人は理性でしか望まないものは決して熱烈に望まない
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話はまだまだ進みませんが、少し主人公の闇が垣間見えます。
「しかし、この学校はすごいな! 敷地の中にあんなにちゃんとした街があるなんて」
昨日、クラスの人との親睦という名目で街に出かけたノワールだったが、集まった人間のほとんどはこの男目当てであった。そしてそれは今も変わらない。たくさんの人に囲まれたフラムを横目に、ノワールは次の時間の予習を始める。前世にはなかったものだからか、ノワールは魔法全般の勉強が苦ではなかったし、得意であった。
やはり、日の魔力を持つという意味はとてつもなく大きいらしい。当たり前ではある。日の魔力を保有する人間などもうこの百年はでていないと聞くし、そも日の魔力は持っているだけで大事をなすことが運命付けられている、とまで言われているのだ。そんな人間がこの貴族の人脈作りの箱庭に入って来た日にはこうもなるのだろう。
(やっぱり、俺もフラムと仲良くしていくべきなのか……? マスターの考えはわからないが、入学のタイミングといい、任務はこいつに関係しているとは思うけれど)
そんな思考を巡らせながら、予習を続けるノワールだったが、周囲のざわつきで全く集中できない。それも全て隣の席で人間掃除機と化しているこの男のせいである。ランダムに席順が決まっているはずなのに、フラムが隣なあたり、やはり何か作為は感じるが、それはそれ。このままでは全く集中ができない。よく見ると、フラムも絡んでくる人の多さに困っているようにも思えた。
そのまま眺めていると、ふと目があってしまった。彼の瞳に懇願の色が浮かぶ。保有する魔力を存分に反映した明るい橙色は確かにノワールに事態の解決を望んでいるように思えた。
「はあ……」
思わずため息をついてしまう。仕方がない、穏便に散ってもらおう。ノワールは人払いの魔法を放つべくひっそりと魔法式をたてていく。この世界の魔法には発動の方法など人の数ほどあるが、根っからの理系人間であるノワールにとってはこの方法があっていた。
(人よ、散れ)
たてられた魔法式に魔力を通し、最後に言霊を乗せ魔法を発動させる。小声で唱えられた詠唱は即座に現実に干渉し、術者の望んだ結果を示す。
「あ! もうすぐ授業がはじまるんじゃないかしら」
「そうだね、僕たちも席に戻って授業の準備をしなければいけないな」
フラムに群がっていた生徒たちが一斉に自分の席に戻っていく。発動した魔法の残滓が薄く周囲に漂い、外からの日を受けて銀色にきらめいていた。ノワールはこの自分の発動した魔法の残り火を見るのが好きだった。
自分に集まっていた生徒の突然の変化にフラムもノワールが何かをしたことが分かったらしい。感謝の意を込めて頭を下げてくる。それに対して、自分で対処しろという意を込めてジト目で返してやるが、自分の心が浮き立つのは止められない。
「ねえ、あなた今何をしたのかしら?」
突然振られたその声に前を向くと少しキツめな顔立ちの少女がいた。名はティシール。姓は覚えていないが、中流貴族だったはずだ。保有魔力は火で特質すべき点はない。いまの魔法に気づくとなると魔力感知に優れている可能性はあるか。
「あなたには関係のないことです」
特に近づく必要性の感じられないただの人。ノワールは彼女とコミュニケーションをとる必要性が感じられなかったし、せっかく取り戻した平穏な時間を活かしたかった。
「なによ、それ。教室の中で突然何かも分からない魔法を使われたら気になるのはクラスメートとして当然でしょ」
気を悪くしたらしい彼女はそう呟くと、前を向き直した。ノワールは彼女の行動の意図があまりよく分からなかったが、とりあえず自習の続きを進めるのだった。
「魔法というのは、人の想いによって干渉される魔力という力を使って、物理法則を超越した現象を引き起こす手法のことです。その起源は古く……」
魔法基礎理論の授業。淡々と先生が講義をしていく形式であった。こんな形式だと多分授業を聞かない生徒も多いだろう。そう思って周りを見渡すと存外真剣に聞いているらしい。こんなの聞いても仕方ないのに、とあくびまじりにノワールは思った。
魔法とは想いの力だ。だから基礎理論なんてものは魔法を発動させるうえではくそほどにも役に立たないのだ。ノワールがそれっぽく魔法式を立て、魔力を流しているのはあくまでそれっぽさ故にでしかない。想いの純度が魔力への干渉力の強さとなるために、イメージを強固に持つことが重要なのだ。
(まあ、理論的な部分は学問的には重要だし、人の上に立つ貴族様にとっては重要なことなのかな)
ノワールにはあまりその感覚は分からない。彼女はマスターの下で働く下っ端として小さい頃から駆けずり回ってきた。そういう人の上に立つ感覚は想像もつかなければ、考えることもない様に調整されている。
想いの純粋さが魔法の強さを担保し、魔法とはそれ単体で戦場を覆しうる超自然的現象であるならば。どんな手法を駆使してもその純粋さを保とうとするのは無理のないことだろう。ノワールは自身に施された調整の数々にそう納得をしている。思考を制限し、マスターへの思慕の感情によって制御する。
この納得している感情すら作られたものだとしても、今の彼女には関係のないことだ。
だからこそ、そんなノワールにとって、ただの同じ場所に偶然いた者に対して関心を持つティシールという少女は、全くの未知の存在であった。