1-9 希望と不安
朝起きたら、また凄い見られていた。
僕は、即座にレイギスが何かやらかしたと判断し問い詰める。
(レイギス! 何やったの!)
(ちょっとお話しただけだぜ? やっぱ夜と言えば恋バナだよな!)
(何してんの!? いや、本当になにしてるの!?)
フレアに恋バナとか無理でしょ!
――いや、ちょっと失礼なこと思ってしまったかもしれないけど、異性からの視線も一切気にしていないような子がこれまで恋したことがあるとは到底思えないんだけど!? それともレイギスの恋バナをひたすら聞かされた? え、何その拷問。
(拷問とかひでぇなぁ)
(勝手に人の思考読まないでしよ)
半月が過ぎてレイギスと僕の思考はほぼ完全に分離したと言ってもいい。僕の普段の考えがレイギスに流れ込むことはなくなったし、レイギス曰く魂も正しく分離しているとのこと。
(そこまで強い思考だとこっちにも流れ込んでくるぞ)
(ああもう!)
ただ肉体が同じなだけあってどこか繋がっている部分があるらしく、こうやって僕の感情が高ぶったりすると、思考がレイギスに流れ込んでしまうことがある。戦闘訓練とかの時には僕の思考からレイギスが危険だと判断した動きは注意してくれるから良いけど、こうやって怒っている時の思考を読まれるのはさらに腹立たしい。
深呼吸して心を落ち着かせる。とりあえず今は目の前でじっと僕を見るフレアへの対応だ。
「お、おはよう」
「おはようございます」
「そんなにじっと見られると恥ずかしいんだけど……へんな寝癖でも付いてるかな?」
僕はレイギスの存在を知らない振りをしつつ、自分の髪を触ってみる。
「大丈夫ですよ。月兎さんの髪はいつもサラサラで羨ましいぐらいです」
「これでもだいぶベタ付いているんだけどね」
やっぱり地球にいたころ、毎日シャンプーをしていた時に比べてしまうと、一応毎日水浴びをしているとはいえ髪の毛もだいぶべた付いてしまっている。フレアが教えてくれた天然由来の洗剤を使ってはいるが、やはり現代のものと比べるとその効果は乏しいと言わざるを得ない。
汚れはちゃんと落ちるから、痒くならないのが幸いかな。
町に行ったら、もっと油が落とせる洗剤を探してみよう。
「今日は薬草採取だったよね」
「はい、準備したら行きましょうか」
「そうだね」
布団から出て着替えを済まし、仕事場にあるフレアの籠と僕の剣を手に家を出る。
途中川によって顔を洗い、しっかりと目を覚ましてから山へと入った。
朝焼けに照らされ、薄っすらと霧の掛かった山の中はまだ冷える。僕は羽織っているマントの正面をしっかりと閉じてフレアの後ろに続く。
フレアは勝手知ったる山の中とずんずん進み、お婆さんから教わった薬草の群生地を目指した。
「そういえば今日はどの薬草を取るの?」
「裂傷や深い傷に使うものですね。ほとんど傷薬と同じ薬草です」
「あれ、それならまだ在庫はあったよね?」
「皆さんが危険な勝負に出るんです。怪我をすることも多いと思いますし、重症用は少し調合が違うので多めに作っておくことにしたんです」
「ああ、なるほど」
到着した群生地で、フレアは手早く薬草を摘み取っていく。
フレアも白の厄災に備えて準備をしているんだ。僕も頑張らないと。
(レイギス、ちょっといい?)
