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スクール・オブ・デッド 六話

 僕が話している間、河合はずっと静かにしていた。後半になるにつれ、彼女の表情がだんだん険しくなっていったのは僕から見ても明らかだった。

 僕は出来るだけ主観や思い込みを取り除いて話した。自分で話していて、なんて酷い話だと思った。

 いや、僕にも悪いところがあっただろう。例えば、腹が立ったから殴ったこととか。思えば、僕は椿や馬崎に期待を押し付けすぎたのかもしれない。彼らならできると思っていたのは僕の理想像に彼らを勝手に当てはめてしまっていたのかもしれない。僕の身勝手だったのだろう。

 しかし、これらは僕が体験したことに対しての僕の考えでしかない。どうしても僕の想像力でしか反省は出来ない。僕が正しいと思い込んでいることが一般的には正しくないのかもしれない。それが何かはわからない。だから僕はそれを教えて欲しくて河合に話したのかもしれない。

 そして彼女は言う。


「何と言うか……その。色々大変だったな」


 最初に彼女は同情した。


「一つ訊いていいか?」


「うん」


「学校に来なくなったのは……」


 彼女が言葉を詰まらせる。続きを察して僕は答える。


「それが大体の原因。一か月後くらいだったと思う」


 部活をやめた後、僕は学校という物が大嫌いになった。あんな人間が教師として存在しているこの場所が受け付けられなくなったのだ。

 そうして僕は学校に行かなくなった。


「そっか。あの先生、そんな人だったんだ」


 河合は寂しげに言った。きっと先生とは仲が良かったのだろう。


「ねえ。河合はどう思った?」


「何が?」


「僕はどうしたらよかったと思う?」


 僕が聞くと河合は少しの間黙った。悩む素振りを見せて、彼女は僕に言う。


「もしかして篠宮は自分が頑張ればどうにかできたって考えてる?」


 察しがいい。僕は素直に答えた。


「もしかしなくても」


 河合は即答した。


「無理だったんじゃないかな」


 虚を突かれた。彼女の言葉が意外だったからだ。


「その時のことをあたしは知らないからわかった風に言いたくはないけどさ、篠宮が篠宮としてやることはやったんじゃないの? 何と言うか、そりゃあもっと話し合いをするとかできたかもしれないけど、それは誰でもできることじゃないって言うか」


 どう言えばいいか困ってるみたいだ。僕は彼女の言葉を待つ。

 やがて彼女は僕を指差して楽しそうな決め顔でこう言った。


「そう。篠宮は一生懸命だったんでしょ。悪いことなんて無い」


 悪いことはない。その言葉に僕は肩の力が抜けていくのを実感した。優しい言葉が僕の思考を緩やかに加速させていった。

 反省点はあったけど。彼女の言う通り、僕が彼らともっと話をしていれば僕は軽音部をやめなくてもよかったのかもしれない。当時の僕はそんなこと考えもしなかった。ただ僕は期待して待っていた。それが正しいと思って何もしなかった。しようと思っていたのを我慢して、爆発したのだ。一生懸命だった。それも彼女の言う通りだ。

 僕がこうしてあの時の事を振り返ることができるのはきっと、河合と言う余裕ができたからだ。相談できる人がいる。

 そんなことが自覚できてしまうと急に恥ずかしくなってきた。

 だから僕は上ずりそうな声を押さえて、言った。


「うるさい」


「うるさいって何だよ。こっちは真剣だってのに」


 河合は結構怒った。

 照れ隠しだよバカ。そこは察してくれないのかよ。

 いい感じだったのに台無しだ。

 でもここで僕が下らない意地を張れば彼女と妙な空気になるかもしれないので、仕方なく僕が折れることにした。まあ確かにいきなりうるさい、なんて言われたら腹が立つな。


「ごめん何でもない」


「ならいいけど」


 河合が腕を組んで鼻を鳴らす。

 それと同時にタイミングを見計らったかのようにチャイムが学校中に響いた。昼休みが残り五分であることを知らせるチャイムだ。だらだらと話していた学生たちもこの音を聞いて次々と教室へと返っていく。

 僕たちもそろそろ帰ろうとなり、食器を指定された場所へと返す。おばちゃんに一言礼を言って入り口かつ出口のドアに向かった。


「お、悪いな」


 そう言って僕らの先に出たのは二人の男子。ドアの前でバッティングしてしまったのだ。どうぞと譲ると二人は歩いて行った。何か楽しげな雰囲気で話をしていたけど内容までは聞き取れなかった。


「え、どうしたの?」


 隣の河合は茫然としていた。もの凄い衝撃を受けたのか我ここにあらずと言った感じだ。

 顔が格好いい系なので見ようによっては重大な悩みについて考えているようにも見えるのでずるい。


「いや、今のって神代君だろ?」


 誰だよ。

 そんな僕のツッコミは顔に現れていたようで、「もしかして知らない?」というこいつどうやって生きてきたんだと言わんばかりの余計な一言から河合が説明してくれた。


「神代君は一年前のドラマで超有名になった人。知ってはいたけど本当にいたんだな」


 口ぶりから察するに、この学校にいたことは元から知っていたのだろう。又聞きなのか審議は曖昧だったが今真だと確定したと。どっちにしろテレビなんて一切見ないので僕は誰だか知らないけど。


