4-1 男なら逃れられないカルマ
馬車はやや強めの揺れをお尻に与えながら街道を進んでいく。今日の夜宿泊する町はすでに目の前にあり、到着まで十分もかからないだろう。山並に太陽が半分隠れ、空を赤と青に染めていた。
何と言うか、すごく平和だ。
盗賊の襲撃も、野生動物が襲い掛かってくることもない。
ただのんびりと変わらない景色を日がな一日眺め続け、夜には最寄りの町で一夜を過ごす。
異世界の旅ってこんな簡単なものでよかったんだっけ?
(魔物は駆逐済み。盗賊が頻発するほど国も荒廃していない。となれば、旅が安全になるのは当然だな。その上こいつは王都行きの馬車だ。周辺にも同じような馬車が集まってるし、人数が増えれば襲う側だってそれなりに規模が必要だ。だけどそんなに盗賊がいない。だから襲えない。いいことづくめじゃねぇか)
(そうなんだけどさ)
王都まであと一日。ここまでの旅は順調すぎるほど順調だった。
突然盗賊や魔物が現れて、僕がばったばったと――なんて中学生の教室テロリストなみのことを考えていた身としてはちょっと拍子抜けだ。
そして馬車が街門をくぐって町の中へと入って行く。
王都から近いだけあって、町の大きさも比例するように大きくなっていった。今日の町も、マヌアヌより大きな町だ。
停留場へとやってきた馬車が足を止め、僕たちを降ろす。
代表が、明日の八時に出発すると言って解散を告げた。
(なんというか、何日も一緒だと変な連帯感が出てくるよね)
言葉なくぞろぞろと移動を始めた一団が、同じ宿へと入って行く。
特に予約しているというわけでもないが、なんとなく同じ宿に泊まってしまうのだ。何かあれば声を掛けてもらえるかもしれないしね。
部屋を取った後は屋台街へと向かう。
適当に気になる料理を注文して、空いているテーブルに座って食べていると、横から声を掛けられた。
「相席、いいか?」
少し時間が遅いためか、他のテーブルにも空いている席は沢山ある。けど相手はあえて僕に声を掛けてきた。そして僕も、あえて許可を出す。
「ええ、どうぞ」
声を掛けてきたのは、同じ馬車に乗っている人だ。名前も知らない間柄だけど、顔は覚えている。
王都まであと一日しかないけど、なんとなく同じ馬車の人と話してみたくなる気は分かる。僕も、隣の席の人に話しかけようかずっと悩んでいたし。
(結局話しかけられなかったけどな)
(ずっと下向いてたし、なんとなく話しかけづらかったんだよ)
日本人の機微で察するところ、あれは絶対に話しかけられたくない雰囲気を出していた。休憩時間にイヤホン付けて寝ている学生と同じタイプだ。僕にはわかる。
「俺の名前はシビルド。あんた、俺と同じ王都行きの馬車に乗ってるだろ?」
「ええ。月兎です。よろしく」
「月兎もやっぱり祈祷祭目当てか?」
「祈祷祭? なにかのお祭りですか?」
僕は単純に遺跡目当てだったから、そんなお祭りの名前は初めて聞いた。
シビルドさんは少し驚いた様子で目を見開く。食べかけのスプーンが止まっていた。
「なんだ違うのか。この時期に王都に行くなんて、それ以外ないと思ってたんだが」
「探索者なので、王都の地下にある巨大遺跡に興味があるんです」
「おお! 探索者だったのか! ごつい連中ばっかりだと思ってたから気づかなかった」
まあ、確かにそんなイメージありますよね。僕もレオラと出会うまではそう思っていました。酒場とか見ていると、あながち間違いでもなさそうですけど。
「それで祈祷祭とは?」
「ああ、そうだった。祈祷祭ってのは、この国の王族が五十年に一度、国土の豊作を願って地下遺跡で儀式をするらしい。それに合わせて、大々的にお祭りが行われるんだ。王都全体が祭りの雰囲気にのまれるから、かなり賑やかになるらしいぞ」
「そんなお祭りがあるんですか」
「まだ三週間ばかり先の話だけどな。けど、今ぐらいから宿を取らないと、野宿になっちまうだろし」
確かにそうだ。五十年に一度の上に、王都全体がお祭りになるとなれば、多くの観光客が訪れるだろうし、宿はどこもパンパンになるだろう
僕たちはいいタイミングで王都に来ることができたらしい。もう少し遅かったら、馬車にも乗れなかったのかも。
(地下遺跡で儀式っつうのも気になるな)
(だよね。何らかの魔道具を稼働させている可能性がある)
(何個かそれっぽい魔道具は思い当たる。けどそいつらじゃ転移とは関係ないしなぁ。その遺跡がここに王都を作った理由なら、俺たちからすりゃハズレってことになっちまう)
