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38 城塞探索

「それで、城塞の見取り図っていうのはどこにあるんだ?」

「さぁ?」


 まるで他人事のように肩をすくめるミルレット。


「その女生徒が見つけた地図はどうなったのかしら」


 入手していないのかと尋ねるヨルヤ。ミルレットはことさら残念そうに溜息を吐いた。


「図書館のものならともかく、城塞の見取り図なんて軍事機密も良いところじゃない。当時、殺人事件の調査に当たった騎士団によって回収されたわよ」

「それこそ王女さまなんだから、ちょっとくらい借りられないの?」

「そんなの無理よ。流石にそのあたりの分別はつくでしょう」


 大人の事情に配慮するミルレットにスレンは思わず眉をひそめる。


「どうしておれにはあんなに強引だったんだよ」


 スレンの疑問はもっともだ。ミルレットが王族の権威を振りかざさなければ、もっと穏やかな学園生活を送れたはずなのに。


「あら。身分を振りかざす場くらい、きちんと選ぶわよ」


 それはスレンにとってあまりに傍若無人な回答だった。開いた口が塞がらないとはまさにこのこと。ただ、納得できないながらも、何も言い返せなかったのは、同時に感心すらしてしまったからだ。人を従わせる力にもいろいろ種類があるということ。そしてそれを扱うにも技があるということだ。まったく理解はできなさそうだが、確信的に「場を選んでいる」と言うくらいなのだから、彼女はその力の扱いが巧みなのだろう。


 ああ、アターシアの場合、はそれが金ってことになるのか。


「友達ができないわけね」

「あら、わたくしに友人がいないのは、わたくしの身分のせいよ」


 近づいてくる者たちは大勢いる。だが彼らはもれなく取り巻きになってしまう。取り巻きは友人ではないとミルレットは断じた。


「……それで、借りれないなら探すしかないけど、一応聞くけど目星はついてるのか?」

「確信があるわけではないけれど、軍事拠点として使われる可能性があるのなら、見取り図に限らず、地図は作戦会議が開かれるような場所にあるのではないかしら」

「作戦会議?」

「そう。騎士団の偉い人たちが集まって、どうやって敵を倒すかを考えるのよ」

「じゃあ、人がたくさんはいれる場所ってことだよね」


 自分で言いながらスレンはうんざりする。アカデミーにその条件を満たす部屋がいったいいくつあるというのか。わかっているのは、その数の把握すらままならないほどたくさんあるということだけだ。


「……探すの?」


 ダメでもともとですらないが、スレンは一応尋ねてみた。


「当然」


 当然、当然な答えが、張り切るミルレットから返ってきた。



 さっそく翌日からアカデミーの城塞探索が始まった。もちろん隠された小部屋の持ち主に悟られないように静かに行動しなければならない。だが、毎度お騒がせの王女殿下と、図書館に引きこもっている座学一位の公爵令嬢、そして化け物じみた火属性魔法を使う平民の三人がこぞって動けば嫌でも目につく。だから三人はそれぞれ独自に調査を開始した。

 ヨルヤは図書館に籠もって関連文書の調査。図書館の見取り図もついでに探してみるそうだ。普段から図書館に籠もりっきりのヨルヤが、どんな本を読んでいるのかなど誰も知らないのだから、彼女の偽装は完璧だ。

 ミルレットは王女の人脈を使って教員や騎士、大人との会話のなかでそれとなく話を聞き出そうとした。まだ十二歳とはいえ立派な王族。ミルレットと顔を合わせた者は大抵、とりとめもない世間話の後に「ご家族によろしく」と、おべっかを使いたくなるだろう。了承したあとに「そういえば――」と、ミルレットが質問をつなげれば、相手は真摯に答えてくれるという寸法だ。

