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デュアル・センシズ ~異世界を一つの体で二人旅~  作者: 凜乃 初
一章 薬師の少女と飛来する厄災
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1-1 辺境の村

「そういえば腕は大丈夫?」


 僕はフレアの隣を歩きながら、思い出したように問いかける。

 熊から逃げるとき、フレアはずっと左腕を痛そうに押さえていた。もしかしたら折れているのかもと思ったが、今見ると垂れている様子はないが、二の腕の部分にくっきりと熊に殴られた後が残っていた。


「折れてはいないみたいです。ただ痛みは今もあるので、もしかしたら罅ぐらいは入っているかもしれません」

「ごめん、もう少し早く助けに入れたら」

「気にしないでください。これは村の人たちの忠告を無視して森に入った私への罰だと思っていますから」

「忠告?」

「昨日の夜遅くに、近くの山の山頂に太陽が昇ったんです。明らかな異常事態だから、今日は森に入らない方がいいって言われてたんですけど、薬に必要な薬草が足りなくてこっそり森に来てしまったから」


 山の山頂に太陽。それは間違いなくレイギスが打ち上げた花火だ。

 それでフレアの暮らす村が不安がっていると知って、罪悪感にかられる。もしかしたらあの熊も――


(レイギス)

(んあ?)


 なんか寝ていたような反応が返ってきたけど、僕は気にせず問いかける。


(もしかしてあの熊って、昨日の花火が原因で気が立ってたんじゃ?)

(そりゃねぇだろ。花火を打ち上げてから、熊を見つけるまで四時間近く。そんなに長い間怒り狂う動物なんていねぇよ。まして夜のうちに起きたことだ。せいぜい驚いて飛び起きる程度だな。フレアが追われてたのは、餌を探してる最中に出くわしちまったか、マーキングを付けてた近くで採取をしていたんだろ)

(そっか。じゃあ僕たちのせいではないんだね)

(おうよ。それよりも村人全員が花火を知らないか。まだ発明されていないのか、それとも辺境過ぎて知らないだけか。火薬の有無って文明には結構重要だからなぁ。ちょっと不安になってきたぞ)


 レイギスの不安は正直どうでもいい。

 むしろ僕は、僕たちが原因ではないと分かってホッとしたぐらいだ。


「村にお医者さんとかは?」


 フレアに問いかけると、フレアには苦笑された。


「そんな偉い人、いるわけありませんよ。むしろ、村では薬師の私がそんな立場ですからね。作り置きの痛み止めを使って、後は包帯を巻くぐらいですね」

「それで仕事は大丈夫なの?」

「調合は問題ありませんね。ただ、採取は少し難しいかも」


 採取となれば森に入らなければならないだろうし、今日みたいに動物に襲われる可能性もある。確かに負傷したまま入るのは難しいだろう。僕だったら絶対に止めてる。


(チャンスだ、月兎。その仕事、お前が手伝え)

(僕が?)

(何もせずに村に厄介になるつもりか? 薬師の手伝いをするなら、村の連中にもある程度好意的に受け入れられるはずだ。その間に旅の準備をするぞ)


 そう言うことか。

 フレアの話しぶりからするに、フレアの暮らしている村は辺境に位置する。そんな村に、一文無しの僕を養ってくれるような余裕なんてあるはずない。であるならば、僕は何かしらの仕事を見つけて村に貢献する必要があるわけだ。

 現代人の僕ができる仕事なんてたかが知れている。けど、フレアの手伝いということならば、フレアのサポートを受けながら仕事をすることも可能だろう。

 その上、薬師は村ではお医者さんのような立場らしいし、それを補助するのだから悪感情は持たれにくいってことか。


「じゃあ、僕が採取を手伝うよ。薬草は良く分からなけど、説明してもらえれば採取や荷物持ちはできるから」

「いいんですか?」

「もちろん。ただその代りに、どこか暮らす場所を探すのを手伝ってくれるかな? 無一文だから宿とかも借りられないし」

「それなら、手伝ってもらうのだし私の家に来ればいいのでは?」


 フレアが何気なしにそんなことを言うので、僕は思わず咽てしまった。


「いや、さすがに女の子の家に上がり込むのはダメでしょ」

(いいじゃねぇか! 上がり込もうぜ! フレアもなかなか可愛いしよ!)

