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73 わたしに翼はないけれど

「ヨルヤ。ヨルヤはおれに出逢うために生まれてきたんだ」


 彼の声は、とても真剣だった。




 小さい頃、飼っていた子猫が狐に襲われるという事件があった。狐から取り戻した時、すでに小猫は瀕死だった。すでにいくつかの魔法を教わっていたけれど、そこに治癒の魔法はなく、わたしはその場で呪文を考えて、教わっていない治癒の魔法を小猫にかけた。それが何を意味するかなど、考えを巡らせることはなく、ただただ小猫に元気になって欲しかっただけなのだ。

 わたしの治癒魔法を知ったお祖父さまは、わたしをジフ・ベルディアージに預け、聖女として王国各地を巡り、傷ついた人たちを癒やさせた。ジフについて周った外の世界は、華やかで清潔なお屋敷とは違い、泥と汚物にまみれたひどく汚いものだった。わたしの治癒を受けた人たちは、恐ろしい獣のような目でわたしを求めた。今から思えば、彼らはただ必死だっただけなのだ。ただ、当時のわたしには、懸命に伸ばされた骨ばった手と、わたしを見つめるぎょろついた瞳が、同じ人間のものとは思えなくて、とても恐ろしいものに思えた。


 従姉妹のミルレットと約束しているからと嘘を吐いてアカデミーに入学するまで、わたしはずっとそんな毎日を過ごしていた。

 そして、わたしはある悪夢を見る。


「おれも、ヨルヤに出逢うために生まれてきたんだ」


 夢の最後、わたしは死に、隣では男の人が嗚咽を漏らして泣きじゃくっていた。意識を失う間際にあるのは、息苦しさと胸の痛みだけ。それは夢から覚めてもずっとわたしにつき纏った。涙の理由にも、感情の矛先にも、ちっとも心当たりがなくて、次第に自分は病を患ってしまったのだと思うようになった。


 そんな時、夏の実地研修で連れられた農村でスレンに出逢った。ずっと心にかかっていた靄が晴れたような気がした。今まで止まっていたわたしの時間が動き出したとさえ思った。自らが犯した惨劇に、呆然と立ち尽くす彼に「あなたは間違っていない」と言ったのは、きっと彼の心に留まりたかったのだと思う。


 けれど、この出逢いは必ずしも幸せなものとは限らなかった。悪夢の中でわたしの隣を歩く男の人が、スレンに変わるようになったのだ。最初は、わたしが彼を意識しているからだと思った。けれどすぐに理由などどうでも良くなってしまった。結局わたしは彼と死に別れてしまうのだ。そんな夢に毎夜毎夜うなされ続け、目覚めてからも、忘れることなく悲しみは常にわたしを苛んだ。


 意味がわからなかった。理由がわからなかった。原因がわからなかった。何もかもがわからなくて、それがただただ怖かったのだ。一時は、興味本位で彼に近づいたわたしだったけれど、日に日に鮮明さを増していく悪夢にどうしても耐えきれず、そんなわたしにできることは、唯一、逃げることだけだった。


 けれど、治癒の魔法を見せたのもわたしだ。ラベンヘイズの原色地に彼がいたことを知っていたのに。追いかけてきて欲しいと思ったのか。けれど、結局わたしは拒絶しまった。手を取ることも怖かったのだ。そう言うと、馬鹿だなと彼は呆れるだろうか。


 わたしは背けていた視線をスレンに向ける。


「ヨルヤ……」


 目と目が合い、そして気がつく。


「……本当に?」

「え?」

「本当に、わたしは貴方に出逢うために生まれてきたのかしら」


 わたしはただ答えが欲しかったのだ。


「ああ……!」


 彼は力強く頷いてくれる。すでに手は差し伸べられている。わたしも、その手に向けて腕を伸ばした。


「ええい! 何をしとるか!」


 けれど、それはすぐに老人によって阻止されてしまう。スレンは憎らしげにヘズモントを睨みつけた。


 そんな顔しなくても大丈夫。


 わたしはそっと老人の骨と皮だけの細腕に触れた。


「な、何を!?」


 指先を通じて魔力を流し込むと、老人は慌ててわたしを解放した。振り向けば、彼はまるで恐ろしい怪物を見るような目でわたしを見つめていた。本当の化物はどちらだというのか。すこしムッとしたけれど、


「ヨルヤ!」


 スレンの声がすぐに忘れさせてくれた。

 わたしは手摺を跨ぎ、後ろ手に柵に捕まる。見下ろすと、見上げた時よりも高く感じて、落ちれば足の骨を折ってしまいそう。けれどわたしは少しも躊躇わない。わたしに翼はないけれど、信じてみると決めたのだから。








「もう絶対にヨルヤを殺させやしない!」


 わたしを抱き留めたスレンの誓い。そこから、彼も一緒だったことを知る。そしてわたしも彼の背中に懸命に手を回すのだった。

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