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デュアル・センシズ ~異世界を一つの体で二人旅~  作者: 凜乃 初
一章 薬師の少女と飛来する厄災
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1-5 訓練依頼

 じっと見られている。

 朝目が覚めると、隣の布団からじっとフレアが見つめてきていた。

 なんというか、甘い雰囲気とかそういうものは欠片も存在しない。「お前が犯人なんじゃねぇの?」みたいな感じの視線に、一発で目が覚めた。

 今日は薬草の採取は無いというので、川へと洗濯へ向かう。

 自分のものは自分で。村の男たちから下着類を少しだけ借りているので、それと取り換えて自分の分は洗う。その間もじっと見られている。

 いや、まあじっと見られるのはいいとしても、下着をあんまり見てほしくないんだけど……あとフレアは自分の下着を少しは隠してほしい。

 家に戻ってきて洗ったものを干したら畑の世話。水をあげ、雑草を抜いていく。

 薬草と雑草の区別はとても難しく、基本的にはフレアに任せることに。僕は薬草に付いた虫を取り除いていくのだが、異世界の虫が地球の虫と似たような感じでよかった。蜘蛛やゴキブリを触るのは無理だけど、カナブンぐらいなら掴める僕は手早く虫を摘まんで袋の中へと入れていく。この虫は後でまとめて森に放すらしい。すぐ戻ってきて無駄になるのではないかと聞いたが、虫も自然の大切な一部であり、むやみに殺すのはいけないことだというのがお婆さんの教育方針なのだそうだ。

 なお、摘まめないほどの小さな虫には、虫の嫌いな臭いを付けた水を撒いて逃げてもらう。

 霧吹きなんて便利なものは無いので、バケツに入れた除虫水を手で掬って薬草にかけていく感じだ。


「こんな感じでいいのかな?」


 全ての苗に除虫水を掛け終え振り返る。雑草を取りながらこちらをじっと見つめているフレアと目が合った……

 畑仕事を終えれば、朝ごはんだ。村の食堂へと向かうと美味しそうな匂いが漂ってくる。

 ご飯前から結構激しく動いたので、もうお腹はペコペコだ。


「「おはようございます」」


 僕たちがおばちゃんたちに声を掛けると、元気のいい声とすぐに準備するよと声が返ってくる。

 夜は村人がほぼ全員集まって食べるが、朝はそれぞれの仕事の進み具合もあるので来た人がバラバラに食べるらしい。

 少ししてテーブルに並べられた食事は、パンとスープにシカ肉のステーキだ。

 炭火でじっくりと炙られたステーキはジュウジュウといい音を立てているが、朝からはなかなかハードだな。


「朝っていつもこんなにあるの?」

「そうですよ。朝はしっかり食べないといけませんからね」

「そ、そっか」


 朝はヨーグルトで済ませていた僕からすると、お腹が空いているとはいえなかなかきついものがあるんだけど。


(無理に完食する必要はねぇが、食えるだけは食っとけ。ここじゃちょっと小腹が減ったからって食えるようなものはねぇ。次の飯は夕方だからな)

(分かった)


 そうか。お菓子なんて高価なものは無いだろうし、一日二食だから昼は必然的に抜きになるもんな。ここはしっかり食べておかないと、夕方まで持たない。

 昨日はお酒の影響でなし崩し的に始まってしまったが、何か食べる前にマナーでもあるのかとフレアをちらちら見ていると、フレアは料理を前に軽く祈ってからフォークを手に取った。明確に何かを言うことはないが、簡単に祈っている感じだろうか。

