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デュアル・センシズ ~異世界を一つの体で二人旅~  作者: 凜乃 初
六章 考古学者の少女とグロリダリアの魂
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6-4 その女、飲んでも呑まれず

「もういい! おじいちゃんに私の覚悟を分かってもらうんだから!」

「ミレイナ!」


 私が強く言っても、おじいちゃんが首を縦に振ることはなかった。

 ステラさんたちに豪語した手前、簡単には引き下がれない。だけど、頑固なのはおじいちゃんも私も一緒。このままじゃ平行線だ。

 ならおじいちゃんが動かざるを得ない状況にすればいい。

 私の覚悟を見せれば、おじいちゃんだって頷くはず。

 そう考え、倉庫を飛び出す。

 後ろから私を止めるおじいちゃんの声が聞こえたけど、足は止めない。

 そのまま港へと出て、私はとあるドッグを目指す。

 この港にはいくつものドッグが用意されている。それは、私のところの倉庫のような小さなものではなく、しっかりと海と繋がった大型のものだ。

 そこには今、何隻もの越境船が停泊していた。

 どの船も、何かしらの異常を抱えて航行を取りやめている船たちだ。私のところの船と同じように魔道具を壊されているものや、舵を破壊されているもの、船底を派手に抜かれたものや、船内に大量のネズミをまかれたものなど被害の形は様々だが、どれも船としては致命的なものだ。

 私はその中の一隻に近づき、修理している男の一人に声を掛けた。


「ちょっといいかしら?」

「あん。お、ロンドルのところの嬢ちゃんじゃねぇか」


 この人は同じ舟渡のバンスさん。バンスさんの船はうちとは違って大型船だけど、同じ舟渡として昔から懇意にしてもらっている。

 バンスさんの船も大商社の工作によって故障させられていた。だけど、すぐに貯蓄と少しの借金によって修理を行っている。


「そっちの船はどうだ? こっちはもうすぐ川に出られそうだ。新しく護衛の傭兵も雇ってな。もうどこの誰だろうと、俺の船に悪さはさせねぇ」

「うちはダメ。どこも取り合ってくれないし、おじいちゃんももう廃業するとか言い出したもの」

「廃業だぁ! あの爺そんな弱気なこと言ってんのか!」


 バンスさんは期待通りの反応をしてくれた。

 バンスさんも私と同じ。この川で生きて、この川で死にたいと思っている人種だ。この人なら、私の怒りを理解してくれると思っていた。


「そうよ! 私が跡を継ぐって言ってるのに、船を直さないとか言い出したのよ! 信じられる!? 私たちの命にも等しい船をこのままにするなんて!」

「あの爺、耄碌しやがったのか! 分かった! 俺がガツンと言ってきてやる!」

「まって!」


 バンスさんが勢いに任せてドックから出て行こうとするのを、私は慌てて止めた。


「なんだ。まさかミレイナも同じ気持ちなんて言うんじゃねぇだろうな!」

「そんなわけないわ! けどおじいちゃんの頑固さはバンスさんも知ってるでしょ」

「む、まあな」


 昔からの付き合いだ。バンスさんも、おじいちゃんが一度言い出したことを変えた記憶はないのだろう。

 だから私はバンスさんに協力を持ちかけた。


「だからおじいちゃんには私の覚悟を見せる必要があると思うの。船を直さなければ私が陸で仕事を探すと思ってるみたいだけど、私はこの川の女よ! なら新しい仕事だって川の仕事を見つけるに決まってるわ!」

「なるほど、そう言うことか!」


 バンスさんも理解したようだ。


「バンスさん、私を雇って! 見習いからでいい! どんな仕事だってこなして見せるわ!」

「良いぜ。その覚悟しかと受け取った! だがこいつは俺の船だ! ミレイナのところの中型船とは物が違う。下積みからみっちり働いてもらうぞ!」

「任せて!」


 あのおじいちゃんが、私の他人の船に任せるとは思えない。

 他人の船に私の命を預けさせるぐらいなら、自分の船を修理するはず。

 それにおじいちゃんが万が一修理をしなくても別の手がある。それは、私がここで働いて貯めたお金で、おじいちゃんの船を買い取るというものだ。

 原動力の壊れた中型船なんて、価値としては最底辺。壊れたボートと変わらないような値段で買い取ることができる。

 正式に船の所有者を私にしてしまえば、修理するのもしないのも私の自由。まあ、これに関しては時間がかかり過ぎるから、ステラさんたちに修理の協力をしてもらうことは出来なくなっちゃうけど、その時は頭を下げましょう。

 私はミレイナ。頭を下げられる川の女よ!