(レイギスは黙ってて!)

「そうなんですか?」

「うん。村長のお家にでもお世話になるよ。その口利きをしてくれると助かるな」

「分かりました。それぐらいならお安い御用です。あ、村が見えてきましたよ」


 十分ほど歩いたところで森が開け、木製の簡素な作りの家が見えてくる。

 そこは村というにはあまりにも小規模で、森を切り開いて作った集落と言ったほうがいいように感じた。

 中央に広場があり、それを囲うように数十件の家が立ち並んでいる。少し大きめの家が一軒あるが、あれが村長の家だろうか。

 そしてちょうど、その広場にかなりの人数が集まって何やら相談をしているようだ。

 そのうちの数人がこちらの姿に気付き、慌てたように駆け寄ってくる。


「フレア!」「無事だったのか!」「その怪我はどうしたんだ!?」


 走ってきたのは三人。全員が身長二メートルは超える巨漢であり、そんな三人が迫ってくれば誰だって恐怖する。僕もそれに漏れず、思わず数歩後ずさった。こんな時は日本人の得意スキル気配希薄化が役に立つ。現に、三人は僕のことなど見えていないかのようにフレアを取り囲んだ。

 フレアは壁のようにそそり立つ男三人に囲まれながらも、慣れているのか笑顔で出迎える。


「バウアーさん、アルメイダさん、メイソンさん。ごめんなさい、約束を破ってしまって」

「フレアちゃんが無事だったんなら、そんなことはどうでもいい」

「まて、その怪我の後を見せてみなさい」


 アルメイダと呼ばれた男が、左腕の異常に気付いた。

 すぐさま腕を取り、熊に殴られた後をじっくりと観察する。そして表情を一段と厳しくした。


「動物に襲われたな。この大きさは熊か。骨は折れてはいないな? 痛みは?」

「猟師さんには隠せませんね。痛みはまだ少しありますけど、最初ほどではないです」

「罅の可能性もあるな。しかし折れていないなら安静にしていれば大丈夫だろう」


 アルメイダさんが断言すると、他の二人もホッとしたように胸をなでおろす。


「しかしよく熊から逃げきれたな」

「月兎さんが助けに入ってくれなければ危なかったですけどね」

「月兎?」


 三人が頭に疑問符を浮かべ、フレアの視線の先を追って初めて僕の存在に気付いたかのようにハッとする。


「どうも」

「月兎さんです。森で熊に襲われているところを助けていただきました」


 僕が軽く会釈すると、それに合わせてフレアが紹介してくれた。


「見ない顔だな」

「近くの村の子ではないな」

「恰好も見たことが無い」


 まあ制服だから当然だよね。この世界には存在しているかどうかも怪しい素材だし。

 それにしてもこの三人、順番に話さなければいけない呪いにでも掛かっているのだろうか?


「遺跡の調査をしている最中に誤作動でこの近くに飛ばされてしまったみたいで」


 僕はフレアに話した説明をもう一度繰り返す。

 すると人がいいのか、それとも表情に出さないだけなのか。三人は一応僕の話を信じてくれたようだ。フレアを助けたこともプラスに働いたのかもしれない。喜んで村に受け入れてくれると言ってくれた。


