入日の村
『始発電車
朝日とともに時間は動き出す…、車庫からやって来た電車は客を乗せ、走っていく。この一瞬だけは、車両も、線路も、みんな真新しく見えた。年季が入って着いた錆や傷も輝き、眩しくさえ見える。
天気は晴れ、順風満帆、これから一日をかけた旅が今日も始まる…。』
O県K市入日村、そこから少し離れた所に小さな高校がある。かつては、九泉岳町という所からも生徒が来ていたが、そこが滅んでからは生徒は減少する一方だった。
そこに通う二年生の青年、津久野巡は、少ない生徒の中でもずっと一人で、孤独を覚えていた。
「はぁ…、今日の話も良かったなぁ…」
真面目だが、感受性が豊かでデリケートな心を持つ、そんな巡は一人、スマホを見てため息ついていた。
この高校は、携帯電話持ち込み可だが、電源は切っておくという決まりがある。しかし、皆、休み時間などに開いていることが多かった。
巡が今読んでるのは、小説のサイトに上げられている『恋する百話集』だった。様々な人達の恋模様や、人間ドラマが描かれていて、毎回終わり方が違うというのが特徴だった。
「この作家さんは何を考えて生きてるんだろう…、まさか、自分も恋してるのかな…」
巡が教室の隅の方に目を向けると、女子生徒達が騒いでいる。
「最後の夏祭り、どうしよっか?」
「やっぱり〜、浴衣着るよね〜」
入日村には入日神社というものがあって、毎年夏祭りが開かれる。だが、今年はそれが最後だったのだ。
巡も毎回訪れているが、不思議と誰も気づかなかった。
「巡、先生来たぞ」
クラスメイトで、唯一巡に気を揉んでくれる人である冬馬
の声が聞こえたので、巡は慌ててスマホをしまった。
「あの作家さん…、確か、和歌さんだっけな?」
巡は真上を見ながら、そんな事を呟いた。
入日村には小さな小学校がある。そこに通う小学五年生の
粟生夏鈴は次の夏祭りについて考えてた。
「ユサ、一緒に行かない?」
夏鈴は肩に掛かるくらいの青みがかかった黒い髪の毛をカチューシャ編みにして、朱色の紐で留め、衿と袖とボタンが着いた青いワンピースを着ていた。
その隣に居るのは人丸遊佐、夏鈴の親友で、丸い目をした夏鈴とは対照的で、釣り目で、茶色い髪の毛を首の辺りで切り揃え、肩が出るタイプの黄色いシャツと、青い短パンを着ていた。
「アオ、今年も浴衣着るの?楽しみだね!」
名前の方が呼びやすいからなのだろうか。夏鈴は普段、名前では呼ばれず、呼ぶとしてもせいぜい兄や両親くらいだった。親友の遊佐も、クラスの男子も、先生もみんな名前呼びで、遊佐に至っては一種のあだ名のように定着してしまった。
「今年最後だからね…」
最後の祭り…、それには深い理由があった。九泉岳町が滅んでから、この村も人口減少の余波を受けており、仕舞いにはこの村の行政を廃止してしまう事になってのだ。
もちろん、納得してない人も居たが、夏鈴達は、仕方がないと思って諦めていた。
「うん、そうだね、また行こうよ!」
夏鈴と遊佐は先生が来るまでずっとその話をし続けた。
巡は家に帰ってパソコンを開き、小説のページを開いた。
『恋する百話集』は、百話を超えた今も更新されている。
巡は普段小説のページしか読まないが、最後までスクロールしてみると、URLが貼ってある事に気づいた。それを開くと、どうやらブログらしく、朝日の写真と一緒に文章が書かれてある。
「和歌さんって、写真も撮るんだ。知らなかった……」
プロフィールを見てみると、和歌を書くような短冊に、カメラが添えられたものだった。職業などは書いておらず、分かった事は女性である事くらいだった。
「なんでこんな事書いてあるんだろう…」
小説とはまた異なる、詩的で美しい文章、一日の始まりの輝きの一瞬を切り取った写真、どれをとっても目を見張るものだった。
