早い!美味い!あったかい!(お茶会)
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そして2年が経ち…
王家はエリューシスの奔放な様子に頭を悩ませていた。
弱冠9歳であるが、令嬢としての作法も目を見張る。家柄は言わずもなが。
ただ一つ、逃亡癖さえなければ。
そこで王家に朗報が入った。
スカルタス家に次女が誕生したのだ。
「いや、9歳差だぞ!?」
「うーん。別に珍しくもないと思いますが?」
「俺が19の時に、10歳…いや無理だろ。というか、お前はそれでいいのかよ」
もはやお茶会は30分で終わると思っている第三王子も、メイド達もゆっくり茶を出す事などしなくなった。
サッと置いて、サッと飲んで、サッと食べて、サッと退席!
おおよそお茶会のスピードではなく、牛丼屋だ。
「んー、サリアがどんな性格になるかにもよりますね。わたくしとしては、同い年のエントール家のご令嬢を推しますけども」
自分の代わりになり、次女が悪役令嬢になるのは本意ではない。
しかし、年齢差がありすぎて学園では殿下達と被らない。その上、次女が婚約者になった時点で原作から逸脱し、原作補正の消失確定するのでは、という浅はかな思惑もある。
王子はサロンの天井へ視線をやり、目を眇めた。
「序列6位のエントール公爵家か。あそこは身分は問題ねぇが、騎士の家系だからな。候補として入ってはいるが、王家の意向とはズレるんだよ。派閥的にも取り込むメリットはないな。あと何より令嬢が野心家っぽいから、陛下の覚えが良くねぇ。」
「ダメですか…。」
「野心家なのは悪くないが、“そう”と見えるのがアウトだな。公爵家の令嬢なら、野心を隠す術を身に着けろって話だろ」
エリューシスの唇が微かに曲がった。目ざとく王子はその変化を見つけて、睥睨する。
(まあ、王子の婚約者ってだけでめんどくせえのは、わかる。わかる、が…でも普通よろこぶもんだろ。あいかわらず変わってる)嘆息しながら、紅茶に口をつけた。
エリューシスとのお茶会は短時間のため、紅茶が冷める暇もないな、と気づいた。
「というか、お前は俺の婚約者にならなかったら、どうするつもりなんだ?」
第三王子からの全うかつ、初めての質問に、エリューシスが思わず笑った。
「そうですね…。婚約者候補からの脱落ならまだしも、婚約破棄、となると良縁はなくなりそうですね。誰かの後妻となるか、まあ、領地に引っ込んで…うーん。氷室屋でも開きますわ」
「は…?お前、なんでそこまで理解してて、こんな事するんだ?」
(普通、後妻なんて嫌じゃねえのか?それほど、俺と結婚したくないってのか?)
プライドを傷つけられたように、胸がジクジクと痛む。しかし、自覚しないまま、エリューシスを軽く睨んだ。
睨まれたエリューシスは、どこ吹く風。微笑みすら湛えて、第三王子をテーブル越しにちょいちょいと呼ぶ。
素直に顔を寄せる様子に、エリューシスは、ちょっと感動すら覚えた。二年前なら「お前が来い」と言っていたはずだ。…身分を考えれば当たり前だが…。
「んふふ、なので、候補のうちに脱落したいんですけど…。そうですね、殿下にはご迷惑をおかけしてますので、ちょっとお教えしますね」
第三王子は、迷惑かけてる自覚があんならやめろよと呟いた。エリューシスは華麗に無視する。
「わたくし、死ぬなら老衰が良いと常々思っているのです。」
「…は?」
突然の言葉に第三王子は目を見張る。
「若くして処刑されるなんて、ごめんですの」
「…誰だってそうだろ。」
「えぇ。そうですね」
ニッコリ笑って、エリューシスは席を立つ。
「本日はお招きいただき、ありがとうございました」
キッカリ30分経ったのか、エリューシスは今日もさっさと去っていった。
「つまり、お前は若くして処刑させられる、と?」
シリウスの赤い瞳が剣呑に煌めいた。
そのお茶会からシリウスの行動は早かった。
「殿下、こちらが調査結果となります。」
「ご苦労。」
少数ながらも自分の諜報機関を持つシリウスは、スカルタス家の情報を洗った。
結果はグレー。
どの貴族も行う程度の取引や、汚職はあったものの、娘であるエリューシスまで免責が及ぶようなものはない。
では、エリューシスは何を恐れているのか。
7歳を機に、急に振る舞いが変わったのは何故か。
シリウスは他者を慮る性質ではない。しかし、冷酷でもなく、愚鈍でもない。
たった7歳の少女が、自らの死を恐れて、周囲から叱責されるのも構わず、奔放にふるまう理由が何かあるはずだと、シリウスは思案する。
そしてそれは、自分との婚約が深く関わっている、と。
9才の誕生日以降のエリューシスの魔法の習得は、異様に速かった。
初級魔法に始まり、中級魔法、約半年程で上級魔法の一部まで習得していた。
エリューシスがどれだけ奔放に振舞おうと、どんな思惑があろうと、世情は考慮してくれない。
無常にもエリューシスが10歳を迎えた日に、シリウスとの婚約を告げられた。
「エリューシス、わかっているな?」
およそ娘にかける威圧ではない。スカルタス当主は、エリューシスに念押しした。
「この年までに王家の意向を覆せなかったお前の負けだ。」
「…。」
「もう少し上手く立ち回るべきだったな」
わたくしの力不足?原作の補正力?くそくらえだ。あれだけ逃げ回って印象を潰したのに、王家はマゾなのか。エリューシスは死んだ目で虚空を見た。
「明日より王子妃教育が始まる。これは国民の血税をお前に、お前の為に使うのだ。…逃げるなよ」
わたくしの負け?いいやまだだ。あきらめない。わたくしは、わたくしの命をあきらめない。
「…承りました。」
翌日から目まぐるしく、まさに秒単位で王子妃教育が組まれた。
生来真面目なエリューシスは、特に不満もなく教育を受けた。
シリウスとの婚約が確定したところで、王族との接触も増える。
王子妃教育の一環で、王妃とのお茶会が催された。
「ふふ、エリューシスは思慮深いのね」
コロコロと鈴が鳴るような声。
扇の裏では形の良い唇が、弧を描いている。
「過分なお言葉、光栄です。陛下」
エリューシスは色素の薄い美しいまつ毛を伏せる。
キラキラと光りの反射で煌めいていた。
その様子を、ほぅと王妃は眺める。
王太子の婚約者とも、第二王子の婚約者ともまた違う美しさと、危うさをエリューシスは持っていた。
まさに、スカルタスの至宝ね、と王妃は満足げだ。
評議会はエリューシスの奔放な様子に難色を示したが、王妃が強くエリューシスをシリウスの婚約者に勧めた。
「エリューシスの魔法は、本当に素晴らしいわ」
真夏の温室など地獄でしかないが、エリューシスの氷魔法によって適温に保たれていた。
微粒子の氷を温室の天井付近に舞わせる。溶けない氷が、キラキラと反射し、オーロラのようにも見える。
お茶を飲みながら、それらを平然とやってのけるのが、エリューシスだった。
卓越した魔法技術。そして10歳にして完成しつつある美貌。王妃を前にも引けをとらぬ貫禄。
「ふふ…わたくし、貴女の事を本当に気に入っているのよ?」
王妃は意味深にほほ笑む。
エリューシスは内心舌打ちするが、おくびにも出さず「光栄です」と返した。
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