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青い蝶と幼き記憶

「待ってよ〜!」

幼い夏鈴は山の中で一匹の青い蝶を追っていく。山へは兄と一緒に行ったはずだが、今は姿が見えない。

夏鈴は山道から外れ、森の中へと入って行く。蝶は逃げるというよりも、何処かへ導いているようだった。

膝丈くらいの草をかき分け、木の根を幾つも飛び越えると、山の祠とはまた別の、石で出来た小さな祠が見えた。それは、石が積み上げられた質素で小さなお墓のようにも見えた。 

蝶がそこに行き着くと夏鈴の鍵が青白く光った。そして、祠に糸が張り巡らされているのが見えた。蝶はその糸を切っていき、祠の中から木箱を取り出した。

夏鈴がそれを開けると、何とそこには幼い夏鈴よりも更に小さな子供の頭蓋骨があった。

「(ここを、しっかり覚えておきなさい)」 

夏鈴にはそんな声が聞こえたような気がした。 

そして、夏鈴はそれを元のように戻して山から降りた。蝶の姿はいつの間にか消えていた。



夏鈴は自分の部屋でずっと鍵を触っていた。紐はもうボロボロになって、鍵は傷だらけになっていたが、それでも肌身離さず着けていた。

「この鍵って何を開くものだったんだろ…」  

鍵が夏鈴にとって重要なものだという事は分かっている。だが、実際何に使うかまでは分からなかった。

粟生は父方の名前で、春子もそうだった。この斬縛の鍵は一族代々に伝わるものらしい。だが、それなら夏鈴ではなく冬馬に行ってもおかしくないはずだ。だが、夏鈴の父もそれを受け継かず、夏鈴にそれが回った。恐らく、一族の女性に継ぐものなのだろう。

ただ、夏鈴が生まれた時には春子は亡くなっていた。だからこの鍵がどういうふうに使うものなのか全く分からないのだ。  

夏鈴がそんな事を考えていると、冬馬が部屋に入って来た。

「夏鈴、ちょっと良いか?」

この年になってお互いの部屋に入らなくなっていたので夏鈴は驚いた。

「お兄ちゃん何なの?」

「ちょっと夏鈴に話しておきたい事があってな。」

冬馬は夏鈴の目の前に座った。

「お祖母さんが昔言ってた事なんだけど…、これは普通の鍵みたいに錠前を開けるものじゃない、『風』を斬るものだって言ってたんだ」

「『風』を斬る…?」

「詳しい事は俺も知らない。ただ、お祖母さんや夏鈴にしかこの鍵は使えないんだってさ。」

「桜弥さんが言ってたみたいに私は『鍵』になるのかな…」

夏鈴はそう呟いたが、結局の所はよく分からなかった。

冬馬はそのまま何処かに行ったらしく、それ以上の事は聞けなかった。


 

巡は和歌に伝えたい事が膨らんでいった。本当は手紙か何かがあればよかったのだが、本名も分からない相手に手紙は送れず、考えた結果、電話する事になった。

巡は履歴を開いて、そこに電話してみる。すると、この前と同じ声が巡の耳に届いた。

「もしもし、どうしたの?」

「和歌さん…、あなたにどうしても伝えたい事があるんだ。」 

巡は唾を飲みこんでこう言い出した。

「和歌さん、あなたはずっと僕のずっと先を行ってた、それなのに僕の事をずっと気にかけてくれた。僕はあなたにこれ以上の事は望まない、あなたはあなたのまま居て欲しい。和歌さん…あなたは僕の『英雄』だ…。」

和歌はしばらく考えていたが、こう答えた。

「うん…、ありがとう。そういえばこう言ってくれる人は生まれて初めてかな。何か…嬉しくてちょっと照れくさいかな。」

「あっ、すみません、僕は…」

和歌が首を振るのが何となく分かった。

「ううん、全然良いんだよ。私も、巡君は巡君のままで居て欲しいよ。」

「僕は僕のままで…」

巡は分からなくなった。本当の自分というのは誰も愛してはくれないと思っていた。和歌にも本当の自分はあまり明かした覚えはない。なのに、こうして言ってくれることが嬉しくて、それでいて凄く申し訳ない気持ちになった。言葉に詰まった巡は、適当な事を言って電話を切った。

