺の症状だと確信したが、コイツを観察することで原因がわかりそうな気もしてきた。


「暫くは様子を見てみるか」


「ニャ~ゴ」


風呂の浴槽に浸かりながら、地球猫の両脇を持って抱えながらそう呟いた。

腹の地球ではオゾン層に穴が空き、北極と南極の氷河が融けだし、海水の水位が上がりつつあるようだった。島もいくつか沈んでいった。



そうして地球猫と俺の共同生活が始まった。俺の狂気だからか? どこにでもどこまでもついてくる。いつもダラダラと宙に浮くばかり。1度試しに購買のコロッケパンの端を千切って差し出すとムシャムシャと食べだした。物を食べる!

俺は、ひょっとしたらコイツは宇宙的存在か地獄の悪魔の類いではないかた疑いだした。

ある日、俺は意を決し、左手で地球猫の顎を撫でて機嫌を取りながら、虫眼鏡で慎重に観察し、もう何年も授業でも使わないコンパスの針の先でロシアの国旗が付いた人工衛星を1つ、ちょんと押してみた。

それはあっという間に大気圏に突入してバラバラになって燃え、破片が随分先にあったオーストラリアに落ちて街と大地を燃やした。海に落とすはずが、実際落ちる場所がズレた。


「しまった」


俺は慌ててスマホでニュースで確認すると、オーストラリアで大変な災害になっている!


「ヤバいっ!」


「ニャ~ゴ」


地球猫は知らん顔だったが、大変なことになった! 俺は暫く自分の部屋で行ったり来たりして、フェアじゃない、という結論に達し、もう1度虫眼鏡で確認し、今度は日本の人工衛星を1つ押した。

さっきので感覚は掴んでいる。日本の本州のどこかに落ちるはずだ。俺のいる街の可能性もあるが、そこは仕方ない。

俺は滝の汗で、落下し、燃え、砕ける人工衛星を見守った。それは・・静岡の辺りに落ちた。すぐにスマホで確認する。清水市が焼き払われた。


「・・ごめん、清水市」


そして、改めて地球猫を抱え、よく顔を見た。


「お前、宇宙的存在なのか?」


「ニャ~ゴ」


「それても地獄の悪魔みたいなモノか?」


「ニャ~ゴ」


ダメだ。コイツはこの世界より上位の存在なんだ。


「お前を封印したいが、そんな方法はわからない。お前は俺についてくるし・・地球猫。俺は人里離れた所で暮らさなきゃならない。だが、今はまだ無理だ。数年は大人しくしていてくれないか?」


「ニャ~ゴ」


わかったんだか、わかってないんだか。それでも俺は翌日には部活を辞め、田舎暮らしや自給自足、農業、アウトドア活動について調べ始めた。要領がよくわからないが、キャンプの真似事をしてみたりもしだした。

大学で農業というのは時間が掛かり過ぎる。俺はアウトドアのインストラクターの専門学校に進路を定め、合わせて車の免許や簿記なんかも必要か? と勉強を始めた。パソコンも覚えた方がいいだろうと、中古の玩具みたいな物を貯金で買ったりもした。体力トレーニングも兼ねて週2日、土木作業員のバイトも始めた。

不謹慎かもしれないが目的ができた俺は生き生きしだしていた。同級生や部活の元仲間達や元カノは不思議がったが、説明はできない。

地球猫は相変わらずだった。呑気にしてる。キャットフードとマタタビと減塩鰹節と減塩煮干しをローテで与えていれば何も不満は無いようだ。簡単でよかった。

あと一週間で臨海学校だという時、バイトがあるので授業が終わると早々に下校しようとしていると、不意に雨月真澄に呼び止められた。


「何?」


「ニャ~ゴ」


話すのは初めてだが、遠い過去のアルバムの中の人物が話し掛けてきたような感覚だった。地球猫も退屈そうだ。


「協力してくれない? 臨海学校のキャンプファイアーで、モリケルのブランド靴を燃やしてやろうと思ってんだ私達」


私達・・グループなのか?


