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デュアル・センシズ ~異世界を一つの体で二人旅~  作者: 凜乃 初
一章 薬師の少女と飛来する厄災
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1-8 秘めた思い


 食堂へと入ると、ほとんどの人がすでに集まっていた。その表情からは、どこか不安そうな色が見え隠れしている。そして僕を見つけると、話し声がパタリと止まる。


「月兎、本当にできるのか?」

「やるんです。この村を守るために。とりあえず、詳しい話は全員集まってからにしたんですけど、後何人ぐらいですか?」

「七人だな。すぐに来ると思うぞ」


 そう話している間にも四人が集まり、残りの三人もほどなくして食堂へと顔を出す。そして村人全員がここに集まった。

 いつもは調理場となっている正面に僕と村長が立ち、テーブル側に村人たちがずらりと座っている。

 こちらを見る目は厳しいものだ。命を懸けるのだから当然だろう。


(んじゃ始めるか。とりあえずは前提条件を統一しておきたいし、ryuの情報からだな)

「村長さん、始めたいと思います」

「うむ、よろしく頼むぞ」

「では対策会議を始めたいと思います。まず前提として知っておいてもらいたいものが――――


 僕はレイギスのアドバイスにしたがって、農地防衛用対害獣兵器ryuに関して、その基本スペックを伝えていく。


「大雑把に行ってしまいますが、このryuには遠距離攻撃が一切できません。もともと畑に侵入した害獣などの駆除を行うための魔導具だったので、畑に影響を及ぼすような高威力の武器も当然搭載されていません。つまり、ryuが村や畑、人に危害を加えようとする場合、必ず接近することになります。それが僕たちにとっての勝機となります」


 ryuの攻撃手段は主に三つ。

 飛行状態からの急降下で得物を捕獲する方法と、鋭い爪を使った切り裂き、そして強靭な顎を使った噛みつきだ。低空飛行から首だけで畑の中に入り込んだ得物を咥えることもあったようで、応用力はなかなか高そうだ。


「ただむやみに近づかせても危険なだけです。最も危険なものが飛行状態からの接近です。速度と重量が乗った攻撃は僕たちのような素人では躱すことも困難でしょう。なので最初にryuの飛行能力を奪うことに全力を注ぎます」

「飛行能力を奪うっつっても簡単にできるもんじゃねぇだろ。相手は空を飛んでんだし」

「ええ。なので罠を張ります。捕まえるのが困難ならば、自分から飛び込んできてもらいましょう」


 レイギスの考えた作戦は単純であり、得物を捕まえるために降りてきたryuを建物の中や地面に隠したロープで束縛するというものだ。

 ryuの飛行は主に魔法を使っているらしいが、その魔法は羽を羽ばたかせることで浮力を生み出すというものらしい。逆に言えば、羽を動かせなければ飛行魔法を使うことは出来なくなるということ。


「羽をロープで拘束し、飛べなくなったryuはそれでも得物を狙って地面を歩いて近づいてくるはずです。そこに第二の罠を張り完全に捕獲します」


 二つ目の罠は簡単に行ってしまえば落とし穴だ。

 ryuは巨体のため、落とし穴も相応の大きさのものになる。だが、巨体だからこそ一度狭い落とし穴に入れてしまえば抜け出すことは困難になる。


「大雑把ではありますが、これが僕の作戦です」

「なるほどのう。学のないワシでも分かりやすい作戦じゃ。じゃからこそ問題点もすぐに思い浮かぶのう」

「どうぞ」


 村長やってるあなたが学がないとか絶対嘘だと思いつつ、浮かんだ問題点を上げてもらう。


「まずは飛んでいるときの囮じゃな。もっとも危険なそれを誰が請け負うのかということじゃ。次に拘束するためのロープ。この村に化け物を捕まえられるような頑丈なものはありゃせん。最後に捕まえた後。一時的に拘束できたところで時間が経てば穴から出てしまうじゃろ。そうなれば、全てが水の泡じゃ」

(ハハハ! 爺、やっぱりかなり頭がキレるな。廃村計画を問題が出ないようにうまく進めてるだけのことはある。昔の論文発表会を思い出したぜ。あの研究者連中も専門外だとか、勉強中とか前置きして嫌味ったらしいところ突いてくるんだよなぁ)


