渇望
貴方は知らない。私の中にこれ程迄に強い気持ちがあることを。
顔に出ないから、わからないのかな。
でも、5年も一緒にいたのに。ずっと隣にいたのにね。
よく女は言葉にして欲しいと言うけれど私は違った。
貴方が照れ屋なのは知っていたし、私も気にしていなかった。
そばにいてくれたらそれでよかったの。
愛してるなんて言葉、別にいらなかったの。
「ごめん…他に好きな子ができたんだ。」
久しぶりに外でちょっといいものでも食べようか、なんて。おかしいと思った。
ちょうど1年くらい前から結婚を意識し出して、お金貯めなきゃって節約生活の毎日で疲れたのかな?って思ったけど…
よく考えたら貴方は会社の飲み会だ接待だってちょこちょこ出歩いてたわ。
「すごく繊細な子で、俺が守ってやらなきゃって思ってさ。
だから、ごめん。別れてほしいんだ。」
っあーーーーーーーー。それ言っちゃうのか。それを言っちゃうんですか。
君は強いから1人でも大丈夫だよ、とかそういうやつでしょこれ。
ふざけんな。
「…うん。別れてほしいのね?言いたいことはわかった。」
怒りがこみ上げてきてせっかくのワインも味がよくわからないけど、一口飲んだ。喉を潤して固まった表情筋に力を入れる。
「嫌よ。別れない。」
きちんと笑えているかしら。
「……ごめ…えっ?」
あら、間抜け面ね。
クスクスと笑ってやると、顔を真っ赤にして怒ってしまったわ。
「…っ大体!君は俺のことをそこまで好きと言うわけではないだろう?!」
何もわかっていない男に悲しさと共に抱いたのは失望感
「そう。私はたいして好きでもない男の為に毎朝5時に起きてお弁当を作って身だしなみを整えて掃除洗濯をしていたのね。」
反論されるとは思っていなかったのだろう、気まずげに目をそらして黙りこんだ
「節約していても貧乏ったらしい食事は嫌だと言うから、私頑張って見た目にも拘って毎日ごはんも作ったわ。急な飲み会でいらないなんて言われてもね。」
文句なんて言わなかった。悲しかったけど、そんな時もあるよねなんて笑ってごまかした。
「それもこれも貴方が好きだったから。側にいたかった。それだけだったのよ。」
貴方の心が少しずつ離れていくのを本当は気づいていた
それでも認めたくなくて、意固地になって仕事も家事も完璧にした
貴方の帰る場所はここよ、って。
態度に出すのは苦手だけど本当は泣いて喚いてすがりつきたかった。
「なら、言ってくれればよかったじゃないか。」
恨めしそうにこちらを睨む男には不思議ともう何の感情もわいてこない
あんなに好きだったのに。愛していたのに。
「嫌よ。なぜ私がそんなことしなくちゃいけないの。貴方がすべきことでしょう?私に不満があったから他の女のとこに行ったんだもの。
……なんだか、冷めてきちゃった。」
もうおなかも膨れたし帰ろうかな。
「いいわ。別れてあげる。今日の分のお会計は貴方持ちでいいわよね?
…あぁ、それから今のマンションは私の名義でしょ?荷物は何処に送ればいい?今からは無理だけど明日には送るから。住所LINEで送っといてくれるかしら。」
淡々としすぎたのか、男は唖然として何も言わない。
それとも5年も前のことで覚えていないのかしら、私のマンションの方が広いから転がりこんできたのが自分だったこと。
出ていってくれないか、とか言おうとしてたのかしら。この男。
いや、そんなまさか。……ないよね?