4-15 供養にはやっぱりちゃんと食べてあげることだよね。つみれ汁とかいいかな?
地上へ出てくると、まだ昼だった。
首を落とした鶏を抱えたまま、僕は裏道を歩く。さすがにこんな状態で表通りは歩けない。兵士にでも見つかったら、きっと事情聴取される。
まあ、裏道だからって大丈夫なわけじゃないだろうけど、兵士よりもチンピラ相手の方が楽だしね。
(ティア、どうなるかな?)
(パターンは何個か想定できるが、現実的なのは二つだな)
(二つ?)
(自由に暮らすか飼い殺し)
つまり、王家との縁を完全に切り、今後国政に関与しないという条件を付けて一市民に戻すか、死ぬまであの後宮にいてもらうかということだ。
(後者はやだなぁ)
せっかく助けたのに飼い殺しとか、僕が幸せを探せって言った意味は何だったのってなるし。
下手したらもうひと騒ぎ起こさないといけなくなる。
(表に出てない王族の血だからな。周りから見ればいい印象はないだろ。政略結婚に出すにも、それを踏まえた上で、しかも王族としての知識のない相手を送り出すことになる。王家的にもそれは不安だろう)
(そっか。ティアって王族教育はなにも受けていないんだよね)
いわゆる帝王学。人心に対する考え方や行動、責務や教養、そのようなものを何も学んでこなかったティアに、今からそれを要求するのは酷だろう。
だが、これが出来なければ王家として外に出すことはできない。
(ずっと隔離状態だったようだし、子供のころからの貴族の知り合いなんかもいない。女性貴族として行動するのも難しいだろうからな。第一、パンを焼いて食べてもらいたいなんていう貴族はいねぇ)
(え、なにそれ知らない)
唐突に僕の知らないティアの情報が出てきた。
(儀式の日を調べるついでにちょいと話したからな。よくある世間話だ。気にすんな)
(ああ、そうなんだ。けどパンを焼きたいなんて、確かに貴族っぽくないね)
パンを作れなら良く分かるけど。
(だから正直市民化が一番楽ではあるんだよな。血の濃さを考えなければ)
ティアの血は、四分の三が王族だ。ある意味どの兄弟よりも血が濃い。それ故に、王家に対して何かしら含みがある相手には絶好の標的となる。
殺す意味ではなく、旗頭としてだ。
そんな存在が市民の中に紛れていると分かれば、縁切りの書状を残しても担ぎ上げられる可能性は高い。
(じゃあやっぱり飼い殺し?)
(月兎が連れてきゃ一番楽なんだがな)
(無茶言わないでよ。僕は帰らなきゃいけないんだから)
いわゆる主人公的なプレイで囚われた姫様を攫ってしまい、一緒に旅をする。確かにこれなら、誰かに利用される心配もないし、万が一の時には僕が直接動けるわけだ。けど、地球に帰った後のことに責任が持てない。
王族の少女が知らない土地で一人で暮らしていけるとも思えないし。
(どうすればいいんだろう……)
助けても幸せになれなかったんなら意味がないよ。
(ま、解決策がない訳じゃない)
(そうなの!?)
(今までの地盤を使えばなんとかな)
僕はレイギスの説明を受け、なるほどと頷く。
レイギスに教えてもらった方法ならば、確かに比較的安全な状態で市民とすることができる。
一部に借りを作ることになってしまけど、現状ならそれでも十分な見返りとなるだろう。
(あの王様がそれを判断できるか見ものだな。あの王子じゃちょっと無理そうだけどな)
(斬りかかってきた王子? 確かにちょっと行動が直情的だったね)
邪魔されたから斬り殺す。うん、なかなかに物騒な考え方だ。
あんなところに一人で乗り込んだのだから、相応の実力は有していると考えるべきであり、王族のまして皇太子がいきなり切り込んでいい場面ではなかった。
(まだ教育途中なんだろうが、王子としての傲慢さに引っ張られたんだろ)
(子供のころから従える立場だと、心歪みそう)
(周りが厳しけりゃ問題ないんだけどな)
一部貴族が腐っていたりすると、ゴマすりで子供のいうことをなんでも聞いてしまい、結果子供が傲慢に育ってしまう。
子供だと、どうしても厳しい大人よりも優しい大人が好きになっちゃうだろうし。
(ま、それも王がどう動くかな。教育のし直しか、それとも放置か。そのあたりで国の未来も多少は変わってくるだろ)
(一挙手一投足で国の未来が変わるってやっぱり大変だね)
簡単な選択一つで将来的に国が滅びかねないのだ。
僕ならそんな責任は絶対に負いたくない。
(俺なら確実に逃げるな)
(僕も)
(んで月兎)
(なに?)
