5-6 過去を振り返る2 テロリストが語る当時の様子
セフィリアが再び俺の家を訪れたのは、それから二週間後のことだった。
あいつは当然のように俺の家のAIにハッキングを掛け、強化しておいたAIのプログラムによってあいつの端末に逆ハッキングが行われ、想定通り魔法を暴発させた。
外からなかなか可愛い悲鳴が聞こえてきて、あいつの来訪を知ったぐらいだ。
玄関を開けると、あいつは自身の体を抱きしめるように抱えてその場にしゃがみ込んでいた。
「よう、やっと来たか」
「れ、レイギスぅぅううう!」
顔を真っ赤にして涙目に見上げてくるセフィリア。なかなかの光景に背筋がゾクゾクする。
まあ、なんでこんなことになってるかって言えば、暴発させた魔法の効果だ。
「発動対象の意識化に働きかけ、衣類を身に纏っていないように錯覚させる魔法。なかなか面白いだろ」
ちなみに、二週間前あいつに渡した試作段階の魔法の完成形だったりする。
用途としては、露出狂の合法プレイ化だな。周りからはちゃんと服を着ているように見えるのに、自分は服を着ていないと錯覚してしまう。
うん、我ながら新たな救いを作ってしまったものだ。
「な、なんて魔法を作ってるのよ! しかも、了承もなしに相手に掛けるなんて犯罪よ!」
「AIハッキングの再犯者が何言ってんだ。しかも、反撃で食らってるくせによ」
「ぬぅ! とにかく早くこの魔法解きなさいよ!」
「やだ。少しは反省しろ間抜け」
俺の障壁プログラムを土壁っつったこともな。
「ぐぬぬ、次は絶対に突破してやるんだから! 覚えてなさい、この変態科学者!」
セフィリアは、クラウチングスタートのような姿勢で駆け出し、瞬く間に俺の視界から消えてしまった。
何かを羽織っても、それも含めて全部着ていないように錯覚させるのが俺の魔法だ。ここが郊外とは言え、あいつは今町中を全裸ダッシュしている感覚なのだろう。
頼めば家に入れてやるぐらいはしてやろうと思っていたのだが、なかなか特殊な性癖をお持ちだったのかもしれない。
この二度目の邂逅を経て、俺たちの関係はなんとなく決まったのかもしれない。
◇
それ以降、あいつは定期的に俺の家を訪れるようになった。主にハッキングのためだが。
人の家を何だと思ってやがると思いつつも、俺もちょうどいいとあいつのハッキングに対する防衛プログラムに新作だったり、これまで使う相手がいなかった魔法を盛り込み、あいつの体で実験させてもらっていた。
手始めに、肌の色を変化させる魔法、髪の毛を毛根から直立させる魔法、エルフ耳になる魔法などなどだ。どれもこれも大した魔法ではないのだが、種族やら人種の保護とかなんとかで規制されているため使えなかったのだ。
おかげで、俺の魔法技術は数歩の進歩を見た。机の上で図面引くのと、実際に使うのじゃやっぱ違うな。
「きゃーっ!?」
外から恒例となった悲鳴が聞こえてきた。
今回はどんな魔法を仕込んでたか――ああ、金属を瞬時に軟化させる魔法だ。けど、それで悲鳴なんて上がるか? ブランドバックでも破壊したか?
疑問に思いつつ玄関の扉を開けてみると、必死に胸元を押さえて顔を真っ赤にしたセフィリアがいた。
「あ、あんたねぇ! ブラを外す魔法とか人としてどうなのよ!」
ブラのホックが軟化したのか。それでも、軟化するだけで解けるわけじゃないはずだが――ああ、なるほど。成長しているのか。
「ブラは体型にあったものを使ったほうがいいぞ」
「余計なお世話よ!」
「つか今回の魔法は金属軟化だ。んな破廉恥魔法じゃねぇよ」
「なっ!?」
「お前はもう少し柔軟な思考を持つべきだな。だから俺の魔法を解除するのに一日もかかるんだ」
「う、うるさいわね! というか、なんで知ってるのよ!」
「そりゃ、お前の端末に侵入して魔法入れてんだから、発動から解除までこっちで把握できるに決まってんじゃん。万が一そっちが解除できないときはこっちから解除できるようにもしてあるんだし」
安全面は一応気を使っているんだぞ。
つかこの分じゃコイツ、自分の端末が完全に掌握されていることも気づいていないな。おかげで、セフィリアの自宅とかすでに把握済みなんだが。ま、それを言ったら言ったでまた五月蠅そうだし、黙っておくけど。
「そんなことまでしてたの!?」
「やっぱ気づいてなかったか。だからか? 俺の魔法、端末から削除してないだろ」
「それは解析のためよ。癪だけど、あなたのプログラム技術だけは認めてるんだから」
「認めるのは正しい判断だが、その端末、警察にチェックされたら一発で逮捕だぞ?」
なにせ精神干渉、肉体干渉、対物干渉の違法魔法がたっぷりと入った端末だ。持ち歩いているだけで十分逮捕案件である。
