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7 魔道師様御一行

 夕方、スレンは村長宅へ招かれた。食卓を囲うのは村長とそのふたりの息子、幼い娘と村長の母、それにスレンとマリだ。マリも一緒なのは、独りになってしまった彼女だけを放っておくわけにもいかなかったからだろう。


「火の神さま、土の神さま、水の神さま。今日を迎えさせていただけたこと、今日を無事過ごせたこと、明日という日を迎えさせていただけることを感謝します。私たちに明日を生きる糧をお与えくださりありがとうございます」


 出された料理は硬いパンと豆のスープ。それから豚肉の煮込み料理。これはこのあたりの郷土料理だが、カロア村のような貧しい村ではお祝い事のときにしか出されないご馳走だ。それでも、《一般的な魔道師様》にお出しするにはいささか粗末ではあるが、一般的ではないスレンの場合……


「んんんんんん??!?!?!」


 料理を口に含んだ瞬間、スレンは唸り声にも似た奇声を上げた。目を丸くしているのに眉間には皺を寄せているという変な顔だ。


「どうかなさいましたか!?」


 よほど口に合わなかったか、あるいは味付けを間違えたか。村長はガタリと椅子から立ち上がる。


「んんんんんまい!」

「ま?」

「うまい!」


 スレンも村長とは違う理由でガタリと音を立てて席を立った。マリと村長は思わず目と目を合わせた。両者の視線には、やはりこの少年は普通の魔道師とは何かが違うようだという共通認識が含まれていた。

 村長は静かに着席する。しかしスレンはまだ立ち上がったままだ。スレンの感動はまだまだ覚めるところを知らず、


「マリ! これ、すっごく美味い!」

「そんなにギニョンが気に入ったの?」

「ギニョンっていうのか……」


 まるで初恋の相手の名でも知ったかのように浸るスレン。一方マリたちは、魔道師ならばもっと良いものを食べているだろうにと、首を傾げたり肩をすくめたりして、スレンの言動を不思議がっていた。


「お気に召していただいたようで幸いです」


 営業スマイルでスレンを見上げる村長。彼には確認しておかなくてはならないことがあった。


「ところで、魔道師様はどうして我がカロア村へ来られたのですか?」


 村の危機を助けてもらったことは感謝している。しかし状況が村長を素直に喜ばせない。突然現れた盗賊たち。そこへタイミングよく現れた見窄らしい格好の魔道師。魔道師は助けてくくれたが、盗賊たちをただのひとりも殺さずに逃してしまった。これだけ見れば悪質なマッチポンプだと疑いたくもなる。ただ、カロア村を略奪するのにそのようなまどろっこしい真似をするだろうか。村長はスレンについてはかりかねていた。


「おれは、夢の正体を知りたいんだ」

「……夢、ですか」


 ますます謎めくスレンの正体。

 困惑の色を見せる村長たちに、スレンは数日前に見た夢の内容を話した。やけに現実味があって、けれど何一つ理解できなかった夢。ズウラに話したときは、夢を見た直後だったから言葉を探しながらもある程度説明できた。しかしあれから一度も見ていない。だからスレンの説明はきっと支離滅裂なものになってしまっていただろう。


「もうしわけございません。我々のようなただの農民には難しすぎる問題のようです」


 こうなることは当然の結果だろう。


「そうか……」


 ことさら残念そうにするスレンに、焦った村長はすかさず言葉を足した。


「し、しかし大きな街なら、もしかして詳しい呪い師か魔道師さまがいらっしゃるかもしれません」

「ほんとか?!」


 再びガタリと立ち上がるスレン。目を輝かせ、それはもう確信を得たような勢いだ。口からでまかせというわけではないが、事実半分希望半分の話なので村長は思わず臆してしまう。


「スレン、ごめんなさい。大きい街にはきっと魔道師さまはいらっしゃるわ。けれど、その魔道師さまがスレンの夢のことを知っているかはわからないの」


 きょとんとしているスレンに、マリはさらに言葉を続けた。


「――それに、魔道師さまがいても会えるかどうかはわからないのよ」


 不甲斐なさを感じつつも伝えるべきことは伝えなければならないと、マリは苦い顔をしている。求めていたものが手に入らないとなると、きっとスレンは残念がるだろうと、マリは申し訳ない思いになった。ところがスレンの反応はマリや村長の予想とは真逆のものだった。


