5-9 あなたに私の恥ずかしいところ、全部見せてあげる!
真っ白な空間に俺は閉じ込められていた。
セフィリアが放った弾丸は、俺の魂を打ち抜き月兎の肉体から半ば強制的に引きずり出した。
いや、出したという表現は相応しくないかもしれない。
正確には俺の魂はまだ月兎の体の中にある。だが、隔離スペースに閉じ込められたような感じだ。月兎の意識を感じることは出来ず、外の様子を確認することもできない。
「あいつ、なにがしたいんだ」
セフィリアはどんな魔道具を作った。
俺の魂を隔離するだけ? そんな意味のないものを作るとは思えない。
とにかくこの場所から出る方法を考えるか。魔法を使うのは――無理だな。魔力が集まる気配がない。やはり肉体が無いと魔法の発動は無理か。
真っ白な壁を軽くたたいてみると、コンコンと子気味の良い音が返ってきた。まあ素材は関係ないだろうな。ここ魂の空間だし。
「そんなことをしても無駄よ」
後ろから聞こえた声に振り返る。そこにはセフィリアがいた。
いや、今のセフィリアとは違うな。さっきまでと服が変わっている。あのタートルネックのセーターは、当時のあいつのお気に入りだったはずだ。
「あんたはいつのセフィリアだ?」
「察しがいいわね。私は眠りにつく前の私。グロリダリア時代最後の私よ」
「なるほど、ゲノムをコピーして撃ち込んだのか」
あの魔導具の引き金を引く瞬間、あいつの紋章が光ったのはそれが理由か。
自分のゲノムコピーを弾丸に込めて対象の魂に撃ち込む。それに触れた魂は、隔離空間へ閉じ込められ、そこでゲノムコピーの人格と対面すると。
「んで、なにがしたいんだ。人格コピーなんて見せて。その技術は普通にAIにも使われていただろ」
「ええ。技術自体は全て既存のものよ。今回の私は試合を捨てて勝負で勝ちに来たの」
コピーのセフィリア――めんどくせぇや。ここにはコイツしかいねぇし、セフィリアでいいか。セフィリアはゆっくりと俺へと歩み寄り、手を伸ばす。
その指が俺の顔に触れた瞬間、大量の景色が流れ込んできた。
同時に、真っ白だった壁面が町の風景へと変化する。
「こ、これは……」
「どう、私の幼いころは。なかなか可愛いでしょ」
町の病院だろう。そこで一組の男女に歓迎されている乳児の姿。
すやすやと眠る乳児の頬を、男の方が幸せそうに突いている。
「これ、お前の記憶か!?」
「次はこれね」
さらに視界が切り替わり、幼い少女が同い年の子供たちと共に駆け回っている。
そんな光景と共に、俺の心の中には楽しいという感情が溢れかえっていた。それは俺のものでも、ここにいるセフィリアのものでもない。駆け回っている少女のものだ。
「分かったかしら?」
「記憶の視聴と当時の感情の追体験か」
「なかなか面白いでしょ」
なるほど。確かにこれは面白い。
セフィリア自身のゲノムデータを使用することで、忘れてしまったと思っているような記憶でも鮮明に映像として映し出すことができる。さらに、魂の状態でのデータだから、当時の感情までもがリアルに再現されている。
ただ思い出の映像を見るよりも、当時をはっきりと振り返られる。
これは犯罪の証拠集めにも使えるな。犯人のゲノムデータを回収できれば、そこから当時の犯人の行動と感情までもが全て読み取れる。その時の思考が読み取れるから、殺すつもりだったのかそうじゃなかったのかまではっきりするわけだ。冤罪もゼロになるだろう。
しかも、ゲノムデータは血の一滴からでも採取できる。
現場に犯人の血が一滴でも落ちて入れば捕まえることができ、被害者の血を回収しても、死ぬ直前の様子を再現できる。
「かなり便利な魔道具だな。けどちと発表が遅かったな」
すでにグロリダリア時代の大半は昇華してしまった。昇華先の世界は物質に縛られない。文字通り無限の世界が広がっているのだ。そこに犯罪は存在しない。
今の時代に残すにしても、ゲノムデータの情報化が出来ないから意味のない魔道具になっちまう。
「言ったでしょ。試合を捨ててるって。勝負はこれからよ」
「あん?」
場面が満たれた景色へと変化した。
そこは俺の家の玄関。セフィリアの姿は、俺と出会った当時のものだった。
(ムカつく。なんで私の論文がそこまで言われなきゃいけないのよ。一言文句言ってやる)
流れ込んでくる感情は、当時のセフィリアのものだろう。なんとも分かりやすい感情だな。
そしてホームAIとの言い合いに発生し、そのまま拒否されてしまった。
(なんなのよこの家は! 住人が住人ならAIもAIね! いいわよ、ならハッキングして強引にでも入ってやる!)