 図書館にはすでにヨルヤがいる。ならばスレンは別を探すことになるが、ミルレットほどの人脈もないスレンが頼れるのはただひとりだった。アターシア? まさか。それとなく遠回しな質問をしたところで、厄介事に首を突っ込んでいるだろうと怒られてしまうのは目に見えている。厄介事に首を突っ込んでいるのは事実だが、不可抗力なのだから仕方がない。それにアカデミーを脱走したときのようにバレなければそれでいいのだ。スレンはそう考えていた。


 もっとも、脱走の件、ミザリがアターシアに報告していないわけがないのだが。





「正解です!」


 ルニーアクラスの教室に驚きの声と拍手が満ちた。

 アグニア語の授業にて、教師の出題に挙手したスレン。いつもは当てられないようにと目線を反らす彼が珍しいと、教師はスレンを指名した。そしてスレンは見事に正解を答えてみせたのだ。


「すごいな。今までシフォニ語でやっとだったのに、もうアグニア語も追いついてきたのか」


 クラスメイトからの賞賛にハニカミながらスレンが着席すると、隣の席のアルトセインが囁くように話しかけてきた。


「まあね」


 と、スレンは得意げに答える。


「アターシア・モールに教わっているの?」

「まさか。アターシアに相談したら図書館で勉強しろって言われちゃったよ」

「だったら独学か!」


 思わず感嘆するアルトセイン。


「違う違う。ヨルヤに見てもらってるんだ」


 勘違いで過大評価されても困ると、スレンは大袈裟に手を左右に振って否定した。しかしスレンの回答は、それはそれでアルトセインを驚かせるものだった。


「ヨルヤ? ヨルヤってあのヨルヤ・ファーロラーゼ? 麗しの図書館の君の?」

「それ、本当だったの?」


 顔を引き攣らせて苦笑いをするスレン。


「ヨルヤ・ファーロラーゼが公爵家のお姫さまだって知ってるよね?」

「あー、ミルレットの従姉妹だって言ってたね」

「……もうひとつ確認してもいい?」

「なんだよ」

「スレンって、平民なんだよね? 本当はどこかの王子とかじゃないよね」

「何言ってるんだよ。ミルレットの話、アルトセインも横で聞いてただろ? あの通りだよ」


 いつかの魔法実技の時にミルレットが暴露したスレンの来歴のことだ。


「あ、ああ。そうだった」


 言葉では納得しつつも、どこか腑に落ちないアルトセイン。アカデミーの学生とはいえ、平民の交友関係に王女と公爵令嬢がいるだなんて、普通はありえない。それこそ魔法でも使わない限り。そう、すべては魔法の力の為せる技だ。


「魔法使いかよ……」

「本当に何言ってるんだ。アルトセインも魔法使いだろ」


 自分のことを棚に上げてと、スレンは思わず吹き出してしまった。


「そんなことよりさ、おれもアルトセインに聞きたいことがあるんだ」 


 そう。アカデミーの城塞探索でスレンが頼ったのはアルトセインだった。


「アルトセインって、アカデミーの地図ってもってない?」


 予想もしない質問だったためにアルトセインは目を二、三ぱちくりさせた。


「持ってないけど。そんなものどうするの? わからない教室があるなら案内するよ?」

「あ、いやー、そういうわけじゃないんだけど、ちょっと必要になって、その……」


 あからさまに言い辛そうに口ごもるスレン。誰が見たって彼が何かを企んでいると察するだろう。スレーニャならば間違いなく咎めるはずだ。だがアルトセインはそれほど無粋ではなかった。ただ、持っていないものは渡せない。


「協力してあげたいけど、持ってないんだ」

「いや、いいんだ。ありがとう」

「いいのか?」


 やけにあっさり引き下がるスレンに、アルトセインは反射的に問い返す。普通ならば何か手がかりになりそうなものでも良いからと、少しでも情報を得ようとするはずだ。真剣に求めているわけではないのか。それにしては、いささか以上に穏やかでない捜し物だ。


 そう、穏やかでないからこそスレンはあっさり引き下がったのだ。自分たちを危険へ誘う地図など、見つからなければいい。スレンは心底そう思っていた。

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