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イトマキくんとカイコさん(仮)

作者: 日向日

これを使えば、両思いになれますよ。

町行く人にそう声をかけるのは

黒いローブをすっぽりと被った男。


看板に掲げられた『恋のおまじない』の文字。


惹かれてしまった女の子がひとり。ふたり。

さんにん。よにん。たくさん。


黒いローブの男は、笑みを浮かべた。

「ドキドキのおまじない」


お願いします。お願いします。

あのこが私を愛しますように。


あのこが私だけに"ドキドキ"しますように。


ハサミを、ハートの形をしたお守りに突き立てた。


………………………………………………………………………………………



雲ひとつない青い空に、鳥が飛んでいた。

あれはどこに向かっているのだろうか。


「ま~わ~る!」


「な、なに!?」


放課後の教室で窓の外を見てボーッとしていた僕は

急に名前を呼ばれたことに驚き、椅子と机を激しく揺らした。

声をかけてきたのは幼なじみのサナだ。

小さい頃から家が近いので、なんとなくの付き合いがある。

彼女はツインテールを揺らしながら


「寝ぼけてんの?今日はあたしの買い物、

付き合ってくれるんでしょ?」


と言った。僕はあわてて椅子から立ち上がり


「あ、いや……ちょっと、体調が悪いみたいでさ。

今日は病院いこうと思って。」


頭を下げて謝った。

最近、胸がぎゅっと締め付けられるように

苦しくなることがよくある。

それも、サナの声を聞いた時だけ。

これは何かの病気なんじゃないかと思って

僕は病院に行くことした。

今も心拍数が上がり、ドキドキが止まらない。


「ええ~!うそ!大丈夫なの?」


その声にまた心臓が締め付けられる。


「う、うん。約束守れなくてごめん」


かろうじて普通の声を絞りだして返事した。


「そっか。じゃあしょうがないな~

早く治して埋め合わせしてよね!」


サナは残念そうにして、教室を出ていった。


サナが見えなくなった瞬間、僕は膝から崩れ落ち

床に倒れこんだ、動悸が激しい。

心臓が今にも口から出てきそうだ。怖い。怖い。


胸をおさえて僕が苦しんでいると

ガラッと音を立て教室のドアが開いた

まさかサナが戻ってきたのかと思った僕は

急いで立ち上がった。


「ん?どしたの?」


立っていたのは、真っ白な髪の毛に赤い瞳をもつ

クラスメイトの女の子、カイコさんだった。

かなり異質な見た目にもかかわらず

明るい性格からか、クラスに馴染んでいる。

ムードメーカーというやつか。

今は赤い瞳をぱちくりさせながら、何事かと言った様子でこちらを見ている。

僕は胸を抑えながら


「あ、いや、大丈夫、ちょっとね…」


とだけ言って誤魔化した。


「持病の発作か何か?…そーには見えないけど」


カイコさんは、忘れ物を取りに来たと言って

自分の机に向かった。

そうには見えない…?別に普段話すわけでもないのに、

なんで分かるんだろう。


「なんで持病じゃないって、分かるの?」


不思議に思った僕は素直に聞いてみた。

動悸は大分おさまってきたようだ。

カイコさんは机を漁りながら


「…最近の体育で見学してないでしょ」


とだけ答えた。

最近の体育?確かに見学はせず毎回参加している、

だけどクラスメイトとはいえ、

ろくに話したこともない僕のことを

そんなに把握していることに違和感を覚えた。


「あ、あったあった」


カイコさんは目当てのものを見つけたようで

机から取り出して持っていた鞄にしまった。

そしてじっと見ている僕の視線に気づき


「…どしたの?」


と言った。おさまったはずの心臓がまた音を立てる

聞くべきか、聞かないほうがいいのか。


「何かあるなら聞くけど?どしたの?」


なおも聞いてくる。それなら言ってしまうか。


「なんで…そんなに僕のこと見てるの?」


言ったとたん、ピタッとカイコさんの動きが止まった。僕達の間に静寂が訪れた。


のもつかの間、あははは!とカイコさんは

急に笑いだした。

「やだぁ~!偶然だよ!偶然!」


そして僕が体育を見学していないのを把握していたのは、

最近ずっと休んでいる自分の友達が見学しているときに、近くにいなかったのを覚えているからだと言った。


放課後の教室で変な勘違いをしてしまった僕は、

恥ずかしさに頭をかきながら変なこと言って

ごめん、と謝った。

カイコさんはそれに対し、


「いいよ、まあ、あんなにモテてたらそんな勘違いもするよね」


と言った。僕がモテている?