なるほど、怒りで犯罪かどうかなんてどうでもよくなってたわけか。
当時の相手の感情が分かるのはなかなか面白い見世物だな。
まあ、その後はハッキングに成功して優越感に浸ったり、直後に俺に逆襲されたりしてジェットコースターのような感情の起伏に笑いっぱなしだった。
以降、数回の訪問は同じような感情でセフィリアがやってきていたみたいだが、それがしばらくすると少しずつ変わり始めた。
感情に喜びが混じり始めていたのだ。
(今日こそここのセキュリティを突破してみせるわ!)
そう意気込むセフィリアの姿には、どこかチャレンジャーのような楽しさが含まれていた。やってることは犯罪なんだけどな。
「これ、お前としてはどうなのよ。喜んで犯罪してるわけだけど」
記念にとここにいるセフィリアに尋ねてみる。
「当時は若かったわね。技術もまだまだ甘いわ」
「そっちかぁ」
今も昔も俺ん家にハッキング掛けることの罪悪感はない訳ね。
そして案の定逆襲されて、魔法を発動させる。どうやらちょうど、例の日だったようだ。ブラが壊れて逮捕された日だな。
軽い言い合いの後、あいつは町中で摑まった。
混乱と動揺の中で拘置所へと移送され、取り調べを受ける。
(あいつのことは黙ってないと。私のせいで迷惑かけちゃう)
そんなこと思ってたのか。
「もともと私が何度も挑戦したせいだしね。それがなければ、レイギスだってあんな魔法を使おうとは思わなかったでしょ」
「それもそうだが――」
刑事に何度も聞かれても、セフィリアは知らないの一点張りだった。
刑事も途中で頭を掻いて部屋を出たりしている。
相手がなまじ優秀な科学者だっただけに、無茶な取り調べは出来なかったのだろう。
お互いが我慢比べを続ける中で十日が過ぎ、記憶の中の俺が動いた。
誘発テロと名付けられた、犯罪魔法の強制一斉インストール。
取り調べしていた刑事たちもこれには慌て、セフィリアのことなどほっぽり出して事態の鎮圧にかかっていた。
そんな情報が流れてきた当のセフィリアの感情は困惑で埋め尽くされていた。
(なんで――あいつに私を庇う理由なんて無いのに)
ふむふむ、当時は両方が自分が悪いと思っていたわけか。
丁度俺から登録した魔法を消しとけってアドバイスしたのもタイミングが悪かったかもしれないな。
そしてセフィリアは無事に釈放され、家へと帰る。
カーテンを締め切った家でソファーに深くもたれ掛かり、セフィリアは考えていた。
(あいつはいつもこんな気持ちだったのかな)
連日のように押しかけてくるマスコミ。大学からは解雇のメールだけが届いており、それ以来音沙汰はない。友人たちも面倒を避けるように、定型的な心配しているという文章を送ってくるだけだ。
初めて感じる孤独の中で、郊外の家に一人で済む俺のことを連想していたらしい。
失礼な。俺は好んで一人だったんだ。別に寂しかったわけではない。まあ、セフィリアが引っ越してきた後が鬱陶しかったというわけでもないが……
(よし、決めた。引っ越そう!)
