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デュアル・センシズ ~異世界を一つの体で二人旅~  作者: 凜乃 初
一章 薬師の少女と飛来する厄災
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1-7 村人たちの選択

 その日は朝から村が賑やかだった。


「どうしたんだろう?」

(なにかあるのかもな)


 広場に集まる人たちを見て首を傾げる僕に、フレアもいつもより心なしか浮かれたような声で答えを教えてくれる。


「今日は月に一度行商さんが来る日なんですよ。皆さんそれが楽しみなので浮かれているんでしょう」

「へぇ。行商か」


 それは確かに浮かれるのも分かるかもしれない。なにせ月に一度の買い物なのだから。

 けど僕には関係ない話かな? なにせお金も物々交換するための物も持ってないし。いや、学生服を渡せば、色々交換できそうな気もするけど、地球に帰るならこれを売るわけにはいかないしなぁ。


(まあ、見てみるだけでもいいと思うぞ。辺境じゃ物価は多少上がってるだろうが、参考にはなるはずだ。田舎から出てきたもの知らないガキはぼったくられるなんて話はよくあるからな)

(それもそうだね)


 とりあえずは朝の仕事を済ませちゃおうか。

 慣れた足取りで畑へと向かい、僕は水やりと虫取りを始めた。


 昼を過ぎ、待ちに待った行商の馬車がやってきた。

 浮かれて馬車へと駆け寄る村人たちだが、その様子がすぐに変わる。


(ありゃ何かあったな)

「僕たちも行ってみよう」


 村人たちの輪へと近づく。村人たちは、真剣に何かを話し合っていた。

 比較的輪の外側で腕を組んでいたバウアーさんに何があったのかと尋ねた。


「お、月兎か。ちと拙いことになったみたいだ」

「拙いこと?」

「この村に白の厄災が近づいているらしい」


 白の厄災? 何のことだろう。


(俺も知らねぇな。天災とは違うみたいだし、俺たちの時代にはなかったものか?)

「あの、厄災って一体」

「そうか、月兎は別の国から来たから知らねぇんだったな。白の厄災ってのは無差別に村や町を襲う化け物のことだ。でっかい真っ白なトカゲに羽を付けたような生き物でな。なんでか知らんが人間の村や町を見ると襲い掛かってくるんだ。この国の王様や領主様も退治を試みたみたいだが、大部隊だと空を飛ぶ化け物の速さに追い付けず、少数だと歯も立たなかったらしい」

(レイギス、心当たりある?)

(あるにはある。けど、俺の知ってるそれはそんな物騒なもんじゃなかったはずだ)


 レイギスに心当たりがあるということは、グロリダリア時代の魔導具の可能性が高いのかな? けど、いまいちパッとした反応じゃないな。いつものレイギスなら詳しい解説が来てもおかしくないのに。


(じゃあ別物?)

(とも思えねぇ。今の時代にあれを作れるだけの技術力はないはずだ。十中八九俺の想像してるものだろうが、残りの一や二の可能性だってある。断言はできねぇな)

(ならもう少し調べてみる?)

(いや、ここは周りの話をしっかり聞いとけ。たぶん、避難するかどうかの話し合いだ)


 村人たちが話し合っているのは、レイギスの言うとおり村から離れて避難するかどうかということだった。

 この村自体廃村が決まっており、半数はすぐにでも村を捨てて逃げるべきだという意見。もう半分は、引っ越しにも時間がかかる。なんとか白の厄災を回避する方法はないかというものだ。

 前者には手に職を持つ技術者が多く、後者には農作業の従事者がほとんどだ。季節は夏に近づきつつあり、畑に蒔いた種もすでに芽を出し始めている。これを放棄するのは、農業従事者としては全財産を捨てるにも等しい行為だからだろう。

 そして避難に反対する側にフレアの姿もあった。


「私も避難は最後の手段にしたいです。お婆ちゃんの畑を簡単に諦めたくありません」

「けどよフレアちゃん。それでフレアちゃんまで死んじまったら、婆さんに合わせる顔がねぇよ」

「そうかもしれませんが……」


 フレアはお婆ちゃんのことが大好きで、お婆ちゃんが過ごしたこの村や家や畑が大切なんだ。それを簡単に諦められない気持ちは分かる。

 けど話を聞いていると、白の厄災は村の家屋や畑を集中的に襲っているようだ。それを守るとなれば、白の厄災と戦うことになるだろう。

 そんなことが可能なのだろうか。レイギスならば戦えるかもしれないけど。


(正面からぶつかるなら、魔法も使えない村人や月兎には無理だな。虐殺されるだけだろ)

(やっぱり。けど、正面からぶつかるなら――でしょ? 天才さん)

(そういうこった)

(じゃあやろうか)

(おうよ。グロリダリア時代の遺産が暴走してんなら、その時代の人間がちゃんと片づけないとな!)