「なんで? 嫌がらせ? まぁ、好感度は最悪だけどさ」


「先輩がさ! 授業で意見したら、半年も因縁つけられ続けて自主退学に追い込まれて・・校長もモリケルの言いなりだし、他にも被害にあった子多いんだ! 福祉部の人達だって、今さら退部したら学校に居場所なくなるから・・だから! 私達っ、レジスタンスなんだ!! 選挙も絶対当選させたくないっ」


意外だった。全部程々にソツない感じで、線を引いた人だと思ってた。俺は勝手に理想の自分の振る舞いのようなモノを彼女に期待していたのかもしれない。


「なんで俺? 話すの初めてじゃないかな?」


「君、変わった。凄く力強くなった。って皆、言ってて、私もそう思ったから」


正直、グッときた。だけど、俺は人工衛星を2つも落としてしまった。それに、俺に近くなると、彼女も地球猫の問題に巻き込むかもしれなかった。


「ごめん、邪魔はしない。ごめん、雨月さん」


「ニャ~ゴ」


俺は地球猫を連れて雨月真澄に背を向けた。


「意気地無しっ!」


手厳しく怒鳴られた。済まない。猫に遭う前にちゃんと話したかった。



バイトを終えた。部活を辞めているので筋肉の疲労が心地いい。不思議なくらい人気の無い駅のホームのベンチで缶コーヒーを飲む。甘味が沁みる。働かないとわからない美味さだ。

地球猫の頭を撫でながら、ホームセンターで買った安い時計で時間を確認する。現場が遠く、ちょっと遅くなった。父に安い時計ばかり使っているとショボくれるぞ? と何度か言われたし、俺の範囲でアウトドア用のいい時計を買おうかな?

そう思っていると、


ポシュっ!


そんな音が複数して、何かが飛来し、俺の周囲に目に染みて呼吸が苦しくなる煙が充満した。


「なっ?」


多数の走る重い音と共に煙の向こうに、マスクを含め完全武装の軍人らしいのが俺のベンチの周りに集まり、全員俺に銃口を突き付けた。


「動くなっ! 反転退縮炉生体物はんてんたいしゅくろせいたいぶつを渡せっ!!」


「げほっ、げほっ、ハンテン? ・・猫のことですか?」


「猫、だと?」


「隊長っ! いますっ。ターゲットの右手ですっ、いや! ターゲット自体にも浸食がっ」


やたらデカいゴーグルの用な装置を身に付けた軍人が俺達を見て言った。


「ニャ~~~ゴォ」


地球猫は初めて不敵な表情を浮かべた。やっぱり、悪魔だったのか? お前??


「撃てっ!!」


隊長らしいのの号令で、一斉に機銃が俺1人に火を吹いた。為す術が無い。俺は穴だらけどころか、ミンチだろ? これ? 辛うじて最後に、雨月と必要以上に絡まなくて懸命だった。と思った。

だが、


「ニャアアアーーーーーーフゴォオオオーーーーッッッ!!!!!」


地球猫が吠え、全ての解体と再構成、が始まった。

ミンチにされた俺も軍人達もベンチも駅も、大小の小さな立方体に組み変わった。


「おっ? おお??」


駅や軍人達はバラバラの立方体のまま放置されたが、俺だけは元の無事な身体に組み直された。


「・・・」


それでも意識が遠い、身体が灰色掛かっている。なんだろう? 全てが遠く、それでいて俺の中にあるようだ。

世界はバラバラにされた。全てが浮き上がり、混ざって浮かんでいる。

阻止できなかった。そんな後悔を感じないでもないが、その意識も遠い。


「ニャ~ゴ」


地球猫は俺に擦り寄ってきた。腹の地球も混沌としていた。猫は駅やベンチをキャットフードや鰹節やマタタビや煮干しに再構成して旨そうに食べたりした。

全て、お前の気紛れの過ぎなかったのか。それも遠い、遠い、遠い・・


「・・・・・・」


どれ程そうしていただろう? 数年? 数十年? いや数千、数万、もっと途方もない年月が過ぎていた気もした。そもそも猫が餌を食べる意外の変化が止まっているのだ。ホームセンターの時計も時を刻まない。時が意味を持たなくなっていた。

それでも遠かった俺の意識が、1つ1つ、手繰り寄せられて、ある思いを言葉にした。


「雨月真澄。どこに?」


「ニャ~ゴ?」


地球猫は俺の制服の襟を咥えると、飛び上がった。俺は俺と共に組み直された学生鞄と、汚れた作業着が入っているはずの入っていた部内で一時期流行ったスポルディン社のバッグを浮かせたまま残し、引っ張られていった。



