記憶
誰にも逢わないはずなのに、
誰かに背中を掴まれそうで丸めた。
誰かに声をかけられそうで、
早く、そこから逃げたかった。
突然、降り始めた雨が、
頭に突き刺さってきそうだった。
体中の液体が、一つに縮こまった。
寒くて、痛かった。
目の前の道に、懐かしい人がいた。
思い出の人が見えた。
幻というのは、こんなにも、
ほっとするものかと、
こんなにも、胸が踊るものかと、
一人だけの瞬間を、抱きしめた。
人の記憶というのは、
人から逃げ出したいときに、
救いをもたらすために、
あるようだ。
懐かしい人、思い出の人、
そして、掛け替えのない人、を、
自分に見させるためにある。
雨なんて、記憶に比べれば、
どうってことはない。
誰にも逢わないってことも、
すぐに、記憶に押し出される。
痛さなんて、両親の姿に比べれば、
どうってことはない。
どうってことはないのだ。