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プロローグ1

のんびり投稿になりますが、よろしくお願いします

 ここはどこだろう?

 僕は静かに首を傾げた。

 出口も無ければ入口もない。そもそも僕がどうやってこの部屋に入ったのかと言われれば、それも分からないとしか言いようがない。

 僕は確か――

 必死に記憶を辿り、ここに来た直前のことを思い出す。

 今日は部活が長引いて、家への道のりを自転車で飛ばしていたはずだ。

 しかし突然こんな場所に来てしまい、愛車も見当たらない。


「いや、違う」


 ふと浮かぶ最後の光景。目の前に飛び込んでくる光。一瞬の浮遊感。

 それが示すものは――


「事故? これは、事故にあって異世界転移のパターン?」


 あまりに現実的ではない考え方に思わず苦笑が漏れそうになるが、あながち間違いとも言い切れないのが現状だ。

 四方を苔むした石の壁に覆われた、完全な密室。

 そこに意識無く入ることが出来るのなら、それはそれで僕がファンタジーな能力に覚醒してしまったことになる。

 どちらにしろ、もはや僕の知っている現実ではないことは確定だ。

 意識を切り替え、部屋の様子を改めて確認する。

 中央には台座があり、意味ありげに水晶玉のようなものが設置されているが、怪しくてとても触りたいとは思えない。

 これは――覚悟を決めるべきなのか

 いやまだだ。ここで安易な方向へ流されれば、面倒なことになるのはゲームでもお決まり。

 そういえば密室ゲームでは、あからさまなフラグを探すよりも、見えない部分にヒントが隠されている場合が多いはずだ。となれば、先に別の場所を探すのもありなのでは?

 僕はとりあえず四方の壁を確認してみることにする。

 すると薄暗い室内で、苔むした壁の一つに壁画が描かれていることに気が付いた。

 苔に覆われてしまっていてよく見えないが、何やら水晶玉のようなものに手をかざしている人間の姿が見える。

 つまり、周囲の探索などせずに、とっとと手をかざせと言うことだった。


「ゲームみたいにはいかないか」


 小さくため息を吐き、そのどう見ても怪しい台座へと近づく。

 台座も部屋の他の部分と同じように石でできているのだが、よく見ればそれはいくつもの幾何学な形に彫られた石を組み合わせた物だと分かる。

 これに何の意味があるのだろうと思いつつ、水晶玉らしきものへとゆっくり右手を伸ばした。


「え?」


 ふと手の平に伝わる軽い衝撃と違和感。目の前の光景に理解が追い付かず小さな声が漏れた。直後、その現実を認識した僕の体が熱と痛みを覚え、恐怖から悲鳴が漏れた。


「うわぁぁああああ!」


 水晶玉のようなものから一本の杭が飛び出し、それが僕の手の平を貫通しているのだ。

 とっさに引き抜こうとするが、まるで何者かの意思がそれを拒むように、針の途中から返しが飛び出し僕の行動を妨害する。


「なんで!? なんで!?」


 その間にも貫かれた箇所からあふれ出した血が水晶玉を濡らし、台座へと滴り落ちる。

 訳が分からず、僕はただ狼狽えることしかできなかった。

 流れた血に反応するように、台座からあふれ出す光。それは根元から徐々に上へと延び、台座から水晶玉へと光を伝える。まだ何か起こるのかという不安に、涙が溢れた。

 輝き出した光が僕を飲み込む頃、混乱した頭の中に人の影を見る。


(ハハハハハ! よくぞこの遺跡を見つけた! 貴様には最高の英知を授けよう! その力でこの世界を駆け抜けるがいい! ――ん、なんかおかしくね?)


 やけにテンションの高い声と最後に不安を残す呟きを聞きつつ、ふっと頭の中に訪れた空白に自分の意識が落ちたことを理解しながら僕は眠りについた。


   ◇


 頬に当たる石の冷たさに目を覚ます。


「僕は……」


 ゆっくりと体を起こした僕は、まだしっかりしない意識の中で自分の手の平を見た。

 右手の甲には傷口どころか貫かれた跡すら無く、不思議な紋様が赤く浮かび上がっている。


「夢? いや、そんなはずはないよね」


 紋様が浮かんでいるのがその証拠だろう。まるで五枚の花弁が円の中に描かれたようなそれは、一見魔法陣のようにも見える。


「これ、なんだろう……いや、それよりも問題は現状だよなぁ」


 手の甲に変な模様が付いただけで、現状何も変わっていない。

 ここは密室のままであり、窓一つない。

 そこでふと気づく。


「明かりもないのになんで見えるんだ?」


 窓もなく、ランタンなどの光源もない。にもかかわらず、部屋の光景は壁画まではっきりと見て取ることが出来た。

 まるで夢の世界にいるような不思議な光景に首をひねる。

 そしてその答えは、意外なところから返ってきた。


(それは暗吸苔のおかげだな。暗吸苔はその名の通り闇を吸収して育つ苔だ。本来の生息地域は中央山脈付近の洞窟だが、俺たちが便利だっつって色々なところに持って言った挙句、暗闇と水だけで育つもんだから勝手に増殖も初めて大陸全土に広がっていったわけだが、まあそもそも植物が育たないところで育つ苔だから生態系への影響は最低限に押さえられていて――)

