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89 捜索

 ノカに設けた捜索隊の宿舎に、ひとりの少女が尋ねてきた。少女の手には紙切れが握られており、曰く、お兄ちゃんに騎士さまが来たら渡すように言われた、とのことだった。紙切れにはグロワ砦の文字。


「どこです? それ」

「さあ……」


 捜索隊は遠く王都ラミアンから派遣されている。地元民ならいざしらず、土地勘のない彼らが五百年以上も前の古砦など知る由もなかった。ならばと、ノカの住人に尋ねてまわったところ、ノカとエルベストルの間にある朽ちた砦であるということがわかった。ノカからその砦までは馬車で二日ほどの距離なのだとか。


「けれど、それだとノカからラミアンへ引き返すことになりますが」

「付近の集落を略奪して補給を図ったとしても、ここまで馬車で二日です。しかも都市ですよ。狙いますかね」

「では、ここを襲ったのは彼らではない、と?」

「そのグロワ砦とやらにいるのが彼らではないのでは?」


 ひとりの騎士が少女に向き直る。


「貴様にその紙を渡したのはどのような者か?」


 仁王立ちの騎士の影に覆い尽くされた少女はひどく怯えてしまっている。ここに来るだけでも勇気がいっただろうに。


「愚か者が。見ろ、すっかり萎縮しまっているではないか」


 呆れたマルルダ伯爵が騎士を少女の前から引っ剥がした。


 一連のやり取りを遠巻きに眺めていたスレンは妙な既視感を覚えた。具体的な光景はまったく違うのだが、同じようなことが以前にもあったような……。


「なあ、そのお兄ちゃんって、どんなやつだった?」


 スレンは少女の横にしゃがみ込み、安心させるように少女の頭を撫でた。


「あ、あの、かみのけがはいいろで……あ、なまえ、なまえはエン……」

「ハス?」


 うろ覚えだった言葉を補ったスレンに、少女はコクコクと強く頷いた。確信を得たスレンは少女の頭をもう一度撫で、立ち上がった。


「エンハスっていうのは、ファーロラーゼ公爵の手下です」

「……だが、嘘の情報を掴ませておいて逃げるための時間を稼ぐつもりなのでは?」


 マルルダ伯爵の指摘にスレンは息を呑む。手紙で呼び寄せ、時間を稼がれる。つい最近、痛い目を見たところだ。得たはずの確信は濃い霧のなかに消えてしまった。そんなスレンが言えることはひとつ。


「でも、放置することはできない」


 ということだけだ。ふむ、とマルルダ伯爵は思案する。スレンの言ったとおり、真偽がわからない以上、無視することはできない。どちらにせよ捜索に向かうべきだ。ならば全員で向かうか、それとも隊を分けるか。ノカに拠点を置き、一度日数をかけ、複数の偵察隊を各地に派遣するのもありかもしれない。複数箇所を偵察できるぶん効率は良いが、グロワ砦がアタリなら時間の喪失に繋がる。だが、こうして手紙を寄越すくらいなのだから逃げはすまい。


「ではこうしよう。グロワ砦を含む複数の方面に偵察隊を派遣する。五日後、持ち帰った情報に応じて全員で行動する」


 その提案にスレンは神妙に頷いてみせた。



 当然スレンはグロワ砦への捜索班に立候補した。だがそれはあえなく却下されてしまう。却下したのはマルルダ伯爵ではなくアターシアとアキュナだった。もしもアタリなら、ノカに帰還することなそのまま突貫するでしょうと指摘を受けたのだ。スレンも下手なりにも嘘をついてみせるが、下手な嘘はふたりには通用しなかった。ではどの方面の捜索班に加わったのか。結論から言えば、どこの班にも属すことはなかった。つまりお留守番ということだ。


「剣の訓練ができてちょうど良かったじゃない」

「それにまだ剣を持っていないでしょう? 今、貴方の身長に合わせたエストックをアニムから取り寄せているから、届き次第身体になじませなさい」


 こうして、スレンの長い五日間が始まった。旅の途中もずっとアキュナに稽古をつけてもらっていたし、珍しがって捜索隊の騎士たちが相手を買って出ることもあった。それはこの五日間も同じことだ。スレンの魔道騎士としての実力はメキメキと伸びていった。

 やがてアキュナの言ったとおり、アニムから新品のエストックが届けられた。いや、エストックというにはいささか問題があるだろう。なぜならこれは、大人が護身用として持つ短剣サイズの刺突剣を、柄だけ交換して子供用の刺突剣に仕立て直したものだからだ。ただでさえアクロバティックに戦うというのに、取り回しの悪いものは不向きだ。十二歳のスレンにとって大人用の剣は大きすぎる。鞘から抜けるかすら怪しいものだ。当然腰に下げれば鞘を地面に擦りながら歩くことになる。


「ちゃんとした剣はミザリに言って腕利きの職人に作ってもらっているから、今はそれで我慢してちょうだい」


 剣が届いた後は木剣での打ち合い稽古はなくなる。そのかわり真剣の重さや長さに慣れるための訓練が始まった。本来なら並行しておこなうべきだが、実践までもう数日しかない今は、とにかく真剣を身体になじませなければならない。いくら剣技が上達しても、リーチを見誤り空振りしていては意味がない。


「剣は腰に下げてマントで隠しておきなさい。手ぶらを装えれば最初の一撃までは有利に戦えるでしょう」

「わかった。ああそうだ、もうひとつ、用意してほしいものがあるんだ――」




 そしてスレンが剣の重さにも慣れてきた頃、予定していた五日が経ち、続々と偵察班がノカに帰還してきた。だが、


「なに? グロワ砦に向かった班だけ戻らない?」


 五日間という期間が設けられているのだから、二日半で折り返せばちょうど五日でノカに辿り着ける。タイミング悪く夜になり都市門が閉められてしまったのかもしれないと、念の為、一夜を明かしてみたが結果は変わらなかった。


「他の班はどうだったのだ。何か情報は得られたのか?」


 マルルダ伯爵の問いかけに、各班一様に首を横に振った。


「これは決まりですね」

「ああ、そのようだ」


 いよいよだと、スレンは唾を飲む。できるだけのことはやった。エルベストルでのことを思い出すと不安は尽きないけれど、あの時の自分にはなかったものを今の自分は持っている。


 今度こそヨルヤを助けてみせる!


 スレンは、振るえる手を強く押さえつけた。

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