今回の魔法だって、建物の基盤に使うだけで高層ビルを倒壊させられるレベルの危険な魔法だからな。下手するとテロリスト扱いになるぞ。
「せめて自宅のPCに移しておくぐらいしておけよ」
「そ、そうね。そうするわ。」
気づいてなかったのか。やっぱりこいつはどこか抜けている。ま、それが面白くもあるんだが。
この時点で俺は、セフィリアに対してそこまで負の印象を持ってはいなかったのだろう。
なんだかんだ毎回突っかかってくるが、諦めることなく何度も挑戦しに来る姿は好感が持てた。
久しぶりに人と真っ直ぐに話して、楽しかったのかもしれない。
けど、その事件は起きてしまった。
まあ、話題にしたせいかもしれないけど、その日の帰りにセフィリアが違法魔法所持の疑いで逮捕されてしまったのだ。
◇
「逮捕されたのは、シュレタリア工科大学准教授、セフィリア・シュトラール二十一歳で、逮捕当時、セフィリア容疑者の個人用端末には違法魔法が大量に登録されていたとされ、警察はテロの疑いも含めて容疑者から事情を聴いているとのことです。彼女の所属する大学にはすでに多くのマスコミが――――」
テレビから流れてくる情報を見て、俺はコーヒーカップを持ったまま固まっていた。
普通に道を歩いていれば、端末のチェックなんてされることはないはずだ。ましてセフィリアは身だしなみも悪くなく、職務質問を受けるような容姿もしていない。
となると、意識しすぎて警察に不信がられたか。
あいつなら、巡回の警察と目が合った瞬間に、端末の入ったバックを隠して目を逸らすぐらいやりそうだ。そんな光景がありありと目に浮かぶ。
「ふむ、どうしたもんかな」
助ける義理は――あると言えばあるし、無いともいえる。
あの魔法を登録したのは俺だが、消さなかったのはあいつのミスだし、バレるような挙動をしたのもあいつだ。
責任的には1:9かな? いや2:8ぐらいは行くか。
まあ、ぶっちゃけ俺の責任なんてそんな程度だ。それに、あいつには釈放される方法が用意されている。
俺を売ればいい。
反証明のクレームに行ったところで、端末に流し込まれたとでもいえばあいつは無罪になる。端末には俺が流し込んだ形跡が残っているだろうし、プログラム自体俺が組んだもんだしな。
あいつの社会的地位と俺の地位を考えれば、人が信じるのはどちらか。俺なら前者を信じる。後者を信じるなんて奴は、よっぽどのひねくれ者だ。
だから一週間もすれば、あいつは晴れて自由の身だろうし、俺の元には警察が尋ねてくるだろうと思っていた。
だが一週間が過ぎても、十日が過ぎても俺の元に警察が来ることはなかった。
世間を騒がせたセフィリアのニュースは次第に下火になりつつも、今だ魔法の出所については黙秘を続けているという情報だけが流れてくる。
そりゃ困惑した。
なんでさっさと俺を売って出てこないのかと。
それがあいつにとってのベストな選択のはずなのに。
そこで俺は、少し調べてみることにした。
警察のデータベースへとハッキングを掛け、セフィリアの調書を閲覧する。
それによればあいつは、テロのことは否定しつつも、魔法の出所に関しては分からないと供述しているらしい。警察はそれを黙秘していると捉えているようだ。
要は協力者を庇っていると判断したみたいだな。何やってんだか。
あいつの端末も調べたようだが、何者かが端末に魔法を入れたことは分かっても、その先が追えていない。セフィリアの足取りも調べられたようだが、時々郊外へと向かった以外は不明。今は郊外で怪しいところがないかと調べているところだとか。
警察としてはテロ未遂として隠れ家なんかを捜索しているのだろう。一応俺の名前も捜査線上に上がってはいたみたいだが、セフィリアとの関係が反証明のことしかなく、むしろ協力者としてはなりえないと判断したようだ。
一通りの情報をチェックした後、俺はハッキングの証拠を全て消す。
「ほんと、なにやってんだか」
警察の無能っぷりもそうだが、セフィリアが俺を庇う理由も分からない。
だが、庇われっぱなしというのは癪だ。まるで俺が守られなければならない存在みたいじゃないか。
別に俺が逮捕されたところで困ることなどない。職には就いていないし、金ならこれまでの研究成果で稼いだものが腐るほどある。
何だったら、警察の欲しがるような魔法を提供して司法取引すればいい。
あいつは今だに、俺を過少評価しているようだ。
そう考えたら、なんかムカついてきた。
そして決断する。
「よし、あいつの頑張り、全部無駄にしてやろう」
盛大な喜劇の台本、そのタイトルは――天才テロリスト出現、だな!