 それは僕も高校の先生から聞いたことがあるよ。まあ、レイギスの過去はいいとして、今は村長の疑問に対しての返答だ。当然、レイギスもそれぐらいのことは考えていた。


「当然囮役は僕がやります。提案者だし、ryuの行動パターンを把握しているのも僕だけなので。ロープに関しては、村にあるロープを三本一つにまとめることで、ryuの力に負けない強度を確保できます。最後にryuを落とした後ですが、これを使います」


 そう言って僕は、右手の甲をみんなに見せる。そこには今も、しっかりとレイギスによって付けられた紋様がしっかりと残っていた。


「それはなんじゃ?」

「グロリダリア人が使っていた、魔道具や施設を使うための鍵のようなものだと思ってください。僕のこれもそれと同じものです。これがあったせいで僕は転移することになってしまいましたから、ある意味ちゃんと使えることは確認済みです」

「それがあれば止められるのか?」

「はい。これを使って、ryuにアクセスし直接停止命令を送り込みます。ただ、そのためにはryuの首もとにある鍵穴のようなものにこれを触れさせないといけないので、拘束が大前提になるんです」


 ryuの首もとには、遺跡にあったものと同じ宝玉が埋め込まれている。それに触れてシステムにアクセスすることでryuを完全停止させるのだ。

 だが当然暴走する竜も抵抗するだろう。

 暴れているryuにしがみ付いて宝玉に触れ操作をするなど不可能に等しいが、落とし穴の中でもがく程度ならばなんとかなるかもしれない。だから落とし穴にはめるのだ。


「これで質問の答えにはなったでしょうか?」

「うむ。考えられておるようじゃな。危険な点もあるが、それ以外には方法がないとも思える。ワシはこの作戦に賛成するつもりじゃが、他の者で不安や疑問、反対の意見などはあるかのう?」


 村長が回りを見回すが、村人たちは顔を合わせるばかりで特に何かを言うことはなかった。

 村の代表が賛成しているため、大きな声で反対や意見が言えないのもあるだろうが、どちらかというと僕たちの会話の意味が分かっていなかったような雰囲気が大きい気がする。


(仕方がねぇよ。村長は多少なりとも教育を受けた感じがあるが、ここで育った村人なら生きるための知識を得るので精一杯だったんだろ。自分の仕事や身の回り以外の知識は小学生以下と同じぐらいだと思っとかねぇと)

(そっか)


 当たり前のように勉強できる世界から来たせいで、考えることができるのが当たり前だと思い込んでいたけど、ものを知らないということは考えることすらできないことなんだ。


(だから知識は力だ。月兎もしっかり勉強しろよ。今日の夜から作戦の日まで、みっちりryuの動きや行動パターンについて覚えてもらうからな)

(あの流し込みは――)

(ダメに決まってんだろ。あんな負担の多いもん、早々頻繁にやれるか。最悪頭がバカになるぞ)

(そのバカってもしかして)

(おうよ。単純な思考のバカじゃなくて、思考能力の損壊による病気的なバカだな)


 つまり、正常な思考ができなくなり、廃人のようになってしまう可能性があるとのこと。


(そんな危ないことしたの!?)

(ちゃんと脳への負荷は考えて情報は送り込んでる。それぐらいはちゃんとするさ。だが、頻度が多ければ脳への負担もそれだけ大きくなる。やらないに越したことはない)

(はぁ。分かった)


 夜の勉強会が決定したところで、思考を目の前に戻す。

 村人たちは静かになり、村長が僕を見て頷いた。


「ではこの作戦をやるということで、それに必要な準備について説明していきます」


 その後、作戦に必要な道具の確認や、それを準備する担当決めを続け、全てが決まったのはいつもならば村が寝静まるほど遅い時間だった。



「だいぶ遅くなっちゃったね」

「そうですね。皆さん真剣でしたし」


 会議を終え、それぞれは自宅へと戻る。当然僕とフレアも自分たちの家へと戻ってきていた。

 布団を敷いて寝巻の準備をする。

 遅くまで続いた会議と、日ごろの習慣のおかげで先ほどからかなり瞼が重い。


「明日からは忙しくなるだろうし、僕たちも早く寝ちゃおうか」

「はい。明日は早朝に薬草を取りに行きたいんですけどいいですか?」

「もちろん」


 フレアの腕は完治しているが、念のため薬草を取りに山に入るときは僕も一緒についていくことにしている。アルメイダさんのおかげで僕もだいぶ強くなり、猪程度の相手ならば十分可能だからな。今ならば、熊にだって時間稼ぎぐらいはできると太鼓判を押してもらえたぐらいだ。


