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スクール・オブ・デッド 一話

今回から六話はギター弾きの少年篠宮玲音のお話です。よろしくお願いします。

 とある日の夜。僕は家の近くの駅前にいた。

 いつ来てもこの場所は人でごった返している。特に出勤退勤の朝と夜は多い。僕は人ごみから出る足音や話し声が苦手だ。頭に響いてきて僕の思考をごちゃごちゃにかき回すから。


 電車を利用するでもない僕が、それでもここに来るのは他に用があるからだ。

 通行の邪魔にならない場所に身を寄せ、背中のギターを降ろす。重みのある僕の相棒をケースの中から取り出して、開けたままのケースを僕の少し前に置いておく。


 これから何をするか。

 そう、路上ライブだ。

 警察の許可は得ていないので違法ライブとなる。こう言うと悪いことをしているようで後ろめたくなる。そもそも中学生が10時に外に出ていいんだっけ。


 随分前の事だけど、最初に路上ライブをする前に少し調べると、他人の曲を使ってお金をもらうのは駄目らしいので、僕の考えた適当な歌詞を僕が考えたいい感じのメロディに乗せて歌うことにした。まあお金なんてもらえることは滅多にないし別にくれなくてもいい。それっぽいので一応ギターケースを置いているだけだ。


 マイクは使わない。それだと普通にうるさい。僕の声の大きさならこの駅の中くらいならほとんど届く。少なくとも僕本人はそう思ってる。そこにマイクを使うと音量過多になる。それだとすぐに誰かが苦情を入れてすぐに駅員か警察が来るだろう。だから僕はマイクを使わない。


 アコギを背中に引っ掛けて、右手にピックを構える。


 んんっと喉の調子を軽く確かめて、顔を上げる。最初の一つ目の音を出すときはいつだって緊張する。今は誰も僕のことを知らないけど、僕はこれから駅にいる人にとって「ギターを弾いて歌う少年」になる。そう考えるとピックを持つ右手が中々下りない。


 息を大きく吐き、落ち着いたつもりになって勢いのままピックを降ろす。ピックが弦に引っかかると音が鳴る。小気味のいい音が駅に響く。出だしの音は満足いった。続けて二つ目、三つ目と音を重ねていく。ギターが僕の指に反応して音を奏でる。


 そうすると人の波が動いた。僕を避けてまるで一つの山が出来たかのようだった。


 前奏の部分が過ぎて、いよいよ僕の声が入る。一週間かけて捻り出した、適当な歌詞を歌に変える。僕のことを何も知らない馬鹿どもに僕の声を伝えるために。


 今日の一曲目はバラードだ。ゆったりと優しい音を意識して演奏する。歌詞は暗い。僕の今の環境がそうさせた。だから声も悲痛になる。でもそれが気持ちよかった。

 二曲目は激しい曲だ。ギターも滅茶苦茶に、でも正確に弾く。歌い方も激しく叫ぶような声にする。

 ギターは僕の熱に応じて重く音を放つ。空気だけでなく、僕の体も響かせる。それを感じて僕の血液が早く巡る。ああ、楽しい。楽しくて思わず笑いそうになる。


 この曲は僕が最初に作った曲だ。四年前だっただろうか。

 この曲を演奏する僕の動画を動画サイトで見た時は死ぬほど笑ったっけ。それを見た父は僕を誉めまくった。


 そんな益体のないことを考えていると、曲は自然と終盤に差し掛かり、いつの間にか人が何人か立ち止まって僕の演奏を聴いていた。素敵なことだ。なのに僕は素直に喜ぶことができない。


 いや、今はそんなことを考えても仕方がない。


 僕の演奏にさらに熱が入る。相棒は呼応して嬉しそうに声を上げる。ああ気持ちがいい。こうしていると僕は幸せだ。


 全部で三曲ほど演奏したところで僕のリサイタルは終了する。

 聴いてくれた人達に「ありがとうございます」と礼を言い。聴衆も満足したのか散り散りに去っていった。今日の稼ぎは全部で600円だった。500円玉と100円玉。正直こんなにもらえると思ってなかった。


 演奏に自信はある。小さなころから僕はギターと一緒だった。同年代の多少齧った程度の奴らに負けるはずがない。不遜ではなく、歴然とした事実として僕はそう思っている。


 ただ、いい演奏をしたからと言って受け取り側がわかってくれているとは限らない。どうせだれも僕の演奏なんて真面目に見てないんだ。


「いい演奏だった」


 ギターを片付けていると人の足音に混ざってそんな言葉が聞こえた。僕は驚いて顔を上げる。こうして僕に話しかけてくれる人は今までいなかったからだ。

 彼女がレコード会社の社員ならよかったが残念ながら制服を着た女子中学生だった。すぐに中学生と分かったのは僕の通っている中学の制服を着ていたからだ。ちなみに今の僕は私服だ。