 ならまずやることは、逃げる派の村人たちの説得だ。


(とりあえず俺の持ってる情報と思考を一時的にお前に流し込む。それを使って村人を説得しろ。少しクラッと来るが我慢しろよ)

(え、普通に説明してくれれば)

(時間がないからな。行くぞ)


 ちょっと待って欲しいと思ったときには、一気に頭の中に流れ込んでくる映像や思考。

 グロリダリア時代の風景や工業化され画一化された地平線まで続く畑の姿。そしてその上空を飛ぶ真っ白なドラゴン。あれが白の厄災の正体だろう。

 同時に、白の厄災がどんな役目を持って作られたのかを理解した。

 農地防衛用対害獣撃退兵器ryu――それが白の厄災の本当の名前。その名の通り、害獣などの脅威から農作物を守るグロリダリア時代の案山子。

 案山子にドラゴンとかどうなのと思うが、畑の広さを考慮した飛行能力に害獣への素早い対処のための強さ。他にも、農薬散布やなぜか害獣の食肉加工システムまで積んでいるryuは、その大きさに見合っただけの利便性があったようだ。

 さらに、現状から考えられる村人たちへの説得方法がまるで自分の思考のように浮かんできた。


「うっ……」


 だが膨大な情報の本流に激しい頭痛に襲われ、その場で座り込みそうになってしまう。それを強引にこらえて、頭を振って意識を覚醒させた。


「おい、どうした。大丈夫か?」


 バウアーさんが支えてくれようとするのを手で制し、大丈夫だと言って姿勢を正す。

 そして村人たちに向けて手を上げた。


「すみません! 個人的な提案があります!」


 みんなの視線がこちらに集中する。数十人とはいえ、大人たちの視線が集中すると少し怖いものがある。だが、この提案は通したい。だからこそ、自身を持って怯えずに――


「僕個人の意見なんですが、皆さんの協力を得られれば白の厄災を破壊ないし捕獲することは可能だと考えています」


 そう告げると、全員にどよめきが走る。

 当然だろう。厄災なんて呼ばれているものを破壊や捕獲するなんて言うのは、いわば嵐を吹き飛ばしますや地震を押さえ込みますと言っているようなものだ。

 普通の人なら考えることすらありえないし、考えたとしてもできないと結論付ける。

 だが僕にはレイギスの知識がある。


「まず白の厄災ですが、化け物――生き物ではありません」

「なぜそう言える?」

「僕がここに来る前、なにをしていたかお忘れですか?」


 村人を代表するように、一番近くにいたバウアーさんが問いかけてきた。それに対して僕は僕のでっち上げた嘘の過去を持ち出す。


「遺跡の探索……と言っていたな」

「そうです。そして、過去探索したことのある遺跡に白の厄災と特徴が非常に似通った存在を示すものがありました。それには白の厄災の本来の役割や、そのスペックなどが細かく纏められていて、今の時代に再現できないだろうかというプロジェクトが持ち上がったほどです」

「白の厄災は遺跡の魔導具だというのか!?」


 見た目は完全に巨大生物だからなぁ。僕の頭に送られてきたイメージも完全にドラゴンだったし。

 僕はそれに頷く。それに希望を見出したのは当然村に残りたいと言っていた人たち。そして声を上げたのは逃げることを提案していた人たちだ。


「遺跡の魔導具ならよけいに危険だろう! あれは俺たちの知らない技術の塊だぞ!」

「逃げれば安全なんだ! 逃げない理由がどこにある!」

「領主の兵隊でも倒せなかった化け物だぞ。俺たちで何ができるってんだ」


 彼らの意見はもっともだ。けどそれは、グロリダリア時代の知識がないからこその意見だ。


「逃げて安全。それは今だけです。この近くにいる以上、いつ逃げた先の村が襲われてもおかしくはないでしょう。それに領主の兵隊が倒せなかったのはあれに関する知識が無かったからです。それが僕にはある」

「なら領主にその知識を売り込めばいいだろ。そうすれば月兎の懐も温まるはずだ」

「確かにそうかもしれません」


 領主に知識を売り込む。この世界が中世に似た時代背景を抱えているとすれば、権力者の保護を受けられるまたとない機会だろう。今後の旅のことを考えれば、それはいい手とすらいえる提案だ。もちろんそれはレイギスの思考の中にも入っていた。

 けどそれを選ばなかった理由は――


「けど僕はこの村が――何も持っていなかった僕を快く受け入れてくれたこの村や、村の人たちが好きなんです。皆さんの多くの思い出を作ってきたこの場を、過去の遺物なんかに焼かれたくない。たとえ終わってしまう村だとしても、最後はみんな笑顔でこの村から離れたいんです!」

