氷魔法って悪役っぽいですわね!
万が一、第三王子の婚約者に選ばれてしまった際の布石として、エリューシスは、氷魔法の極大魔法を習得するつもりだった。
極大魔法の使い手は国に保護という名の管理をされる。
第三王子と婚約破棄に至ったとしても、極大魔法の使い手ならば、国は無下にできない。という思惑だ。
その為、エリューシスは7歳の誕生日から、魔力を練り上げ、氷魔法の修練に励んでいた。
「お嬢様!それでは自滅するだけですよ!」
一年かけて練り上げた魔力で、氷を生み出す。しかし、すぐに融けだした。それどころか指先が凍りかけてしまう。
騎士団員の一人が慌てて止め、魔力を霧散させる。
「うぐぐぐ…。氷ってわかってるのに、魔力を物質として出現させられないぃい」
形容しがたい恰好で苦悩する令嬢に、騎士は苦笑した。
「たった一年で、お嬢様程の年齢の子供が、ここまで達する方が恐ろしいです」
基本的に魔法は、早くとも十歳程度から習うものだった。
魔力の練り上げに体がついていかない、という点と、魔法にまわせるほどの魔力が、幼い体に身についていないからだ。
魔力とは生命力。
幼く不安定な子供が、安易に魔法として使う事は原則禁止されていた。
エリューシスが魔法の修練を許された理由はただ一つ。
エリューシスの魔力がすでに膨大だったからだ。
魔法を修練し、その膨大な魔力を、効率的かつ安全に発散させる。
それがエリューシスには必要になる程の、魔力量だった。
一年かけてひたすら、魔力を練り上げ、膨大な魔力に耐えうる魔力回路を作る。
幾度か漏れ出た魔力で、部屋を凍り付かせながらも、エリューシスは氷魔法に打ち込んだ。
エリューシスの自室は、真夏でも窓辺に氷柱がはる。
「おねえさまのおへや、すずしーい!」
弟は暢気なもので、真夏の氷室状態の部屋で、のんびりと過ごしていた。
「無意識に流れる魔力では、氷柱が出現しているのに…。意識的にやろうとすると、なぜできないの…」
初めての挫折、に打ちひしがれるエリューシス。
「普通は、無意識にできるものではないんですけどね…」
騎士は、エリューシスの手を温める。
エリューシスの子供らしい、小さな手は、しもやけで赤く腫れていた。
「ですがね、エリューシス様。魔法で身を滅ぼしては、本末転倒です。」
優しい手つきに、エリューシスは、思わずその手を見る。
「魔力操作は繊細な作業です。氷魔法師にとって、真夏は、環境からのレジストを強く受けます。つまり、氷魔法師にとって一番魔法を行使しにくい季節です。」
それでも貴女様は、その身を傷つけてしまうほどの魔法を、使えてしまうようになるのですね。
彼女の中にある魔力で、また一つ氷柱が増えた。
「いっそのこと、氷室の中で修練したらどうだ?」
シリウスからの全うな意見だが、エリューシスは首を振った。
「もうやったんですが、全てをべっきべきに凍らせてしまって、もはや永久凍土レベルにしてしまったので…」
貴重な氷室を壊せない。という事で室内訓練場で行う事となった。
「最初は俺も服を焦がしたりしたが、ここまでにはしてねーぞ」
室内の訓練場の床が、スケートリンクしかり凍り付いていた。
歩こうにも滑るため、メイドは外で控えることになった。氷魔法師である騎士は自分の魔力で足元を調整していた。
「殿下!中は滑ります!」
「見りゃわかる。俺の魔力でレジストすりゃいけんだろ」
シリウスが一歩踏みだすと、周辺の氷が融けだした。
氷魔法の氷は魔力なので、魔力がレジストを受けて霧散すれば、氷は融解し、消失する。
シリウスも例にも漏れず、非常に高い魔力と魔法技術があるため、苦も無く、訓練場の中央にいるエリューシスのそばまで歩いて行った。
「さすがでございます殿下…」
騎士は感動したように、賞賛する。
「ハッ無意識で出した氷魔法なんて、普通にレジスト可能だわ」
賞賛にすら当たらないとばかりに、面倒くさそうにするシリウス。
いえ、それができなくて皆入ってこれないんですけどね。
と騎士は乾いた笑みを浮かべた。
いっそ夏の間のお茶会は、訓練場でいいな。
と思いながら、シリウスはエリューシスの魔力を視る。
今日も元気に垂れ流してんな、と軽い冷気に身を任せた。
そして、あ、と目を見張る。
「お前、イメージが具体的じゃないんだろ」
「え?…イメージって氷って以外ありますか?」
「氷なんだが…氷と聞いて何を思い浮かべる。何をイメージする」
「???」
ますます首をひねるエリューシスに、騎士が助け舟を出す。
「私も最初、氷をイメージできなかったのですが、こう…具体的な印象深いものを作り出そうとすると、やりやすかったですね。ちなみに私は、故郷でよく出現していた、氷蜘蛛でした。アレが生理的に無理だったんですが、もう氷蜘蛛しか頭に出てこなくて…」
思い浮かべるのも嫌だったんですが…と顔を青くする騎士。エリューシスは、氷と言えば…と氷柱のはった天井を見あげた後、はっと胸元を握った。
「ありましたわ!わたくしの氷!」
目を輝かせ、両手を空中へかざす。
「【氷華】!」
垂れ流されていた魔力が、急に収束する。
床に這っていた氷も、天井の氷柱も全て融けだし、魔力がエリューシスに返る。
そして爆発した。
「おい、まてっ」
魔力の急激な流れに、シリウスは声を上げるが、間に合わない。
騎士が慌ててシリウスをかばった。
瞬間
膨大な量の、氷の華がキラキラと天上から降り注ぐ。
まるで宝石がばらまかれたように
氷華同士がぶつかり合い、シャラシャラと音が鳴る。
小さな華だが、確かな質量を以って
「あでででいてっいてててて!」
騎士の氷結界も打ち破り、シリウスのレジストをも破った氷の華が、騎士の背中に降り注いだ。
「あっあっ!ごめんなさい!」
慌てて魔力を霧散させると、美しい氷華も消失する。
「素晴らしいですお嬢様!美しい魔法でした!」
攻撃力もばっちりです!と背中をさする騎士に、エリューシスは慌てた。
「怪我してない?!ごめんなさい…」
「大丈夫です。殿下にも傷一つありませんよ。俺は氷結界の修行を今日からしますね!」
「で、でんか、その…」
騎士が庇わなければ、この国の第三王子に怪我をさせていたかもしれない、とエリューシスは顔を青くした。
「みてろよ…」
「え…?」
「お前の氷魔法、絶対レジストしてやるからな!みてろよ!」
「えっ?えっ??」
怒ったように訓練場を飛び出していったシリウスの背中を、展開についていけず、エリューシスは呆然と見ていた。
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