5-7 目覚めはキスと決まっているが、カプセルから目覚めるのもまた美しい
翌朝、目を覚ました僕は早速準備を行い、遺跡へと向かった。
そこは町から見える丘を越えた先にある小さな遺跡。
町の人からは、一階層というよりも一部屋しか存在しない意味のない遺跡と思われているようだ。
「ここだね」
そんな小さな遺跡の入り口は、草原にポツンと設置してあった。
誰も来ることのない遺跡は放置されたままであり、入り口付近まで雑草が茂っている。
哀愁を漂わせている雰囲気だ。ここでずっと人が眠り続けていると思うと、少し寂しく思う。
(レイギス、道の指示お願いね)
(おう、とりあえず普通に入って奥までだな)
(了解)
扉だけ取り外された後の遺跡へと踏み込む。
中は真っ暗で明かりが一切ない。暗吸苔も無いようで、階段になっているはずの足元が全く見えなかった。
僕はカバンの中からランタンを取り出して着火する。
(珍しいよね。魔光も暗吸苔もないなんて)
(誰かを呼び込むための遺跡じゃないみたいだしな。それならむしろ下手に荒らされる心配がない分、こっちの方がいいんだろう)
(呼び込むつもりがないって。それじゃどうやって起きるのさ)
(事情を知ってるやつに起こしてもらう。そのつもりだったんだろう)
階段を降り切ると六畳間ほどの小さな部屋に出た。
壁面は全て石壁になっており、壁画のようなものも見当たらない。
確かにこれなら、この奥に何かあると思う方が難しい。
遺跡の壁を破壊するってことはあまりないみたいだし。
(ここで行き止まりみたい。特に操作できそうなものもないけど)
いつもならばキューブなりなんなりで遺跡の隠し扉の開閉ぐらいできそうなものだが、それらしきものも見当たらない。
(あいつなら正面の壁だろうな。そこに右手を当ててみてくれ)
(うん)
言われた通りに正面の壁の前に立ち、紋様の浮かぶ右手をふれさせる。
石のひんやりとした感触が手に伝わる。
(特に何もないようだけど)
(もう少し待て。3……2……1……)
レイギスのカウントがゼロになった途端、触れていた壁から振動が伝わってきた。
(魔力の認証とコードへの介入。ほんとあいつらしい遺跡だわ)
そんなことをつぶやいている間にも振動は大きくなり、天井から埃が降ってくる。
僕はフードを被って口元を袖で塞ぎ、壁から離れた。
すると、今まで触れていた壁のつなぎ目から光が漏れ始め、ゆっくりと壁が左右に開いていった。
現れた通路は、現代の研究所を思わせるような白い壁の続く明るい通路。照明もしっかりと設置された通路だ。
(この先だな。月兎、頼む)
通路を進んでいくと、すぐに新しい扉が現れた。
その扉は、僕が近づくとカシュッと音を立てて自動で開く。
その先に僕たちの目的のものがあった。
人ひとりが眠る分には十分なサイズのカプセル。斜めに設置されたそれは、一部が透明になっておりそこから目を閉じた少女の顔が覗いていた。カプセルの中は液体に満たされているのか、少女の髪の毛が液体の中に漂っている。
(彼女がセフィリアさん?)
(ああ。懐かしい顔だ)
(起こしてあげるんだよね。どうすればいいの?)
(カプセルの横に操作用のキューブがあるはずだ。そこに触れてくれ)
少し探せば、それはすぐに見つかった。カプセルに半分埋め込まれた形で存在するキューブに右手を触れてスクリーンを投影させる。
ログインを行い、プログラムを表示した。
(えっと、起床はこれだね)
(そうだ。行程はカプセルが勝手に実行するから、特に何かすることはないぞ)
(じゃあ起こすよ)
スクリーンにタッチして、起床プログラムを起動させた。
すぐにカプセルの中から液体が排出されていき、蓋が左右に開く。
初めて全体を見ることができた少女の姿は、病院服のような簡素なものだった。
つい先ほどまで液体に満たされていたにもかかわらず、服や髪が濡れていた様子はない。
(乾いてる?)
(あの液体自体が特殊なもんだ。そもそも本物の液体なら呼吸自体出来なくなる。詳しくは省くが特殊な酸素や化合物を吸わせることで、肉体を睡眠状態に固定して老化を停止させる。それがこのカプセルだからな)
(へぇ)
相変わらず、ずば抜けた技術力だと思いながらしばらくその姿を眺めていると、少女の瞼がピクリと動きゆっくりと開いた。
眩しさに少し目を細めた後、体を起こす。そして僕と目が合った。
「あー、えっとおはよう」
僕の記憶の中にあるグロリダリア語で話しかけてみる。
少女は少し驚いたように目を開いた後、何かを探る様にじっと僕を見ていた。そして一度頷きカプセルから立ち上がる。
「おはよう。起こしてくれたことには感謝するわ。私はセフィリア。あなたの名前は?」
「僕は月兎」
「月兎君ね。覚えたわ。早速で悪いんだけど、一つ聞きたいことがあるの」
「なにかな?」
「あなたの中にレイギスはいるかしら?」
「いるよ。この会話もしっかりと聞いてる」
「そう」
セフィリアさんはもう一度頷き、僕の瞳をのぞき込む。その様子はまるで、僕の奥にいるレイギスの姿を探っているようだ。
「レイギス、聞こえているわね」
(ああ)
「通訳したほうがいいかな?」
レイギスの答えが聞こえるのは僕だけだけど。こういう時に自由に入れ替われたらいいのにと思う。
「いいわ。何となく言っていることは想像できるし。とりあえず私が言いたいのは一つだけ。他人に迷惑かけてるんじゃないわよ! 人に宿るとか何考えているの!? 迷惑にもほどがあるでしょ! 肉体の維持が問題ならカプセルがあるし、そうじゃなくても適当にアンドロイドの器を作っておけばいいことでしょうが!」
レイギスが怒られているはずなのに、面と向かって怒鳴られているものだから僕が怒られている気分になる。何だろう、謝らなきゃいけない気にさせる雰囲気がセフィリアさんにはあるんだ。
(ハハハ! そんなつまんねぇ復活は天才のやることじゃねぇな!)
