4-3 不幸不幸だと思うから不幸になると言われても、実際不幸なのだから仕方がない
今回、話の内容上娼館、娼婦などのワードが出てきます。
でもこの物語は健全です!
夜。それは俺の時間だ。
ベッドからむくりと起き上がり、寝巻替わりのTシャツから着替える。
持ち物はポケットに突っ込んだ財布だけ。これで十分。
いざ、楽園へ!
部屋を出てフロアへと降りると、受付の子がまだ起きていた。
「お出かけですか?」
「おう。帰りは朝かな」
「あらあら」
少女はなにやら納得したような表情で頷く。
シビルドの店の客が常連っつってたし、朝帰りの客も多いんだろうな。
「楽しんできてくださいね」
「もちろんだ」
少女に見送られ宿を出る。
俺の目当ての場所、いわゆる娼館の集まった花街は把握している。屋台街から帰る途中で、それらしき場所への入り口っぽい路地を見つけていた。
月兎にちょっと寄ってくかってからかってみたが、路地の奥にいる肌色の多い女性たちを見て慌てて足を速めてたな。
本当に初心な奴だ。けど俺としても、朝月兎が爆発させているところなんて見たくない。
だから代わりにスッキリさせてやるのさ。月兎的に言えば人助けだな!
「どんな子たちがいるかねぇ」
路地へと入り道を進む。
売春婦たちが寄ってくるが、さすがに店管理じゃない連中は怖いからな。この時代だとまだ性病の薬なんて出来てないだろうし。
俺なら魔法で治せるが、一時的にとはいえ月兎を性病にするのもかわいそうだ。
ここは少し高くてもちゃんと管理された清潔な店に。
路地から花街の本通りに出ると、賑やかな呼び込みの声と女の子を選ぶ男たちの浮ついた会話が溢れかえっていた。
王都の花街だけあって規模も大きく、道一本がほぼすべて娼館になっている。
どことなく街頭がピンクに色付いて見えるな。
通りを歩きつつ、色々な店の中を軽く覗いてみる。
酒場のようなフロアで酒を飲みつつ女の子を選ぶ店や、それこそ入ってすぐに並んでいる女の子から選ぶもの。中には、女の子が直接店先で誘っている店もある。
どこの店も繁盛しているようだ。祭り前で人が多くなれば、ここに来る男も多いということだろう。シビルドみたいに。
一通り歩いて見たところ、俺の目に留まったのは二軒。
一軒は、花街の中でも一番大きな娼館で、フロアで女の子を選ぶタイプのもの。スタンダードなだけあって、それで人気な店ならば安心できるというもの。
もう一軒は変わり種。店の看板には色々な立場で楽しめると書いてあった。いわゆるシチュエーションプレイの店ということだろう。
「筆おろしからマニアックなもんってのは、月兎の教育に悪いかもしれないしな」
スタンダードを知らないせいで、シチュプレイじゃないと楽しめない体になると大変だ。ここはスタンダードな卒業をさせるとするか。
よし決まりだ。
店が決まれば突撃あるのみ。
俺は真っ直ぐに目を付けていた店へと向かい、その扉を潜る。
「「「「いらっしゃいませ!」」」」
うんうん、元気ないい声だ。活き活きしてるね。
女の子たちの格好はみんななかなかに露出が多い。肩や腹がむき出しだったり、歩くたびに下着が見えそうなミニスカートだったり。
清楚系な白を基調にした子もいれば、色香を出すためか紫や赤を纏った子もいる。そのおかげで、フロア全体が華やかになっていた。
「いらっしゃいませ。お一人様ですか?」
手の空いていた少女がパタパタと俺の元へと駆け寄ってくる。
わざわざ駆け寄ってきたのは、自慢の胸を揺らすためかな?
