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53 古都セレベセス

 自分でもナイスな作戦だとアターシアは自画自賛していた。ヨルヤはスレンから送られてきたラブレターに困惑し、躱すような返事を送り返してくるだろう。仮に自分の知らない間にふたりが恋仲になっていたとしても、賢いヨルヤが何とかして秘密の逢瀬を実現してくれるだろう。正式な手続きを踏むとしても、


「お父さま、学友から見舞いに来たいとお手紙をいただきましたの。面会しても宜しいでしょうか」

「うむ、手短に済ませよ」


 と、精々この程度だろうとたかをくくっていた。


 だが現実は違う。


 どうしてこうなった!


 と叫びたいくらいだ。普通、書簡のやり取りくらいで家が出てくるだろうか。それもヨルヤの親ではなく、祖父の公爵自身が返事の差出人ときている。アターシアは堪らず悶えるような声を上げる。恋文の差出人が仇敵イニピア王国の貴族ならそれも納得の結果だが。


「あんた、何書いたの、手紙に」

「え、別に、会いたいって」

「それだけで公爵から返事がくる?」


 野暮だと思って中身を確認しなかったのはまずかったかと、アターシアは今更になって後悔した。


「し、知らないよ! 本当にそれだけしか書いてないんだ」


 スレンは度々隠し事をする。だがいざ話すとなると嘘をつくことはしないと、アターシアは評していた。だからスレンがそう言うなら本当に会いたいとしか書いてないのだろうと、これ以上の言及は無意味だと悟る。だが、ならばなおのこと現状は不可解だ。その不可解さの原因は誰が握っている? 自然に考えれば返事の差出人であるファーロラーゼ公爵自身だ。学生が、それも学年上位の優等生であるヨルヤが、自らの意思でアカデミーを退学するとは考え難い。彼女の退学がファーロラーゼ公の意図するものだとすれば、ヨルヤの部外者との接触を忌避する事情があっても不思議ではない。もっとも、その事情など知る由もないが。


「じゃあどうしてヨルヤを飛び越して公爵から面会許可がおりるのよ。これじゃあまるで召喚命令じゃない」


 もうひとつ不可解なのは、どうして公爵がスレンに面会許可を出したのかだ。ちなみにヨルヤへの面会許可ではなく、公爵への面会許可となっている。ヨルヤには会わせないが、近況を伝えてやるから挨拶しに来いということなのだろうか。


「どうして公爵があんたのことを知ってるの」


 ヨルヤが報告したのか。あるいは彼女の学園生活を監視するなかで、たまたま知り得たのか。どちらにせよ直接会ってみたいと思わせる何かを公爵は感じ取ったのだろう。その何かが魔法に関することでないことを祈るばかりだが、正直望みは薄いだろうとアターシアは諦観する。今までコンタクトがなかったということは、機会があれば、という程度の興味だったのだろう。自分たちはまさに、飛んで火に入る夏の虫か、あるいは鴨が葱を背負って来たというところか。


 もしかしてヨルヤを餌に釣られた? いいえ、それは考え過ぎだわ。公爵に遠回りをする必要などない。小細工なんてなしで欲しいものは何だって手に入るはずだもの。



 セレベセスは伝統ある古い都市だ。過去、王都になったこともある。しかし過去の栄光に縋ることない、我が道を行く気風は、都市間の覇権争いからセレベセスを遠ざけている。例えばアカデミーでも、ルニーアとラミアニア、南部ベントと北部ベントのように、どこかをライバル視しているという話もない。だが、他のクラスと違い、セレベセスは都市そのものがクラスの名前となっている。そこからセレベセスがどれだけ強い影響力を持っているのかを推し量ることができるだろう。


 古都セレベセスは湖畔にある。その湖は水属性の原色地であり、近くに風属性の原色地もある。ふたつの原色地の恩恵を受け、都市は古くから発展を重ねてきた。都市の紋章は、ふたつの属性を象徴して風に靡くヴェールの女性。

 湖には小さな島があって、セレベセス城はそこに建てられている。島へは白い橋を渡って馬車で向かう。アカデミーような城塞ではなく、どちらかといえば宮殿然としている作り。砦としての機能はほとんどない。ファーロラーゼ公が城塞を持つことを、時の国王が恐れたからなのだとか。


「はぁ……」

「この街についてからもう十四回目だよ」


 聞かされるこっちも気が滅入ってくると、スレンはアターシアに不満を溢す。


「数えてたの? 良いわね、暇で」


 すると謂われのない皮肉が返ってきた。恋文を書けと言ったのはアターシアじゃないかと、スレンは反論しかけたが、拗れるのが面倒だったので大人しく黙っておくことにした。


 橋を渡りきると、大鷲と剣の意匠が施された門が迎えてくれる。ファーロラーゼ家の紋章だ。御者が門兵と手続きを交わし、スレンとアターシア、それに護衛騎士のアキュナは無事入城を果たした。

 使用人たちに迎えられ、三人は馬車を降りる。すでに面会の準備はできているからと、三人は早々に応接室に案内されたのだった。


 面会に荘厳な謁見の間を使うのは国王陛下だけだ。王位継承権保持者といえど、一貴族にすぎない公爵との面会には応接室が使われる。とはいっても、靴が沈むくらい絨毯はふかふかで、高価な薄ガラスの窓に有名画家の絵画、神々を模した彫像などが数多く飾られている、豪商の娘アターシア・モールをして目を見張るような一室だ。

 そんな足を踏み入れるのも恐れ多い部屋に招き入れられた三人を待ち構えていたのは、筋骨隆々のプレートメイル姿の騎士だった。マントには大鷲と剣の紋章。すなわち彼こそがファーロラーゼ家現当主、オルグニアン・ゾイ・ファーロラーゼその人だ。朝日を背にした偉丈夫は、覇気に満ちる笑みを三人に向けた。

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