「バンスさんのところはいつから出られそうなの?」

「俺のところに雇われるなら俺のことは船長と呼べ! 出航予定は三日後だ」

「分かったわ船長。私はどうすればいいかしら?」

「下積みからっつったろ。明日にはこいつをドッグから出す。そしたら訓練だ。その後に掃除もやってもらうぞ!」

「分かったわ! じゃあ明日の朝、またここに来ればいいのね!」

「良く分かってるじゃねぇか」


 バンスさんが満足そうに頷く。

 船員としての下積み。それはひたすら掃除や荷揚げ荷下ろしの力仕事だ。

 だけどそんなことはいつもやってる。大型船だからって、なんぼのもんじゃい!


 バンスさんとの交渉を終えた私は、改めて倉庫へと戻ってきた。

 そこには、壊れた船を撫でるおじいちゃんの姿があった。

 やっぱりまだ惜しいんだ。本当はおじいちゃんだってこの船を捨てたくないに決まっている。だから私はその決断を後押しすればいいんだ。


「おじいちゃん!」

「ミレイナ、どこに行っておった」

「バンスさんのところよ。うちの船が直るまで、バンスさんのところの船に乗せてもらうことになったの」

「何じゃと!?」

「あんまり長い間乗ってないと感覚鈍っちゃうからね。大型船でも仕事はあんまり変わんないし、ちょうどいいでしょ」

「何を言っておるか! 許すわけなかろうが!」

「私がどんな仕事をしようとおじいちゃんには関係ないわ! 後を継がせてくれないっていうなら、私は私で自分のやりたい仕事を探すだけよ! もうバンスさんとは約束しちゃったから、今更無理なんて無しだしね」

「なんということを……」


 おじいちゃんは目頭を押さえていた。


「私の覚悟は伝わったかしら? 分かったら、早くステラさんたちに頼んで船を修理してもらってよね! それまでバンスさんのところの船から降りるつもりはないから!」

「違う……そういうことではないのだ……」


 家にいればきっとまたぐちぐちと言われる。

 私は船が直るまでの間、友達の家に泊めてもらうと言って倉庫を後にするのだった。


   ◇


 酒場の隅。そこに三人の男たちが集まってテーブルを囲んでいた。

 裏路地にある寂れた雰囲気の酒場は、密談するにはもってこいの場所だ。

 今も、男たち以外にいるのは、カウンターに突っ伏している女が一人だけ。昼から飲んで潰れている女など、この辺りでは娼婦しかいない。

 そもそも酔い潰れた女など気にする様子もなく、三人は会話を続ける。


「明日からバンスのところがもう越境船を川に出すらしい。仕事は三日後かららしいが、船が増えるとなれば値を維持できなくなるぞ」

「分かっている。すでに手は打ってある。大人しくしておけばいいものを、川の男だかなんだか知らんが、ただ勢いのままに生きているものは馬鹿が多いらしいな」

「問題ないのだな?」

「ああ、試験には事故がつきものだ」

「なるほど。可哀そうなことだ」


 意図を理解した二人もニヤリと笑みを浮かべる。


「わざと分かりやすく壊してやったというのに、まだ自分の立場が分かっていないらしいからな。俺は優しいんだ。事故で客に死者が出る前に止めてやるのさ」


 男は手に持ったグラスを灯りへと掲げ、琥珀色の酒に光を当てる。


「大型船の発展によって舟渡は増えすぎた。ここらで程よく減らすのは将来的にも大切なことだ」

「そうだな。舟渡など大型船が三隻あればいい」

「そして今後は愚かな選択をする者がいないようにしっかりと見張ってやるわけだ」

「さて、私はそろそろ次の商談があるのでお暇させてもらうよ」

「羽振りがよさそうだな」

「人を運ぶウォンド商会、資材を運ぶキュレイン商会、そして食料を運ぶ我がルーレンド商会、羽振りがいいのはみな同じだろ?」

「違いない」


 一人の男が席を立つのを皮切りに、他の男たちも揃って店を後にする。

 テーブルには酒代には多すぎるほどの硬貨が並べられていた。

 店員はそれをポケットへとしまい、何事もなかったかのようにグラスを片付ける。

 そんな中、酔いつぶれていた女性が体を起こした。


「なかなか面白そうな話を聞いちゃったわね」


 真っ赤な髪をかき上げ、第二特務隊隊長ピスミス・ヌートリアは青い瞳を細めるのだった。

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