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デュアル・センシズ ~異世界を一つの体で二人旅~  作者: 凜乃 初
一章 薬師の少女と飛来する厄災
13/83

1-10 厄災と罠

 雲を潜り、青空の海を泳ぐ。羽ばたく翼は力強く、白銀の体は日を反射して神々しいまでに輝いていた。

 遥か眼下には緑の絨毯。飛行を開始してから早二十五時間。保有エネルギーは前回の補給で十分に満たされており、後半月は継続可動が可能なことをシステムが返答してくる。

 設定された目標を探していたレーダーが、反応を示した。

 視線をそちらに向け、望遠レンズをズームすれば絨毯の中に一部だけ禿げた土色の部分。さらにズームを掛ければ、排除対象がはっきりと写り込んだ。

 システムが排除モードへと移行し、高度を下げる。ぐんぐんと近づいてくる緑と、離れる空。

 そして、ryuは吠える。あたかもそれは、宣戦布告であるかのように。


   ◇


(来たな)

「うん」


 ドクドクと心臓が高鳴っている。空のはるか遠くには、高度を下げながらこちらに向かって接近してくる白銀のryuの姿。

 やっぱり見た目完全にドラゴンだよなぁ。


(どうやら向こうも俺たちを標的にしたようだ。作戦開始だ。月兎、村の連中恐怖で浮足立ってる。指示を出してビシッと締めてやれ)

(分かった)


 確かにみんな、ryuの姿を見てからはざわめきが止まらなくなっている。


「皆さん! ryuがこちらに狙いを定めたみたいです! 作戦通り各員は持ち場についてください! 非戦闘員の避難は完了していますか?」

「ああ、女連中は森の中に逃げてる。残ってるのは俺たちだけだ」

「じゃあ皆さんよろしくお願いします! 勝って格好良くこの村の最後を締めようじゃないですか!」

「おう! そうだな! お前ら気合入れろ! この村最後の大仕事だぞ!」

「「「オー!」」」


 村に残って罠を設置していた人たちがそれぞれに持ち場へと散っていく。

 ここからは僕が囮となって、ryuを罠のある場所まで誘導しないといけない。

 怖い。怖いけど、もう後戻りはできない。


「来い! 僕はここにいるぞ!」


 他のみんなが建物や塹壕の中に隠れ、広場に立っているのは僕一人となる。

 ryuは尚も真っ直ぐにこちらに向けて飛んできている。家を壊すつもりなのか、畑を狙うのか、それとも僕一人を狙うのか。

 まだ分からないけど、どれでも大丈夫なように作戦は立てた。

 僕は足元に置いてあった袋の中から、握りやすいサイズの礫を取り出す。

 ryuが間近まで迫ってきた。その全体像が良く見える。

 大きさはちょうど家一軒分ぐらい。尻尾とか羽を除けば、小屋一つでも足りるかな? 落とし穴の大きさはちょうど良さそうだ。

 その表面には何枚もの硬質な板が組み合わさっており、動きに合わせて小さく擦れるような音が聞こえてくる。


(投げるよ)

(思いっきりいけ!)


 軽くステップを踏んで勢いを付け、体全体を使って持っていた礫をryuに向かって投げつける。

 ビュンッと勢いよく飛んだ礫は、強化された僕の力も相まってプロ野球選手かと思うほどの速度で飛翔し、ryuの顔へと直撃する。

 

(やっぱりビクともしないね)


 礫はryuの顔に直撃するも、カンッと高い音を立てて弾かれただけだ。傷一つ付いた様子もない。


(あの表面は、合魔成金属だ。鋳鉄時に魔力を加えることで化学変化以外に魔力変化も起こさせて、物質の組成を変化させ硬度を上げている。厚さ一ミリもないくせに、上から十キロの玉を落としても傷一つ付かねぇ代物だ。正面からどうにかできると思うなよ)

「最初から思ってないよ」


 ryuの視線がずっとこちらを向いている。今のを攻撃と判断してくれたのか、完全に僕をロックオンしているみたいだ。ならちょうどいい。

 僕は駆け出し、ryuを第一の罠にはめるべく移動する。

 進むのは、村の北側。潰した廃屋の近くにある別の廃屋だ。

 すると背後からドスンという音が聞こえてくる。少しだけ振り返って見ると、ryuが地面へと着地していた。そして口と羽の根本から白い煙を噴き出す。


(レイギス、あれは?)

(あれは熱の排出だ。気にする必要はない。あれが終わったらすぐに来るぞ!)


 レイギスが言うや否や、ryuがトカゲのように足を動かしこちらに向けて走り出した。

 長い尻尾が建物に当たり、それだけで軽く壁が吹き飛んでいる。

 あれに当たったら一たまりもないね。

 だけど、ryuは想定通り真っ直ぐにこちらに向かって走ってきてくれている。だからレイギスが考えてくれた罠に想定通りにかかるんだ。


「今!」


 僕が合図を出すと、地面の下に隠されていたロープが一斉に飛び出す。

 それはryuの首を超え、ちょうど羽の下へと潜り込んだ。

 グッと縄に強烈な負荷がかかり、引っ張っていた男たちがその勢いに押されて隠れていた建物から引きずり出されてしまった。


(レイギスどうする!?)