頭の上に疑問符を浮かべていると、


「あちゃ、言わないほうがよかったかな」


カイコさんはやってしまった、という顔をしていた

詳しく教えてほしい、と詰め寄ると

なんと僕は超モテモテだと噂らしい。

女友達は多い方だと思うが、モテモテ?


「え、自覚ないの?こわ…」


カイコさんがボソリと何かを呟いたが

聞こえなかった。

何と言ったのか聞こうとすると

カイコさんは


「ああ、そういえば、さっき私と入れ違いした子も

知り合いでしょ、約束でもしてたんじゃないの?

かなりお怒りみたいだったけど」


と早口でまくし立てた。

なんと、サナはやはり怒っていたのか…

そこで僕はつい、実は最近サナの声を聞くと

動悸が激しくなることをカイコさんに話した。

カイコさんは、ふーん、と相づちをうちながら

何かを考え込んでいるようだった。

そして僕が話終えると


「イトマキくん、君、死にかけてるかもね」


と言った。イトマキとは僕の名字だ。

突然のことに反応できずにいると

カイコさんは言葉を続けた。


「最近この町で、持病がないはずなのに、心臓発作が原因で亡くなった人が増えてるの知ってる?」


僕は知らない、と首を横に振った。


「ここ最近で噂になってるんだけど、

その人達には共通点があって…ね…」


僕は凄むような話し方をするカイコさんに

気圧され、ごくり、と生唾を飲み込み次の言葉を待った。そしてカイコさんは言いはなつ。


「みんな、誰かに恋をしていたらしい!…と」


さっきまでとはうって変わって

明るい声で、イトマキくんはどうなの?

と言われた。恋?池にいるものではなく?


