01 失業しました
目の前が真っ暗だった。
早めに出勤した職場の入り口には廃業しましたの簡素な文字が貼り付けられていた。
クビを宣告されるならまだしも、突然の廃業で未払いの給料も支払われるかも不明。当然の如く経営者に連絡もつかない。
新型ウイルスの流行で客足も遠のき、経営に不安を募らせてはいたが青天の霹靂だった。
俺が働き始めて3年。専門学校で柔道整復師を取ったにもかかわらず、ようやく仕事にありつけたのは資格不要なリラクゼーションマッサージの店だった。
階段を一段下りるごとに気分が沈む。なんでこんなに人生はうまくいかないのだろうか。この職場も決して良い職場とは言えなかった。社会保険など皆無だったし、残業代などまともに出すつもりもない。社員という募集で応募したのに、蓋を開けてみるとただの個人事業主だ。確定申告を自分でやらなければならないと知ったのは去年になってからだった。
それでも、こんな地方都市で仕事にありつけるだけでマシだった。
景気が悪くなった今から仕事なんて見つかる気がしない。
いや、選ばなければバイトくらいはある。でもそれだけじゃ暮らしていけないし、資格と無関係な仕事は専門学校を出してくれた親にも申し訳ない。
「なんで一人暮らし始めちゃったかなぁ…」
つい先日、親にそそのかされるままに実家を出、一人暮らしを始めたその家賃が重くのしかかる。
ツいてない。
いや、ツいてたことなんてなかった。
何をどう頑張ったところで何も変わりはしない。こうやって自分の意思と関係なく「振り出しに戻る」だ。何も残りやしない。
一人暮らしすれば彼女ができてラブラブ同棲生活なんてものもやはり存在してなかったのだ。
いつの間にか自宅前にたどり着いていた。無駄になった職場との近さが恨めしい。
鍵穴めがけてやや乱暴に鍵をさし、力強く回す。
「人類滅亡すれば良いのに」
『……その望み、果たすがよい』
ドアの向こうの見慣れた自室には、黒い光を放つ球体が浮いており、音ではない何かで話しかけてきた。
「……おばけ?」
『……否』
よく分からない圧力とともに否定の意思が返ってくる。
「なんだこれ? 会話はできるのか?」
現実感が薄いのか、それともまだ日中で明るいせいなのか幸い恐怖心は薄い。とりあえずドアを閉め施錠する。
『その望み、果たすがよい』
「果たせと言われても……何をどうやって?」
黒いピカピカさんによると神に見放されたこの世界の魂は薄っぺらくて使い物にならない上に、そのうち環境悪化で勝手に滅亡するらしい。そのうちって言っても数百年とからしいが。
テストケースとしてこの世界の人間が別世界で魂を鍛えることができるのかどうか試してみようとしてたところに、たまたま俺のヤる気に満ちた呟きがヒットしたようだ。
要は異世界と行ったり来たりしながら、魂鍛えて役に立たない人類を滅亡させちゃいなよってことらしい。
人類滅亡なんて本気で考えてたわけじゃないんだけど魂を鍛えられるかだけの検証でもいいらしい。わりと適当だ。というかタイムスケールが壮大すぎて人の一生くらいの時間なんて誤差みたいなもんなんだそうな。
向こうの人なりモンスターなり連れてくるとか、人類滅亡目的ならもっと良い方法がありそうなもんだけどとりあえず影響少ない範囲でお試ししてみるとのこと。よくわからん制約的なのが色々あるらしい。
もうそこのドアを開けると異世界なんだそうな。
そこトイレのドアだけどな。トイレ行かれへんやん。