そして、里子に会いに入日神社に向かった。

「お姉さま、こんにちは」

里子は自分と同じような見た目の人形で遊んでいたが、巡の元へやって来た。 

「何か悪い事でもあったの?」

巡は里子の近くにしゃがみ込んだ。

「はい…、こんな僕にも色々な繋がりがあります。ひょっとしたらお姉さまがくれたものかも知れません。ただ、その繋がりに悩んだ時はどうすればいいのですか?」

里子は巡の近くに寄ってきた。

「だから私は巡にその力を授けた。糸が導いてくれる。それに従ってればいい。私は生きれなかった、だから私の代わりに生きて…」

「はい…、お姉さまに救われたこの命果てるまでずっと…あなたさまのご意思のままに…」

実は里子の力は弱まっていくばかりだった。巡と透明な蜘蛛の力によって何とか存在しているものの常に危うい状況だった。この神社と、里子が生きた唯一の証が失われたら、二度と戻れない。里子は巡の運命を導くと同時に、自分の運命も導こうとしたのだ。

巡は神社から帰り、山の展望台に向かった。するとそこには冬馬が居た。 

「冬馬…何でいるんだ?」

「そっちこそどうして…」

二人の間にはなんらかの隔たりがあった。

「神社に行ってたんだよ」

「何しに行ってたんだ?まさか、またあの怨霊に会いに行ってたのか?」

すると巡は珍しく怒りを顕にした。

「お前…お姉さまを怨霊扱いするんだな?!あの方は時差しようとした僕を助けてくれたんだよ?!」

「違う!!」

冬馬は巡以上の声を上げた。

「あの時の巡は…、俺が助けたんだ。お前、ちょうどこの展望台で飛び降りようとしたよな?俺が偶然通りがからなかったら間違いなく死んでたぞ?」

巡はずっと、自分の手を掴んだ温かな手は里子のものだとばかり思っていた。それが一気に崩れ去った今、どうする事も出来なかった。だが、巡はその事実を受け入れようとはしなかった。

「違うのは…お前の方だ、冬馬」

巡は手を振りかざした。

「『呪縛蜘蛛』」

すると透明な蜘蛛は赤黒く色付いて巨大化し、冬馬を糸によって見動きが取れなくした。

「どうしてなんだ、巡…」

冬馬はとうとう指一本動かせなくなり、意識が遠のいていった。



冬馬が居なくなってから夏鈴は遊佐と家で遊んでいた。

「そういえば、冬馬さん遅いね。」 

「本当だ、何処行ったんだろ…」

その時、玄関扉が開いて真莉奈が入って来た。

「ふぅ…危なかった!」

真莉奈のローブは所々破けたり、何かが付着している。「怪を追い掛けてここまで来たんだけど…、あいつ、冥界製のローブを斬るだなんて…、それに、何か巨大な蜘蛛の妖がいたりして…大変だった。」

「そんな…あの…、真莉奈さん、お兄ちゃんは見かけませんでしたか?」

真莉奈は首を振った。

「さぁ…、私は知らないなぁ」 

その時、もう一度扉が開いて今度は桜弥が入って来た。

「真莉奈!」 

桜弥はすっかりボロボロになっていた。

「どうして?!ここには私しか行ってないはずなのに!」

「真莉奈の事、ずっと『風の目』で追ってたんだ」

すると真莉奈は顔を赤くして桜弥を怒鳴った。

「この覗き魔め!」

「真莉奈が俺の知らない男を犯してたら嫌だからな、そうなる前に俺が犯す…」

「この変態がっ!」

二人のやり取りを、夏鈴と遊佐は遠い目で見ていた。

「あの…、私達居るんですけど…、」

遊佐のその一言で桜弥と真莉奈は、二人を見て申し訳なさそうな顔をして何度も頭を下げた。

「ごめん!そんなはずじゃなかった!」

「これは見なかった事にしてくれよな?」

「いや、それは別に構わないんですけど…」

桜弥は咳払いをしてこう続けた。

「実はここに来たのは訳があるんだ。この村はかつて怨霊が暴れて一度滅びかけた事がある。そしてそれが再び起ころうとしているんだ。まぁ、この村は来年には無くなるから放っておいてもいいかも知れない。ただ、このまま怨霊を暴走させ続けたら別の所にも影響が出てくる。それを止めたのが夏鈴の先祖なんだ。そして、夏鈴にもその力がある。

俺達も手伝うが、夏鈴の力が無いと本当の解決には繋がらない。手伝ってくれるか?」

夏鈴はしばらく考え込んだ後、頷いた。

「よし、分かった。しかしかなり厄介な事になってるんだ、夏鈴の兄さんは『風の糸』で意識を失ってるし、あの怨霊…、里子と蜘蛛の妖の他に強大な怪も居る。ここから外はいつもの村じゃない、いつ何が起こるか分からない。遊佐、お前は俺と一緒に居ろ。夏鈴は自分が殺ることに集中すればいい。真莉奈は…、あの怪の事を任せたぞ。」

「うん、分かった。」

そして、夏鈴は勇気を振り絞って玄関扉を開いた。そこにはいつもの村とは打って変わった異様な光景が広がっていた。

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