(いいじゃん。レイギスも観光気分で楽しめって言ってたでしょ? お祭りなんだから楽しませてもらおうよ)
(それもそうだな。王都ならいい店も多そうだ)
レイギスがなにやらぐふふと笑っているのが気になるが、問い詰めるのは後にしておこう。
「タイミングが良かったみたいですね。なら僕も色々お祭り見て回ろうかな」
「それがいいぞ。ま、その分金は掛かるだろうけどな。俺はこの時のためにチマチマ貯めてたんだ」
「僕は――まあ大丈夫ですね」
凄い小切手もらっちゃったし、王都の銀行なら交換も可能だろうし。
「探索者ってのはそんなに儲かるのか?」
「僕は魔道具の修理も少しやっていますから、そっちの稼ぎが多いですね」
遺跡からみつけられたのは、今のところグロリダリア時代のレシピと変な科学者だけだし。
「はぁ。確かに本物の魔導具の修理は大変だって聞くな。改良品は、多少齧ってりゃ誰でもできるって話だが」
「王都にはそういうのも多いんですよね? 初めてなんで楽しみです」
グロリダリア時代の魔導具を解析し、今の技術で再現した道具はいくつか存在する。
この町にも、街頭や貯水システムなどで使われており、その恩恵は計り知れない。水洗トイレが各部屋にある快適さ。これはもう手放せない。
「王都はそういう部分でも最先端だからな。探索者でも色々楽しめると思うぞ」
これは本当に王都を選んで正解だったみたいだね。
ちょっと会話が途切れたところで、冷め始めていた料理を手早く平らげ話題を振る。
「そう言えば、シビルドさんはどんな仕事を?」
「ほほう、聞きたいかね」
「え、ええ。まあ」
身を乗り出してきたシビルドさんに、僕は若干引き気味に頷く。
シビルドさんはいったん周囲の様子を気にした後、声を小さくして言った。
「俺はクレセって町で娼館を営んでる」
娼館かぁ。滅茶苦茶話題にしにくい職業だった。
「祈祷祭も楽しみだが、実は王都の娼館巡りもしようと思ってるんだ。月兎も一緒に来るか?」
(おい! 是非お供しますと! 僕も一緒に行きたいですと言うんだ!)
何やら頭の中で五月蠅い声が響くが、それは全て切り捨てる。
「いえ、僕は結構です」
「そうか。色々と下調べして、いい店は見つけてあるんだ。もし行きたくなったら俺に言ってくれ。紹介するぞ」
「ありがとうございます」
これほど張り付いた笑顔と社交辞令という言葉がピッタリの感謝はないかもしれない。
「んじゃ、俺はそろそろ行くわ。また明日な」
「ええ。また明日」
シビルドさんが席を立ち、食器を戻して屋台街を後にする。
それを見送った僕は、果実水を飲みながらレイギスへと話しかけた。
(レイギスはさ、僕と一心同体って意味わかってるの?)
(それがどうした?)
(もし僕が誰かとえっちなことをしている場合さ、それは全部レイギスに見られている訳じゃん。しかも、レイギスが表に出てきた場合、僕は知らなううちに知らない子とえっちなことをしている訳になるんだよ)
(だな。それがどうした?)
(僕には見られて喜ぶ趣味もないし! 知らない相手と知らないうちに済ませているなんて怖い経験はしたくないんだけど!?)
確かにレイギスとの共同生活はある程度割り切っているけど、そこまで無関心になってるわけじゃないからね!
(そうは言うがなぁ。月兎よ、お前も男の子だ。溜まるもんは溜まるだろ)
(それは……そうだけど)
(しかも最近は可愛い子と知り合う機会や誘惑も多かった)
フレアやレオラは可愛いタイプ、メイドのミリアルさんやホムンクルスのアテネは綺麗どころの部類に入る。セレスティーヌ様は――まだちょっと子供だしね。子供の可愛さと言った感じ。
そんな人たちと一緒に生活したり、冒険したり、膝枕してもらったり、あまつさえ服を脱がせて肌を触ったりしていたのだ。確かに、かなりの誘惑だった。
(月兎が夜、悶々としているのを俺は知ってる。ここらでスッキリしとかないと、どっかで爆発するぞ? 主に朝のパンツの中とかで)
(それはそれで嫌だ……)
(だろ? けど月兎は初心だ。女に対して奥手とも言える。なら行く場所行って、スッキリさせた方がいいだろ。相手も仕事だと割り切ってるんだから、気にするような必要もない)
レイギスのいうこともそうなんだけど、レイギスが言うように僕は奥手だ。だからそんな割り切りも付けられない。
(だから俺が月兎の知らない間に娼館行ってやるって。俺は楽しいし、月兎も朝はスッキリする。win-winだろ?)
(うぅぅ……すこし考えさせて)
(仕方がねぇなぁ)
とりあえずこの話は保留にして、僕たちも食器を片付け宿へと戻るのだった。