「まあ、これはそれぞれの人達が言ってたことから推測されたものだからね」


それからカイコさんは情報を補足してくれた。

なんでも亡くなった人はみんな、亡くなる直前に、近しい友人や家族に

「特定の人と会うと胸が"ドキドキ"する」

というようなことを言っていたとか。


サナの声を聞くと動悸が激しくなるようになったのは最近だ。

たしかにサナは他の女子に比べても可愛いとは思うが…

小さい頃から知っているサナにそんな感情は湧かない。

現に今サナを思い出してもドキドキはしない。サナだって僕のことは都合のいい友人くらいにしか思ってないだろう。

僕は、恋じゃないと思う。と断言した。

その言葉にカイコさんは笑顔を浮かべながら


「亡くなった人と症状が一致している、

という所にはかわりないわけだけどね」


と言った。さらに、亡くなる直前に病院で検査を受けた人に、異常はまったく見つからなかったらしい、と付け加えた。

まさに今日病院に行こうとした僕はドキリとした。


「ど、どうしよう」


動揺が思わず口に出た。でたらめな噂かもしれないが、さっきから話しているカイコさんから、何か

変な雰囲気を感じる。

そうか、さっきから目だけは笑ってないんだ。

赤い、赤い瞳がこちらを見つめている。

つり上がっている口角に背筋が震えた。


しばらく沈黙が訪れたあと、カイコさんは言った。


「……私が助けてあげることは、できるかもしれないけど」


まさかの言葉が飛び出してきて

僕は「は?」と声を出した。


「私が思いあたる原因なら、でだけど」


なんだか急に歯切れが悪い。


「ただし、私が今からすることを誰にも絶対口外しないと

約束すること。どれだけ仲のいい親友にも、家族にも」


気づいたら僕は激しく頷いていた。

さっきの話で恐怖に支配されてしまったからだろうか、

今から起こる何かに好奇心を刺激されてしまったからだろうか。

同意した僕を見て、カイコさんは近づいてきた

そして、「じゃ、ちょっと失礼」と言って

僕の背中を撫ではじめた。

急に撫でられはじめた僕は、されるがままになった。



数分が経ったころ、異変が起きた。

心臓がバクバクしはじめ、猛烈な吐き気が襲ってきた。

このままでは吐いてしまいそうだ。

僕は「ごめん、ちょっとトイレ」と言ってその場を離れようとしたが、背中を撫でているのとは反対の手で、カイコさんが強く僕の腕を掴んで引き留めた。


「ここで吐き出せ」


先ほどとは一転して語気が強いカイコさんに、

心臓がさらに鼓動を早めた気がする。

そうしているうちに僕はとうとう


「う、うぇ」


吐き出してしまった。

だが僕の予想に反して出てきたのは

赤黒くどろりとしたテニスボールほどの

大きな塊だった。

そして湿った音を響かせながら床に落ちた。

カイコさんは


「ほら、これが動悸の原因だよ」


そう言ってニヤリと口の端をつり上げ

僕の身体から出てきた赤黒くどろどろした塊を

親指と人差し指でつまみあげた。

何か分からないけど、汚くないのかな。


「これ、何かわかる?」


僕は首を横にふった。質問してきたカイコさんは何が面白いのかクックッと声を漏らして嘲笑う。


「だよね、わかんないよね…」


カイコさん曰く、手にもっているどろどろは呪いが可視化されたものらしいが、本当に呪いだとは信じがたい、

まるで血の塊のようだ。というか、呪い?


「そう、呪いだよ」


カイコさんは笑顔を浮かべて言った。


「それ、どうしたらいいの?」


僕は、呪いの塊らしいものを指差し言った。


カイコさんは少し考えたあと


「そうだね…このままだとちょっと危ないから、

何かにつめればなんとかなるかな?」


と返答した。


「…何かって?」


僕は疑問を口にした。

するとカイコさんは塊を揺らしながら

「生き物なら身代わりに、無生物なら封印に」と言った。

その言葉に僕は、いつも自分の鞄につけているものを見た。


「……昔もらったお守りならあるけど…」


昔小さい頃にサナにもらった健康祈願のお守り。


「そのお守りもかなり…いや今はいっか…」


カイコさんは何かを言おうとしてやめた。


「……これならどう?」

「う~ん、ぎり納まるかな~」


カイコさんは持っていたどろどろした塊を

鞄から外し手渡したお守りをあけて詰め込んだ。


「あ~、ちょっと閉まんないな」


ちょっと困ったような顔をしてお守りを見つめたあと、そうだ、と小さく呟いてカイコさんはなぜか

ノートを取り出しページを1枚ビリビリと破いた。

その紙でお守りを包装し始めた。

少し不気味なメロディの歌を口ずさみながら。

ただ何をしようとしているのかわからない僕は

見ているしかなかった。


「できたっと!サービス!」


その手にはノートの破られたページで包まれた

お守りが乗せられていた。そんなんでいいのか、呪い。

それを僕の近くにある机にポイッと投げた。

少しはねたあと机の上でとまる。


「もうその呪いは君のものじゃないから、

さわっても大丈夫だよ」


これに、あんなものが詰まっているなんて、

僕は怖くて、さわれずにいた。

いつの間にか差していた夕日が僕らを照らした。

どうしようかと思っているうちに、


ガラリと教室のドアが開いた。


「まわる、その女はなに?」


そこには暗い目をした幼馴染みが立っていた。


「え、なにっていわれても…」


カイコさんの方を見るとニヤニヤと笑っていた。


「幼馴染の私より大切なの?」


サナは、ゆらゆらと頭を左右に振っていた。

それにあわせてツインテールが揺れる。

あれはたしか、怒っているときのクセだ。


「いや、あの、約束を破ったのは謝るけどさ…」


僕はサナの怒りを治めるために弁解しようとする。

ふと、サナの声を聞いても動悸が激しくならないことに気づく。あの塊が原因で間違いないみたいだ。


弁解の言葉にも反応せず、

サナは目を伏せ鞄に手を入れた。

「なんで」

小さく呟いた声に聞き返そうとすると


「なんでッ!!!!!!」


絶叫が響き渡る。近くにいたカイコさんもさすがに

驚いたのかビクッと体を震わせていた。

そしてサナは壊れたようにぶつぶつと何かを呟きはじめた。

鞄から出したサナの手には片方が欠けたハサミが握られていた。

もしかしてあのハサミは僕が昔あげたもの…?

