極大魔法
風魔法で魔力感知、魔力操作がより精密になっていった事で、極大魔法がどんどん構築できていく。
更に、体力がついたことで、魔力量も増え、魔力の練り方も更に緻密に行う事ができるようになった。
「もう少し、もう少し…」
焦る気持ちを抑え、魔力を練り上げる。
目を閉じていても、授業を受けていても、シリウスの噂がどこからか聞こえてきても…
「シリウス殿下と聖女様が仲睦まじく、城下を歩いてらっしゃったそうよ」
エリューシスに聞こえるように噂する令嬢は、なぜか勝ち誇った様子だった。
(それは原作第二章後半の、デートシーンね)
聖女という名の主人公が、壁ドンされ迫られたところで、追ってきた騎士団長子息がシリウスを阻むのだ。
(キャラデザの絵師様のイメージ絵、すばらしかったもの…。書籍化、コミックス化、アニメ化待ったなしだったわ)
現実逃避し、前世をぼんやり思い出す。自分が読んだのは何章までだったか…第六章でエリューシスが、処刑されたまでは覚えているのに…。
(あぁ、だめだわ。集中できてない)
魔力がぶれていく。エリューシスは苛立たし気に、ふぅと息をついた。
いっそのこと、と決断し数日学園を休んだ。
気づかわし気なカナリアには、「極大魔法がもう少しで組めるの」と伝えた。
気が散るからいけない、とさっさとした判断は間違っていなかったようだ。
魔力はどんどん練りあがり、極大魔法が構築されていく。
部屋の外まで漏れる冷気に、メイド達ががちがちと体を震わせた。
「あぁ、そう、これ…。これよ…」
うわごとを呟きながら、エリューシスの体から、白銀の魔力が漏れる。
エリューシスの自室にオーロラが出現した。
カーテンが風もないのにはためき、美しい窓の装飾に氷柱が張る。
胸元をぎゅぅっと握りしめた。
体内の豊富な魔力が隅々までいきわたるのを感じる。
「できた…極大魔法…」
彼女が立つその床に大きな氷の結晶と、氷華が刻まれていた。
エリューシスはスカルタス当主、エリューシスの父親に極大魔法の完成および習得完了の報告をした。
極大魔法は、その威力から試し打ちができない。
王国魔法師の師団長が鑑定し、極大魔法を有する魔力量と、魔力回路、を視る。そして裏付けされれば、王家への報告がなされる。
スカルタス当主は慌てて登城し、エリューシスの極大魔法の報告を行った。
「なんと、女性でその域まで達するとは…」
王国魔法師団長が、体を震わせ、素晴らしい事ですと畏怖を含みながら頷く。
彼自身も極大魔法の使い手であるが故に、才能だけではたどり着けぬ境地を知っている。
鑑定眼で、エリューシスを視た師団長は、感嘆の声を漏らした。
「間違いありません。エリューシス・スカルタス様、極大魔法の習得、おめでとうございます」
王家全員に通達され、また評議会を通し国全土へ発表された。
そしてあと少しで春の訪れを感じるだろうという頃、エリューシスの危惧していたことが起こる。
辺境伯領が魔物であふれかえったのだ。
ついに魔の森の防衛が突破された。
辺境伯の領民、および辺境騎士団は、スカルタス領への退却を余儀なくされた。
「お父様。いえ、スカルタス当主様」
「…言うな、エリー。」
エリューシスの言葉を拒否する父親に、エリューシスは(わたくし、愛されてますわね)と内心ほほ笑む。
しかしその決意は揺るがなかった。
「いえ、覚悟を決めてこの場におります。」
「エリー…エリューシス。おまえは…令嬢なのだぞ。」
「えぇ、スカルタス家の長女、エリューシス・スカルタスです。氷魔法であれば、わたくしの右に出る者はいません、と自負しております。我が氷魔法。民のため、国の為に…今この時に使わなければ、無用の長物です。」
スカルタス当主は、ぐっと目を閉じ、何かを耐えるように息を深く吐き出した。
「エリューシスよ。」
「はい、ご当主様。」
「その身、その魔法を、民に捧げよ」
「ご拝命仕りました。」
お読みいただきありがとうございました。