「おう」
「ではこちらへどうぞ」
席へと案内され、一人用のテーブル席へと座ると、すぐ隣に案内した少女も座る。
そしてテーブルの上に置かれた羊皮紙を手に、俺へとしなだれかかってきた。
「お客様、当店のシステムはご存知ですか?」
「いや、この店は初めて。教えてくれる」
「はい、喜んで。当店はワンドリンクご注文していただき、飲みながら好みの子を指名していただくシステムを採用しております。フロアにいる子は全員指名が可能なので、好きな子を選んでください。その後は指名した子と個室へ移動し、楽しんでいただく流れとなっております。早速ですが、ご注文はいかがしますか?」
「じゃあこいつ」
適当なワインを頼み、ついでにチーズも注文しておく。
どうせこの体じゃすぐ酔いつぶれちまうし、アルコールは魔法で抜くからな。
「ありがとうございます。すぐお持ちしますね」
少女がメニューをテーブルへと戻し席を立った。
お尻を振る様に歩いていく少女。ちらりと下着が見えたが、なかなか派手なもんを履いてるな。
一挙手一投足が男を誘うためのものになってる。ああやって自分を選ばせているのだろう。
人気の店だけあって、女の子もいい子が揃ってるじゃないか。
さてさて、あの子ばかりじゃなくて他の子も見てみないとな。
フロアには常に十名以上の女の子たちがいる。ある者は給仕として料理や飲み物を運び、ある物は横に設置された舞台で踊っている。客の隣に座って談笑している子たちは、その客を狙っているということだろう。
選ぶだけじゃなくて選ばせる。そんな動きがあると店に活気が見えるよな。
「お待たせしました~」
ワインとチーズをトレイに乗せ、少女が戻ってくる。
「お隣良いですか?」
どうやらこの子は、俺を完全に狙っているようだ。とりあえずキープも考えたが、ちょっと他の子を選びにくくなるな。
ここはいったん落ち着かせてもらおうかな。
「悪いけど、ちょっとゆっくりしたいんだよね。いいかな?」
「残念。けど近くにいるからいつでも呼んでくださいね。他の子を決めた時とかでも大丈夫ですから」
「おう、その時はよろしく。あ、これあげる」
チーズの一かけらを少女の口に放り込んだ。
驚いたように目を丸くしていた少女は、チーズを飲み込んだ後ありがとうと言って接客へと戻っていった。
んで、仕切り直し。
俺の好みは—―あの子とか良さそうだ。
目に留まったのは、壁際で入店待ちをしている少女の一人。少しおどおどした印象のある幸薄そうな少女だ。露出も他よりちょっと抑えめで、どことなく自信のなさが窺える。けど、そんな様子がそそるんだよなぁ。
客たちの視線を確認しても、数人がその子を見ていた。気になってはいるが、横の子が離れないって感じだろう。
ここで俺の判断が功を奏したな。
俺が軽く手を上げると、先ほどの少女がそそそっと寄ってきた。
「お決まりになりましたか?」
「あの入店待ちしてる幸薄そうな子いい?」
「あ、ネルですか」
俺が指名すると、少女は少しだけ困った様子で口を詰まらせる。
その表情に憎いやズルいと言った嫉みの感情は感じられない。どちらかというと、問題を知っていると言った感じか。
「あの子、なにかあるの?」
「うーん、ネル自身にってわけじゃないんですけど、あの子がお客さんを取ると、毎回なにかしら問題が起こるというか」
「運が悪いってやつ?」
「そんな感じですね。ネルが転んで窓を割ったり、お客さんがくしゃみした時に頭突きされて気絶しちゃったり、部屋に食事を運んで一緒に食べたら、ネルの方にだけ悪いものが入っててお腹壊しちゃったり」
「それは何つうか—―運がないな」
「そうなんですよね。それでもいいですか? 変な噂が広がっちゃって、最近あの子あんまりお客さん取れてないみたいで」
周りの男たちの視線はそれが理由だったのか。
「面白そうだ。ネルを頼む」
「ありがとうございます」
少女がネルの元へと向かい、俺に呼ばれたことを説明する。
ネルが一度こちらを見て頭を下げた。
少女がネルの背中を叩き、ネルが駆け足で俺の元へとやってくる。
「始めまして。ネルと申します。ご指名、ありがとうございます」
「いいよいいよ」
「ではお部屋に案内させていただきますね」
ネルに連れられて俺は席を立つ。
ホールの奥から二階へと上がれば、宿のように一定間隔で並んだ扉。廊下の隅には小間使いが待機しており、部屋からの注文などを受けていた。
そのうちの一つに俺たちは入る。
中は大きなベッドと小さな二人掛けのテーブルと椅子。鏡や道具も一通りそろっているようだ。
ネルはそこに用意されていた水差しからカップへと水を灌ぐ。
「新しくお飲み物は注文されますか?」
「じゃあさっきと同じワインとチーズで。ネルちゃんは何呑む? 好きなの頼んでいいよ」
「じゃあ私も同じものをいただきますね」
ネルが廊下へと顔を覗かせ小間使いを呼ぶ。そして注文をして戻ってきた。
俺は席に座って、ネルちゃんを促す。
「夜は長いし、すこしお話ししようぜ」
「はい。失礼します」
ネルが対面に腰を降ろし、お互いに水で口を濡らす。
「あの、お客様は――私の噂って」
「色々不幸ってやつ? さっきネルちゃんを呼んだ子から少しは聞いたぜ。ネルちゃん、俺のタイプだし、面白そうだから指名してみたんだ。何が起こるか楽しみだな」
「楽しくなんて無いですよぅ。何もないのが一番です」
ネルは深いため息を吐いた。そんなため息ばっかりだと幸運が逃げちゃうぞ?
