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デュアル・センシズ ~異世界を一つの体で二人旅~  作者: 凜乃 初
一章 薬師の少女と飛来する厄災
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1-2 少女の歪み

「さて、何から話したものかのう」


 村長さんは、フレアが部屋を出た後そう呟いた。

 その雰囲気は、先ほどまでの圧がある感じと全く違う。最初に会ったときの優し気なものだ。

 他の三人は変わってないけど。

 そして当然三人から声が上がる。


「なんで許可出したんだ」

「フレアちゃんにもしものことがあったらどうするんですか!?」

「婆さんの布団をこっちに持って来ればいいだけの話でしょうに」

「まあ落ち着きなさい。まず大前提としてだ。月兎君、フレアに手を出したら殺すから」

「あ、はい」


 優し気な笑みを浮かべたまま言われると、下手に圧を出されるよりも怖いんですね。これが年の功ってやつなんでしょうか?


「その上で聞いて欲しんだが、この村は今終わりを迎えようとしている。今年を最後に、村を移住しここは廃村になる予定なんだ」

「そうなんですか?」

「開拓の限界地なんだろうねぇ。森の植生が強すぎて、ここらではまともに畑は作れないし、鉱脈などもない。狩りと採取と小さい畑で細々と生活するのが限界だった。一時期は子供が増えたこともあったが、子供たちはみんな町へ出稼ぎに行ってそっちで生活の基盤を整えてしまった。そして両親たちも子供たちに誘われて村を後にした。人が減れば開拓もできない。開拓できなければ人も来ない。今村にいる者たちは、他の村人たちを優先させられるだけの余力を持った者が厚意で残ってくれているに過ぎないんだよ」


 その言葉を三人組は否定しなかった。


(この集落の規模で鍛冶屋があるのはそう言うことか。どう考えてもこんなところじゃ採算が取れねぇからな。村長への恩か村への愛着があったんだろうよ)

(そういえば広場に集まっていた人の中に幼い子や老人はいなかったね)


 一瞬見ただけだが、あそこに集まっていたのはみな三十以上五十以下のように見えた。フレアと同い年はこの村に来てからまだ一人も見ていない。

 こんな生活の村であれば、普通子供は労働力として沢山生むと歴史で習った。それが行われていない時点で、この村の未来はすでに閉ざされていたってことか。


「フレアも厚意で残ってくれている一人でね。両親は早くに亡くなってしまい、祖母のフルールさんの手で育てられたのだが、他に子供もいないから村のみんなの子供のような立場で大切に育てられてきた。そのことに感謝してくれて、フルールさんの薬師としての仕事を継いでこの村に残ってくれているんだよ」

「そうだったんですか」

「ただそのせいか大切に育てすぎてね。悪意というものを知らずに育ってしまった」


 村長が三人組へと視線を向ける。すると三人組はスーッと視線を逸らした。何やら思い当たる節があるのか。まあ、今の今まで僕に圧を駆け続けていたことを考えれば容易に想像できるけど。

 じゃあフレアのあの男に対する羞恥心の無さももしかして……


「フレアは同い年の子供たちを物心つくころから見たことが無い。故に、男女の違いや性についてほとんど知識を、いや知識としては知っているが感覚として理解できないんだ。故に、月兎君にはフレアと一緒に生活して、フレアに若者と過ごすということを学んでほしいと思っておるんじゃ。村を出た後にも困らないようにのう」


 年の近い男子がいれば、人の本能として自然と相手の視線を気にするようになるし、羞恥心も芽生えるかもしれなということだった。

 なんというか、ものすごく無茶なことを要求されている気がする。

 だが幸い――


(無防備な可愛い子ちゃんが隣にいて手を出すなとかもはや修行だな! 俺なら間違いなく悪い子に染め上げて見せる自身があるぜ)


 ――僕にはこの自称天才のバカがずっと一緒にいる。理性を保つことにし関しては他の人より遥かに優秀だろう。


「月兎君、これが私から出す君への村での仕事だ。頼めるかね?」

「分かりました。どこまでできるか分かりませんが、やれるだけのことはやりたいと思います」

(ヤレるだけヤルだなんて。月兎ちゃん積極的ィ)


 額にピキッと血管が浮き出るのを感じたが、僕は必死に笑顔を死守し村長の家を後にするのだった。


   ◇


 フレアの家へと戻ってくると、人の気配が無かった。

 室内を窺い声をかけてみるが返事がない。そういえば伝言を頼まれていたし、まだ戻ってきていないのかもしれないと思ったところで、家の裏手から鼻歌が聞こえてきた。


(フレアの声だな。綺麗でいい歌じゃねぇか。民謡かなんかかな?)