 僕もそれを真似て軽く祈ってからパンに手を伸ばした。


 半分ほどを食べ終えたところで、僕の胃に限界が訪れる。

 後は鹿ステーキが数切れ残っているが、これ以上は食べられそうもない。パンも丸々一つ残ってしまった。

 一方フレアは普通に完食している。これが、日ごろからちゃんと食べている人との違いかと思いながらフォークを置く。


「あれ、月兎さんどこか調子悪いんですか?」


 皿の上に残った料理を見て、フレアが不思議そうに首を傾げる。


「いや、僕朝はあんまり食べられないんだよね。こんなに出されるとは思ってなくて驚いちゃったよ」

「そうだったんですか」

「明日からはもう少し減らしてもらうつもり。残しちゃうのももったいないし」

「それがいいかもしれませんね。今日の分は――あ、アルメイダさん!」


 フレアが周囲を見渡し、隅の方でモリモリと山盛りのステーキを食べ続けるバウアーさんに声を掛けた。


「ん、どうした?」

「少し残っちゃったんですけど、いかがですか?」

「お、マジか。クレ! これだけじゃ全然足りん」

「だそうです」


 凄いなぁ……山盛りでも足りないって、どれだけ動いているんだろう。まあ、バウアーさんたち三人組は基礎代謝だけでも僕の三倍近く有りそうな気もするけど。

 僕の残りをどうぞと言って渡すと、嬉しそうにフォークで刺して自分の皿へと移した。

 空になった皿を流し場へと持っていき、水を貰って戻ってくる。

 水を一口飲み、一息ついたところで僕は意を決して切り出す。


「フレア、今朝からずっと見てるよね?」

「そうですか?」

「いや、さすがに誤魔化しきれないでしょ」


 じっと見てたし。ずっと見てたし。


「――月兎さんは、本当に月兎さんですか?」

「ん? どういう……(レイギス!)」


 僕は思い当たる節を見つけ、脳内でレイギスを呼びつける。


(昨日何があった! 僕お酒を飲んだ後の記憶がないんだけど! もしかしてレイギスが出てきてたの!?)

(おうよ! 超飲んだ! 超楽しかったぞ!)

(絶対それだけじゃないでしょ! フレアに何したの!?)

(ちょっと男の子あっぴるを)

「なんちゅうことを……」


 突然悶え始めたからだろう。フレアが「やっぱり頭に問題が!」みたいな視線を向けてきている。

 僕は慌てて弁明をした。


「あ、ごめん。それで、僕は僕かってどういう意味? 歓迎会でお酒を飲んだ後のことは覚えてないんだけど……」

「いえ、覚えていないのならいいんです。大丈夫です。月兎さんには何も問題ありませんから」


 何と言うか、すごく優しい声だった。これ完全にあれだよね。病気を隠して元気にふるまう家族の様子そのものだよね。

 フレアが席を立ち、洗い物を手伝ってくると言って流し場へと行ってしまった。その間に僕はレイギスへと何があったのかを問いかける。


(レイギス。何したの?)

(飲み会の後、ちょっと魔法のチェックやら月兎の身体検査をしてたんだよ。それをフレアに偶然見られちまってな。この村の様子からじゃ魔法は一般的じゃないみたいだし、隠したほうがいいと思ったから別のことに意識を集中させた。俺を月兎の知らないもう一人の人格として怪しげな雰囲気を出してな。今朝から観察してたのは、俺なのか月兎なのかを考えてたんだろ)

(そう言うことね)

(しばらくは観察されるかもしれねぇが、まあ気にするな)

(仕方ないか。レイギスもあんまり目立つようなことは止めてよね)

(気を付けるさ)


 さて、朝食を食べた一息ついた後、僕たちは何をすればいいのか。

 フレアは調薬を開始するが、基本的に一人でできることであり僕は手ぶらになってしまう。

 そこで昨日レイギスと相談していた僕自身の強化プランを実行することにする。

 ちょっと出てくるとフレアに言って家を出た後、僕は猟師のアルメイダさんの元へと向かった。

 