「でも、大きなマチに行けば、魔道師さまってやつはいるんだろ?」


 都市と呼ばれる規模になると、市長や領主が騎士団を所有しているものだ。そこに魔道師が所属しているのも珍しくない。


「それはそうだけど」

「なら、なんとかしてみるよ」


 もちろんぱっと行ってぱっと会えるようなものではない。運良く出会えれば、野生の魔道師ということで興味を持ってもらえるかもしれないが、そうでなければ最悪無礼討ちになりかねない。スレンの楽観的な表情はそれを知らないからこそのものだ。それはマリにも想像できて、彼女の表情は苦々しいものになった。


「ごめんなさい」

「どうしてマリが謝るんだ」

「それは……」


 命の恩人の力になれない。これはマリにとってとても悲しいことだった。




 コンコン


 と、突然何者かによって扉が叩かれる。


「こんな時分にどなたかしら」


 村長の奥さんが立ち上がり、突然の来客にドア越しに「どちらさまでしょうか」と尋ねた。


「わたしはアニムのアカデミーに所属している見習い騎士スレーニャ・ヴィタレーニです。四人分の宿泊を頼みたいのですが……」


 スレーニャ。その名前には聞き覚えがあった。みんなが互いに見合うなか、スレンはひとり肩を強張らせる。

 ギイと立て付けの悪い扉が開けられて、小さな騎士が姿を現した。少女の騎士は部屋のなかにスレンの姿を見つける。


「げっ、変態」


 ひどい言いようである。由縁が思い当たるマリは苦笑いだ。スレーニャの発言に反応したのか、彼女の頭上から覗き込むようにして、あの時もうひとりいた少女、ヨルヤが顔を出した。


「本当。山猿だわ」


 やっぱりひどい。

 ヨルヤのさらに頭上からふたりの女が顔を出した。ひとりは魔道師、もうひとりは騎士だ。


「なんだ、服を着てるじゃない」


 魔道師の女がつまらなさそうに言う。


「アターシア、残念そうにしないでください」


 それを騎士の女が呆れ口調で咎めた。


「あ、あの……」


 魔道師や騎士といえば貴族の職業である。それを名乗る彼女たちは貴族ということになるが、そんな貴族たちの会話に割り込んだ村長の勇気を讃えたい。


「あ、そうでした、すみません」


 コホンとわざとらしくも可愛らしい咳払いをしたスレーニャが、村長に向き直り、改めて要件を伝えた。


「わたしたちはアニムからきました。アカデミーの魔道師とその護衛騎士です。この先の原色地へ向かう予定なのですが、一晩の宿を貸していただきたいのです」

「それはそれは、ご苦労様です。今、宿泊の準備をさせますので、しばらく中に入ってお待ち下さい」


 村長は即答する。本当は、盗賊に襲われたばかりで村のどこを探してもそのような余裕などありはしなかった。だが貴族の頼みを断ることはできない。ましてや魔道師に騎士。武装している相手を無下に扱うという選択肢は最初からない。それに、彼女たちがいてくれる間――少なくとも今晩は村の安全は保証されるわけだし。

 そんな村長の打算を見抜いたかのように、アターシアと呼ばれた魔道師の女が尋ねた。


「何かあったの? 夜とはいえ村中、随分と静かだったけれど」

「そ、それは……」


 利用しようとしているとバレたら殺されるかもしれない。村長はギクリと額に汗を浮かべた。言葉に詰まったのはほんの一瞬だった。だがそんな村長の焦り察して、代わりにアターシアの問いかけに答えたのはマリだった。


「今日、この村は盗賊に襲われたんです。それで大勢亡くなってしまって……」

「へえ、それで?」


 酷くあっさりした反応だった。同情を期待したわけではないけれど、マリは思わず疑問符で答えてしまう。


「え?」

「だから、今無事ってことは、誰かの助力があったってことでしょう?」

「え、ええ」


 今度は村長が答える。


「こちらの、スレンさまが偶然村に立ち寄られまして」


 村長に示され、アターシアたちはスレンに視線を向ける。その場にいる全員から見られ、スレンは思わずたじろいでしまう。たった十人だが、それでもスレンには多すぎた。それにスレーニャたちのことは少し苦手だった。


「この子が?」

「ええ」


 発言を求められているのがわかったスレンは、何度も練習したあの台詞を吐いた。


「おれの名はスレンだ」

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