「もう一人でも大丈夫だと思うんですけど」

「安心や不安って簡単に切り替えられるものじゃないからね。僕がいるうちは、村のみんなの気持ちのためにも一緒に行動するよ」


 安心は積み重ねるのに数年かかるけど、壊すのは一瞬だからなぁ。

 一度壊れた安心は、ゼロからじゃなくてマイナスからのスタートだ。これまで以上に時間をかけて問題がないことを証明しなければならない。

 みんなが不安がっている以上、それをカバーするのも厄介になっている僕の仕事だと思うしね。


「ありがとうございます。薬草のことだけじゃなくて、今回のことも」

「今回?」

「会議の時、私はこの村に残りたいと言いました。けど、本当はそれが無理なことも分かっていたんです。力のない私たちだけじゃ、どう頑張っても白の厄災に立ち向かうことはできないって。ただ私のわがままで、もしかしたら誰かがいい案を思いついてくれるんじゃないかって、そう思って思わず村に残りたいなんて言ってしまいました。そのせいで、月兎さんが危険なことをする羽目になってしまって」

「なんだ、そんなことか」

「そんなことって!? 命が掛かってるんですよ!」


 確かに逃げれば命を危機にさらす必要もなく、誰一人危険な目に合うことなく白の厄災を回避することができるだろう。

 けどその選択肢を選べるかどうかというのは別問題だ。


「きっと僕が今回の作戦を提案しなくても、何人かは村に残ったと思うよ?」

「そうでしょうか?」

「うん。みんなこの村が大好きだからね。大好き過ぎて、他のことを選べなくなっちゃうことってあると思うんだ」


 それが常識的なことでも効率的なことでも選べなくなってしまう。


「人の何かを好きになるっていう気持ちは、とっても重いものだと思うから」

「月兎さんは、重いと感じるほど重い好きを知っているんですか?」

「そうだね」


 僕は知っている。重圧と呼べるほど重い好きという気持ちを。それのためならば、なんだってしてしまうほどの重い気持ちを。

 それをフレアに言うつもりはない。レイギスにはきっと知られてしまっているだろうけど、レイギスもそれには触れないようにしてもらおう。

 この「気持ち」は、安易に他人に触れてもらいたくないものだから。


「僕の意見が案外すんなりと受け入れられたのは、きっと村のみんなもフレアと同じように心のどこかではこの村を捨てたくないと思っていたからなんじゃないかな? それに、僕が危険を冒すのも、僕がフレアと同じようにこの村を守りたいと思ったからだしね」

「けど」

「それでも納得できないなら、一生懸命準備を手伝ってよ。今回の作戦、時間的にけっこうギリギリだから、準備が間に合わなかったら、それこそ尻尾撒いて逃げるしかないしね」

「――分かりました! 私、精一杯お手伝いしますね」

「うん、よろしくね」


 さて、いい加減着替えないとな。

 僕は寝巻を持って立ち上がり、隣の部屋へと移動する。フレアの着替えを見ないために。フレアに着替えを見られないようにするために――


   ◇


 深夜、布団からむくっと起き上がる。差し足抜き足忍び足の要領で、足音を立てずに家を出た。


「ハァ。無茶な作戦になっちまったなぁ」


 俺がとっさに考え月兎へと伝えた作戦は、正直に言ってかなり無理のあるものだ。

 グロリダリア時代の人間であれば、意図的に改良された優れた肉体と思考をもってこの無茶な作戦であっても各自が適切に動くことで問題なく解決を図れるだろうが、この時代の人間は違う。