(んあ? どったよ)
(ryuについてもっと詳しく教えて欲しい。周りの警戒をしながらでも勉強はできるから)
(やる気十分だな! よし、レイギス先生が懇切丁寧にryuのスペックから行動パターン、必勝法まで教えてやろう。しっかりついて来いよ)
(うん、お願い)
そして三十分ほどの短い間ではあるが、フレアがryu撃退のための準備を進めるように、僕もryuに対する知識を着実に蓄えていくのだった。
村へと戻ってくると、あちこちから声が聞こえてくる。
起きだした村人たちが、昨日の役割分担に従ってすでに作業を始めているようだ。
フレアは取った薬草の下処理のために仕事部屋へと向かったため、僕は一足先にアルメイダさんの元へと顔を出す。
アルメイダさんは落とし穴を掘る班の担当で、集められたメンバーもほとんどが重労働に耐えられるだけの屈強な男たち。
そんな中に僕が一人混じると、なんというか凄く首が痛くなる……
(大学生でも身長は伸びるっていうし、まだ可能性はあるよね)
(月兎の骨格的に可能性はゼロに近いけどな)
(そこは少しでも優しさが欲しい)
(月兎君ならきっと大丈夫だよ♡)
(ごめん、僕が間違ってた)
裏声でそんなこと言われても、腹が立つだけだった……フレアなら優しく励ましてくれるだろうか……いや、今はそんなことを言っている場合じゃないな。
「お疲れ様です。精が出ますね」
声を掛けると、アルメイダさんが持っていたツルハシを下した。
「おうよ。でっかい穴を掘らんと行けないからな。猟師として色々な罠を作ってきたが、こんなサイズは初めてだ。ちょっとでも成功率を上げるために、早めに作って罠部分の試行錯誤はしておきたい」
「アルメイダさんの勘だけが頼りになるのでよろしくお願いします。となると、今日の剣の稽古は中止ですね」
「だな。ま、自己鍛錬は怠るなよ。筋力はあっても素振りの基本は体に叩き込んどけ」
「はい」
時間の隙間を見つけて、素振りは続けないとな。
(体動かしながらの勉強はいいらしいぞ)
(じゃあ素振り中にやってみる? けど、素振りは素振りで集中したいんだよなぁ)
まだ完全に体が覚えている訳じゃないから、ちょっと集中を乱すと教えられた通りの素振りが出来なくなってしまう。不出来な素振りを体に覚えさせたところで意味ないからなぁ。
(ま、物は試しだ。色々やってみるべ)
(そうだね)「じゃあ僕は他のところも見てきますね」
「ああ。お、そうだ、ならついでに食堂に寄ってくれ。俺たちはもう食べたが、他の場所の連中はまだだからな。その場で食えるものを作るように頼んどいたから、それが出来てるはずだ」
「分かりました」
そろそろ朝食の時間だもんね。時間節約のために、食堂で食べるんじゃなくて作業場で簡単に食べられるものにしたらしい。
僕は言われた通りに食堂へと寄る。そこではいつもの通りに忙しそうに料理番の女性たちが動き回っていた。
「月兎ちゃんいらっしゃい」
「おはようございます。アルメイダさんから、他のところに料理を運ぶように言われたんですけど」
「あらあら、助かるわぁ。じゃあそっちのサンドイッチを持って行ってもらえる? 北側の廃屋のところにいるはずだから。あとこれが月兎ちゃんの分ね。フレアちゃんはまだあとかしら?」
「フレアなら、薬草の下処理を済ませてから来るそうですから、もう少し後になると思いますよ。じゃあ僕は持っていきますね」
「お願いね」
渡す分のサンドイッチが入ったバスケットを片手に、空いた手で自分用に用意してもらったサンドイッチを齧りながら北の廃屋へと向かう。
北の廃屋にいるのは、木こりのバウアーさんを筆頭とした補強班だ。
彼らの仕事は紐を括り付け、ryuを引っ掛けても折れない柱を調達すること。紐の強化が必要なのと同じように、柱も補強しなければryuの力に負けてしまう可能性があることに会議中に気付いたのだ。
何故北の廃屋にいるかと言えば、廃屋からまだ使える柱を取り出して補強に使うためである。
生木から木材として使えるようにするまでにはかなりの時間がかかる。しかしそんな時間は当然ないから、すでにできている木材を使おうということだった。
廃屋へと近づくと、一軒のぼろ屋の回りに人が集まっている。
「倒れるぞー、離れたなー」
「「「うーい」」」
「そい!」
そんな声と共に、ぼろ屋に繋がっていた紐が引かれ、それに引っ張られるように柱が飛び出してくる。