「まあ細かい話は村長と話し合ってくれ」

「とりあえずフレアの治療もせんとかんしな」

「フレア、薬はあるか?」

「はい。一式家にそろっているので、ちょっと手当して来ちゃいますね」

「あ、僕手伝うよ」


 片手だけで包帯や薬は大変だろうからと手伝いを申し出る。


「じゃあ俺たちがその間に」「村の連中と村長んところに話しておいて」「やるよ」


 いや、どう考えても最後のは無理があっただろ。


「ありがとうございます。手当が終わったら、村長さんのところにお伺いしますので」

「あいよ」「そう伝えとく」「わ」


 やっぱりあの三人は何か呪いにかかっているんだ。

 そう確信しつつ、僕はフレアに連れられて彼女の家へと向かう。

 フレアの家は小さな平屋。2DKというのがふさわしいだろうか。

 一部屋とダイニングキッチンは生活スペース。もう一部屋が調合や保管を行う仕事場となっているようだ。


「月兎さん、そこの瓶を取ってもらえますか?」

「あ、うん」


 仕事部屋に並んだ薬草や瓶を眺めていると、フレアに頼まれる。

 僕は指示通りに瓶を棚から取り出す。それの中には緑色のドロッとした液体が入っている。薬草をすり潰した感じかな?


「これでいいのかな?」

「ありがとうございます」


 フレアは持っていた包帯をテーブルに置いて、瓶を受け取ると瓶のコルクを外して匂いを嗅いだ。


「まだ悪くはなってないみたいですね。良かった。じゃあ早速手当をしちゃいましょう」


 瓶を包帯の横に置き、フレアは唐突に上着を脱ぎ始めた。

 シャツのボタンを外し、僕の前で平然と上半身を開ける。


「ちょっ!?」

(フレアちゃん大胆だな! こりゃいいもんが見られた!)


 慌てて視線を逸らすも、控えめな胸を隠す質素なブラジャーというにはあまりにも簡素な胸当てを見てしまい、顔が熱くなるのを感じる。

 レイギスが一切の罪悪感なく楽しんでいるのが非常に憎たらしい――じゃなくて!


「なんで突然脱ぎ始めるの!?」

「へ? 手当しないといけませんし」

「いや、そうじゃなくて!」


 フレアは構わずにそのままシャツを完全に脱いでしまい、椅子へと座る。

 え、なに? この世界って羞恥心とかないの!? レイギスどうなの!?


(俺様もこれには予想外ですわー。流石に特例だとは思うが、まあみんなこうならそれを楽しめ。楽しめるのも特権だぞ?)

(そんな世界、羞恥心で僕が死にそうなんだけど!)


 どこのアダルト作品世界だよ!


「月兎さん、包帯を巻いてもらってもいいですか?」


 僕がレイギスと話している間にもフレアは手早く手当を進め、軟膏にした薬を二の腕に塗り布を当てていた。あとは包帯を巻くだけのようだが、予想通り片手では上手くできないようだ。


(ほら、頼まれてんぞ)


 脳内でレイギスがニヤニヤしているのが分かる。凄い腹立たしい。

 覚悟を決めてフレアへと向き直る。

 二の腕から肩への素肌や、視界の隅に入るお腹周りにドキドキしてしまうが、それを隠して僕はテーブルの包帯を手に取った。


「ど、どんな風にまけばいいのかな?」

「下でぐるりと一周してください。そこで包帯どうしを合わせて滑らないようにしてから徐々に巻きつつ上の方に」

「分かった」


 なるべく別のものは視界に入れないよう、目の前の包帯と二の腕に意識を集中する。

 レイギスも僕と視界を共有しているから、余計に別のものは見たくない。見せたくない。


(なんだよケチくせぇなぁ)

(黙ってて!)


 フレアに言われた通りに包帯を巻き、ゆっくりと布全体を覆っていく。

 一番上まで来たところで、はさみでカットし、クリップのような形のピンで固定した。


「これでいいのかな?」

「はい。ありがとうございます」

「じゃあ僕は村長さんのところに挨拶に」

「あ、待ってください。私も行きますから案内しますよ」


 僕がすぐに視線を逸らして部屋を出ようとすると、待ったを掛けられてしまった。

 そして背中で絹ずれの音。ただシャツを着ているだけなのに、なんでこんなに恥ずかしくなってしまうのか。


(彼女いたんだろ? 初心過ぎね?)

