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65 叛逆者は西へ

 寝耳に水とはまさにこのことだ。だが思い当たる節が無いわけではない。問題はなぜ自分たちだと発覚したのかだ。


 あるとすれば、計画の邪魔をされた公爵が、結社から情報を得て国王陛下に進言したという線だ。ラベンヘイズの原色地で襲われた際、流星の魔法をジフに見られている。魔法の規模も被害の規模も桁違いだが、内容自体は同じものだ。

 それでも、あれ程の魔法を個人が成し遂げると思うだろうか。公爵が、ジフに全幅の信頼を寄せていたとしても、最終的な判断を下すのは公爵の報告を受けた国王陛下なのだ。ファーロラーゼ公と違い、現国王陛下はアカデミーを卒業した魔道師だ。であれば公爵の報告が、如何に現実離れしているか、容易に想像できるだろうに。

 アターシアにとって、自分たちが疑われたことも驚きだが、信じられたことが何よりも衝撃だった。むしろ真実などどうでもよく、ただ単にイニピアへの生贄として誰か見繕いたかっただけなのでは。


「騎士団が配備される前に間に合って良かった」


 ラミアンから達しがあって以来、まだ帰ってこないのかと肝を冷やしたぞとヘズモントは話す。平民の門兵ならば金を握らせればどうとでもなるが、騎士団の検問となると、そういう融通は一切通用しなくなってしまうと彼は続けた。

 そんな師を見極めるような視線で見つめるアターシア。言葉通り素直に受け取れば味方のように聞こえる。だが弟子のためとはいえ、王命に逆らうようなことをするだろうか。ましてやただの犯罪者ではない。すでにアターシアたちは王国に楯突いた叛逆者なのだ。そんな大罪人を庇い立てして、騎士団にばれでもすれば、いかにアカデミーの重鎮とはいえ極刑は免れ得ない。


「とにかく、儂にできるのはこれくらいじゃ」


 もはやアカデミーへの帰還は叶わないとヘズモントは断言する。先生、と情けない顔を見せる弟子に、彼は安心させるような優しい笑みを見せた。


「どこまでできるかわからぬが、儂もアカデミーに掛け合ってみよう。上手くすれば釈明する場所くらいは作ってやれるやもしれぬ」

「先生……」


 煩わしい要職という立場も、こういうときは役に立つとヘズモントは苦笑いを浮かべた。


「とにかく、準備している時間なぞないゆえ、辛いとは思うがこのまま逃げよ。分かっているとは思うが北へは行くなよ。向かうなら東のレルバレン大公国か、西はオズミア山脈か。深い森ならばお主らも潜伏しやすかろう」


 この緊急時にあってヘズモントの気遣いは非常にありがたいものだった。師弟関係とはいえ、他人のために自分の立場を、いいや、命すら危うくするようなことを厭わず引き受けてくれている。それほど危ういことだからこそ、アターシアも師の心配をした。


「お気持ちはありがたいのですが、こんなことをして先生は大丈夫なのですか?」


 言葉なく笑うヘズモントに、大丈夫なはずがないだろうと彼女は心中で自省する。しかしすでに行動の後だ。一度こぼれた水はコップには戻らない。ならば最大限有効に活用しなければ、それこそ助力してくれた師に申し訳が立たない。というか自分が逃亡に失敗すれば、即ち師に危険が及ぶのだ。そこに思い至ったアターシアに迷いはなかった。


「ありがとうございます。ですが、どうか御身を一番にお考えください。私どものために命を無駄にするようなことはなさらないでください」


 せっかくホームタウンに帰ってきたというのに、その足で逃亡するハメになってしまったスレンたち。彼らは一路西へ向かった。


「どうして西なんだ?」


 あえての理由があるのか、なんとなくスレンは尋ねてみる。北が駄目なのはスレンでもわかる。今まさに北から帰ってきたのだ。王国南部の都市アニムのヘズモントが王命について知っていたことを考えると、北の国境都市セリクシアからの帰路にて捕まらなかったのはまさに奇跡だ。