「どうせ自分のことを天才とか自称してるんでしょうけど、あなたのやることは基本的に天災なのよ! 被害規模が大きすぎるんだから、少しは自重しなさい! 今の時代の人に迷惑でしょうが!」
(大丈夫、大丈夫。肉体がないおかげで、だいぶ自重はしてるさ)
「たぶん、自重してるとか言っていると思うんだけど、寄生されてる身として月兎君の意見が聞きたいわ」
凄い、聞こえてないはずなのに、会話がちゃんと成り立ってる。
これが天才どうしの会話ってことなのかな? いや、単にセフィリアさんがレイギスの性格を把握しているだけの気もする。
話を聞く限りかなり仲が良かったみたいだし。
それよりも質問の答えだ。レイギスが自重しているかどうかと言われると――
「してない……かな?」
(月兎氏!?)
いやだって遺跡から出るときに花火打ち上げたり、勝手に娼館行ったりしてるし。
気付かないと思った? やけにスッキリしてるし、確実に楽しんできてたよね?
(バレてる……だと!?)
(僕の体だからね)
まあゆくゆくは必要なことだったからと思って諦めたけど。
僕の答えを聞いて、セフィリアさんは大きなため息を吐いた。
「はぁ。やっぱり。だから私は残ってたのよ。レイギス、もう色々見たでしょうし満足でしょ。さっさと昇華するわよ。ここにもその装置は持ってきてるし」
どうやらセフィリアさんがこの時代まで眠っていた理由はそれだったようだ。
レイギスに対する思考が完全に飼い主のそれである。公園で遊ばせた後のペットにリードを繋ぐ感じ。
けど僕としてもそれはちょっと困る。
「あ、ちょっと待ってください。レイギスには僕を元の世界に戻してもらわないと」
「元の世界? あなたこの世界の人間じゃないの?」
「どうも事故かなんかでこっちの世界に迷い込んだみたいで、その折にレイギスを宿したんです」
僕はなんでこの世界に来たのかと、帰る魔導具がある場所に向かって旅をしていることをセフィリアさんに告げる。
するとセフィリアさんは頭を抱えていた。
「ウチのバカがごめんなさいね。大変なことに巻き込んじゃって」
「まあ、これもいい経験になりますから」
「そう言ってもらえると助かるわ」
実際、地球に還ったときには時間も戻っているって話だし、経験だけを得られるなら、これほど良い場所はない。
「けどそう言うことならこれは渡しておいたほうが良さそうね」
セフィリアさんが棚から取り出したものは、遺跡などでも良く目にするコントロールキューブだ。
「これを起動させれば昇華ができるわ。対象も選択できるから、間違って月兎君を昇華させる心配もない」
「ありがとうござます」
(受け取る必要ないぞ。俺昇華するつもりはないし)
「え!?」
受け取ったキューブを思わず取り落としそうになってしまった。
慌てて抱え、レイギスに今の発言の真意を尋ねる。
(どういうこと!? 昇華しないってもしかして地球についてくるの!?)
(いや、普通に永眠するつもりだ。別に昇華してもやることないしな)
(やることないって……)
「どうしたの?」
僕が焦っている様子を見て、セフィリアさんが首を傾げていた。
「レイギスが昇華するつもりはないって。僕を元の世界に戻したら永眠するつもりだって言うんです」
「ハァ!?」
今度はセフィリアさんが吠えた。
「昇華してもやりたいこともないからって」
「ふざけんじゃないわよ! 何のために私がここにいると思ってるの!? あんまり馬鹿なこと言ってると、強制的に昇華させるわよ!」
(昇華の選択は個人に委ねられているはずだ。昇華を選ばなかった科学者だって結構いただろ。それと同じだ。無限と永遠を約束された世界に興味はねぇ)
僕がレイギスの発言を代わりに伝えると、セフィリアさんは唇を強く噛み締める。
「けどあなたが来るのを待っている人だって」
(いねぇよ。それはお前が一番よく知ってるだろ)
「それは……」
否定はできないようだ。隣に引っ越して暮らしていたセフィリアさんなら、それが嫌でも分かってしまうのだろう。
けどこの反応、セフィリアさんは一緒に昇華することを望んでいるんじゃないの?
「分かったわ。意見が分かれた以上、私たちのやり方で勝負を決めましょう」
(懐かしいな。勝負内容は?)
「隣の部屋に私とあなたが昔作った魔道具が保管されている。そのジャンクを使った新しい魔道具の製作よ。そんなに死にたいのなら、私は勝ち逃げさせてもらうわ」
(その話、乗った)
そう答えたレイギスの感情が、僅かに昂るのを僕は感じたのだった。