「文化的な興味もあるの?」

(もちろんだ。文化も科学と共に変化していくものだからな。地球的に言えば、楽器や歌手も電子化してただろ?)


 電子の歌姫ではないが、パソコンで曲を作るのだって当たり前の世界だった。昔は楽器を慣らしながら、楽譜に書き込んでいくしかなかったのに、今は楽器すら使わないこともある。

 それを言われると、確かに文化も科学と共に変化していると言われて納得できる。


(行ってみようぜ)

「そうだね」


 家を出て、裏手へと回る。そこには小さな畑が広がっていた。

 植えられているのはきっと薬草の類だろう。比較的背が低く、膝の高さもない草が綺麗に並んで育っている。

 フレアは軽快なリズムの鼻歌を歌いながら、そんな薬草たちに水を上げていた。

 水を与えられた薬草は、まるで鼻歌を楽しんでいるかのように太陽にキラキラと輝いていた。


(なんの曲なんだろうね)

(テンポのいい曲は祭りなんかでよく使われる可能性が高い。代々伝わる様な歌は、動揺のようにゆったりとしたテンポで子守唄なんかにも使われるからな。となると、豊穣を祈願したり、豊作を祝ったりする歌かもな)

(歌を聞かせて育てると植物も良く育つって言うよね。実際どうなの?)

(実例として褒めたりした方がよく育つって結果の論文は見たことがあるな。ただ、歌を聞かせたり褒めたりってのは、それだけその植物に対して多く接しているってことだ。それで対処が早く植物にとっての最適な環境が維持されていたためって考察も出てる)

(ああ、そういう考え方もあるんだ)


 ちょっと興味深い研究結果を聞いていたところで、水を上げ終わったフレアが振り返り僕の姿に気付いた。

 驚いたように目を見開き、すぐに恥ずかしそうに頬を染める。


「もう、いたなら言ってくださいよ」

「ごめんごめん、歌が綺麗だったからついね。何の歌なの?」

「お婆ちゃんが教えてくれた、薬草が良く育つ歌だそうです。テンポがいいので歌っていても楽しいですし、ちょうど歌が終わったときが水をあげ終わるタイミングなんですよ」

「へぇ、そんな歌もあるんだ」


 僕の感覚だと、歌って基本的に娯楽でしかないから、何かのための道具として歌を使うって感覚はあんまりないな。あ、でも伝統的な湯もみ歌みたいなのは昔テレビで見たな。


(なるほど、経験からくる知識を効率的に受け継がせるために歌にして残した訳か。これなら感覚で狂うことはないし、確かに便利だな)

「月兎さんは村長さんとのお話は終わったんですか?」

「うん。旅の道具を村長さんが用意してくれるって。その分少し仕事は任されちゃったけどね。ついででできそうなことだから、助かったよ」


 ついででできるはできるのだが、僕の精神力を試させられる過酷な仕事でもあるんだけどね。


「そうだったんですか」

「まあ、しばらくはこの村のお世話になるから、よろしくね」

「あ、じゃあこの村を案内しましょうか?」

(いいと思うぞ。こういう集落は意外と排他的だ。ついでに村人たちに挨拶して、きっちり礼儀は通しておいた方がいい)