「ヘズモント先生は北はやめろと言ったけれど、実は東も安全とは言えないのよ」

「どうしてだ? レルバレン大公国とは戦争していないだろう」

「レルバレン大公はもともとイニピア王国の貴族なの。もちろん大公は王位継承権保持者よ。そんな国に逃げられるわけないでしょ」

「敵国ってことか」

「そんな感じ」


 消去法で西を選んだのはわかった。だがひとくちに西といってもその範囲は広大だ。アニムから伸びる街道を真っすぐ行けばノカという湖畔の街に辿り着く。ただ、スレンたちを叛逆者とする王命がアニムに届いている以上、ノカにもすでに知れ渡っていることだろう。対応が早ければ騎士団がすでに動いている可能性だってある。当然ノカの街にもモール商会の支部はあって、彼らに助力を請うことはできるだろう。けれど彼らからの支援は、街の外で物資の受け渡しをするくらいに留めなければならない。流石に叛逆者となった自分たちを匿ってもらうわけにはいかない。


「ノカにも支部があるから、助力を請いましょう」

「どうやって連絡をとるんだ?」

「さあ?」


 他人事のように肩をすくめるアターシアに、スレンは開いた口が塞がらない。いつも抜かりないモール商会のことだから、緊急事態の連絡手段は当然のように備えてあるのかと、どこかで思っていた。だが「街に入れなくなることなんて想定してないわよ」というアターシアの言葉には納得せざるを得なかった。ただ、助力を求めるならば連絡を取らなければならないのは変わらない。


「そうねえ、手紙でも書いて通行人に届けてもらいましょうか」


 アカデミーに戻れなかったからこそ荷物の整理もできず、研究のための筆記用具も肩掛け鞄のなかに入れたままだったのは不幸中の幸いか。街道から外れた森のなかでの夜営中、アターシアはノカ支部に向けての手紙をしたためた。適当に金を包めば無体なことはされないと思うが、自分たちは叛逆者で、手紙の内容が助けを求めるものだということを考えれば、直接的な表現は避けなければならない。手紙を運んでくれる通行人が野暮助でなくとも、例えば途中で手紙を紛失したり、ノカの門兵に没収されたりする可能性だってあるのだ。


「それにしてもこんな内容で伝わるの?」


 完成した手紙は事情を知るスレンでさえ意味不明なものだった。もしかしたらモール商会の者のみが知る暗号なのかとも思ったが、アターシアが、


「さあ?」


 と答えるあたりそうではないのだろう。完全に運任せ。街道を横切る小川にて、たまたま通りがかった行商人になけなしの路銀をはたいて雇う。怪訝そうな視線でなんども振り返りノカへの街道を急ぐ行商人を見送った後、スレンたちはそそくさとその場を離れた。わかりにくい内容にはなっているが、手紙にはアニムへ向かう街道を横切る小川で待つと記されている。三人は指定場所に留まらず、都市門のすぐそばで、商会の奉公人か誰かが出てくるのを待つことにした。手紙が無事に届かなかった時のことを警戒してのことだ。


 三人が都市門を張っていると、案の定早馬のような勢いで騎士たちが続々とアニム方面へ走っていくのが見えた。理由は不明だが、騎士たちが「急げ! まだ小川にいるはずだ!」と声を掛け合っていたから、手紙で連絡をとろうという作戦は失敗したのだろう。モール商会の支部の方にも騎士が向かったはずだ。こうなると助力を請うことも難しい。

 

「付近の村を頼りましょう」

「いえ、今回の件で騎士団に存在を知られてしまった以上、どんな寒村であっても彼らの手が回っている可能性があるわ。迂闊に近づくのは危険よ」


 アターシアとアキュナが今後の方針を話し合っているところにスレンが決定事項を割り込ませる。


「原色地へ行こう」


 考えてみれば当然の答えだった。すでに叛逆者なのだ。捕まれば極刑は免れない。退路が絶たれたのなら、あとは前進するしか生き残る道はないのだ。

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