ずっと使っていたのにとうとう壊れてしまったと嘆いていたな、


「ね、アタシと刺んでくれる?」


まるで全身を糸で吊られているかのようにサナの

身体がゆらゆらと揺れている。

ふらつくようにこちらに歩み寄ってくる。


「刺んで、刺んで刺んで刺んで刺んで」


ハサミの刃は、窓から差す夕日を浴びて光っていた

数年前にあげたはずなのに錆びていない

それどころか、より鋭利になってないか


「ずっといっしょ」


にっこり笑ったサナの顔は、夕日のせいか赤かった


サナが目前に迫る。


僕は、動けないでいた。それは恐怖のせいだけではない。

気づいてしまったのだ。


サナの愛に。


僕に向けられた。激しい感情に。

ああ、なんで今気づいたのかな。


僕の心臓めがけて片刃のハサミが振り下ろされる。


咄嗟に目を閉じた僕に暗闇が訪れる、が

来るはずの痛みがない


代わりに教室中の空気が震えるような絶叫が響き渡る。


「ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ーッ」


何かが倒れる音がして、おそるおそる目を開けると


サナは倒れていた。


驚いた僕は後ずさりした。

やっと動けるようになった。


「はぁ、ま、しょうがない」


カイコさんが声を出した。

すかさずカイコさんをみると

手には先ほどのお守りを包んだ紙を持っていた。

破られた状態で。


「中身ぶちまけちゃった」

てへ、みたいな顔をするカイコさん

かわいいな…じゃなくて!!


「何してるの!?」


僕は叫んだ。


「あ~、まあお返し?しただけだよ」


「いや、大丈夫なの!?というかお返し!?」


疑問ばかりが頭をかけめぐっていく。


「まあ、この程度の呪いだと死にはしないかな、

というか気づいたでしょ、君に呪いをかけたのはあの子だって」


床に倒れこんだサナを指差しながら言った。


「…そうなんだ」


僕はサナが無事なことに安心した。

呪いをかけてきたのは許せないけど

小さい頃から知ってる幼なじみだから。


「ただ、凄まじい苦痛と、何かしらの代償は

伴うかもね」


カイコさんはにっこり笑って付け足した。


「大丈夫じゃない!!!!」


代償なんて…!命に関わるものじゃなくても

一生残るようなものだったら…!

また僕が詰め寄ると、カイコさんから笑顔が消え、冷えた目になった。


「…さっきから大声ばっかで

耳がキンキンだわ、ちょっと黙れ」


急に低くなったカイコさんの声にドキリとする。

まさかまだ呪いが残っているのか…?

すっ、と表情を戻してカイコさんは続けた。


「……まあ、大丈夫だよ。外傷とかなしにただ苦痛だけだし…代償は知んないけど…」


「う、う~ん」


床から声がして思わず身構える。サナは目を覚ましたようだ。


「あれ、あたし…やだ、なんでこんなところで寝てるの」


さっきまでとは違い、憑き物が落ちたような言動で起き上がった。そしてカイコさんを目にとめて


「たしかカイコさん、だよね。」


と聞いた。


「うん、こんにちは、といってももう夜か」


外を見るといつの間にかほとんど日は沈んでいた。


「わっやば!見たいテレビあるのに!!!」


起き上がった彼女は僕に目もくれず

「じゃあね!」と言って教室から出ていった。

片刃のハサミを残して


それをカイコさんは拾い上げ、私らも出よっか、

と言い鞄を持った。

そのまま無言で二人揃って昇降口に向かい靴を履き替えた。

靴を履き替えたカイコさんはそのまま僕を省みず

去ろうとしたが


「待って」


僕はとっさに腕をつかんで引き止める


「ねぇ、なんであんなことできたの?」


教室での一連の出来事について聞く

しかしカイコさんは


「離せ」


とだけ、言った。低い声で。僕はまたドキリとして離した。

カイコさんは振り返り、貼りつけたような笑顔で

「な~いしょ!」

と言って素早く走って言った。


このドキドキする胸は、一体何に対して

激しく鼓動を刻んでいるのだろうか

呪いはもうないはずなのに。



「ドキドキのお呪い」完

おまじないは漢字で

"お呪い"って書くんですよ。

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