「ネルちゃんの不幸って昔からなの?」
「いえ、つい二か月ほど前からですね。突然お気に入りのカップが割れたり、家の鍵が壊れちゃったりし始めて。幸運アイテムなんかも買ってみたんですけど、全然効果が無いんですよ」
「そりゃそうだわ。幸運アイテムなんて基本は呪いと同じ。気を紛らわせるもんだしな」
「壺とか結構高かったんですよぉ」
ネルちゃん、いい感じに不幸のスパイラルに飲まれてる感じがある。
幸薄いとは思ったが、なかなかハードな状態になってそうだ。
弱り目に祟り目。こういう時って詐欺とかにもあいやすいからなぁ。それが余計に不幸のスパイラルを加速させる。
気をしっかり持てば、意外となんでもなかったりするんだけど。
そんな時、扉が小さくノックされた。
「失礼します。お料理をお持ちしました」
「はーい」
ネルが返答し、料理を受け取るため扉を開ける。
子供がトレーに新しいワインとチーズを持ってきていた。それを受け取り、こちらへと持ってくる。
そして、椅子の足に自身の足を引っ掛け、トレーを盛大にぶん投げながら派手に転倒した。
投げられたトレーからはチーズが床へと散乱し、綺麗な放物線を描いてワインが俺へと降り注ぐ。
二人分のワインは結構な量だ。それを頭っからかぶった俺は、酒も滴るいい男に――なるわけないわなぁ。俺の服も後ろのベッドをワインでびしょびしょ。一撃でなかなか悲惨な状態になった。
だがこれだけでは止まらなかった。
「わ、わわ! ごめんなさい! すぐにタオルを!」
慌てて立ち上がったネルが飛散したチーズの一つを踏みつけ再び転倒する。その際テーブルに体がぶつかり、正面に座っていた俺の腹部へとテーブルの端が襲い掛かってくる。
「ぐふっ」
なかなかいいダメージ。月兎の時は常に身体強化されているが、俺が出てきていると魔力のコントロールができるせいで逆に身体強化がされていない。
生身の月兎の体に、このダメージは結構効くぜ。
「ああああああ」
ネルちゃんはすでに涙目である。
再び立ち上がり、俺の元へと駆け寄ろうとしたところでまたも不運が顔を出す。
移動したテーブルの角、そこにスカートの留め具を引っ掛けて破壊したのだ。
ずり落ちたスカートが駆け寄ろうとしたネルの足へと絡まり、三度目の転倒。
俺の正面へと飛び込んできて、頭突きとクロスチョップを同時に叩き込まれた。
盛大に俺を巻き込んで転倒し、ベッドへと倒れ込む。
こ、こんな刺激的なベッドへの誘い方は初めてだぜ……
これだけ派手な音を立てれば、外にいた小間使いでも気づく。
様子を見に来たのか、扉がノックされた。
「大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫です!」
とっさにネルが答えるが、それはお前が答えていいことなのだろうか。俺は結構重症だぞ?
「いや、あのさすがにちょっと」
扉の向こうも信じられない様子だ。
ネルが俺の上から起き上がり、説明をしようとしたのか、それとも助けを求めたのか扉へと向かう。
その一歩が最後となった。
二度目のチーズ踏み。
滑ったネルから降りぬかれた渾身の肘打ちが俺の鳩尾へと炸裂する。
「こ、こいつはやべぇ」
このレベルはちょっと異常だ。なにかしらの原因がある。
そう思いながら、俺は初めてこの体で意識を失うのだった。