(手をつなぐだけでも精一杯だったんだよ)


 やけに積極的にスキンシップしてくれる子だったけど、あれは絶対に僕が恥ずかしがるのを楽しんでいたと思う。


(別れた理由、そっちもありそうだな)

(え……)

「お待たせしました」


 どういうことか詳しく聞こうとしたが、フレアの準備が整ったので流れてしまった。

 そしてフレアと共に、予想した通り少し村長宅である少し大きな家へと向かう。

 広場に集まっていた村人たちはすでに解散しており、各々の仕事に戻ったのか姿が見えない。

 少し静けさのある広場を抜けて村長の家に付くと、フレアが村長さんと呼びかけながら扉を開けた。

 田舎だと扉に鍵を掛けないなんていう話も聞くけど、そんな感じなのかなと思いつつ中に入っていくフレアの後を追う。

 すると、奥の部屋から話し声が聞こえてきた。


「まあ、お主らがそう言うなら儂は構わんよ。村の連中も反対はせんじゃろ」

「そうか、ありがとよ」

「感謝するぜ」

「右に同じ」


 三連投される話し方で、例の三人だと一発で分かるな。というか、最後の人だんだん適当になってきてない?


「月兎さんの話みたいですね。ちょうどいいですし、混ぜてもらいましょう」


 フレアが扉をノックし、僕たちが着たことを告げる。

 そのまま中に入ると、室内にいた四人の視線が集中する。一番奥に座っている初老の人が村長さんのようだ


「始めまして。月兎といいます」

「儂はこのマスダ村の村長をしておるマスダじゃ。事情はここの三人から聞いておるよ。遺跡の力に巻き込まれてしまったようじゃのう」

「はい。それで、旅の準備ができるまでの間、この村の厄介になりたいと思いまして」

「うむ。いいじゃろう。じゃがこの村も裕福ではない。何か仕事を手伝ってもらうことになると思うが」


 レイギスの予想通りの反応が返ってきたが、フレアが素早く答える。


「それでしたら、私の仕事を手伝ってもらうことになりました。この腕なので、採取が大変で」

「そうじゃな。ちょうどいいか。後は寝る場所じゃな。部屋なら家が余っとるんじゃが、生憎布団の数が足りんでのう」


 辺境のためか、商人は月に一度しか来ず、布団などの大きなものは頼まないと持ってきてもらえない。つまり最低でも二カ月はかかるということだ。

 丁度少し前に仕えなくなった布団を潰して雑巾にしてしまったため、余っている布団が無いのだとか。

 三人や他の村人たちも最低限自分たち用の布団しか持っておらず、どうしたものかと話していたらしい。


「では月兎さんは私の家にお泊めしますよ。家ならお婆ちゃんの使っていたものがありますから」

「「「「え!?」」」」


 奇しくも男たち全員の息がぴったりと重なった瞬間だった。

 この反応を見るに、やっぱりフレアが一人だけどこかおかしいらしい。アダルトな世界観じゃなくてホッとしたよ。心の中で凄い残念がっている奴が一人いるけど……


「何か問題がありますか? 丁度いいと思うんですが」

「え、そりゃ「いや、それでいいじゃろ」

「村長!?」


 僕の言葉を遮って、村長が了承してしまった。それに、三人組も驚く。まあ当然だよね。


「分かりました。月兎さん、よろしくお願いしますね」

「あ、うん。よろしく」

「じゃあ布団の準備もありますし、行きましょうか」

「フレア。月兎君は儂と少し話がある。先に行っておいてくれ。それと、オリナ婆さんに一人分料理が増えることを伝えておいてくれんか」

「あ、そうですね。分かりました。では先に失礼しますね。月兎さんまた後程」

「うん、またね」


 フレアが退室した後、四人の圧力が強まった気がする。


「さて、月兎君。話をしようか」

(ハハッ! 面白くなってきたな!)


 それはきっとレイギスだけだ。そんな風に思いながら、僕はごくりと生唾を飲み込むのだった。


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