(その鶏、どうすんだ?)
借りている宿がだいぶ近い。抱えたままの首のない鶏の処分は今だに決まっていなかった。
(宿の人にでも上げようか)
(あんま喜ばれないだろうな)
案の定、宿の主人は僕から鶏を受け取りはしたものの、その表情にはこんなもんどうするんだよという文字がありありと浮かんでいた。
まあ、卵産まなくなった老鶏だからね。肉質も悪いだろうし。
出汁にでも使ってください。
◇
「お父様。いかがしますか? 儀式を改めてやり直すという手もありますが」
「迂闊なことはできん。それで魔道具を停止させる可能性もある」
王城へと戻ってきた二人は、ティアを部屋へと戻した後、王の執務室で話し合っていた。
「では先ほど言っていたように?」
「うむ。監視と調査を行う」
「あまりあのような怪しい男の言う通りにするのは――」
「確かに怪しかったが、我々の知らない情報を知っていた。あの遺跡にも精通しているようだったしな」
基本的に立ち入り禁止にしていたとはいえ、自分たちの知らない秘密の扉を当然のように利用し、魔道具自体の効果も知っている様子だった。
やつがいなくなった後にあの壁を調べても何もわからなかったのだ。我々の知らない技術を有しているのは間違いない。
その上、わざわざ生きた鶏などを用意してきたのだ。最初からああする予定だったとしか考えられない。
ならば、あの男のいうことを一切聞かないというのも危険だ。
「我々が維持しなければならないのは王族の価値と国の安定だ。その為の目と耳、曇らせるな。他人からの意見を思料できないものに王は務まらんぞ。一人で分かることなど、この国を維持する上では少なすぎるからな」
「はい。肝に銘じます」
「うむ。腹は大丈夫か?」
賊へと斬りかかった際に、あっさりといなされ腹を蹴られていた。
舞台から転がり落ちるほどだったのだから、相応の力で蹴られていたはずだ。
「多少痛みは残っていますが、大事はありません。念のため後ほど医者にも見せますが」
「医者はこちらが呼んでおく。事情の説明が面倒だ。裏の者に見せよ」
遺跡の奥で賊に蹴られたなど、王族の醜聞に係る。
そもそも、そこから儀式の成否を疑われかねない。無用な疑いは地盤を揺らす元だ。
王城には裏事専門の医者にも伝手がある。それを使って秘密を守れるものか、消しても問題ない者を呼ぶこととしよう。
「アントレティアの処遇はいかがしますか?」
そちらに関しても悩みの種だ。
彼女の存在は色々と王家の闇を含んでいる部分が多い。にもかかわらず王族の血を濃く継いでいる。
殺してしまうのが一番安全かもしれないが、それがあの男と敵対する可能性になると考えると迂闊にはできない。
「それに関しては私から相談が」
私が眉間に皺を寄せていると、隣室と繋がる扉が開かれた。
そこから来たのは、シルフェスティだった。
「シルフェスティさん」
「王子、お久しぶりです」
「なぜここへ来た」
隣室は私の休憩部屋だ。そこはこの部屋からしか入れない。ということは、あらかじめ待っていたということだろう。
「ティアの処遇に関して私に考えがあります」
「なぜティアが生きていると知っている」
部屋に緊張が走った。
隣室にいたということは、ティアが部屋に戻ったことはまだ知らないはずだ。にもかかわらず、ティアが生きていると知っているということは、遺跡で何が起こったのかをあらかじめ知ることができたということ。
息子はまた剣に手を掛けている。こうも好戦的に育ってしまったのは将軍のせいか? 少しは慎重に動くことを覚えさせなければな。