(大丈夫だ。あいつはお前しか見ていない。作戦続行!)

(分かった)


 ただロープに引っかけただけでは、ryuの羽が捥げることなどない。

 だからもうひと手間掛ける必要があるのだ。

 村の女性たちが編んでくれたロープの先端には、メイソンさんが鍛冶で作ってくれた大きなかぎ爪が取り付けられている。これを、廃屋から取り出し補強した柱に引っかけるのだ。

 その為の場所まで僕は駆ける。

 真後ろからは、恐ろしいほどの勢いでryuが迫ってきていた。地球にいたころの僕なら確実に捕まって食べられてしまっていただろう。

 けど、今の僕の足は全力を出せば自転車だって追い越せる!


(あんま真っ直ぐ走るな。ゲロ吐かれるぞ)

(そんなことまでしてくるの!?)


 慌てて斜めに走れば、直後自分の足元に何か水っぽいものが飛散した。


(攻撃じゃねぇが、足止め程度に使うことはある。ゲロまみれで勝利を祝うのも嫌だろ?)

(そう言うことは先に行ってよ!)


 ジグザグに進みつつ、ゲロを回避しながら第二罠の場所まで来た。

 そして罠の先に掘られていた塹壕へと飛び込む。

 ryuは真っ直ぐにこちらへと突っ込み、想定通りかぎ爪が柱に引っかかった。

 ミシミシと激しい音を立てて、補強したはずの柱に罅が入っていく。だが同時に、ryuの体が大きくのけ反った。


(ryuの表面装甲はそれこそ大砲だって弾く。けどそれは外からの衝撃について強いってだけだ。中身や接続部に関しては、普通の魔導具と何ら変わりない。つまり――)


 何かが砕けるような音と共に、ryuの両羽が根本から引きちぎられる。その断面からは、ボルトやスプリングが飛び出して地面へと零れ落ちた。


「やった!」


 僕は思わず声を上げる。


(大成功! さすが俺だな!)


 その光景を見ていた村人たちからも歓声が上がった。

 今まではただ逃げることしかできなかった相手に対して一矢報いたのだ。歓声が上がるのも当然だろう。けど作戦はまだ終わらない。


(気合入れなおせ。こっからが月兎の本当の勝負だぞ)

「うん!」


 隠れていた塹壕から飛び出し、羽を捥がれたryuに向かって再び礫を投げつけ僕の存在をアピールする。

 ryuはこちらを見つけて一吠えすると、即座に突撃してきた。


(落とし穴は広場だったな)

(うん。とりあえずあいつの横を抜けるよ)


 勢い良く踏み込み、こちらもryuへと向かう。

 あの巨体であの速度。それに尻尾が左右に大きく振れていることを考えれば、横を抜けることを考えるよりも――


「今!」


 スライディングでryuの下へと一気に潜り込む。

 ryuは慌てた様子で首を曲げ、自分の体の下をのぞき込み、勢いよく躓いて一回転する。

 土煙を上げながら体を起こすryuをしり目に、僕はすでに広場の前へとたどり着いていた。


「大成功だね」

(あの転倒のせいで、小型の害獣だと結構逃げ切れたんだよな。改良案も出てたが、小型だと被害も少ないってことで、結局そのままになったんだよ)

「手抜きに感謝」


 そのまま広場へと突入し、落とし穴を越えたところで立ち止まる。

 落とし穴は幾度かの試行錯誤の末、人が通っても蓋が落ちることはないがryuほどの重さが通れば落ちるようになっている。穴のサイズはちょうどryuの胴体と同じ直径になっており、ryuがはまれば尻尾と首が上を向いて簡単には動けないようになっている。

 その穴に向けてryuが真っ直ぐに突撃してきた。

 そして落下。

 大量の土煙を上げて、ryuの姿が穴の中へと消えた。

 村全体から歓声が上がり、続々と建物の中から村人たちが飛び出してくる。


(やったな)

(うん)

(後は制御系の掌握だ。動けないとは思うが、一応気を付けろよ)

(分かった)

「じゃあ、僕は仕上げに入ります。大丈夫だとは思いますけど、一応注意しておいてください」

「月兎も気を付けろよ」

「はい」


 みんなからの声援を受けて、僕はryuが落ちた穴へと近づき中を覗き込む。

 ryuと目が合った気がした。

 ryuは想定通り、尻尾と首が上に向き、両足が穴の底でがりがりと地面をひっかいている状態だ。体を捩じることもできずに、もがいているという表現が一番ピッタリくると思う。


(あれが見えるか? 首の根元にあるコントロールキューブだ)

(うん。遺跡にあったのと同じものだね)


 ryuの首元には確かに透明な宝玉のようなものが設置されている。今も時折その玉の中を光が走っていた。

 あれに手を触れないといけないのか。

 ryuは完全に動けなくなっているとはいえやっぱり怖い。けど、その恐怖を押し殺し、僕は穴の中へと飛び込んだ。

 カツンと鉄板を踏んだような音を立てて、ryuの背中に着地する。ryuが興奮したように体を揺らすが、穴にハマっているおかげで意味を成していない。

 今のうちにと、僕は首元に向かいその宝玉に右手を触れた。

 僕の右手にある魔法陣が輝き、あの時と同じように甲の上にディスプレイを投影する。

 そこにはログイン画面が表示されていた。


(パスワードとかどうするの?)