途中、光の渦が見えた。組み換えられた立方体の渦だ。たぶん、地球の核だった物が中心にあるんだろう。


「眩しい・・」


俺は呟いた。美しいと、今でも思えた。

猫は、俺を雨月真澄の元へ連れていった。


「これ、が・・」


「ニャ~ゴ」


それは小さな渦だった。ルルルー、と歌声が聴こえる。無限の年月の中で、彼女は歌う者として確立したのかもしれない。


「雨月、真澄」


歌が止まった。


「雨月真澄」


渦がゆっくりと組み直され始め、人に近い姿になり始めた。


「雨月真澄!」


雨月真澄は発光して、元の人の姿に戻った。なぜかラクロスのユニフォーム姿で、防具まで付けていた。

当人は仰天しているようだった。


「久し、振り」


「う、うん・・何、コレ? その猫は??」


「世界が、解体、された。この、猫で・・」


「嘘・・元に戻らないの?」


「戻る?」


意味がわからなかった。この状態は調和が取れている気がした。美しくさえあった。


「なぜ?」


「君、どうしたの? こんなの本当じゃないよ! しっかりしてっ」


「君?」


「貴方だよ」


「俺・・」


地球猫を見ると、ただじっと俺を見詰め返すばかりだ。俺は当惑し、雨月真澄を再び見た。雨月真澄はラクロスのアイガードを取った。


「忘れているの? 戻って、鏡田辰己(かがみだたつみ)っ!!」


「っ!」


俺の、再々構成が始まった。身体が色を取り戻し、意識が近く、俺自信に、戻った!


「鏡田君?」


俺は大きく息を吐いた。顔を上げる。


「雨月さん。ちょっと、世界を元に戻してくるよ」


「うんっ!」


俺は地球猫を、その腹をしっかりと抱えた。


「地球猫! 行くぞ!」


「ニャ~~~ゴォっ」


俺と地球猫は光の中心に向け、飛び出した。


「鏡田君っ! もうすぐ臨海学校だからーーーっ!!!」


雨月さんが後ろから叫んでいた。

俺と猫は、光の先で・・・



8月の体育館は窓と扉を全開にしても蒸し風呂だった。


「皆さんは、森藤先生がどれ程の心痛で苦しんでいらっしゃるかっ! わかっているのですか?! 心の病で亡くなる方もいらっしゃるのですよっ! 命の大切さっ、人権っ!! 何度も授業でっ」


教壇では校長が青筋を立てて、もう30分以上説教している。

全校生徒はGHQ仕込みの三角座りを命じられて一応座っていたが、既に3人熱中症や貧血で保健室に運ばれていた。

臨海学校で雨月真澄のレジスタンスが、モリケルが水族館見学や貝殻細工体験の引率等の外履きだが足場のしっかりした場所にゆく際に、他の教員に見せ付ける為に履いていたブランド靴をキャンプファイアーで燃やした件だ。

俺も、モリケルの手下の国語分野の教員の宮下が下駄箱近くに来たので缶ジュースを側で施設の廊下でわざと取り落としてぶちまけ、激怒させる等して足止めに協力した。

ただし勢い付いた雨月真澄グループがモリケルの鞄まで燃やしてしまい、中のスマホやらカードやら財布まで燃して警察沙汰になって大事になってしまった。

まぁ、証拠も上がらなかったし大丈夫だとは思う。

モリケルは面子を潰されただけでなく、同じ政治団体のライバルに追い込みを掛けられ、ケツモチの政党や支援者から切られて選挙に立候補できなくなり、そのまま休職してしまった。


「もう1度! 皆さんには命の授業を行う必要がありますっ」


唾を吐き散らし、白目を剥いて喚く校長。モリケルとケツモチが同じらしい。

あまりの形相に、普段はイキってるスクールカースト上位勢も、女子に影響力が高いとお目こぼしされてる見島望美グループも、最初は小声で冷やかしていた櫛崎洋平グループも、絡まれるのが嫌過ぎて大人しく三角座りをしていた。

ふと見ると、雨月真澄と目が合い、雨月さんは体育館シューズを片方脱いで小さく片手で掲げ、もう片方の手を拡げで燃すジェスチャーをして笑ってみせた。

俺も笑い返す。雨月さんはオーストラリアと清水市が無事なこの世界でも、吹奏楽の副部長と付き合っていた。まぁ、な。


「EU市民を見習いなさいっ!!」


益々激昂する校長。話し変わってきた。

三角座りをキープして、俺の、17歳の夏は終わっていった。

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