翌日から、町はパニックに陥っていた。
俺がやったことは簡単。セフィリアの端末に入っていた魔法を、この町の住人全員の端末へと転送したのだ。
もちろん、俺とは分からないように念入りに証拠を消し、その上で簡単な文章を添えて置いた。
・町の諸君、日ごろの不満、この魔法で晴らしてみてはいかがかね。
と。
朝っぱらから警察は大忙しだ。なにせ、この一文は、各種端末のみならず街頭モニターやニューステロップ、果ては電光掲示板なども全てに乗せられているからだ。
町全体を対象とした大規模なハッキングは間違いなくテロ行為であり、さらに町の人間全員がテロリストになりえる魔法を所有している。
ニュースは早朝から違法魔法を全ての端末から削除するように指示を出し、警察は一軒一軒回って住人の端末をチェックしていった。
そんな一大騒動が一段落すると、次に調べられるのはこの魔法の発信源だ。だがそれは俺が念入りに隠したため誰も分からない。同時にセフィリアに掛けられた疑いも誤解だと判断される。
なにせセフィリアは、最初から出所は分からない。知らないと一貫して供述していたのだから。
そしてセフィリアは、今回のテロのテストに使われただけだと判断され、無事釈放された。
完璧に計画通りだ。これであいつは日常に戻り、俺は静かに研究を続ける。
こんな事件に巻き込まれたのだ。もうあいつがこの家に来ることもないだろう。
一抹の寂しさを覚えたが、これまでに戻っただけだ。
気にする必要はないと俺は感情を押し殺し、釈放されるセフィリアの映像をテレビで見た後、研究室へと戻るのだった。
数日後、いつものように研究室にこもっていた俺に、ホームAIが来客を告げた。
あれ以来、俺の家のAIはかなり強化されており、ハッキングはほぼ不可能だ。なら誰が?
首を傾げつつ、玄関へと向かう。そして扉を開けると、そこにはキャリーケースを持ったセフィリアがいた。
「お前――いや、家のセキュリティを抜いたのか?」
「いいえ、正面から呼んでもらったの。正当な理由なら、AIは断らないものね」
「正当な理由だと」
なんだ、やっぱり俺の犯行だと白状して逮捕に協力しているとかか。
疑いの視線を向けていると、セフィリアはジトっとした目でこちらを見つめ返してくる。
「また変なこと考えてるわね。もう少し真っ直ぐに物事を捉えられないの?」
「ならさっさと要件を言え」
「私引っ越したの。今日はその挨拶。大学も首になっちゃったし、静かなところでのんびりしたいと思ってね」
なるほど、引っ越しの挨拶か。
最初の被害者だったセフィリアは、長い間の拘留とテロの疑いによって大学を除名させられていた。それにマスコミも連日コイツのことを追い回していたからな。静かなところに行きたいってのは当然の考えだろう。
セフィリアのことをホームAIは知り合いだと認識しているし、引っ越しの挨拶ならば俺を呼んでしまうのも仕方がないか。
「まあ色々あったからな。町から出るのか?」
「何言ってるの? もう引っ越してきたのよ」
「はぁ!?」
「今日からお隣だからよろしくね」
そう言って開けられたキャリーバッグの中には、ぎっしりと素麺が敷き詰められていた。
おう、ギフトテロやめぇや。
◇
(と、まあそんな感じで知り合って、後はたまにイタズラしたり、討論したり、飯食ったりする仲になったわけだ)
(何と言うか、凄い出会いだね)
シェンブルの宿で話を聞き終えた僕は、そんな感想しか返すことができなかった。
何と言うか、グロリダリア時代の文明力も地球とほぼ変わらない。というか地球よりも進んでいる様子だし、当時のレイギスの様子も今とは少し違ってなんだかツンケンしているように感じた。そんなレイギスに対して何度も突っかかっていくセフィリアさんも凄い。
登場人物がみんな濃くて、話を聞いているだけで疲れちゃったよ。
けど、そんな仲の人が遺跡に今も眠っているのだとしたら、起こしてあげたいと思うのも当然だね。
(結局二人は付き合ったりしたの?)
(あん!? なんで俺があのバカと付き合わなきゃいけねぇんだよ。俺だって好きになる奴を選ぶ権利ぐらいあるわ!)
(そこまで!?)
それだけ親密な仲なら、普通に付き合ったり、一度ぐらい結婚していてもおかしくないと思ったんだけど。
(あいつは俺をひたすら敵視して突っかかってきてたからな。あいつにだってそんな感情、欠片もねぇだろ。むしろ、ンなこと言ったらハッ倒されるぞ)
(うーん、本当にそうかな?)
(そうに決まってる。んで、この話はお終いだ。ほれ、明日も早いんだ。そろそろ寝ろよ)
(もうそんな時間か)
レイギスの思い出話を聞いている間に随分と遅い時間になってしまった。
僕は寝巻へと着替えると、布団の中に潜り込みゆっくりと瞼を閉じるのだった。




