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スクール・オブ・デッド 四話

 最悪だ、なんてもんじゃない。

記憶が蘇る。不登校になる前の苦くて黒い思い出が僕の頭を巡っている。それが僕の胸の辺りを締め付けてきて息が詰まりそうになる。同時に僕の奥底から嫌悪感が無限に湧いてきた。そのせいで歪みそうになる表情を押さえるのに僕は全神経を集中させた。

 椿とはクラスが違う。だから会うことはないと思っていた。なのに会ってしまった。何で椿は僕を見かけて声をかけてきたのか。意味が分からない。よくこいつは僕に話しかけようと言う気になったな。どういう思考をしてるんだこの男は心底気持ち悪い。どの面下げて僕の前に立ってるんだ?


「椿か……」


 僕が名前を呼ぶと、椿の顔に後悔が浮かんだのが見て取れた。なんだその顔は。まるで僕を不登校にしたことを後悔しているみたいじゃないか。


「学校、来てたんだな」


 驚きだ。

 どうやらこいつは僕と会話をしたいようだ。イラつく気持ちを抑えて僕は応える。


「学生だからね。それとも来ちゃダメって言うのか?」


「そういうわけじゃ―――」


「は? なら何なの? はっきり言えよ」


 椿は黙った。こいつの大きな肉体とは対照的に、その様子は小さく見えた。

 廊下には多くのおはようが飛び交い、僕の耳を素通りしていく。行き交う生徒が僕らを怪訝な目で見てくる。僕とこいつだけが静寂に包まれている。

 椿は口を噤む。僕の目を見ようとすらしない。


「何とか言えよ。椿」


 不誠実な椿を見ていると一層腹が立ってきた。

 感情のままに言葉をぶつけてもこいつは下を見て物を言わない。自分から話しかけてきておいて何だその態度は。

 僕は呆れた。それにさっきから周りの視線のせいで居心地が悪い。無言のままだとまるで僕が一方的に喧嘩を売っているみたいじゃないか


「聞いてる? 何か言えって言ってるんだけど」


 言って、僕は思った。

 ひょっとして椿は椿なりに僕との関係を反省していたんじゃないだろうか。反省して次に会ったら謝ろうと決めていたとしたら? そんな時に僕につっかられたらそりゃあ素直に謝るなんてことは不可能だ。

 僕だって無闇にいがみ合うつもりはない。椿がその気なら仲直りとは言わずとも、僕は許しても構わない。


「なあ椿―――」


 言葉が途切れる。胸の辺りを椿に掴まれたからだ。締め付けられるせいで息が苦しい。

椿が僕に顔を近づけてきた。目が充血している。涙も僅かに見える。こういうのを目が血走っていると言うのだろうか。苛立つ僕とは別にそこには場違いで冷静な僕もいた。

 椿は目を左右に泳がせた後、大きく口を開いた。


「お前が、偉そうに言える人間じゃないだろ!!!」


 大声で言った。それは廊下中に響き、そこにいる生徒や先生がこちらに目を向けた。

 今度は僕とこいつだけでなく、廊下全体が静まり返った。


「お前がめちゃくちゃしたせいで、俺は部活をやめたよ!!! 馬崎も俺の後に部活をやめた。お前が俺達のバンドを潰したんだよ!!! お前が原因だった!!! 責任とれよ!!! 篠宮!!! お前こそ何とか言えよ!!!」


 椿は僕の体を揺さぶり、心中を吐露した。僕は激しく巡る視界の中でしっかりと椿の言葉を聞いた。知らなかった。僕が部活をやめた後、こいつも馬崎も同じようにやめていたなんて。今にも殴ってきそうなほど怒っているが、こいつが殴ってこないのは理性が残ってるからじゃない。殴ったら負けだと言う事を知っているからだ。理性ではなく、骨の髄までこいつの中に染み込んでいるからだ。

 ああ。なるほど。こいつはあの時から何一つ変わっちゃいない。以前からたった一歩でも成長しているかと期待したが、僕が馬鹿だったみたいだ。

 すべてが僕のせいだとこいつは言っているが、知ったこっちゃない。僕がやめた後の事なんて、不登校になってからの事なんて僕が知るはずがない。後の事は残ったお前らがやったことだ。無関係な僕に言うことじゃない。

