私は普通になりたかった 一話
私が小学生をしていて思ったことは「みんなと同じ」が一番楽だと言う事だ。流行りのギャグや流行りの漫画や流行りの映画や流行りのファッション。音楽や食べ物でさえもみんなと同じであることが義務付けられる。誰かにそう言われたわけじゃないけどそうしないと一人だけ取り残される。別にそれが原因でいじめが発生するわけでもないし、たとえそれが原因だったとしても、それは加害者側が適当に因縁づけただけで、被害者が「みんなと同じ」だったとしても気に喰わないとかアホみたいな理由でいじめを始めるだろう。
身近な人で言おう。
卒業まで独りぼっちだったあの少年はギターにしか興味がないらしい。自己紹介の時に「好きなものはギターです」と答え、他のことは一切興味がないと言ったらしい彼はその最たる例だろう。らしい、というのは彼とは英語スクールで会って、学年は一つ下なのだ。スクールの方針で学年関係なく授業を行っていたので、それなりに仲良くしていたが私が中学に上がってからはとんと話さなくなった。以前は登校中などに見かけていたが最近は彼を学校で見ないからもしかしたら不登校になってるのかもしれない。
彼にも色々あるのだろう。中学生は子供にとって大事な時期だからなーと他人事のように思う。
さて、偉そうに語ってきた私だけど周りとは違った趣味がある。他の子がどうか知らないので私の感覚で判断することになるけど、私は本、とりわけ小説が大好きなのだ。絵本や漫画ではなく文字だけで構成された小説に私は夢中になっている。それは小学校二年生の時に読んだ『坊ちゃん』がきっかけだった。それから私はユニークな登場人物や、まるでそこにいるかのように錯覚させる美しい文体を求めて小説を読みまくった。平日は三日に一冊、休日は二日に一冊のペースでどんどん読んでいった。周りの子供より多少大人びているのもその影響だろう。
そうして半年ぐらいが経っていつも一緒に遊んでた友達に私が最初に読んだ『坊ちゃん』を勧めると「難しくて私はいいかな」と断られた。
それだけならよかったけど場所が悪かった。そこは学校の休み時間の教室で、クラスのやんちゃ少年にその本を取り上げられ、私はその日からしばらく「根暗本」と呼ばれた。
そういう苦い思い出もあって私は普通でいることが大事なのだと考えるようになった。
本を読むことが優れていると言う事ではないとは思うけど、周りの人と違うと言うのは事実だ。だから私はそのことを隠すようになった。
◆ ◆ ◆
中学三年のとある夏の日。
教室の一つ一つに四十人前後の学生が詰め込まれている。みんな大人しく席に座って授業を聞いている。学校はまるで強制収容所みたいだ。待遇に違いはあれど、ある程度校則で縛られている私たちは囚人と呼ばれても差し支えない。
三年三組の教室の中で私は普通の学生と同じように普通に授業を受けている。この時期になると多くの学生は受験を意識し始める。関根唯、私もその一人だ。
学校の授業は進行が遅い。どの時間もすでに塾で教わったことを教えられる。塾に通っている人はそっちの宿題に追われているのか、内職に大忙しだ。本が好きなおかげか私は要領がよく、宿題は出された日に済ませるので学校の授業も全部聞いている。復習にこれ以上のものはないだろう。
「唯ー。勉強教えてー!」
友達の加奈子だ。
彼女は授業が終わると校則違反である茶色がかった髪を揺らして私に泣きついてきた。
「仕方ないなー。どこがわからないの?」
私が微笑むと彼女はやった! と顔を綻ばせた。
教科書を開き、分からなかった問題を示そうと加奈子が出した指を別の人物が掴んだ。
「こら唯、こいつを甘やかすなって」
私たちが顔を上げるとそこには美知留がいた。彼女も私の友達である。彼女は黒髪だけど赤いメッシュを入れている。しかもスカートを短くしたりして大胆に制服を改造している。
「いいじゃん別にさー」
彼女の意地悪な顔を見て加奈子が抗議の声を上げる。
「加奈子は馬鹿だから仕方ないと思うよ」
彼女も私の友達、優花である。彼女は小学生の時、私の勧めた『坊ちゃん』をバッサリと断った人だ。彼女とは今でも交友関係は続いている。今では私の趣味を知る唯一の友達と言える存在だ。周りの意見に流されず、自分の考えを臆面なく言葉にする彼女の性格は私によく合っていたのだ。
「助け船は嬉しいけど、酷いなー優花は」
「そうだな。加奈子は馬鹿だから」
と言って美知留は加奈子の指を離した。
わーいありがとーと加奈子は感謝の籠ってない謝辞を述べ、わからなかった箇所を私に示す。
「そんなんやっても無駄だろ」
「あっはは。違えねえ」
私達の様子を見ていた男子が茶化してきた。彼らは所謂不良だ。不良と言ってもスタンスは甘く、先生とも仲がいいし学校にもちゃんと来ている。不良予備軍だ。よくない噂のある先輩と付き合いがあると聞くことがあるが彼ら自身は無害なものである。
「うっせー黙れ弘光!」
「俺だけ!? 拓哉は……?」
加奈子は大声を返していた。ちなみに加奈子と弘光は付き合っているらしい。
なのであれも加奈子なりの彼氏との付き合い方なのだろう。私達は二人を笑って見ている。
そんなおもしろい反応をするから弄られるってことに加奈子は気づいてるのかな。
「唯もなんか言ってやってよ!」
やいやいと二人が言いあった末に加奈子が私に助けを求めてきた。
私は正しい返し方を知っている。こういう時は波風を立てないように普通にすればいい。私の知識と経験の中からこの状況にふさわしいセリフを取り出し、それをそのまま口に出した。
「弘光もその辺にしておいてあげて。加奈子が泣いちゃうから」
「泣かないから!」
加奈子がそう言うとみんなは笑った。五月ぐらいまでならそんな風な会話が次も続いていただろうが、今はそうでもない。夏休み前に近づき、受験を意識し始めるクラスメイトが増えた。私もその一人だ。優花や美知留もそうだろう。加奈子もきっとそう。
だから最近はこの辺りで会話を締めて自然と次の授業の準備に移る。
私は今の授業の範囲の復習に取り掛かる。優花はいつの間にかどこかに行っていた。美知留は次の授業の予習をはじめていた。加奈子も全く、と呟きながら自分の席に戻り始めた。
美知留や加奈子は不真面目そうだけど、案外受験生の自覚がある。
家の近くにある偏差値がそこそこ高い高校を狙っている私としては、この空気は嬉しい。こういう言葉は嫌いだけど敢えてカーストという言葉を使うなら、トップに位置する美知留と加奈子がこういう姿勢なので私のクラスは他のクラスと比べて勉強に適していると言えるだろう。
「陽ちゃんすごーい!!!」
……つい最近までは。
女の子四人がメインの話になります。よろしくお願いします。