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スクール・オブ・デッド 二話

 二日後、土曜日。

僕はギターの練習と学校の勉強をして過ごした。学校には行ってないけどテストの日だけは行くことにしている。勉強は苦手ではないのでテストで点は取れる。

 二年になった時、最初に教科書やワークブックを購入する。僕はそれらを使って勉強する。授業の進捗状況なんて知ったことじゃないので僕はどんどん勉強を進めている。ワークブックの範囲はすべてやり終え、最近は復習の毎日だ。

 日曜日は外出した。家にこもりっぱなしでは息が詰まるので買い物に行ったのだ。街のデパートに行くとそこに友達と仲良くしている河合がいた。河合も含めて三人いる。僕は咄嗟に隠れ、見つかれないようにその場を凌いだ。

 何で隠れてるんだ。

 物陰に身を潜めているとやがて彼女たちは上の階に続くエスカレーターに乗った。僕はそれを離れた場所から眺めていた。

 友人と過ごしている彼女は僕に見せない顔をしていて、やっぱりちゃんとした人間なんだと再認識した。

 ただ、談笑している中で彼女が時折見せる陰鬱に沈んだ顔が僕の頭に残った。



 ◆ ◆ ◆



 それから数日はいつも通り過ぎていくだけだった。

 ギターと勉強を繰り返し、たまに駅前で路上ライブを開催する。

 前回彼女と会ってから一週間後。今日も僕はギターを片手に駅前に来ていた。時刻は夜八時。今日も一番迷惑がかかる時間だ。空を見上げれば、黒い空に灰色の雲が立ち込めていた。僕は傘を持ってきていないのでちょっと不安だ。

一週間もたって僕はそろそろ彼女とはもう会うことが無いんじゃないかと思い始めた。日曜日は僕が彼女を見ただけだ。会ったとは言わない。

 二日連続で会っていたから先週の僕は運命なんてものを信じ始めていた。そんな僕の乙女チックな心はなかなか会えないから消え始めている。それはしょうがないことだけど僕は少し寂しく思った。

 寂しさをエネルギーに変えて僕は歌った。この曲は小学校を卒業するときに作った曲だ。気になっていた女の子にフラれて作った曲。失恋の曲だ。今回は失恋じゃないけど僕はその曲を歌った。

 曲の中盤に差し掛かったころ、一人の少女が人を押し退けているのが見えた。いつもの制服を着て、煩わしそうに周りの人を睨みつけている。やがて彼女は僕の前にまで近づきそこで立ち止まった。

 彼女が右手を上げて挨拶をしたので僕は演奏が崩れない程度に頷いて答えた。

 彼女の前で失恋ソングなんて恥ずかしくてやめたかったけど、他に数人僕の歌を聞いてくれている人がいたので曲を止めることは憚られた。

 羞恥のせいでいつもより歌声は小さくなり、そのことがまた羞恥を生んだ。僕は一曲歌いきるとギターを降ろし、ありがとうございましたと頭を下げた。

まばらな拍手が僕を労い、聴衆は去っていった。残ったのは彼女だけになった。


「久しぶり」


 ギターをケースに直す僕の上から彼女の声がした。

 僅かに跳ねる鼓動を押さえ、僕は顔を上げた。


「久しぶり」


 さっきまで歌っていたにもかかわらず僕の声は上ずってしまった。緊張してるんだろうか。

 断っておくけど僕が彼女に恋愛感情を抱くことはまずありえない。嫌いになることは多分ないけど好きになることは絶対にない。僕はそう確信している。なぜなら彼女が僕のタイプト外れているからだ。僕は小さくて可愛らしい人が好みなのだ。河合は顔立ちは整っているが可愛いと言うより綺麗という顔立ちだ。身長も高く、知的な雰囲気を持つ彼女は一見高校生にも見える。

 だからこの緊張がどういうものなのか僕にはよくわからない。


「今日は何曲歌ったんだ?」


「一曲だけ」


 僕がそう言うと彼女は頭を傾ける。


「一曲? 随分少ないな」


「そういう日もあるさ。演奏するかどうかも僕の気まぐれなんだから」


「そんなもんか」


 ふーんと彼女は納得する素振りを見せた。誤魔化すのは成功したみたいだ。

 彼女と話しても緊張の糸は解けない。それを少しでも和らげようと咄嗟に僕の口からはぶっきらぼうな言葉が飛び出した。


「今日は何の用さ」


 落ち着けようとしたのがいけなかった。どもったりはしなかったが代わりに酷く冷たい声だったのだ。

 彼女は数秒遅れて返事をした。


「用って……なかったら話しかけちゃダメみたいじゃないか」


 僕は訂正しようと思ったがうまく言葉が出なかった。ただごめんと一言謝ればいい物を口が動いてくれなかった。

 何だこれ。どうなってしまったんだ僕は。


「どうした?」


 僕の様子がおかしいと思ったのか彼女は僕の顔を覗き込む。

 それを避けてしまって、彼女は一層困った顔になった。


「まさか今さらになって不登校が嫌になったとか? アハハ。それなら―――」


「うるさい!!!」


 僕は叫んでいた。

 彼女が僕を笑ったとたんに僕の中から気持ちの悪い物がこみ上げてきた。それを抑え込むのに失敗して口にまで出てきた。不登校を笑われたのが我慢できなかったのか。いや違う。僕はそれは受け入れている。他人の目なんか気にしないと割り切っている。そのはずだ。