ブログは一年前、ちょうど小説を書き始めた頃から書いてあるらしく、どれも写真が添えられていた。詩的な文章の他には、日常を切り取ったものもあれば、女の子らしくパフェの写真と顔文字があるものもあった。
「良いなぁ、楽しそうだなぁ…」
ページの一番最後にはコメント欄があって、様々な人がコメントをしていた。また、同じように写真を送る人も居て、その人も写真が上手かった。
巡も同じようにコメントを送ろうとした、しかし恥ずかしいのと、確実に読んでもらえないことに不安を抱き、戸惑った。その時、プロフィールの一番下に小さくメールアドレスが書かれている事を思い出した。
「そうだ、メールを送ろう。そうすれば、気づいてくれるはず…」
巡は考えに考えて、ようやくこんな文章を送った。
『和歌さん、始めまして、いつもあなたの小説を拝見させていただいています。どんな事があっても、これを読めば元気が出て、次の話を読む為に今日も頑張ろうって思えます。』
ここまで打ち込んで、巡は自分のハンドルネームが無い事に気がついた。そこで考えた結果、自分の名前をローマ字にしたJyunと、狐面のアイコンを付けて送った。
「どうか、読んでくれますように…」
巡はそう念じながらマウスのボタンを押した。
学校の終業式が終わり、夏祭りが始まった。普段は全く人が寄り付かない入日神社は大賑わいになっていた。夏鈴も遊佐も浴衣姿で祭りを楽しんでいた。
「ああ…、来年の今頃はこの村には居ないのか…」
遊佐の言葉がひどく胸に刺さった。普段意識する事はないが、毎年の楽しみがなくなる事に夏鈴は一種の寂しさを覚えた。
「だから、精いっぱい楽しもうよ!」
夏鈴は早速りんご飴を持っている。
「うん そうだね!」
二人は手を繋いで色んな出店を見て回った。
そして、日が完全に沈み、花火大会が始まった。二人が場所を取ろうと辺りを回ってる時、夏鈴はある人に気がついた。
その人はめでたい祭りには全く似合わない喪服のような黒い浴衣に赤いお帯を巻いていて、顔は狐面を着けている。
夏鈴はその人が妙に気になった。
「私、ちょっと行ってくる!」
「アオ?!」
夏鈴は遊佐から離れ、展望台まで駆け走った。
そして、人混みを抜け、その人の元にやって来た。
「君は…、一体何だ?」
「何か、あなたの事が気になりまして…」
狐面の人は口元を緩めた。
「僕の事が気になるなんて…どうかしてるよ?」
「もしそうだとしても全然構いませんよ?」
「……そうか…、」
すると、群青の空に大輪の花火が咲いた。
「この祭りは、入日神社の…、おねえさまの為のものなんだ…」
「この神社の事、何か知ってるんですか?」
すると、その人は狐面を付け直してこう答えた。
「いや、僕の事だ、気にしなくていいよ。」
「そうですか…」
夏鈴は首に着けてある鍵を取り出した。それは、祖母の春子から受け継いだもので、銅製の鍵だがところどころ錆びついていた。
「君は運命って信じるかい?」
「えっ?」
「例えば、僕達は生まれつき神様によって生きる道筋が決まってたりしないかな?」
夏鈴は考えこんだ。
「う〜ん…、もし、それなら人生不自由極まりないですね。自分の事は自分で決めたいですし…。」
「……そうか…、」
夏鈴の答えにその人は、話を続ける気をなくしてしまった。
「君、名前は何ていう?」
「あ、私は粟生夏鈴です、あなたは?」
「僕は津久野巡だ、また会えたらいいね。」
巡はそう言って、素顔を見せないまま、何処かへ消えてしまった。
「あの人、何だったんだろ…」
その時、神社の方に何かの風が吹き込んでいった。
「あれは…」
「アオ〜、何処行ってたの?!」
遊佐の呼ぶ声で夏鈴ははっと目が覚め、展望台から下りていった。