「賊の侵入を最初に知らせたのは私ですよ」
「そうであったな」
その時に何か聞いたのか。
「賊は最初からティアを助けるつもりだったようですから」
「もう五十年ほど前に現れていてくれればな」
「さすがに生まれていないでしょう」
顔は見えなかったが、その声や身長から年齢は息子よりも下だろう。であれば、仕方がないとも思うが、何故五十年前にいてくれなかったとも思ってしまう。そうすれば、弟もティアのように贄にならずに済んだのかもしれないのに。
「では考えを聞こう」
「私とティアは王家から籍を外します。一市民として慎ましく暮らしていこうと思っていますわ」
「それの問題も分かっているのだろう?」
「ブリジットさんたちに手伝ってもらいます。彼らの庇護下ならば、問題ないでしょう」
「あの家か」
ブリジット家。いや、今はブリジットファミリーと名乗っていたか。
かつては王家を支える騎士の家系であったが、当時の王のわがままにつき合わされ騎士の名を捨てさせられたのにも関わらず今だに王家に忠義を尽くしてくれている。下手な貴族よりもよっぽどこの国に貢献してくれている家系だろう。
今の代のブリジットにも、密約の元色々と協力してもらっている。当然見返りは用意しているが、それが貴族としての立場を奪ってしまったことの代わりになるかと言われればいささか疑問に思うが。
そのブリジット家にまた借りを作るのか。
あまり気は進まんが。
「別に何かをしてもらうわけではありませんよ。ブリジット家の管轄地域で生活するだけです。スラムが大半ですが、住居区域も一部含まれていますから」
確かにブリジットの管理地域であれば、他の貴族連中も好きには動けない。もしティアたちの秘密がバレても、安全に王城へと連れてくるだけの時間を稼ぐことは可能だろう。
「ティアももう役目を果たしました。結果的に死ななかったとはいえ、あの子の王族としての責務は今日終わったと考えております。もう、解放してあげてもよろしいのではないですか?」
「シルフェスティさん、お言葉ですが王族の血を引く以上、そこに終わりなどは」
「確かに血から逃れることは出来んな」
その血が体に流れている以上、そこにはこれまでその血を支えてきた者たちの願いが込められている。本来その役目から解放されるのは、自らの命が尽きた時だけだ。
「では皇太子は、秘匿されていた貴族の嗜みを知らない王族の娘を嫁に欲しいと思いますか?」
「それは……」
息子が口ごもる。
それもそうだ。私でもそれは困るだろう。
嫁というのはただの飾りではない。家を支え、裏から私たちを支えてくれる大切な存在だ。貴族の世界で生きて行けるだけの人物でなければ、嫁とするメリットがない。
「あの子は確かに王家の血を引いていますが、育ちは平民に近い。貴族の中で生きていくことはできないんですよ。王家のために死を覚悟した子。その覚悟に少しだけ報いてあげることはできませんか?」
シルフェスティと息子の視線が私に集中する。
判断は私に一任するようだ。
「よかろう。アントレティアとシルフェスティ、お前たちの籍を王家から外す。今後は一市民としてブリジットの管理下で過ごしなさい。ただし、定期的に監視はさせてもらうぞ」
「はい。ありがとうございます」
シルフェスティが深々と頭を下げる。
私の判断は甘いのかもしれない。
息子なら、間違いなく飼い殺しにしただろうな。だが許せ、意識しないようにしていたが、私もあの子の親なのだ。