「なっ!? どこ!? 誰!?」


 突然響く声に驚いて立ち上がる。

 周囲を見回してみるが、その声の発生源は見当たらない。

 声は、僕の様子を気にすることなく、解説を続けていた。


(――通常葉緑体のある部分が、闇を吸うために特別な変化を遂げたせいで、逆に光のあるところだと枯れる習性があるな。おかげで、アングラな儀式なんかをやりたがる連中には結構人気で、それ専門の育成本や、育成キットなんかも販売されていた訳だが、今の時代だとほとんどこうやって遺跡の中に少し残っている程度だ。分かったか?)

「…………凄くどうでもいい知識だってことはよく分かった」


 約五分間、ひたすら暗吸苔に関する知識を説明された僕は、突っ立ったままその場で声を発する。

 その声は当然姿の見えない相手に聞こえているらしく、すぐに返事が返ってきた。


(おいおい、そんなつれないこと言うなよ。知識に無駄はねぇ。あればあるほど、世界が広がり、見える景色が変わってくるもんだ)

「じゃあそんな知識持ちさんにお聞きしたいことがあるんだけど」

(なんだ?)

「なんで僕の中から声が聞こえてくるのかな?」


 五分近くひたすら暗吸苔について説明されたせいで、僕も強制的に落ち着かされていた。そして途中で気付いた。この声が僕の中から聞こえてきていることに。

 まるでテレパシーのように、直接自分の頭の中に響いている。

 それはどう考えても――


(そりゃ当然、俺がお前の中にいるからだ)

「はぁ……どうしてこうなっちゃったんだろう……」


 台座にもたれかかりながら、深いため息を吐いた。


(意外と落ち着いてんのな。想定だともっと驚くとか、慌てるとか、取り乱すとかすると思ってたんだけどよ)

「なんというか、もう完全に帰れないところにいるなぁって。そう気づいたら、色々と諦めがついた」


 突然入れられた密室ってだけでも手一杯なのに、手の平を串刺しにされるわ、変な声が体の中から聞こえてくるわで、完全に僕の許容量をオーバーしている。

 人間、自分のことでもオーバーヒートすると客観的に――というか傍観者的な視点に立てるものなんだなって……


(ハハハ、いい傾向だ。とりあえず、自己紹介と行こうか。俺の名はレイギス。グロリダリアの天才科学者だ)

「あー、僕は」


 自分のことを天才科学者だと豪語するレイギスにうさん臭さを覚えつつ、僕は自分の名前を告げようとする。

 しかしそれは、当のレイギスによって塞がれた。


皆影月兎(みなかげつきと)だろ。年齢は十六歳、公立豊西高校二年生、趣味は読書つっても漫画ばっかだな。もっと知識を蓄えろよぉ。知識は価値だぞ? 家族は両親と妹が一人、現在彼女は無し。高一年の時に付き合った子はいたが、文化祭で女装した際に自分より可愛くなったことがショックでフラれたか……哀れな)


 わざとらしい鼻を啜る音と共に、ハンカチで涙を拭く男の姿が幻視される。

殴りたい。


「余計なお世話……って言うか、なんで君が僕のことを知っているの!?」

(そりゃ、今俺とお前は一心同体だ。月兎の脳内に記憶されているものは俺も全部読むことが出来る。予想はしていたが、これプライバシーゼロだな)


 笑いながらそんなことを言うレイギスに、僕は慌てる。

 しかし、相手が自分の中にいるせいで、どこに怒りを向ければいいのか分からない。

 その場であわあわとしながら、僕は声を荒げることしかできなかった。


「ちょっ、なんで――そんな!」

(まあ、慣れてくれば考えは読ませないようにできるだろ。それまでの我慢だ。俺も必要だと判断した情報以外は脳からも読み取らねぇようにするさ)

「簡単に言ってくれる」

(んでだ)


 レイギスの声音が若干真面目なものへと変わった。


(言った通り、今俺の中に月兎の考えや記憶が流れ込んできているわけだから、今のうちに月兎の心配事を解決しておこうと思う訳よ)

「それってつまり」


 この現状を、どうにかできるのだろうかと言うことだ。


(そうだ、ここから出る方法と、元の世界に戻る方法だな)

「あるの!?」

(結論から言っちまえばある。まあ、元の世界に戻る方法は今手元にってわけじゃねぇから、少しばかり旅行が必要になるが、俺もサポートするし大丈夫だろうよ。ちょっとした海外旅行気分でこの世界『アイナ』を楽しめ。時間の問題もそこで解決できる)


 よかった。

 純粋にそう思った。異世界転移や転生なんて話は僕も小説なんかで読んだことはあるけど、彼らのように元の世界に見切りを付けられるほど僕は向こうで不幸ではなかったし、それなりに楽しい人生を歩めてきている。今更それを捨てて、こっちで永住しろなんて言われていたら、こっちの世界で落ちぶれる自身がある。


(嫌な自信だな)


