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みつばちと幸せの妖精

作者: 霜月りつ

 しあわせの妖精って知ってるかな?

 それはね、朝一番のお日様が照らした花の中からうまれてくる花の精のことなんだ。

 大きな花からは大きなしあわせの妖精が、小さな花の中からは小さなしあわせの妖精が、毎朝うまれては飛び立って、であう人に、犬に、猫に、鳩に、すずめに、そう、いろんないきものにしあわせをあたえるんだ。

 たくさんのしあわせの妖精が、たったひとりの相手をしあわせにするために、花の中から生まれるんだよ。


 さて、その日、小さな小さなしあわせの妖精が生まれて青い空を飛んでいた。

 小さな小さな花から生まれたので、小さなしあわせしかあげられない。

 でもどんな小さなしあわせでも、がんばって出会った人をしあわせにしてあげようと飛んでいたんだ。

 わたしはだれをしあわせにできるかしら。

 妖精はこれから自分が誰かをしあわせにするのだと思うと、胸がどきどきして気持ちがわくわくしていたんだ。

 そんな小さな妖精が出会ったのは……なんてことだろう、大きな大きなかなしみを抱えていたいきものだったんだ。

 それはみつばちの子だったんだよ。

 そのみつばちの子はね、昨日、巣の中で友だちとケンカをして、飛びだしてきちゃったんだ。あんまり怒ってたし、悲しかったのでぐるぐるあたりをとびまわって、とうとう迷子になってしまったんだよ。

 さびしくて悲しくて、自分は世界で一番不幸だって思って泣いてたんだ。

 そんなみつばちに会ってしまったら、いったいどうする?



 しあわせの妖精はそっとみつばちの子のそばに下り立った。みつばちの子はうつむいてしくしく泣いてたので、さいしょは妖精に気づかなかったんだ。

「ねえ、泣かないで」

 しあわせの妖精はそう声をかけてみた。

「きみはだれ?」

 みつばちの子は顔をあげて大きな目で妖精を見たんだ。

「わたしはしあわせの妖精よ」

 みつばちの子はしあわせの妖精のことを知ってたので、飛びあがって喜んだ。

「ほんとう? じゃあぼくをしあわせにしてくれるの? ぼくを巣に帰して、友だちと仲直りさせてくれるの?」

「いいえ、いいえ」

 しあわせの妖精はびっくりして首を振った。

「ごめんなさい、わたしはとても小さなしあわせしかあげられないの。そんなたくさんの望みはかなえられないわ」

「ちぇっ、ちぇっ」

 みつばちの子はがっかりした。

「ぼくは今世界一ふしあわせなんだ。そんな僕をしあわせにできないんなら妖精なんかいらないよ。役にたたないしあわせなんか、あっちへいっちまえ」

 小さなしあわせの妖精はその言葉を聞いてとても悲しくなった。

 たしかに自分は小さな小さな花からうまれて、小さな小さなしあわせしかあげられない。こんな小さなしあわせなんてなんの役にもたたないのなら、自分はなんで妖精なんかにうまれてきたのだろう。

 それでも。

 小さなしあわせの妖精は泣いているみつばちの子になにかしてあげたいと思った。でも妖精の力は小さくて、ほんとうに何にもできなくて、ただそばにすわっていただけだった。

 みつばちの子はしゃくりあげ、妖精はだまってすわって。

 お日様はあたたかくみつばちの子のひたいや肩に光をなげかけ、風はやさしく羽根をなでていった。

 妖精は黙ってすわっていた。

 やがてみつばちの子は泣き止んだ。

 だまってひざをかかえこんだ。

 妖精はそばにいた。

 みつばちの子は、どうして妖精がそばにいるんだろうと思った。小さな小さなしあわせなんて今のぼくには必要ない。役に立たないって悪口いったのに、どうしていっしょにいるんだろう。