 学校の奴らが嫌で僕はここにいる。ろくに練習もせずにそのくせ僕に突っかかる下手くそや僕に理不尽を振りかざすくだらない先生に耐えられなくて僕は……。


「うるさいってなんだよ」


 彼女の言葉だった。

 間違ったと思った。そう思うのも遅かった。彼女の暗い顔を見て僕は、やっと彼女を傷付けていることに気が付いた。

 それなのに言葉は止まらない。僕の中の気持ち悪い物は収まろうとしなかった。


「そのまんまだよ。僕は別に君と話したいわけじゃない。不登校が嫌なわけでもないし君にそれを否定されるいわれもない」


 彼女は応じなかった。


「ごめん。僕は帰る」


 これ以上ここにいたら僕は何を言うかわからない。僕はギターを担いでその場を後にした。

 長きにわたる不登校生活で僕はいつの間にか感情の制御方法まで忘れたんだろうか。

 帰り道。足早になっていた。彼女の悲しげな顔が頭の中で何度も反芻する。だんだんと頭が冷えてきて、後悔が湧き出てきた。

 いつの間にか雨が降っていた。ぽつぽつと降る雨が僕の体を濡らす。まるで彼女の心情を表しているみたいじゃないか。僕じゃなくて、彼女。

 僕の自分勝手な感情で彼女に無意味に当たってしまった。自分が絶対になりたくないと思っていた人間にならないように気を付けていた。それなのに。今の僕は僕の嫌いなあいつらと同じじゃないか? 

 僕の言ったことと彼女の言ったことを何度も考えた。彼女が言った「不登校」が僕の逆鱗に触れたのだろう。それはわかってる。でもそもそもの話。不登校に甘んじているのは僕だ。僕が他人と強調できなかったから、他人と合わせることを拒絶したから僕が逃げた結果だ。ちょっと笑ったのだって彼女は嘲るつもりなんて全くなかったはずだ。僕だけが勝手にイライラしていた。彼女に全く非はない。どうあがいても僕が悪かっただろう。

 反省しても彼女と話すことは出来ない。それが出来る方法はただ一つだけだ。

僕は来た道を引き返した。

雨の勢いは強くなり、僕の頬を伝う液体が何なのかもわからなくなっていた。



 ◆ ◆ ◆



 駅周辺は傘を差している人でいっぱいだった。僕はその隙間をすり抜けて何とか駅前まで行くことができた。すれ違う人たちが僕を見てきた。それを無視して僕は彼女を探した。そして、すぐに見つけた。

 さっき酷いこと言ったから彼女はもう帰ってしまった可能性もあった。でも彼女はいた。僕がいつもギターを傾けている石段に座り、僕に困り顔で微笑んでくれた。


「やっぱり来た」


 まるで見透かされているようで僕はムッと来るがすぐにそれは消えていった。きっと僕を信じて待ってくれていたのだろうから。

彼女は僕なんかよりも優しい。見た目だけじゃなくて中身も高校生と間違えてしまいそうだ。


「河合、僕は……」


 そんな彼女に僕はどう謝ればいいかわからない。自分の不徳を詫びるなんていつぶりにするんだろう。初めてな気もする。


「ごめんな。篠宮」


 言葉に詰まる僕に彼女はあっさりと言った。彼女の目ははっきりと僕を見据えていて、力強かった。


「篠宮の気持ちわかってなかった。不登校、なんて言ったのもあたしはくだらない冗談のつもりだったんだ。あたしが言われたくないことと、篠宮が言われたくないことが一緒のはずないのにな」


 彼女は僕に頭を下げた。

 そうしてもらって僕は自分の言うべきことが分かった気がした。


「僕も、ごめん」


 心の底から謝った。

 僕はそれから何度も謝った。まるで限界を超えて水を貯めたダムが決壊するかのように僕は言葉を吐き出した。もう二度と会えない気がしたってこと、本当は不登校なんて嫌だってこと、どういうわけか河合に失恋ソングを聞かれたくなかったこと、僕は言わなくてもいい余計なことまで好きなだけぶちまけた。

 全部聞き終えて彼女は「許してあげる」と一言だけ僕に言った。

 僕は下げた頭を上げて彼女を見た。彼女が笑った顔はきっと今まで見た誰よりも美しい。


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