七歳のデート
その後もお茶会で第三王子が少しでも悪態をつけば、その通りにしてやり「殿下がそうおっしゃるなら、臣下としては従うほかありませんわ~!」とすべてまるっと第三王子のせいにして逃亡した。
逃亡回数が10回を超える頃になると、第三王子も学んだのか言動に気を付けるようになった。しかし、持ち前の負けん気と、思春期ならではの葛藤で、ついポロッと出てしまう。
「おほほほほほほほ、それでは殿下御機嫌よう~!」
「なーーーーーんで、俺がこいつに配慮しなきゃならねーーんだーー!」
華麗に退席する令嬢。
爆発する第三王子。
うろたえる家臣。
まさに阿鼻叫喚だった。
王太子はすでに隣国の第二王女との婚約が内定しており、第二王子は国内の公爵家の令嬢との婚約が内定間近。
貴族派の中でも、比較的穏健派とよばれる、筆頭侯爵とのつながりを持ちたい王家。
七歳まで元気にオラオラ俺様じゃい、をしていた第三王子はちょっと胃が痛くなった。
勉強?んなもんいらねえと、よく逃亡していた家庭教師達の講義を、これからは真面目に受けようと心に決めたのだった。(家庭教師達は泣いて喜び、エリューシスを祀る祭壇を作ったという)
趣向を変えて、お忍びで城下デートに!という側近の涙ぐましい努力を汲んだ二人は、城下に降り立った。
「わあ!わたくし、実を言うと城下でお買い物をするのは、初めてなんです」
お茶会の時とはうってかわったエリューシスの様子に、一同ほっとした。
(ちょっと最近やりすぎていたかしら?)
その様子にエリューシスは、今日はおとなしくしているか。と反省する。
「女の買い物に付き合う暇はねーんだがな」
エリューシスが反省した直後に王子が言い放つ。
「…解散してもよろしくてよ?」
バチバチと火花が飛ぶ二人の間に、護衛らは顔をひくつかせた。
嫌々、渋々、という態度を隠そうとしない王子と、表面上は平静を装いつつも、何をしでかすかわからない令嬢。
どちらが面倒くさいだろうか、と護衛の一人が死んだ目で城下の空を見上げた。
「ほかの候補者様のところへ行けばよろしいのに。殿下も大変ですわね」
「他人事みたいに言うな!お前が俺を困らせてんだろうが」
口をひん曲げてエリューシスに食って掛かる第三王子に、エリューシスはやれやれと首を振る。
「そんなに貴族派を取り入れたいのでしょうか。」
「新興貴族が台頭を表している今、王家も力を蓄えたいだろ。」
原作を読んでいた時には出てこなかった、国家の情勢。
七歳の幼子たちは、まるで老成した貴族のような雰囲気で、肩をすくめた。
(そこまでわかっているなら、普通に!普通に!していてくださいよー!)
という家臣らの苦労は、また別の話だろうか。
馬車から降り、やや高級志向な店が立ち並ぶ道を歩く。
(あの店、『かがスカ』で王太子殿下が、聖女と初めて行くカフェでは!?すごっ!聖地巡礼ってやつよねコレ!)