直後、ぼろ屋がまるで折りたたまれるかのように内側へと倒れていき、あっという間にその姿を消してしまった。
立ち上がる埃と土煙に、男たちの歓声が上がる。
(あんま近づくなよ。埃がサンドイッチに入るぞ)
(あ、そうだね)
不意の忠告に足を止める。
一応布巾が掛かっているけど、確かにあまり近づかない方がいいかも。
僕は少し離れたところから歓声を上げる男たちに声を掛けることにした。
「皆さん、朝ごはん持ってきましたよ!」
「お、助かる! お前らも朝飯にするぞ!」
バウアーさんを筆頭に、倒壊した廃屋の回りで歓声を上げていた人たちが集まってくる。
彼らにサンドイッチを配りながら、僕はバウアーさんに気になったことを尋ねた。
「廃屋から使えるものを回収するんじゃなかったんですか?」
「ん? そうだぞ」
「倒しちゃいましたよね?」
ぺしゃんこになった廃屋を見ると、とても使えるようなものが残っているとは思えない。
「ああ、それか。あれは倒したほうが取り出しやすいんだよ。柱なんかは上の物を支えていたりするからな。潰して支えるものを無くして引っ張り出すんだ。欲しいのは強度があるもんだし、こんぐらいで壊れるような柱は使えないからな」
「なるほど」
「こっちの作業は昼過ぎには終わる。後は縄と穴の進捗次第ってとこだな」
「穴ならアルメイダさんが張り切ってましたよ。早めに穴は空けて、罠の方を色々試したいって言ってました」
「なら完成自体は今日中に間に合いそうだな」
「ええ」
ryuの目撃情報が商人へと伝わってからこちらに伝わるまでに数日は要しているはずだ。彼らの急いでいた様子からも、あまり時間が無いことは分かる。
明日にも来るかもしれないのだから、こちらも急がなければならない。みんな自分の仕事をそっちのけで手伝ってくれたおかげで、今日中には最低限の準備が済みそうである。
本当に感謝しかない。
「絶対に成功させましょうね」
「おう、そのためにも丈夫なもんを見つけねぇとな」
バウアーさんは残っていたサンドイッチを口の中に放り込み、一気に飲み込む。
「んじゃ仕事始めるぞ!」
「「「おー!」」」
みんなが倒壊した廃墟へと殺到し漁り始めた時点で、僕はこの場を後にして空になったバスケットを戻しにいったん食堂へと戻るのだった。
時間は進み夜。
罠の設置は何とか完了した。みんなが自分の仕事そっちのけで罠の準備に奮闘してくれたおかげだ。
完全に日が沈み、暗闇に包まれた村の中で僕は一人広場で素振りをしていた。他のみんなは慣れない仕事の疲れからか夕食後は早めに家へと戻ってしまった。今はもうぐっすり眠っているだろう。
(レイギス)
(なんだ)
「僕は上手くできるかな?」
ふとそんな言葉が口に出た。
(伝えられることは全部伝えた。今回の作戦は月兎の肉体なら十分に可能な範囲だ)
(上手くできるとは言わないんだね)
(科学者は根拠のない確証はしねぇ。つうか正直この作戦自体も不安なんだぜ? なんでryuが暴走をしているのかも分からない状況で、俺の知っている知識だけで作戦を立てたんだ。むしろイレギュラーがあって当然と考えて動くべきだろ。そこを月兎がアドリブで対応することになるんだ)
暴走している理由が分かってないんだもんね。想定外の動きをするのもまた想定されているってことか。アルメイダさんとの訓練がどれだけ参考になるか分からないけど、こっちの世界に来た時に比べればだいぶ動けるようになっているはずだ。それで何とかしないと――
(責任重大だなぁ)
(そうだ。責任重大だ)
(プレッシャーを掛けないでよ)
(そんなもんに潰れる程度なら、最初からやらない方がいい。自分の心情貫きたいなら、心は強く持て。人助けなんて、片手間にできるもんじゃねぇぞ)
そっか。そうだよな。人助けって、誰かが解決できない問題を解決するために手伝うことだもんな。簡単にできるわけがないんだ。
今までは漠然とただ人助けをしたいと考えていた。けど、実際にこっちの世界に来て、それができる立場になって初めて気づかされた。
人助けってこんなに難しいんだ。あの子もこんな気持ちだったのかな――けどあの子はやり切ったんだ。
なら!
「ハッ!」
今できる全力で剣を振り下ろす。
ブワンと風を切る音が鳴り、地面が少しだけ土煙を上げた。
(覚悟はできたみたいだな)
「うん。僕はやるよ! この村も、村の人も、そして思い出も。全部ひっくるめて僕がryuから守って見せる!」
決意を新たに、僕はもう一度剣を振り上げるのだった。