セフィリアがソファーから立ち上がると同時に、場面が変わり再び俺の家へと戻ってきた。
(来ちゃった)
これは挨拶の直前か。あの大量の素麺の消費に一カ月もかかった。
(ウザがられないかしら。いえ、私があいつを孤独から解き放って見せるわ)
「おう、なんか無駄に迷惑な決意してるな」
「でも実際孤独だったでしょ?」
「受動か能動かはかなり重要なところなんだよなぁ!」
もちろん俺は能動だ。
挨拶を終えて、さらに場面が変わる。引っ越してしばらくしてからのようだ。魔道具を持って俺の家へとやってきていた。
引っ越してからやけに魔導具の試作を持ってくると思っていたが、そういう理由だったのか。
(今日のは力作ね。これならあいつだって――ってなんで私はあいつに認めてもらおうとしてるのよ! 違うでしょ! 私はあいつを孤独から救うために――まあ、私が会いたいっていうのもちょっとはあるけど)
「おいこら、目的が変わってんぞ」
「可愛いでしょ。乙女っぽくていいと思わない?」
「当事者じゃなければな」
「ところでレイギス。正直なところ、ここまで見てどう思う?」
「……」
俺はセフィリアから視線を逸らす。するとすぐに視線の先へと回り込み、俺の瞳をのぞき込んできやがった。
「逃げないで。もうさすがに分かってるでしょ。私、あなたのことが好きなのよ?」
「手間かけた割には随分あっさり言うんだな」
「手間かけた分、あっさり言っても伝わったでしょ? 私の思いがどれだけのものか」
映像が速度を上げてまるで早回しのように動き出す。
俺のためにわざと多く料理を作るセフィリア。俺の好きそうな服を選ぶセフィリア。活き活きとした表情で、俺の家を訪ねるセフィリア。
どのセフィリアも、俺のことを考え、そして楽しそうに笑みを浮かべていた。
「レイギス、あなたの気持ちを聞かせて」
「……俺はセフィリアに対して、特に深い感情は持ってない」
それは素直な気持ち。あいつのことに関しては、まあまあマシな科学者としてしか見ていなかった。
あいつのことを異性として意識したことはほとんど無い。まあ流石に、恥ずかしがる姿だったり、庭に干してあった下着を見た時とかにはさすがに意識もしたが、だからと言ってその感情が好きにつながるものではなかった。
「やっぱりか。科学者として女としても、まだまだあなたの心には届いていなかったのね」
落ち込んだように俯き、セフィリアは小石を蹴る様に軽く足を振る。
「じゃあ私は、あなたを引き留めることはできないのかしら?」
確かに俺は自分から孤独を選ぶタイプだし、人付き合いの良い方でもない。
面倒な相手はさっさと切り捨てるし、ウザい相手はとことん追い込む。
――けど、好意をバッサリ切り捨てられるほど、冷めきっちゃいない。
「とりあえず昇華はしてやる」
「……ほんとに?」
「ああ。けどお前の気持ちを受け止めるつもりもない。延長戦だ。そんなに俺の心が欲しけりゃ、自分の力で落としてみろ」
「それが聞ければ十分よ! 絶対に落としてあげるから、覚悟しておきなさい!」
不安そうだった表情が一変、花開くように明るい笑顔へと変わる。
それは、映像の中の笑顔と同じものだ。
「言質は取ったわ。ならこれ以上、私の恥ずかしい記憶を見せる必要はないわね! はい、解散!」
笑顔を浮かべながらも、頬を真っ赤にしたセフィリアは、ぱちんと指を鳴らす。
とたん、映像が途切れ白い空間はガラスが割れるように消滅した。同時に、セフィリアの姿も消滅する。
(お、戻ってきたな)
月兎と繋がる感覚に、俺は安心感を覚えた。
(レイギス、お帰り)
(その反応的に、そっちのセフィリアから話は聞いてるな)
(うん、告白するから待っててってね。結果はどうなったの?)
(たくっ、返答保留だ。とりあえず昇華はしてやるがな。とりあえず勝負の結果を発表するから、一旦入れ替わるぞ)
(了解)
月兎が腕輪を作動させ、俺と人格を入れ替える。
表に出てきた俺は、本物のセフィリアと向かい合った。
「ゲノムコピーと話してきたぞ」
「結果は分かってるわ。あの魔法、解除するとコピーの体験をこっちにフィードバックするから」
「手間が省けるな。とりあえずそう言うことだ。昇華はしてやる。後はお前次第」
「ええ、頑張るわ」
「なら今回の試合の結果だ。これも分かってるな?」
「ええ。今回もレイギスの勝ち」
セフィリアの魔導具は、既存の魔法を組み合わせ、魂を隔離するもの。それに対して俺の魔法は、二つの魂に直接干渉して効果を発揮するもの。魂に反応させるものと、強制的に動かすものでは後者の方が圧倒的に困難な魔法だ。
しかも、二つの魂という過去類を見ない状態に対して作用させている俺の魔導具は、世界で初の魔法ということになる。
結果、俺の勝利は揺るがない。
「けど勝負にはまだ負けてない」
「延長戦だけどな。月兎を送ったら俺も昇華してやる。そっちで勝負の続きだ」
「ええ」
ま、俺としては予期せぬ延長戦だが、まあセフィリアの頑張りに免じてもう少しだけ付き合ってやろう。簡単に落ちるつもりはないけどな。
(レイギスにも春が来たんだね。こんなに想ってくれる子がいるなんて羨ましいなぁ)
心の中からヒューヒューとはやし立てる月兎にイラっとしつつ、俺もこんな感じに思われているのかと少し自重するべきか考える俺だった。