キョロキョロと周りを見渡すエリューシスは、幼子といった様子でメイドは微笑ましそうに見る。
どこか子供っぽさがないエリューシスにしては、珍しい様子だった。
「ちょっとは落ち着け」
走り出しそうなエリューシスの首根っこを掴む第三王子に、エリューシスは頬を膨らませた。
「犬じゃないんですから…。」
「犬扱いされたくないなら、令嬢らしくしとけよ」
「お忍びですもの!わたくし、今日は令嬢じゃないんですの!」
「なんだそれ」
二人にしては珍しく、軽口をたたきあう。
「でんっ んんー…セイリオス様、お嬢様、少し店の中に入りませんか?」
そうして、言われるがまま訪れたジュエリーショップでは、色とりどりの宝石が煌めいていた。
シリウスは偽名を呼び慣れない護衛に、じとりとした目を向ける。
「まだわたくしには早いわ…」
「いえ、お嬢様もこれを機にぜひ!」
メイドからの猛プッシュに、エリューシスも押され気味である。
「ほら、セイリオス様が選んでさしあげてください!」
二人の仲を取り持とうと頑張る護衛らに、エリューシス達は顔を見合わせた。
(面倒くさいですけど、ここで粘ると更に長引きますわよ)
(お前ほんと色気ねえな)
目利きはできるものの、七歳で身に着ける宝石選びなどしたことがないエリューシスは、第三王子に丸投げした。
「でn、いえセイリオス様~わたくしに~にあう~えーっと、ネックレスをお選びになって」
大根役者もいいところだし、適当すぎる注文に、(こいつ本当にどうにかしてやろうか)と第三王子は、本気でイラついた。
自分は常に第三王子として、敬われてきた。
他の婚約者候補も、有力貴族でさえ、色目を使ってくるほどだ。
それが、この女はどうだ。第三王子たる自分を面倒くさそうにあしらうなど。
「~~っお前なぁ!って、いない!」
怒り心頭、とばかりに戦慄き、怒鳴りつけようとしたが、目の前のエリューシスの姿がなかった。
急にどこへ行った、と辺りを見渡す。
「ちょ、おい!」
エリューシスは店の端にあるショーケースの前に立っていた。
熱心に見つめる様子に、シリウスは毒気を抜かれる。キラキラと装飾品を見つめる様子は、年相応の少女だった。
「なに見てんだ?」
「でん、セイリオス様に似合いそうだなって思って」
夢中で見ているのか、いつも丁寧な言葉遣いも、やや気安いものになっていた。自分のものを選んでいた訳ではなかったのか、と第三王子も同じくショーケースを覗いた。
小さな子供らが一生懸命背伸びしてショーケースを覗く姿に、周囲は内心で拍手を送る。
「なんだこれ?犬?」
「狼なんですって。目のところに茜色の宝石が埋め込まれていて、まるでセイリオス様みたいだなって」
ふふ、と軽やかに笑うエリューシスに、照れくさそうに頬を染める第三王子。
(こういうのを待っていたんです我ら一同!!)
平静を装いつつも、内心で滂沱の涙を流して喜ぶ、本日のお付きの者一同。
「じゃあお前はコレだな」
小ぶりの氷華を模したシルバーに、青藍の宝石が煌めいていた。
「かわいい…」
嬉しそうな様子に、メイドは平静を装えずサムズアップしている。
「お二人で贈りあいをしてはいかがですか?」
店員からの提案に、二人はおずおずと頷いた。
「わたくしの初めてのお買い物です…」
メイドから受け取った金貨を二枚店員に渡し、ちょっと感動しながら商品を受け取る。
「あぁ、城下に降りたのも初めてって言ってたな。」
「はい。ちょっと感動しますね、これ」
やや重みのあるそれを、エリューシスは第三王子の胸元のポケットに飾った。タイピンだったが、第三王子が、タイをつけていなかったからだ。
「ふふ、やっぱり似合ってます」
7歳の少女とは思えぬ微笑みに、店員も含め、皆、顔を染めた。
「セイリオス様もどうぞ」
家臣から受け取った金貨を店員に渡し、商品を受け取る。
「ったく…」
少女の細い首にネックレスをつけてやった。
幼い少女には、まだ大きいネックレスだったが、肌の白さも相まって、よく似合っており美しかった。
「俺が選んでやったんだ。合うにきまってんだろ」
照れくさそうに、ふんと鼻を鳴らす王子に、周囲は慌てて声をあげた。
「お嬢様お似合いですー!」
「いやー。でん、セイリオス様のセンスも抜群だなー!」
このデート終わらせてなるものか、と全員が拍手を送る。
そんな内心を知ってかしらずか、エリューシスはずっとそのネックレスを触っていた。
「うれしい…」
まろい頬が淡く染まり、色素の薄い睫毛が伏せられる。
そんな様子のエリューシスを初めて見た第三王子は、驚いたように目を見張った。
その日から時折、第三王子はエリューシスの事を「エル」と気安く呼ぶようになった。
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