 猟師小屋へとやってきた僕はドアを叩き声を掛ける。すると、小屋の中からいつもの血に汚れたエプロンを付けたアルメイダさんが顔を覗かせる。

 相変わらずの迫力で、一人で対面するのはちょっと怖いがグッとこらえる。これから頼むことは、人一人の迫力に負けていては到底できることではないからだ。


「お、月兎じゃないか。どうしたんだ?」

「少し相談がありまして。今時間大丈夫ですか?」

「ちょっと待ってくれ。解体を最後までやっちまう。中で待っているか?」

(獣の解体か。ちょっと見てみたいな)


 僕も少し気になる。もしかしたら、大型は無理でもウサギみたいな小型の獣なら解体する可能性もあるし。


「僕も見学してもいいですか?」


 そう切り出すと、アルメイダさんは少し困ったように眉を下げ頭を掻いた。


「まあ構わないが楽しいものじゃあないし、というか気持ち悪いぞ。せっかく食ったもんを吐き出す可能性もあるがそれでもいいか?」

「――はい」


 そんな警告をされてしまうと少し躊躇してしまうが、必用なことだと気持ちを奮い立たせて頷いた。

 小屋の中へ入ると、窓が大きくあけられているにもかかわらずムッとした臭いが立ち込めている。血の匂いだ。胃がグリッと動くのを感じたが、それを強引に押さえ込む。

 お腹をさすっていると、アルメイダさんは苦笑しつつこっちだと言って小屋の奥へと案内してくれる。

 そこにはちょうど腹を開いた鹿が寝そべっていた。切り口からドロリとあふれ出す内臓に、思わず視線を背ける。


(おいおい、逃げてどうすんだよ。グロいかもしれねぇが、お前が今朝食ったステーキだって、こうやって切り分けられてんだぞ)

(……そうだね)


 もう一度、腹の開かれた鹿の姿を見る。目がこちらを見ているような錯覚を覚えさせられるが、この鹿はすでに死んでいるのだ。

 アルメイダさんは僕の様子をすこし心配しつつも、鹿へと近づき解体の続きを始める。

 内臓を取り出し、皮を剥ぎ、関節でバラしていく。その手際は素晴らしいもので、あっという間に鹿一頭は部位ごとに切り分けられよく見る食用肉の形へと変わった。


「後はこいつを水に晒して終わりだ」


 小屋の裏にある川から引き込んだ小さな流水に切り分けた肉を沈めていく。これで血抜きをすれば肉としては完成らしい。


「待たせたな。それで、どんな用事だったか」

「実は今回のことで少しは自分自身も戦う力を付けておいた方がいいと実感しまして」

「ああ、護衛から離されちまったんだもんな」

「ええ、それに今後は護衛を雇うお金もないので一人で旅することになりますから。そこで、誰かに戦い方を教えてもらいたいと思っているんです。この村で戦い方とかを知っていそうなのがアルメイダさんたちぐらいしか思い浮かばなくて」

「なるほどなぁ」


 アルメイダさんは腕を組んでうんうんと頷く。


「なら俺が教えてやるよ。こう見えても、元は傭兵だったからな。戦い方なら一通り知ってるぜ」

「元傭兵!?」


 確かにすごくいいガタイだけど、まさか傭兵だったとは。


「俺も昔は遺跡調査の護衛や、商人護衛なんかをやってたんだけどな。仲間が結婚を機に引退するってんで、俺もこの村に来て猟師を始めたのさ」

「そうだったんですか。そんな方に教えてもらえるなら心強いです」

「おうよ。けど、仕事はちゃんとしろよ。フレアちゃんに迷惑かけたら許さねぇからな」

「はい」

「いい返事だ。なら早速ちょっとやってみるか」

「やってみるってなにを?」

「そりゃ」


 そう言ってアルメイダさんは小屋の隅に置かれた衣装棚のような大きさの扉を開け、中から剣を取り出した。


「実際に振ってみるんだよ」


 ニヤリと笑みを浮かべるアルメイダさんに、僕は何か嫌な予感を覚えるのだった。

 

