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87 燃える街で

 盗賊を従わせるには金ではなく恐怖が必要だ。余所者とあればなおの事、他の手段はない。少なくともオレには思いつかなかった。

 少し不安だったのは、腕がなまっちゃいないかどうかだ。ここのところ武器を握る時は、決まって誰かを暗殺する時だったから。だがそれはつまらない思い過ごしだとすぐに思い至る。『殺し合い』をしていないのは盗賊も同じだからだ。奴らは一方的に殺すだけ。いくらブランクがあるとはいえ、そんな腑抜けどもに遅れをとるほどオレは落ちぶれちゃいない。そのくらいの自信はあった。


 見込み通り奴らはすぐに武器を捨てやがった。予定と違ったのは見せしめに殺した人数くらい。二、三人の喉を掻っ切ったあと、誰だと問われたから名乗ってやれば奴ら、青い顔をして即効手の平をくるり、だ。腑抜けにもほどがある。


 グロワ砦を落とした翌日、公爵たちがようやく到着した。そして都市への入場税を受け取り、オレは盗賊どもを率いてノカを目指した。


 結局グロワ砦に屯していた盗賊の総数は四十程度。ノカの街はそう大きくはないとはいえ、流石に略奪し尽くすのは難しいだろう。常駐の騎士団もいるだろうし。だが公爵曰く、適当に混乱を呼べればそれで構わないとのことなので問題ないだろう。


 作戦通り街への侵入を果たす。流石に怪しまれたので、ラミアンの戦いで破れたファーロラーゼ公爵が南に落ち延びてきたと情報を流してやった。オレたちは資金調達のために懸賞金の賭けられた公爵の首を取りに来た冒険者だと言えばあっさり通してくれた。自分勝手でどこにも属さない武装勢力という意味では盗賊と何ら変わらないが、冒険者と盗賊には決定的な違いがある。それは反社会的か否かというところだ。約四十人分の入場税を気前よく支払った後で、「早く騎士団に教えてやったほうが良いんじゃないか?」などとアドバイスしてやれば、オレたちは無事に冒険者としての信用を一応は得ることができる。

 どうせすぐ暴れるんだ。多少警戒されていたところで結果は変わらない。


 何に対しても疑ってかからなきゃならない職業というのは苦労するだろう。慌てて哨戒任務に駆け出す騎士たちを、安宿の二階から眺めながら同情した。



 さて、オレたちの役割は陽動。作戦開始は即日となっている。五人一組で班を作り、それぞれの班長を部屋に呼びつけた。


「いいか、オレたちは戦争に来たんじゃない。誤るなよ。お前たちは派手に暴れさえすれば良い。最初の話通り後は好きにしろ。殺すも良し、奪うも良し、犯すも良しだ。オレはもうお前たちに干渉しない」

「本当に良いんですかい? お頭」

「誰がお頭だ。馬鹿なこと言ってんじゃねえ」


 自分で言うのも何だが、南部の盗賊を支配した傑物たるオレに率いられて気持ちがいいというのはわかる。だがオレはもう、金輪際日陰を歩くつもりはないんだ。カーシャを救い出した後、公爵のところに戻るつもりもない。


 夕日が沈み、ノカの街に夜の帳が下りる頃、夕日の代わりに街を照らすのは大通り沿いに建ち並ぶ大衆酒場のカンテラ。それが一等輝く夜空の星ならば、儚い星屑は各家庭の燭台に灯された蝋燭の明かりだろうか。だがそこに再び太陽が登るとすれば? 燃え盛る家屋がそれに当たるだろう。

 それがひとつならば大騒ぎで済む。付近の住民や兵士たちが総出で消火活動にあたるはずだ。だが、あちこちで同時に起こればどうだ。意図的なものだということに誰もが思い至るだろう。


 街が燃える。それは普通戦争でしか起こりえないことだ。国境付近の街ならば、過去に略奪を受けたこともあるだろう。けっして慣れるようなことではないが、敵軍か、盗賊と化した敗残兵が街を襲うならば、歩哨たちがその予兆を察知し、騎士団ともども撃退に備えることができる。市民たちも混乱のさなかにありながら秩序だった動きをとれるというもの。

 だが、シフォニ王国の奥深くの地方都市とあれば、そのような事態に対する警戒心も薄い。今日、妙な連中が大勢門をくぐったから一応注意しておけとかその程度だ。ましてそいつらからもたらされた公爵に関する情報が、商機に目ざとい行商人の口から同じように語られれば、なおのこと警戒心は薄まってしまう。

 結果、街は禍乱の様相を見せる。



 燃える街のなか、オレは大通りを抜けて領主の館の前に立っていた。


 館から飛び出してきた騎士が、オレを見つけるなり胸ぐらに掴みかかる。


「貴様! 混乱に乗じて襲うつもりか!」


 緊急事態なのはわかるが、なんて乱暴なやつだ。


「バカを言うな。オレひとりで何が出来るっていうんだ」

「仲間がいるかもしれんだろうが!」


 こんなところで油打ってないでさっさと現場に向かったらどうなんだ。


 癪だが話すことで解放されるならと、オレは本当の目的を口にした。


「オレはただ迎えに来ただけだ」

「迎えに来た?」

「ここにカーシャというメイドがいるだろう。オレは領主から彼女を買い取るために来たんだ」

「この非常時にか?」

「いつかなんて関係ない。ほら、金だって持ってる」


 懐から革袋を出す。中には金貨が二枚。一介のメイドの買受けとしては上等すぎる金額だ。金貨を見せるとさすがの騎士も胸ぐらを掴む手を放してくれた。


「面会予約はしてあるのか?」

「予約? そんなものがいるのか?」


 貴族のしきたりなど知る由もない。


「予約がないならどの道会えんぞ」

「どうすれば予約できるんだ」

「要件を添えて手紙をだせ」


 何ともまあ奥ゆかしいことだ。そんなことをしていては街が灰になっちまう。騎士を斬り殺して殴り込んじまおうかとも考えたが、それではあの女のためにならない。オレはもう日陰を歩くのを辞めたのだ。一旦頷き、踵を返してオレは街へ戻る。が、騎士が去ったのを確認して領主の館に忍び込んだのだった。