 はあ。まったく嫌になる。


「なんだよその目は。答えろ、篠宮!!!」


 椿がもう一度叫んだことで、呆気に取られてた先生が動き出した。

 僕の胸を乱暴に掴んでいる椿の手を無理やり引きはがし、椿に落ち着くように促した。僕は無抵抗を示すため両手を上げていた。

 先生は初老の男性で、椿が落ち着いたのを見ると「他の先生を呼んでくるから少し待っていなさい」とどこかに走っていった。この状況で二人きりにするとは、先生も大胆だ。

 まだ興奮気味なのか椿は息が荒い。僕はと言えば非常に落ち着いている。

 待っているのも面倒なので僕は教室に入ることにした。いつの間にか手から離れていた鞄を拾い、教室のドアを開ける。

 しかし、やられっぱなしと言うのも癪なので僕は教室に入る前に振り返った。

 何て言ったらいいだろう。僕は考え始めてすぐに思いついた。こいつがすぐには理解できそうにないことだ。


「僕は人間のオスだ」


 いやはや、我ながら酷いセンスだな。

 椿は意味が理解できていないらしく、ポカンとしていたので僕は教室に入りドアを閉めた。

 自分の席に座ろうと思ったが、困った。僕の席はどこだ。

 テストの時に座る席は解答を集めやすい名前順だ。しかし平時はそうではないだろう。席替えをしていてどこが僕の席か全くわからない。

 教室からはひそひそ声が聞こえる。そちらの方を見ると僕から目を逸らす。予想通り僕のことを話しているのだろう。僕の視界の外ではきっといくつもの視線がこっちを向いていることだ。

 明らかに警戒しているのはちょっと予想外だけど。


「篠宮!」


 ドアが勢いよく開けられ、鬼のような形相をした椿がそこに立っていた。

 どうやら僕の言ったことの意味が分かったようだ。それで怒り心頭に発したらしい。いい気味だ。

 椿はずんずんと教室に足を踏み入れ、僕の方へ向かう。今度こそ殴られるかと思ったがそうはならなかった。邪魔が入ったからだ。


「椿! お前何をやっている!!!」


 それは先生の声だった。先生は突き進む椿に駆け寄り、椿を全身で止めた。僕の数歩前で椿は止まり、やがて大人しくなった。この先生は誰だか覚えてないけど、さっきの初老の先生が呼んできたのだろう。


「とりあえず、椿は教室戻るぞ。話は放課後に聞く。あー、君もすぐには帰らないように」


 先生はそう僕に言って椿を連れて教室を後にした。

 気丈に振舞っていた僕だが心中は当然穏やかではない。ようやく沈静化した事態に僕は一息ついた。クラスメイトも何だったんだ、とそれぞれの日常に戻っていった。

 教室は何事もなかったかのように収まり、担任の先生がやって来た。そのころにはクラスメイトはほとんど全員集まり自然と僕の座席が浮き彫りになる。開いている机は二つあったので机の中を見て空っぽの方が僕の場所になるだろう。

 先生が僕を見て唖然としていたけどそれを無視して僕は席に座った。

 まるで幽霊でも見たかのような先生の顔もおかしかったけど、その後の出席確認の時に三回ほど名前を聞かれたのがたまらなくおもしろかった。

 授業中は針の筵みたいだった。不登校が学校に来たことがそんなに珍しいのだろうか。それだけではないにしても、僕のクラスメイトは思っていたよりも好奇心旺盛みたいだ。

 好奇心はあるが僕に話しかけようと言う人はいないようだった。それは昼休みになった時点で確信した。興味はあるがそれ以上に僕を「危ない人」と思っているのだろうか。それも仕方がないと僕は思う。急に現れたかと思えば、いきなり教室の前で喧嘩を始めるような人間、僕だったら絶対に近づかないね。


「篠宮、いる?」


 さっきの先生かと思ったけど違う。

 隣のクラスには顔なじみがいないのかいつもよりも控えめな声量の河合だった。

 昼休みが始まってすぐの事で、僕はどうしようか悩んでいたので安堵した。一人で食堂に行くのは肩身が狭いし、かといって教室で食べるのも視線がいたい。


「いるよ」


 河合はすぐに僕を見つけ、手でこっちにこいと招いた。

 引いたと思えた僕へ向く視線は復活して、その中を歩くのはなかなかに嫌だった。

 河合はちょっと怪訝な顔をしていたけど普通に言った。


「ご飯一緒に食べない?」


「こっちからもお願いするよ」


「食堂でいい?」


「お金しか持ってないからそれでいいよ」


 僕たちは食堂に向かった。

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