「どうも」


 拍手しながら歩み寄ってくる彼女に僕は控えめに応える。彼女の動作を見て僕の頭には「素晴らしい。君は最高の作品だ」と言う映画のキャラクターが浮かんでいた。

 帰らない人は初めてだから警戒してしまう。


「あんたはいつもここでやってるのか?」


「やってるってのが演奏を指すのならそれは否定させてもらう。大体一週間に二回か三回ぐらい」


 僕の路上ライブは不定期だ。気が向いて、先約がいない時にだけ僕は演奏を始める。ここに来ても演奏に至るとは限らないので実際は今言った回数よりも少ないかもしれない。


「それっていつもって言うだろ。また来てもいい?」


「それはもちろん」


 歓迎こそすれ拒絶する理由なんて僕にはどこにもない。僕は勝手に演奏しているのだから、そっちも勝手に聞きに来てくれと言った感じだ。


「じゃあまた」


 そう言って彼女は駅とは反対方向に消えていった。制服でこんな時間まで何をしてるんだと問いたくなるが気にしないことにした。大方友達と遊んでいたのだろう。

 駅の中に行かないと言う事は彼女の家はこの辺りなのだろう。別に知りたいわけじゃないけど。名前も知らない女の子のことを知りたいと言う気にはなれない。



 ◆ ◆ ◆



 次の日、僕は同じ時間に駅に来た。背中にはギターを引っかけている。

 昨日と同じように人の往来は激しく、勢いに酔ってしまいそうになる。最近の僕は人と会うことがあまりなく、父か、たまに家に来る父の仕事仲間とかぐらいだ。だから人が大勢いるのは苦手だ。

 夏の夜は好きだ。少し暑いけれどどこか涼しい。

 人の足音を風鈴の音と思って聞けば、どうだろう。さらに気持ちよくならないだろうか。

 うん。無理だな。風鈴にしては汚すぎる。

 ギターをケースから出して僕は昨日のように歌いだす。

 昨日とは違って、今日は最初からギターをかき鳴らす。人の視線が僕に向くようになる。気にせずに僕はギターの声に僕の声を合わせる。

 今日は何曲歌おうか考えていると、開いて置いていたケースにお金が投げられる。放物線の出所を辿っていくと、そこには昨日会った同じ学校の女子がいた。

 僕は今日も私服で彼女は今日も制服だった。

 曲名すら考えていない曲を僕は数曲演奏した。彼女はその間ずっと無表情で立っていた。まるで僕に感情を読み取られたくないような、そんな印象を受けた。僕に、なんて思い上がりかもしれないけれど。

 そんな彼女を横目に僕は全力を持って歌う。


「お疲れ様」


 演奏終了後、そう言ったのは僕だった。彼女が何に疲れているかは知らないけどそう言うのが適切だと思った。


「どうも」


 彼女が少し笑った。嬉しいとも照れとも違った笑みだ。

 ケースに入っていた硬貨は五円玉だった。それをポケットに入れて僕はギターを片付けた。荷物はこれだけなので楽に済む。


「五円玉って人と人を会わせる効能があるらしい」


「なんだそれ」


 会話の入り方としては面白い。僕はギターを石段に立てかけて会話に臨む。


「あたしとあんたが出会ったってことさ」


「その理論だと店員と客はたびたび出会ってるね」


「そういう無粋なこと言うか?」


 普通、と彼女が語尾に付ける。彼女が不機嫌な顔になったので、僕は言い訳をすることにした。


「学校に行ってないもので人に合わせるのが苦手なんだ」


 だから彼女の言う普通とは僕は違うのだろう。


「不登校?」


 彼女のその一言は僕にとって嫌な言葉だった。胸の辺りが熱を持つのを堪えて僕は口を開いた。


「生憎ね」


 彼女が悪いことをしてしまったかのように俯いた。

 悪くも何でもない。僕が不登校なのは事実だ。それは僕から言ったことだし。普通なら聞いてしまうだろう。いや、僕が普通を語るのはお門違いか。


「悔やむ必要ない。僕は気にしてないから。不登校なこと」


 これは嘘だ。不登校だぞ。気にしないわけがない。この世に何の引け目もなく堂々と不登校を貫いている馬鹿がいるなら是非お目にかかりたい。


「何で不登校なんてやってんの? 馬鹿なの?」


 全然違った。何だこいつ。さっき何で下を見てたんだよ。お金でも落ちてたか?

