私は自分の人生を安っぽい生化学的トリックを中心には動かない
長編投稿は実質初なので初投稿です。
皆TS転生好きだよね、と言うことで性癖をぶち込んだ設定に
この世界には魔法とよばれる技能が存在する。
それはノワールがこの世界に転生した際にもっとも驚き、そして慣れるのに時間がかかった事実であった。そう転生である。ノワール・ド・ロシュフォールは転生者であった。それも並大抵のものではない、前世が男であり、今世が女である、いわゆるTS転生者というものであった。
TS転生というジャンルには賛否両論あるにせよ、一ジャンルとして特にサブカルチャー的な界隈の中で盛り上がりを見せていたジャンルであり、まさかそのような自体に自分自身が遭遇するとはノワールとて微塵も思っていなかった。神様とか悪魔とかそういった超自然的な何かの介在もなく、あっさりと記憶と意識の持ち越しに成功したのだった。
「あー、まさかこんなことになるなんて……。マスターは何を考えているのやら」
そんなノワールは今荘厳な門構えの建物の目の前にいた。華美な装飾が施された正門と、その奥に見える広大な庭園と建物群。魔法学校と呼ばれるその場所にノワールはいた。そのまんまの名称じゃん、と場違いな自分から目を逸らすためにツッコミを入れつつ、なぜこんなことになってしまったのかを思い出す。
「ノワール、君にはしばらく魔法学校に通ってもらうことになる」
「はい、マスター。……、今なんと?」
いつものようにマスターに任務遂行の報告を行なっていると、マスターから何やら珍妙な言葉が飛び出してきた。魔法学校? そんなものは名ばかりで将来魔法を使うこともない貴族の子女が集う社交場だろうに、と首を傾げるノワールにマスターは続けた。
「これは任務の一環として考えてくれていい」
そして、こちらに目線を合わせるようにしゃがんだ。
「私には君の助けが必要なんだ、出来るね?」
何も説明がないのに、誤魔化そうとしていると分かっているのに。
私をひつようとするその言葉に心が震える。
ああ、なんて私は単純なんだろう。
「ご機嫌よう、ロシュフォールさん」
すれ違いざまにノワールに挨拶を交わしていくご学友様。ノワールが現実逃避をしていくうちも次々と生徒がくるようだ。初日の挨拶は無事に乗り越えることができたと思っていたのに、この調子が延々と続くというのか。
マスター、やっぱり出来ないかもしれません。
ノワールは転生後、初めてマスターの指示に弱音を吐いた。
魔法学校は主に貴族の子女が将来の人脈のために集まる場所である。そのために「魔法の高等教育のため、全寮制とし修練に専念する」という名目で都市機能全体を囲い込んだ学園都市としているのである。外部との交流も最低限に抑えられ、彼らはその中で独自の関係を築き上げる。そして卒業後の人脈としてそれは活用されていくのだ。
特にポイントなのは外部との交流が最低限である、という点だ。これがおそらくノワールがここにいる理由だ。マスター、あるいはマスターの所属する派閥には何か魔法学校に干渉したい理由があり、その中継地点としてノワールが必要とされている、らしい。
「けれども、私に何をしてほしいかが全く伝えられてないんだよね……。報連相が大事だろうに」
まだ入学間も無く授業も何もない。簡単なガイダンスのみで学校は終わってしまい、あとは寮に帰るだけということで廊下を歩いてるときについこぼした独り言が目の前を歩くこの男に聞こえたらしい。
「ノワール、何か言ったか?」
「別に何も言ってないですよ?」
ノワールは笑顔でこう返した。そう、ここでポイントなのは笑顔だ。笑顔に拒絶の意思を乗せる。笑顔とは元来攻撃的な表情らしいから。会って二日目。自分で言うのもなんだが、ノワールは容姿が優れているらしい。だから、やたら馴れ馴れしいこの男は俺に下心満載なのだろう。
しかし、そんなノワールの拒絶を物ともせず、男は笑顔でこう続けた。
「親睦を深めるためにこのあと街に行こうとクラスの他の奴らにも声をかけてるんだ、よかったら来ないか?」
チッ、と思わず舌打ちをしたくなる。馴れ馴れしい、なんなんだこの男は。
輝かしいばかりの笑顔でこちらを誘うこの男は、フラム・エル・クレマン、この国で唯一の日の魔力持ちである。
「あなたは……、あなたは私に来てほしいんですか?」
「もちろんだ!」
「仕方がないですね、親睦のためですから」
他の奴らはもう向かっているぞ! 、とそっけなく返事をしたノワールを先導すべく歩き出したフラムを追って歩き出したノワールはマスターの任務がどうであれ、良好な関係を築く必要がある、と言い訳しながらも。
あとを追う彼女の頬がわずかに上気していることに気づいていなかった。