(あの時と同じでいい。これはお前らのPCのロックと違って、個人認証の意味あいが強いんだ。だれがいつどこに接続したかを昔は中央統合情報室で一括管理していたからな)

(へぇ)


 じゃあ意味合い的にはマンションのオートロックとか、IC付の社員証に近いのかもしれない。

 そう思いながら、前と同じ名前とパスワードを打ち込む。

 やっぱり不遜だよね。グロリダリアの天才科学者って。

 そしてログイン画面が閉じ、システムウインドウが現れる。

 ウインドウには現在のryuの状況が表示されていた。燃料や可動時間、本体の異常警報など、色々な情報が並んでいる。赤文字で強調されているのは、羽を捥いだ際に出たエラーかな?


(どうすれば止まるの?)

(簡単だ。電源を落とせばいい。左下にある丸を選択してくれ)

(うん)


 パソコンでいればスタートボタンの位置にある丸を選択すると、細かいプログラムの一覧が表示される。その中に本体の活動停止の表示があった。


(これだね)

(おうよ)


 そして僕はryuの活動停止プログラムを選択する。


   ◇


――停止プログラムを確認

――コア停止シーケンス――――error

――――再試行――――――――error

――――errorコード1566……1724……

――強制停止プログラムを起動

―――――――――――――――error

――――再試行――――――――error

――――errorコード4452…………

error error error error error error

…………………………………………

…………………………………………

…………………………………………

――――プログラム666強制起動


   ◇


 ホッとしていたところに、突然ウィンドウが真っ赤に染まった。

 画面にはプログラム666の文字。


(レイギス!?)

(様子がおかしい! 離れろ!)


 コントロールキューブから手を離し、慌てて穴から出ようとした。

 そんな時に足場が大きく弾みバランスを崩す。


(ryuが暴れてる!?)

(暴走してやがる!? 何が起きてんだ!)

(それこっちのセリフ!)


 言い合っている最中にも、ryuは激しく暴れ、そして穴の底で何かが動く音が聞こえる。

 その上、今までは地面をガリガリと掻いているだけだった両手両足が伸び、穴の底をしっかりと踏みしめていた。


(まさか!? 整備用のハッチを開いて長さを稼いだのか!? そんな行動プログラムは存在しねぇぞ!?)

(どういうこと!?)

(ryuが穴から飛び出すってことだ!)

「皆退避して! ryuの様子がおかしい!」


 穴から飛び出す。そう聞いた瞬間、僕は真っ先に穴の近くへと来ていた村人たちに注意を喚起した。

 その直後、僕は強烈なGに襲われる。

 そして気づけば、空にいた。

 浮遊感に襲われながら下を見れば、僕の足元には穴から飛び出したryuの姿。羽がないため飛翔できず、僕と一緒に落下していた。だが、穴の位置からはズレている。このまま着地すれば、ryuが再び外に出てしまう。


「マズい!」

(あの野郎! 排熱を下腹部に限定して強引に飛び出しやがった! とにかく取り付け! こいつを逃がすな!)

「うん!」


 懸命に手を伸ばし、ryuの装甲の隙間に指を差し込み体を寄せる。

 ryuに跨るようにして足で挟み込み、衝撃に備えた。


「ぐっ……」


 着地と同時に激しい衝撃に襲われたが、なんとか耐えた。

 村人たちはパニックになり逃げだしている。僕はryuの目標を僕に集めさせるため、腰の剣を抜いて装甲の隙間へと突っ込む。


「これなら!」

(ダメだ! 折れるぞ!)


 レイギスの忠告の通り、差し込んだ剣は装甲に挟み込まれさっさりと折れてしまった。

 そしてryuは僕を振り落とそうとがむしゃらに体を振るい、走り出す。

 その先にあるのは、村の女性陣が避難している森だ。

 ryuは数秒で森の中へと突っ込み、大量の枝葉が僕に襲い掛かってきた。

 両手で顔を庇っていると、森の中から女の人たちの悲鳴が聞こえてくる。


(まずいぞ。ここは女連中の避難場所だ。早くどっかに誘導しねぇと)

(そんなこと言われても)


 何とかしないとと思って顔を上げた。

 たまたまタイミングが悪かったとしか言いようがない。

 目の前に迫る木の枝に、僕は額を強打してryuの背中から振り落とされる。

 まともな受け身も取れず、地面へと肩をぶつけゴロゴロと転がり木の幹にぶつかって止まった。


「月兎さん!」


 意識が朦朧とする中、フレアの声が聞こえた。

 体が抱き起される。


「しっかりしてください!」

「フレア……」

「すぐに安全な場所に!」


 フレアが抱き上げようとしてくれるが、力の入らない僕の体が持ち上がることはなく――


「レイギス……後を……お願い」


 ――霞む視界の中で僕は願いを呟いた。


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