 言うに事欠いて馬鹿だと。失礼にもほどがある。


「馬鹿じゃない」


「じゃあ何でか答えなさい」


「お互いの名前も知らないのにそんなことを教える義理はない」


 嫌に高圧的な彼女の態度に僕はムッと来て冷たく言い放った。すぐに返事は来た。


「私は河合美穂あんたは?」


 私は名乗った。お前も名乗れ、と。僕が答えたら今度は不登校の理由を言わされるだろう。

 それだけは阻止したい。不登校の理由なんて僕の内面にかかわる重大なことだ。それを、よっぽど仲のいい人以外の他人に知られるのは避けたい。仲いいやつなんていないけど。


「名乗る名前なんてない」


「あっそう。でもあんたはあたしの名前を知ったよね。『お互いの名前を知らない』じゃないから教えてくれる?」


 この女子。あくまで僕に答えさせる気だ。

 視線は力強い。曲がる気はなさそうだ。このまま帰ることも許されそうにもない。


「……篠宮しのみや玲音れのん


 数秒考えて僕は名前を言った。


「変わった名前だな」


「僕だってそう思う」


 変だとは思うけど僕は案外気に入っている。親の趣味でつけられたこの名前だけど、ぎりぎり光っているわけでもない(多分)し、悔しいけど僕も父親と同じ趣味だからだ。


「似合ってるけどな」


 彼女が恥ずかしげもなくそう言った。


「……ありがとう」


 意外ではあったけど僕は戸惑いつつ誉め言葉として素直に受け取った。


「何でここで演奏してんの?」


 さっきとは別の質問が飛んできた。気が変わったのか不登校の件はもういいらしい。

 僕としてはこちらの質問の方が気が楽だ。というかさっきの質問の不躾がすぎる。あれに比べたらこっちの質問は軽いもんだ。だからすんなり答えた。


「ここしかないから」


 僕にはここしかない。家で練習は出来る。でも本番は出来ない。なぜなら聞いてくれる人がいないから。父さんは僕のギターなんて最近はまったく気にしていないし、学校は論外だ。

 こうして誰かに聞いてもらうには僕にはここしかない。この、誰が聞いているかもわからない駅前しかない。

 人通りはさっきよりも少ない。帰宅ラッシュがピークを越えたのだろう。

 僕らの横を歩いて行く人たちは誰も僕に目を向けない。ただの中学生にかまっているほど皆も暇じゃないんだろう。でもギターを持てば多少変わる。僕が演奏している間、どんなに僅かでも誰かが僕を見てくれるようになる。昨日はそれが比較的たくさんで今日は一人。

 そんな駅前が僕にとっての唯一なんだ。


「ここしかない、か」


 彼女は僕の言葉を復唱し、一度頷いた。


「わかった。じゃあまた来る」


 何が分かったんだろう。

 わからないまま、僕は背中を向ける彼女に「また」と言葉を投げる。

 僕も帰ろうとギターを持ち上げようと屈むと、そういえばと前から声がした。顔を上げると彼女が振り返っていた。


「篠宮、学校はどこ?」


「河合と同じだよ」


 呼び捨てされたので僕も呼び捨てで返す。目には目を理論だ。


「あ、そうなんだ。学年は?」


「二年」


「同級生じゃん」


 それは僕も知らなかった。なんとなく彼女は年上だと思っていた。


「そうみたいだね」


「あたしもう帰るわ」


「うん。じゃあまた」


「またな」


 そう言って今度こそ彼女は歩いて行った。通行人に紛れて彼女は歩く。当たり前だけど彼女は他の人と何も変わらない、ただの人間だった。

 背中が見えなくなるまで見送って僕はギターを持ち上げた。

 彼女とは反対側に僕は歩き始めた。

 僕は駅を出て右側、彼女の家は左側にあるらしい。方角で言えば北と南だ。僕が北。小学校は多分別だと思う。僕の記憶が正しければ彼女はいなかったはずだ。

 さっき彼女と話していて意外だったのは、僕が同じ学校と言っても動じなかったことだ。僕は一度も言ってなかったので知られてはいなかったと思う。つまりあれが彼女の素の反応と言うやつだろう。僕が思っていたよりもクールな? あっさりした? 何と言うかそんな女子なんだろう。

 そんなことをずっと考えていたらいつの間にか家に着いていた。

 僕は一言、ただいまとだけ口にした。


 ベッドで寝る寸前まで僕は心の中のもやもやを消し去ることが出来なかった。

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