 貴族の館っていのはどこもかしこも柔らかい絨毯を敷いてやがる。調度品も細やかな細工のなされた高級そうなものばかり。これひとつで金貨何枚分だろうか。


「くそが」


 無意識に悪態を吐いていた。

 二階にのぼり窓の外を見ると、街のいたるところから火の手が上がっているのが見えた。奴ら、気前よくやっているようだ。この分だと領主も事態を重く見ているだろう。事態を収拾するべく走り回っているところに飛び入りで交渉を持ちかける。なにも手荒なことをしたいわけじゃない。だが領主がぐだぐだ言うようなら脅してでも女を売らせるつもりだ。怒鳴り散らしてみせれば「そんなことで言い争っている場合ではない」と色良い返事をくれるだろう。メイドひとりを売ることで厄介なオレを追い払うことができるのだから容易いもの。どさくさに紛れてと、後で文句を言われるかもしれないが、相場よりも高い金をはたいているのだから、黙れと一蹴してやるつもりだ。


 とある扉の前を通りかかると、なかから事件について話をしている声が聞こえてきた。扉も豪華な彫刻がされているし、きっとここが領主の部屋だろう。話し声が響いていることから、中にいるのは極少数のようだ。オレはついてる。

 ほくそ笑みながらドアノブに手をかけ、扉をゆっくりと開いた。


 そこは晩餐室だった。最奥の上座には相変わらず豚のように太った領主が食事中の様子。ガキの頃に見たままの印象だが、少し老けたか? そしてその傍で書類を抱えた執事が立っていた。ふたりは、突然現れた見ず知らずの男にきょとんとした表情を浮かべた。


「何だ貴様は? 新たな使用人か?」


 領主に問われた執事は首を振って否定する。


「いいえ、ここ最近は新たに使用人を雇うことはしておりません。彼も見ない顔でございます」

「では不法侵入者ではないか。衛兵は何をしておる!」


 急に怒鳴りだす領主。まるで豚の鳴き声だ。


「五月蝿いな。オレは交渉にきただけだ。用が済んだらさっさと立ち去るさ」

「交渉だと? 面会予約はしてあるのか?」


 オレに尋ねるではなく、豚は執事に目を遣った。


「いいえ旦那様。本日、面会のご予定はございません」

「ならば帰れ。その小汚い身なりはひどく目障りだ」


 できれば穏便に済ませたいオレは、怒鳴りたい衝動をぐっと抑えて話を続けた。


「まあまあ話だけでも聞けって。オレはな、メイドを買いに来たん――」

「おい、つまみ出せ!」


 だが全て言い切る前に豚の怒鳴り声がオレの話を遮ってしまった。話にならないとはまさにこのこと。いい加減苛ついたオレはズカズカと領主のもとまで歩き、その胸ぐらを鷲掴みにした。


「黙れこの豚野郎! 良いから聞け。オレはメイドを買いに来ただけだ。金ならここに用意してある。金貨二枚だ。メイドひとりの値段にしちゃ破格だろうがよ」


 首が締まっているのか、ブヒブヒとまるで本物の豚のように呻く領主。しかたなく手を緩めてやると、また怒鳴りだす。五月蝿いので首を絞める。するとまた苦しみだすからまた緩めてやる。そんなやりとりを三度ほど繰り返し、ようやく進展を得た。


「ぜはっぜはっ、その、メイドの名前は!」

「ああ、やっと聞く気になったか。名前はカーシャだ」


 使用人の名前など覚えていない領主は、隣で狼狽えている執事に目を向ける。すると執事は焦った様子でこう答えた。


「旦那様。カーシャは三年前、旦那様が手ずから処理なされました」

「処理? 覚えておらんな」

「孤児にパンを分け与えていた者です」

「……いや、覚えとらんぞ」


 まさかと思いつつも、まだはっきりしたわけではないと、オレは自分に言い聞かせた。


「おい、処理ってなんだ」


 そう尋ねると領主は、残念だったなと下卑た薄ら笑いを浮かべた。


「お前の良い人はもうこの世におらんようだぞ。まあ、主人の財産を勝手に孤児に分け与えるようなゴミは殺されて当然か」


 まるで他人事のように言い放つ領主。本当に覚えていないようだ。


「おい、いつまで掴んでいる。さっさと放せこの無礼者が。ああ、メイドだったか? おい、適当な奴を見繕ってやれ」


 意外だったのは、目的の女がとっくに殺されていたと知らされても冷静さを保てていることだ。


「もうとっくに死んでたってことか。とんだ道化だな、俺は」


 自分を客観視することもできる。そうやって自分自身を薄ら笑いながらオレは、領主の喉を掻っ切っていた。


 パックリと割れた喉から血がどぷっと湧き出てくる。吹き上がる泡は領主の懸命な呼吸。ひどく苦しんでいるのが判る。ざまあないなと、オレは嗤ってやった。

 それから、その辺にある燭台を適当に倒していき、オレは領主の館を出た。

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