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5 もぞもぞする

「このっアマ!」


 スレンに助けを求めた少女に腹を立てた大男は、彼女をさらに痛めつけようと右腕を振り上げた。振り下ろされた拳を恐れて少女はとっさに目を瞑るが、腹部が殴られることはなく、恐る恐る目を開けると、スレンの姿が何かを投げた後のような格好に変わっていた。そして、生ぬるい何かがぽたぽたと頬に滴った。


「ぐ、おおおおおお……こ、の、野郎ッ!」


 ことさら苦しそうな声が頭上から聞こえ、少女が顔をあげると、三本の氷柱が大男の大きな拳に突き刺さっていた。生ぬるい何かとは、氷柱を濡らし、滴る大男の鮮血だったのだ。

 大男はたまらず少女を解放する。空いた左手で右手首を強く握りしめ、串刺しになった拳に大きく目を見開いた。


「お、お、おおおおおお!」

「お、おい。大丈夫か」

「うううう、五月蝿え! 大丈夫なわけねえだろうが!」


 子どものように騒ぎ立てる大男。


「お前ら、さっさとそのガキ殺しやがれ!」


 大男に怒鳴られたふたりの男たちは、酷く嫌そうな顔をして互いを見合う。当然だ。大男の拳が振り上げられ、振り下ろされようというあの一瞬で、スレンは氷柱を生成し、大男の右拳に突き立てたのだ。スレンがその気になれば、瞬く間に彼らは絶命するだろう。


「一度アジトに戻ったほうが良いんじゃねえかな……」


 今ならまだ生きて帰れる。魔法使いのガキの今までの言動から、奴は命を奪うことに抵抗があると推測できるからだ。相手が魔法使いならば、それなりの戦い方というものがある。だから今はアジトに帰って体勢を建て直すのが得策だろう。一時の激情に身を委ねて細い道を踏み外せば、そこは破滅という名の底なし沼だ。


「五月蝿え五月蝿え!」


 なおも叫び続ける大男。しかし無傷なふたりの男たちにとって幸いだったのは、三人の盗賊団内での力関係が対等だったことだろう。もしも大男が実力者であれば、撤退という選択肢をとることは難しかっただろう。


「五月蝿えのはお前だ。たかが手が片方潰れたくらいで、ギャアギャア騒いでんじゃねえ」

「このことはエンハスに報告するからな」

「ぐっ……」


 エンハスとは彼らのリーダーだろうか。その名前を出した途端、大男の威勢が弱まった。


「畜生、痛えよお……畜生。あのガキ絶対に殺してやる!」


 スレンを警戒しつつ、その場を去っていく三人。彼らの姿が見えなくなって安心したのか、少女はその場に崩れるようにへたり込み、スレンは慌てて彼女を支えた。


「だっ、大丈夫?」


 よほど怖かったのだろう、緊張が解けた今でも震えが止まらない彼女の足を見て、スレンは息を呑んだ。

 なんだこれは……同じ人間なのに、どうしてこんな。酷く混乱するスレン。


「あ、あのっ」


 スレンが無言でいると、突然少女にすがりつかれる。


「まだ、まだ他にも襲われているの! ……お願い、助けて」


 絶望の色を映した彼女の消え入りそうな声にはっとしたスレンは、改めて辺りを見渡した。体を動かしたお陰で緊張が解れたのか、村中で鳴り響く悲鳴と怒号がスレンの耳に飛び込んできた。右からも、左からも、前からも、そこの家の角を曲がったところからも、少し離れた村の外れの方からも、とにかく村のあらゆる場所から聞こえてきたのだ。


「ここで待てる?」


 立ち上がるスレンに、少女はこくりと頷いた。






 スレンは、少女を襲っていた大男を撃退した方法と同じやり方で戦った。すなわち氷柱を敵の拳に突き立てるというものだ。時間をかけるわけには行かなかったので、残りの盗賊全員の拳に突き立てていった。いつも獲物を仕留める時に使っていた慣れ親しんだ魔法だが、連続で使ったことは無かったし、傷つけることを目的にしたのも初めてのことだ。加えて土地勘もない。とにかく悲鳴の上がる場所を目指してスレンは走り続けた。それでもものの四半刻もしないうちに盗賊は村から一人残らず逃げ去っていった。そう、一人残らず。対して村の被害は死者十二名、負傷者十六名に及んだ。

 助かったことに安堵した人々の、その後の反応は様々だった。


「どうしてうちの子が殺されたのに、殺した男は生きながらえたの!?」

「ああ、本当に良かった。お前たちが無事で本当に良かった」

「おとおさん。おかあさんが、おかあさんが……!」


 ただひたすら嘆き悲しむ者、生きていることを喜ぶ者、気の抜けたように呆然と立ち尽くす者。一刻も早く村を建て直すために声を上げる者。

 そんな中、スレンに最初に助けられた少女はスレンを自分の家に招いていた。家に入るなり、少女はチェストのなかをごそごそと漁り始めた。ふりふりと揺れる大きなお尻をぼうっと眺めながらスレンは考えていた。自分よりも背が高い。少し年上だろうか。


「私、マリよ。あなたは?」


 と、探しものを続けながら少女が名を告げた。スレンは慌てて反応する。


「! ……おれの名はスレン」


 二枚の布切れを取り出した少女は、安心したようににこりと笑ってそれをスレンに差し出した。


「そう、スレン。さっきはありがとう」


 その笑顔を見て、スレンもほっと息を吐いた。良かった。今度こそ仲良くできそうだ。スレンはハニカミながら差し出された二枚の布切れに目を落とす。


「い、いや……。これは?」

「服よ」

「やっぱり着るんだ……」

「え?」

「いや、なんでもない」


 かなり前になるが、ズウラがどこかからマリが持っている布切れと同じようなものを持ってきた時があった。曰く、人間はみんなこれを着ているから、スレンも着なさい。スレンは言うとおりに着てみたけれど、すぐに気持ち悪くなって脱いでしまった。ズウラはしつこく躾けようとしたけれど、顔を見るたびに嫌な顔をされるようになってやむなく断念してしまった。スレンにとってはこんなに不条理なことはないだろう。なにせ自分に服を着せようとするズウラ自身は全裸なのだから。


 スレンは躊躇しつつも服を受け取る。仲良くなりたい相手からの御礼の品ということなら、受け取らないわけにはいかない。それになにより、目の前のマリ本人が服を着ているのだ。全裸のズウラが言っているのとはわけが違う。


 観念したスレンは指先で摘んで服を広げた。穴が四つ。もうひとつは穴が三つだった。


「……」

「服、着たことないの?」


 必死になって着方を考えているスレンの顔をマリが覗き込む。服なんて! と思っていたスレンだが、知らないの? と聞かれると意地を張りたくなってしまうのはなぜだろうか。


「あ、あるよ!」


 たしかこうだったはずだと、半ばやけくそ気味に穴に腕を通した。


「ん? んぐぐぐ」


 もぞもぞと服の中で動くスレン。どう見ても小さすぎる穴から頭を出そうとしているが、そこは腕用の穴なので頭は通らない。悪戦苦闘しているスレンを見てクスクスとマリは笑った。


「むあ!?」


 急に服を引っ張られて戸惑うスレン。


「頭はここよ」

「んん、んぐ…………ぷはっ」

「ふふっ、手はこっち」


 手助けしてもらってようやく着ることができたスレン。ズボンの履き方も教えてもらって着衣完了。ようやく人間らしくなったスレンは、肩を強張らせて背中をくねらせた。


「んん、もぞもぞする」

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