「じゃあそうしようかな。案内してもらってもいいかな? できれば挨拶周りもしたいし」

「もちろんです。道具片付けちゃいますので、ちょっと待っててくださいね」


 フレアは持っていたじょうろを片付けると、こっちですと言って表へと回る。

 そして少し考える素振りを見せた後、ポンと手を打った。


「とりあえず近場のバウアーさんのところから行きましょうか」


 バウアーさんっていうと、さっきの三人組の一人だったよな。そういえば、まともな自己紹介も受けずに戻ってきちゃったから、三人組の誰が誰なのか全く分からないや。

 案内されてやってきたのは、フレアの家からほど近い森との境界線。そこに立てられた小屋のような家からは、今もパカーンッと豪快に薪を割る音が聞こえてきている。

 フレアはその小屋の裏手へと回る。


「バウアーさん!」

「お、フレアちゃんか。どうした?」


 バウアーさんは、持ってた斧を切り株へと突き刺すと、タオルで汗を拭う。


「月兎さんが村の人に挨拶をしたいというので案内しているんです」

「おお、そうだったのか。そういやぁ、自己紹介がまだだったな。俺はバウアー。木こりをやってる」

「バウアーさんは村の薪はほぼ全て用意してくれているんですよ」

「つっても三十人にも満たない村だ。そんな数は多くねぇしな」


 と言っても、すでに隣にうず高く積まれた薪の量を見れば、バウアーさんがどれだけ頑張っているのかは僕でもすぐに理解できる。

 筋骨隆々になるのも当たり前だ。


「月兎です。ここに来る前は別の国で遺跡探索をしていました。しばらくですが、よろしくお願いします」

「おう、よろしくな。それにしても、そんなひょろっこい体でよく遺跡探索なんてできるな。もっと筋肉付けねぇと。肉食え肉」

「食べてはいるんですけどねぇ」


 食べてはいるけど、体質なので無理です……僕もできることならもっと男らしいがっしりした体型になりたかった。


(月兎の顔で男らしい体型ってのは、想像するとかなりキモイけどな!)

「まあ、この村で少しは体力を付けたいですね」


 都会暮らしだったからきっと筋肉も少なかったんだ。

 僕もこの村で生活すれば、バウアーさんとまではいかないだろうけど、相応の体つきにはなるはず!


「ハハハ! そりゃいい! 男の価値は筋肉で決まるからな!」

「ではバウアーさん、私たちは他のところも回りますので」

「お、そうか。ならアルメイダの奴に今日分の薪をさっさと取りに来いって言っといてくれ。月兎も頑張れよ」

「分かりました。言っておきますね」

「はい。ではまた」


 バウアーさんの家を後にして、僕たちは隣の家へと向かう――と思ったら、そのまま二軒ほど通り過ぎてしまった。

 僕が不思議そうに通り過ぎた家を見ていると、その理由をフレアが教えてくれる。


「そこの二軒はもう、引っ越ししちゃったんですよね。それぞれ別の村に移ってしまいましたから、もう会うことはないかもしれません」

「そっか。順番に移動させてるって言ってたもんね」

「二軒とも、私が生まれる前からのお付き合いだったので少し寂しいです」


 村長曰く、幼い子供や妊婦、介護が必要な老人などがいる家庭は優先的に村から移動させたらしい。今残っている人たちは、一人でも十分にやっていけるだけの力がある人達だけなのだとか。

(もう会うことはないって考え方が一般的となると、俺たちの時代よりも移動に関してはまだ発展が見られてないみたいだな。ちょっと出かけて遠くの町になんてのは移動手段としての車が普及し始めた後のことだ。月兎達の世界ならここ百年程度。近代もいいところだからな)

(じゃあリリム時代はまだ中世的な時代って考えてもいいのかな?)

(それは早計だ。俺たちの道具を真似すれば、ある程度技術の発展は早まる。移動手段が一般化してないだけで、生活水準自体は近代なみなんてことがあるかもしれない)


 そのあたりも、レイギスからすれば要チェックといったところなのだろう。まあ僕としても、生活水準が近代的であれば嬉しいことに変わりはないが。

 やはり野グソは心理的に慣れない。


「フレアはどこの町に行くとかはもう決まっているの?」

「一応お婆ちゃんのお弟子さんがやっているお店が町にあるので、そっちで勉強させていただくことになりました」

「じゃあ薬師は続けられるんだ」

「はい。実際に調合も任せていただけるという話なので、実は少し楽しみなんです」


 この村では最低限の傷薬と痛み止めばかりで、他の薬を使う機会が全くなかった。

 だが町の薬やとなれば、相応に人が来るため多種多用な薬を扱うことになる。祖母から習ったはいいが、使う機会が無く忘れてしまいそうな知識を使えることが嬉しいのだとか。


「じゃあ次はここですね」


 そんな話をしているうちに、僕たちは次の家へと到着し、挨拶のために声をかけるのだった。


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