 心を読まれているせいか、レイギスからツッコミが入るが、今は無視。

 つまり僕は、帰りたいのだ。そしてそれが可能だと分かった上に、時間の問題も解決できるという。ならば少しは安心できる。

 燻っていた不安がなくなると、人は前向きになれるものなんだな。

 思考を切り替えて、僕は今やるべきことを思い出した。


「分かったレイギス。じゃあとりあえずここから出たい。どうすればいいの?」

(そこの水晶に右手を当ててくれ。そうすれば甲にある紋様が輝くはずだ。そしたらこの遺跡の機能が、色々と操作可能になる)

「大丈夫? また刺されない?」


 自分の手を貫かれた光景と痛みを思い出し、僕は紋様の浮いた手の甲をさする。


(大丈夫だ。あれは俺を月兎の中に入れることと、その紋様を付けることが目的だからな。紋様さえついていれば、この遺跡の操作は可能だ)

「この紋様って何なの?」

(いわばアクセス端末だな。その紋様が遺跡の機能を使うためのコネクターになってる。逆に言えばそれが無きゃ何もできない。月兎の世界的に言えば――リモコンだな)

「……分かった」


 レイギスの説明を受け、僕はやや緊張した面持ちで右手を水晶玉へと触れさせる。

 すると、手の甲に描かれていた紋様がうっすらとピンク色に光りだし、台座からも同じように光があふれ出す。

 そして、紋様の光が収束し、一枚のスクリーンへと変化した。そこには、まるでパソコンのログイン画面のようなものが映し出されている。右下に日付のような数字が表示されているが、それが2312/4/21と書かれていた。


(よしよし、正常に動いているみたいだな。二千年後か。まあまあいい感じだな。登録者名はレイギス、登録ワードはグロリダリアの天才科学者だ。念じれば勝手に書き込まれる)

「なんだかずいぶん不遜なパスワードな気もするけど」


 そんなことを言いつつ指示通りに念じると、画面の空欄に文字が打ち込まれていく。それは明らかに僕が知っている文字ではない幾何学模様だ。にもかかわらず、それは自分が念じた言葉だということが理解できた。


(ログインできたな。ああ、文字が読めるのも、ちゃんと書き込めるのも、俺の魂に刻んである記憶がフィードバックされてるからだろう。長い間封印されることは想定してたからな。どんな言語の相手とも会話できるように、あらかじめこっちにも対策はしてあった。天才だからな!)


 一言多いレイギスに若干イラッときつつも、確かに必要な対策をきっちり施している辺り強くは言えない。

 とりあえず、心の中だけでレイギスに感謝しつつ操作を続けていく。


「えっと、システムスタート。コントロールパネルオープン、選択は上部ハッチでいいのかな?」

(ああ、そのままベースアップも選択してくれ。それと今心は繋がってるから、そっちの考え全部流れてきてんぞ。そんな褒めるなよ、照れるじゃねぇか)

「クッソ。とりあえず最優先で、考えを読まれないようにしないといけないってことが分かったよ」

(あ、あと一番下のプロダクションも入れといてくれ。それならたぶん一日もあれば大丈夫だ。心ってのは自己防衛機能があるからな。魂が混同しないように、きっちり分離する)

「なら安心かな。これでいい?」

(おう)


 僕は言われるままにパネルを操作していく。

 そして、決定を選択した直後、遺跡が大きく揺れた。

 パラパラと崩れ落ちてくる砂埃に、学生服の袖で口元を覆いながら数歩後退する。


「これで出られるの?」

(ああ、出口ができるぞ)


 やがてその振動は大きなものとなり、同時に機械音が響く。

 ガリガリと石壁がこすれ合い、天井が左右に開いていた。そこに広がっているのは、土ではなく満天の星空。

 もう夜なのかなどと思いつつ、ふと浮かんだ疑問に首を傾げた。


「ここ土の中じゃなかったの?」

(場所的には地中だな。山の中に深く掘り込んで作ってある)

「じゃあなんで空が」

(そこが出口だからだ!)

「嫌な予感がするんだけど!」

(俺様が復活するんだぞ? 盛大な演出と共に世の中に復活を伝えないとな! さあリフトアップだ!)


 ガコンと一際大きな音がした直後、僕の立っている床が徐々に上へと登り始める。同時に、どこからともなく流れてくるのは、オーケストラかと思うほど色々な音に溢れた音楽だ。

 まるで軍の行進にでも使われそうな仰々しい曲と共に、リフトは上へと登り、そして僕の視界が石壁から地層に、そして木々へと変化した。


「なにこれ! ほんとなにこれ!?」

(そして!)


 床が上がり切ったところで、後方からひゅーっとどこかで聞いたことのあるような音が空へと登っていく。

 振り返り、空を見上げた僕が見た物は、夜空に咲く大輪の花。

 ドンッドンッと心臓を叩くような音と共に広がった何発もの花火が、夜空を明るく染める。


(フハハハハハ! 世の中よ、私は帰って来たぁああ!)


 どこかで聞いたようなセリフと共に心の中で高らかに笑い声を上げるレイギスを、僕はただ茫然と聞くことしかできないのだった。

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