27 下見しました
午前5時。すっかり早寝早起きになりつつある今日この頃。朝日がライジングしている中、自転車で自宅から数分の繁華街までやってきた。
ヒーリングマッサージをやる上でお客さんになりそうな人がいそうな時間帯に下見だ。
コンビニと牛丼チェーン店くらいしか開いてなさそうな早朝の繁華街。酔っぱらいが疎らに歩いてるが声をかける勇気はもちろんない。
占い師や絵を売る人のように路上で試験的にやってみるのもありかもしれない。二日酔い治りますとかのノボリ旗持って。酔っぱらいに絡まれそうだけど。
「納豆牛小鉢定食ください」
せっかくなので牛丼屋に寄り、朝食定食を頼む。
カウンターには食べてる途中で寝こけているおっさんやサラリーマン風の人もいる。皆眠そうな気怠げな顔だ。
「診断」
小声で呟き、視線を合わせていく。
サラリーマン風の40代男性
●軽度ストレス性胃炎、軽度睡眠不足
寝こけている60代くらいのおっさん
●リウマチ、痛風発作、軽度骨粗鬆症、アルコール依存症、肝硬変、酩酊
現代社会、病んでるなぁ……。
●急性胃炎、急性アルコール中毒、血圧低下、酩酊
奥のテーブル席で俯いている飲み屋のお姉さんらしき風体の女性がちょっとヤバそうな表示だ。意外と遠くまで届くんだな診断。
「小解毒」
奥のお姉さんには届かないか。カウンター向かいの寝こけているおっさんにも届かなそうだ。
「小解毒」
トイレに行くふりでおっさんに触れ小解毒をかける。身体から何かが抜けた感触があった。
「診断」
●リウマチ、痛風発作、軽度骨粗鬆症、アルコール依存症、肝硬変
酩酊が消えた。痛風発作は中解毒なら落ち着きそうな気がする。慢性の疾患はどうなんだろう。
朝定食がやってきてしまったので納豆TKGで流し込む。途中で店員さんがおっさんと女性を揺り起こし、おっさんは足を引きずりながらも意外と元気に、女性はフラフラと青い顔で会計を済まし店を出て行った。
「よくある日常なんかな?」
あんまり気にしてもしょうがないか。全員に魔法をかけて回るわけにもいかないし。
回復魔法の試し撃ちと久々の納豆ご飯と味噌汁を堪能して気持ちよくリーズナブルな会計を支払う。意外と一人暮らしするようになってから納豆も味噌汁も食べていなかった。日本の朝食って気がする。
帰ろうと自転車に目をやると、隣でさっきの女性がヒールを脱ぎ座り込み、比喩ではなく側溝に向け血反吐を吐いていた。
「おっふ」
やっぱ、ヤバかった。
「大丈夫です?救急車呼びますか?」
「……うるさい。ほっといて」
フラフラと酔っぱらいムーブだ。こちらを振り向きもしない。面倒な。あなたが支えにしているの俺の自転車なんですけど。
「ちょっと触れますよ。小解毒、小治癒」
ごっそりと自分の中から何かが抜け落ちる。目の前がグラグラと今度は俺が立っていられない。
「うわ、きっつ」
自転車を挟んで思わず座り込む。
「あれっ?」
お姉さんが何かに気付いたようだ。こちらを向いた顔にはさきほどの血の気のなさはない。
「診断」
●軽度びらん性胃炎
ぐらりと視界が歪む。だが効果は確認したかった。小治癒じゃ治りきらないが大分落ち着いたようだ。急性アルコール中毒が原因のものは消えている。
「飲み過ぎですね」
「何をしたの?」
「魔法のツボですよ。治りきってはいないので病院には行った方がいいですよ」
「なんか元気なんですけど!すごい!」
「今回はサービスですからね。勝手に使ったので」
「お金取るんですか!」
「ええ、まあ」
喋るのもしんどい。これ治るのかなぁ。
「どうしたんですか?大丈夫ですか?」
「力を使いすぎただけだと思う……そのうち治るので大丈夫」
「ねっ連絡先教えてください!」
黙っていると唐突に連絡先を聞かれていた。そんな感じで連絡先って聞くもんなのか。
「今度お客さん紹介してくれるなら」
「わかりました!」
MPが足りないのか具合が悪く、まつ毛すげーアイメイク派手だなぁくらいしか印象に残っていないが連絡先を交換していた。アユミさんと言うらしい。
「じゃありがとうございました」
俺は手を振りかえすのが精一杯だった。タクシーで送ってくれると言ってくれたが自転車もあるので丁重にお断りした。
めまいと頭痛にやられていた俺は昼近くまで動けず、なんとかフラフラと自転車を押して帰って寝た。