「僕は知らない人だけどね。それより行こう。授業が始まる」


 教科書を持っていないくせに僕はそんなことを言う。そうだなと河合は返し、僕らは食堂を出た。

 興味のないことをさも興味ありげにするなんて僕には出来ない。馬鹿にしているのではなく、何も感じないのだ。

 普通の人はそれを当たり前にしてるんだろうか。そうだとすると僕は皆を尊敬しないといけない。趣味が一致している友達ならいいけど、一致しない友達もいるだろう。あ、そっか。友達ならお互いの事を知りたいと思う。興味のなかったことにも自然と目が向いて行くのか。そう思うのは実際に僕が河合の好きなものが何か気になるからだ。

 ん? あれ。そういえば僕は河合について何を知ってるんだろう。

 不意に僕は気になり始めた。隣でスマホを弄る河合を横目に彼女について知っていることを挙げてみた。

 クールな女の子、同い年、隣のクラス、そして、路上ライブをしている少年《僕》に話しかけようと思った奇特な人間。すぐに思いつくのだけでこれだけだ。いや、少なすぎるだろ。

 河合の事を知らなすぎる自分に落胆する。が、それも当たり前と言えば当たり前だ。僕と彼女は出会って一週間やそこらだ。入学後や新学年すぐであれば仲良くなるには相応の時間だろうが、今はそうではない。すでに人間関係が出来上がっている。この短期間で昼食を一緒に食べるようになったのだからむしろ早い、のか?


「僕と河合って仲良しなのかな?」


 つい口に出てしまった。

 隣の河合はしっかりと聞いていてスマホから目を離していて、彼女の綺麗な眼球には僕が映っていた。


「そんな答え辛い質問はするな」


 彼女はそう言ってスマホに目を戻す。

 言葉こそ乱暴だが、込められた気持ちが僕にとって嬉しい物だと言うのは、彼女赤くなった耳を見れば明らかだった。

 もう休み時間は終わると言うのに、階段を下りて行く男子を避けて二階へ上がる。廊下には何人も人がいた。ロッカーの中に置いてある教科書やノートを取っているみたいだ。僕のロッカーの中は誰か使ってるのかな。どうせあいつこないし使おうぜ! みたいになってたら少し悲しい。


「じゃあまた後で」


 河合がそう言った。右手をグーの形から親指と人差し指だけを立ててピッと合図していた。


「待って」


 呼び止めると河合はすぐに僕の方に振り返る。

 河合のことも興味の持ち方もロッカーの事も僕は知らないといけない。

 でも最初に知るべきことは他にある。

 放課後、僕は朝の件できっと先生に呼ばれてしまう。すべてを先生に話したりはしないが、いや今日の事はどうでもいい。僕はこれから椿や馬崎や冬川さん、軽音部についてどうするかを決めたい。だから河合に聞きたい。僕を学校に連れてきた河合に、答えを教えて欲しい。


「僕は、どうしたらいいと思う?」


 短く、簡潔に質問した。おかげでぼんやりとした問いになったけど、河合には伝わっている。なぜかそう思える。

 河合は一泊置いて、答えた。


「それは自分で考えなよ」


「え?」


「正解はわからないから、あたしが篠宮ならどうするかなら答えられる。でもそれ行っちゃったら篠宮はあたしの意見に引っ張られるだろ? それは駄目だと思う。篠宮の事は篠宮が考えなくちゃ」


 じゃ、と河合は去っていった。突き放されたようでちょっと寂しかったけど、河合が嬉しそうに言っていたので悲しむ必要なんてないんだと思う。

 僕は教室に戻り、残りの授業を受けた。当然教科書はないので真面目には受けない。最初は先生の話を聞いていたけど、もうすでに勉強していたので途中から聞くのはやめた。代わりにこれからの事を考えた。

 まず最初に椿に謝る。いやそれだけはない。だって僕は悪いことをしていない。朝はともかく、それ以前に関しては僕は悪くない。

 ……うん。朝のは僕が悪いかも。

 でも先に謝るのはやっぱり椿からだと思う。そうすると僕がすることが無くなった。

 冬川さんには謝ろうかな。あの人にはきっと怖い思いをさせたから。

 そういう風に考えていると時間が経って放課後になった。決まったことと言えば「そのうち冬川さんに謝ろう」ぐらいだった。その内と言うのが肝である。

 クラスでの終礼を終えると僕はすぐに席を立った。帰るためだ。朝は河合を待たせたので今度は待たせないようにしたい。

 急ぎ足で教室の後ろのドアに向かい、僕はドアをスライドした。

 そこには驚きの人物がいた。

 これから軽音部について、あの三人について色々考えていたが、それが無駄だったことは後になって知ることになる。この諍いの解決のために、僕が何もしなくても向こうからやって来たからだ。

 他のクラスメイトも帰ろうとしている。ただ、僕と目の前の人物を見て後ろのドアから出ようと思った人は一人もいなかった。

 怯えている人もいただろうが、それら一切を無視して目の前の人物、椿は頭を下げて言った。


「篠宮、すまなかった」


 その瞬間、いやいや始まりはもっと前だろう。ただまあ、再始動と言う意味でならここが始まりだったのだろう。僕の、僕たちのバンド、スクール・オブ・デッドはこうして始まった。

この話で「スクール・オブ・デッド」は最終回になります。明日からは「私は普通になりたかった」を投稿しようと思います。

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