 妖精はちらっとみつばちの子を見た。みつばちの子もちらっと妖精を見た。

 妖精が自分を気にしていると思うとみつばちの子はなんだかふしぎな気持ちになった。昨日からひとりぼっちでだれも自分のことなんて考えてないと思ってたのに。

 このやくたたずの妖精は自分のことを考えてくれている。

 この世の中で一番不幸な自分のことを、考えてくれている。思っていてくれている。

 友だちでもないのに。出あったばかりなのに。わるぐち言ったのに。

 みつばちはさっき妖精にあっちへ行けって言ったのがちょっと悪かったかなと思いだした。

 それに。

 なんだかこの妖精からはいいにおいがする。


「ねえ」

 みつばちは小さな声で言った。

「君、なんかいいにおいがするね」

 その言葉に妖精はぱっと頭をあげた。

「それはきっとわたしがうまれた花のにおいだわ」

「ふうん、いいにおいの花だね。どんな花なの?」

「あの、よかったら」

 妖精はもじもじしながら言った。

「わたしの花を見にいらっしゃいよ」

 それでみつばちは妖精と一緒に妖精が生まれた花のところまで飛んでいった。

「へえ、小さい花なんだね」

 小さな小さな白い花が、たくさん集まって木の枝の先に固まっていた。

「そうなの。小さい花だから、わたしのしあわせの力もほんのちょっとなの」

 妖精は恥ずかしそうに言った。

「あの、蜜を少しもらってもいいかな」

 みつばちの子はおずおずと言った。昨日から何も食べてなくておなかがとってもすいていたんだ。

「ええ、ええ、どうぞ! 小さな花だけど、たんとのんでちょうだい」

 妖精は嬉しそうに言った。

 みつばちの子は花の花に頭をつっこんで蜜を飲んだんだ。小さな小さな花だったけど、蜜はあとからあとからあふれてきた。とても甘くておいしくて、きらきらした味の蜜だった。

 あんまりおいしいものだから、みつばちの子はどうしてもこの蜜を友だちに飲ませてあげたいって思ったんだ。ケンカした友だちにね。

 でもそれには巣に戻らなきゃいけない。

「どうすれば巣に戻れるかなあ」

「そうだ!」

 小さなしあわせの妖精は小さな手をパチンとあわせた。

「この先にレンゲ畑があるの。そこにみつばちがたくさんくるわ。きっとあなたの仲間もいるはずよ!」

「そうか、そうだね。行ってみよう」


 小さなしあわせの妖精とみつばちの子は一緒に並んでレンゲ畑に飛んでいった。

 妖精が言ったように、そこは一面ピンクのじゅうたんみたいにレンゲが咲いていて、甘い甘い匂いがしていた。そしてみつばちたちがブンブン忙しく飛び回っていたのさ。

「あっ!」

 しあわせの妖精と一緒にいるみつばちの子を見つけて、あわてて飛んできたものがいる。

「どこへ行ってたんだ! みんな心配してたんだぞ!」

 それは同じ巣のおにいさんみつばちだった。

「おまえとケンカした子も心配してずっと探していたんだぞ」

 そこへ小さなみつばちの子が飛んできた。それはケンカした相手のみつばちだった。

「どこ行ってたんだ、ばか!」

「ばかってなんだよ!」

「みんなにしんぱいさせて、ぼくだって!」

 ケンカ相手は目に涙を浮かべた。みつばちの子はそれを見てしゅん、となった。

「ごめんね…」

 そしてケンカしていた子にてのひらいっぱいの花粉のおだんごを差し出した。

「これ、とってもおいしい花からもってきたんだ。君にあげようと思って。大事にもってきたけど、半分くらい、飛んでいる途中で落ちちゃった。ごめん」

 ケンカ相手はその花粉をちょっとなめてにっこりした。

「うん、ほんとにおいしいね!」

 それで二人は仲直りしたんだ。しあわせの妖精はそんなふたりをにこにこして見つめていた。

 みつばちの子はしあわせの妖精を振り返った。

「ありがとう、僕をしあわせにしてくれて」

 しあわせの妖精はびっくりした。

「いいえ、いいえ。わたしはなにもしてないわ」

「でも僕が悲しいとき、さびしいとき、一緒にいてくれたよ。おいしい花の蜜をごちそうしてくれたよ。レンゲ畑を教えてくれたよ。だから僕はともだちと仲直りできて、しあわせになった。

 すごくすごく、大きなしあわせをありがとう!」

 小さなしあわせの妖精はあんまり驚いたしうれしかったし、ほめられて恥ずかしくなったので、くるくるっと回って上まで飛んでいってしまった。

 みつばちの子は笑っておいかけて、一緒にくるくる回ってみた。

 友達の子も一緒にくるくる回って笑った。ピンクの野原と青い空にみつばちの子供たちと妖精の笑い声がのぼっていった。



 それからみつばちの子は友だちと仲良くはちみつを集める仕事を続けたんだ。そりゃあ仕事はたいへんだけど、友だちと一緒ならがんばれた。

 そして仕事の間にみつばちの子はあの小さなしあわせの妖精にまた会えないかなあ、と探していた。

 また一緒にくるくる飛びたいし、あの恥ずかしそうな笑顔を見たいと思ってた。

 みつばちの子は知らなかったんだ。しあわせの妖精は、朝、花が開いて、夕方、花が閉じるまでの命しかないって。

 その短い命の間で出会ったひとをしあわせにするためにうまれてきたんだって。

 人をしあわせにしてその人が笑ってくれることが、妖精たちの一番のしあわせなんだ。


 だからね。


 もし君が小さな小さなしあわせの妖精にであって、あんまり小さすぎて見えなくても、幸せなときは笑っておくれ。

 そしたらそばでしあわせの妖精がうれしくってはずかしくってくるくるくるくる、飛び回って喜ぶから。


 くるくるくるくる。

 くるくるくるくる……。



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