03 釣り、始めました
朝から自転車でホームセンターにやってきた。購入予定なのは鍬かツルハシ。後、鉈と殺虫剤くらいか。丈夫な軍手もあればなおよし。
しかし、あまり種類がなかった。やはりネット通販の方が良かったか。剣鉈とかなんて売ってない。剣先が平らな枝打ち用の鉈じゃ……こういまいち気分が乗らないというかなんというか。
当面の繋ぎとして、三叉で刺さりやすそうな鍬とゴツい軍手、安全靴にハバネロソースと水鉄砲を計1万円程度で購入。
殺虫剤はハエやカ向けのスプレーなんて効かなそうだし、ゴキブリ向けも微妙な気がしたので見送った。嵩張るし。自転車の積載量的にもこの辺が限界だった。
鍬を担いで自転車で帰り、早速戦闘準備だ。
冷凍庫にあった豚バラ肉と鮭の切り身を電子レンジで解凍し、異世界ドア前に設置する。昨日のペットボトルも蜘蛛も綺麗さっぱり見当たらなかった。
腹が空いた。
なんで自分の飯を餌にしたんだろう。でもモンスターの好みが分かれば釣りが楽になるはずだ。
ここから見えるのは一本道だ。迷宮の突き当たりにこのドアができているらしい。
待つ事数分。
来ない。
おしっこしたい。
音を出した方が釣れるんだろうか。
いいや。迷宮で立ちションしたろ。
ここはウチのトイレだし!
始めて迷宮に踏み入れる。ジャリっと安全靴が小石を噛む音が響く。相当硬そうなゴツゴツとした岩の床だ。ほんのりと発光している左手の壁に向かって放水した。視線は通路奥を警戒だ。
「キィキィ」
「やべ、きたっ」
早々にジョロジョロ放水を完了しドアに飛び込む。土埃が自宅の床を舞った。
「新聞紙でも敷いとくか」
滑るようにやってきた脚の多い1メートルくらいの蜘蛛は、肉でも魚でもなく、できたてホヤホヤしている水溜りに一直線だ。水が欲しいのかそれともアンモニア臭がお気に入りなのか?
ひとしきり水溜りを堪能した彼は肉に食いついた。やはり魚より肉か。近くてドキドキする。トンボの幼虫みたいな口だ。左右から噛み合う牙は凶悪の一言。齧られたらごっそり肉を持っていかれるだろう。
ハバネロソース水鉄砲も用意しているが暴れられても困る。ここは鍬の出番だ。しかしどこを狙うか……。虫は致命傷を与えても中々死なないんだよなぁ……。
脚は10本だ。蜘蛛と同様に頭胸部と腹部が分かれておりそれらを繋ぐ腹柄は細い。ここを分断できれば一撃だろうが即死はしない。頭胸部から生えている脚は全然動き回るだろう。脚を落として機動力を削ぐ方が無難なんだろうか?
しかし、観察して考えているうちに逃げられるのも癪だ。お肉に夢中になっているうちにやらねば。
ここはとりあえず。
「脳天イッパーツ!」
自室から鍬を脳天に振り下ろす。
ざっくりと貫通した鍬が床と火花を散らした。
思っていたよりも軽い手応え。
鍬を刺したまま逃げようとするがそれほどパワーもない。
しばらく綱引き状態だったが、やがてピクピクと脚を広げて大人しくなり、砂でできていたかのように崩れて溶けていった。
迷宮に踏み出して消えた跡を観察するも何もない。
「魂は吸収できたんだろうか」
再び肺のあたりがカッと熱くなる。
『魂強度上昇。職業、農民を解放しました』
おおう。いきなりゲームチックなアナウンスが脳内再生されたんだけど。神の声ってやつか。本当に神に管理された世界なんだな……けど、農民?
思わずメインウェポンに目をやってしまった。犯人はこいつか。