 アルメイダさんと共に外へ出る。そして剣を手渡された。

 ずっしりと重い鉄の剣は、僕の腰までの長さがある。僕からするとかなり長い代物だ。おそらくアルメイダさんが傭兵時代に使っていたものなのだろう。


「んじゃ構えてみな」

「こんな感じですか?」


 僕は剣道の授業を思い出しながら、中段で構えてみる。

 重いは重いが、身体強化が施されているおかげか疲れるほどではない。これなら普通に素振りもできそうだ。


「まあまあ様になってるな。んじゃ振ってみろ」

「はい」


 腕を振り上げ、剣を勢いよく振り下ろす。

 剣の重さに引っ張られ、地面に切先を叩きつけそうになってしまった。

 慌てて強引に止め、また振り上げる。今度は少し早めに止めることを意識しながら――

 ブワンッと風を薙ぐ音と共に剣が振り降ろされ、腰のあたりで止めた。

 アルメイダさんはそれを見ながら両腕を汲んで何も言わない。もっと繰り返せということだろうか。


(とりあえず振り続けてみろ。お前の体力や癖を見てるのかもしれない)

(分かった)


 そして五分ほど素振りを繰り返すと、アルメイダさんが終了を告げた。

 その表情はやや不服そうだ。


「体力はかなりあるみたいだな。正直、その剣を連続で振り下ろすなんて、十回も連続でやれば息が上がると思うんだが、どうなってんだ?」

「それは――アハハ、遺跡探索で鍛えられてたのかなぁ」


 もしかして、僕がバテるのを待ってたのか?

 失敗したかも。身体強化は普通の人間の体力から考えれば常軌を逸したレベルになるようだ。もっと早いうちで疲れたように見せて剣を止めるべきだったかもしれない。


(一般人との違いはちゃんと調べたほうがいいな。トラブルの元になりかねない)

(そうだね)

「それと、独特な振り方だ。癖ってほどじゃないが、どこかで剣を習っていた感じだな。もっと軽い剣だろ。あと刀身ももっと細身のもんだな」


 剣道のことだろうか。それならば、確かに剣はもっと細身だし、この剣に比べればだいぶ軽い。ただの素振りだけでそこまで分かるものなのか。傭兵って凄いな。


「体に合わせた剣はメイソンに打ってもらえばいいだろう。後は振り方をもっと実践的なもんにすれば良さそうだな」

「実戦的?」

「ちょっと貸してみろ」


 アルメイダさんに剣を渡すと、僕から距離を取る。そして剣を構え、勢いよく振り下ろした。そして体を捩じりながら振り上げ、さらに回転しながら横に薙ぐ。

 蹴りやガードを混ぜながら、足を止めることなく常に移動しながら剣を振っていく。

 円を描くようにぐるりと一周して、元の位置に戻ってきたところでアルメイダさんが素振りを止めた。


「と、まあこんな感じだ」


 一通りを行ったアルメイダさんは薄っすらと汗をかいてはいるが息を切らしている様子はない。


(なるほどな。剣を振った後完全に止めるんじゃなくて次の動きの力に変える。だから重い鉄の剣を何度も振り回してもそれほど力は使わないし、常に動き回れるから狙われにくくなる。戦う上での合理的な動きってやつだ)

(剣道だとあんな派手な動きはないからね)

(武器の違いが大きいだろうが、こっちの世界の武器に合わせるなら、アルメイダの動きを覚えたほうがよさそうだ)


 剣と刀じゃ振り方からして全く違うなんて言うしね。郷に入っては郷に従え。こっちの武器の使い方を学んだ方が、武器を選びやすいだろうし。


「月兎にはこの動きを覚えてもらう。コピーするんじゃなくて、力をどう次に生かすかってことをな」

「分かりました」

「とりあえずメイソンに剣を準備させるから少し待っててくれ。準備ができたらこっちから声を掛ける」

「はい、よろしくお願いします」


 アルメイダさんと訓練の約束を取り付け、僕はフレアの家へと戻るのだった。

 

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