 弱い肉体、少ない魔力、乏しい教養。

 今回の作戦で頼りになるのは、正直に言って月兎の肉体だけだ。

 俺が主体になって動ければいいのだが、それは必然的に月兎が意識を失っている状態であるということ。あまりいい状態とは言えないだろう。

 だから今できることをやる。


「とりあえずryuの行動パターンの予想と罠の設置か。魔法がどれぐらい持つのかも調べねぇと」


 月兎の体で魔法を使えることはもう分かっている。多少の負荷は掛かっているようだが、注意して使えば問題ない程度の魔法も多くある。

 今調べなければならないのは、俺の意識が奥に引っ込んでいても魔法は継続して設置されているのかということと、ちゃんと発動するのかの確認だ。

 一本の木へと歩み寄り、設置型の罠魔法を発動させる。

 時間経過が確認したいため、人の掛からない高さに設置してしばらく様子見だな。

 後はこの周辺の地形を調査して、いい感じに誘導で来そうな場所を探して――!?

 気配を感じてとっさに木の影へと隠れる。

 その気配は真っ直ぐにこちらへと近づき、俺の隠れている木の近くで立ち止まった。


「レイギス、いるのでしょう」

「フレアか。まさかそっちから会いに来てくれるなんてねぇ。もしかして俺に惚れちゃった?」


 ニヤニヤと軽薄な笑みを浮かべて木陰から体を曝す。

 フレアは険しい表情で俺を見つめていた。睨みつけるって感じじゃないが、あんまり好意的でもねぇな。ま、出会い方が出会い方だし仕方ねぇか。


「また勝手に出てきているんですね」

「たまには俺も外に出ないと健康的じゃねぇからな。フレアも体は大切にしろよ。往年の肉体は若い時の貯金を喰い潰すからな。しっかり貯蓄しないと、一瞬でへばっちまうよぼよぼの婆さんになっちまうぜ」

「生憎私は健康そのものですから。夜しか動けない誰かさんとは違います」

「ハハハ、やけに刺々しいなぁ。月兎には過剰すぎるぐらい丁寧なのに。俺にもそういう対応してよ。仲良くしようぜ」


 挑発してみると、フレアの頬にサッと紅が差した。

 ――ふむ、少し探ってみるか?


「月兎さんは尊敬できる方です。あなたのような軽薄な人とは違います」

「尊敬ねぇ。本当に尊敬だけかなぁ?」

「どういう意味ですか」


 俺が歩み寄ると、フレアは警戒するように一歩下がり体の前に腕を置いた。前のキスを根に持ってるのか? いや、視線と表情の変化を見るに単純に警戒しているだけだな。


「人間の生殖本能はちょっとした環境に影響されるほど弱いもんじゃねぇ。繁殖が可能な状況ならそれに応じた反応が肉体に現れる。それは性教育の有無にかかわらずだ。にもかかわらず、半月経っても何の反応もないのはなんでだろうなぁ?」


 視線に動揺が走った。なるほど、少なからず意識はしている。

 これはわざと隠してるな。けど、普段の生活的にアピールもしているのか? いや、普段の無防備な行動は習慣だな。当たり前の行動のはずが、なぜかドキドキして気持ちの整理が出来ていない感じだな。 村長からの依頼はほぼ達成したと見ていいな。後はフレア個人の問題だな。月兎にも確認を取ろう。

 俺は自分の中で結論を出し、一歩下がる。


「何が言いたいんですか」

「さてね。俺はちょっと不思議に思っただけさ。後でゆっくり考えて見るとするよ。せっかくの夜のお話だってのに俺ばっかり話すのも悪いしな。フレアの用事を聞こうか。俺に会いに来たんだろ」

「お礼をと考えていましたが、やっぱりいいです」


 フレアはやや触れ腐れたようにそっぽを向いた。


「お礼? される様な事はした覚えがねぇけど」

「最初会ったとき、熊を倒したのはレイギスですよね?」


 へぇ、気づいたのか。まあ、月兎の実力、熊の倒し方、周辺の様子、気づけるだけの素材は揃っていたからな。


「だからお礼をと考えました。けどやっぱりあなたは嫌な人です。だからお礼は言いません。おやすみなさい。良い夜を」


 一瞬だけベーッと舌を出し、フレアは踵を返して家の方へと戻っていった。

 これまで見たことのないフレアの子供っぽい行動に一瞬呆け、直後闇の中で一人笑いをかみ殺すのだった。

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