「そうは言ってもなぁ」


 まだ押しが足りないのか、退避派の人たちは困ったように顔を見合わせている。

 ここまでは確かに僕のエゴであり、賛成派たちの意見でしかない。だから、退避派の人たちにも退治することによるメリットを提示しなければならない。


「それに思うんです。白の厄災から逃げてきた村人と白の厄災を退治した村人。好意的に迎え入れてもらえるのはどっちかって」


 これが危険を承知で退治を申し出た僕たちが提示できる最大のメリットだ。


「皆さんが移り住むことになる村だって、他人を受け入れて余裕がある様な村は少ないと思うんです。ここの皆さんのように快く受け入れてくれるのならば問題ないですが、必ずしも全員がそうであるとは考えにくい。そこで信頼のない状態から仲間となるために仕事をするのと、白の厄災を倒し憂いを払ってくれた人が村に移り住むのでは、他の人たちからの感情は雲泥の差があると思うんです」

「そりゃまあ、そうかもしれないが」

「確かに俺の行く村はちょっと厳しいが」


 反対派の人たちの大半もすでに移り住む村は決まっている。後は時期を見てという段階であり、すでにその村に何度か足を運んでいる人もいたみたいだ。

 そんな人たちは、僕の意見を聞いてかなりぐらついていた。


「危険なのは分かります。ここで命を落とせば、僕が言ったメリットも全く意味のないものになるのも確かです。だから、実際に白の厄災と対面して戦うのは僕や立候補してくれた人達がやると思います。ただ、準備だけでいいんです。白の厄災はすぐ近くまで来ている。この村に到達する前に準備を済ませるには皆さんの協力が必用なんです。お願いします!


 僕は九十度以上体を倒し、深く頭を下げる。

 僕のできる説得はこれが全てだ。後は、みんなの決断に任せるしかない。

 少しの間の後、空を見る僕の背中に手が当てられた。


「私からもお願いします! 私の大好きな村を、お婆ちゃんたちの思い出の場所を守るのを手伝ってください! どうかお願いします!」


 その声はフレアのものだった。

 視界の隅に、地面へと垂れる長い髪が見えた。少しだけ視線を向ければ、フレアが同じように深く頭を下げている。

 少しの沈黙。その後小さなため息が聞こえた。


「はぁ。仕方ねぇな。フレアちゃんに頭まで下げられちゃ、断れるわけねぇじゃねえか」

「そうだな、フレアちゃんや婆さんの薬に色々と助けてもらった恩もある」

「俺の娘のお産も手伝ってもらったしな。娘にはかっこいい父ちゃんの武勇伝を教えてやらねぇと」


 反対派の一人が賛成派へ。それを皮切りに、今まで退避を押していた人たちが一斉に意見を変えていく。あっという間に村の意見は退避から撃退へと変わった。

 だがそこでマスダ村長が声を上げる。


「皆の意見は分かった。ワシらは白の厄災と戦うこととする。だが自分の意見を強引に曲げる必要はない。今も心の中では退避したいと思ってる者も少なからずいるだろう。その者たちは退避の準備をして行商さんと一緒に村を退避するんじゃ。これを村人が責めることはない。自分の命は自分のもの。危険に立ち向かうのも、危険から逃げるのもどちらも立派な選択じゃ。行商さん、退避する人たちを頼む。それと町にワシたちは戦うと伝えてくれ」

「本当にいいんだな?」

「うむ。彼の可能性、そしてフレアちゃんの思いにワシらは答えたいと思う」

「分かった。俺は夕方にこの村を出る。退避する人はそれまでに準備を済ませて馬車に集まってくれ」


 それを合図に会議は終了となった。

 村人たちはそれぞれの家へと戻り、感情を整理して選択を行う。

 一時間後、少しだけ赤みを増した陽ざしを受け、馬車の元へと集まった村人は五人。その中に、先ほど娘に武勇伝を聞かせると言っていた男性の姿もあった。僕の顔を見てやや気まずそうな表情をしていた彼だが、レイギスは彼の選択を高く評価していた。


(勇敢さを見せるのと、娘の将来のために生きる確率を上げること。選ぶならどっちよ)

(確かに生きることを選ぶべきだね)

(その場の勢いであんな大見得切った後でそれを選んだんだ。むしろ、スゲー覚悟だろ)

(そうだね)


 僕はその男性の元へと駆け寄る。


「胸を張ってください。あなたの決断は娘さんを守るためなのでしょう?」

「そうだ」

「ならそんな表情(かお)をする必要はありません。村長さんだって言ってたじゃないですか。逃げるのも同じぐらい立派な選択だって。僕もそう思います。それに残る人たちだって死ぬつもりなんて欠片もありません。また会いましょう。その時に娘さんも見せてくださいよ」

「ああ、ありがとう。俺たちの家で待っている」


 ガッチリと握手を交わす。

 そして行商さんが出発を告げ、五人を乗せた馬車はマスダ村を後にした。

 感傷に浸っている暇はない。白の厄災はすぐそこまで来ているのだ。


「頑張らなきゃね」

(おうよ!)


 僕たちは早速食堂へと向かい、そこで準備のために説明を始めるのだった。

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