9.これからのこと
「あだだだだだだだだっ!!!」
宿屋に戻って一晩明かしたショーマは、全身の痛みに苦しんでいた。
「なんであるか?昨日怪我でもしたのであるか?」
ガルが不思議そうに尋ねてくる。いや、これは怪我をした時の痛みではない。
おそらく筋肉痛だ。
昨日、蛇型魔物と戦った時、自分のレベルに見合わない動きをしたせいだ。
ガルの魔力循環量・動きによって限界以上に動かされたショーマの身体が、悲鳴を上げているのだ。
ショーマのような初心者召喚士を上級剣士レベルまで引き上げる能力の副作用が、筋肉痛だけならかなりましな方か。
結局、痛みが取れてショーマがギルドに依頼を受けに行けるようになったのは数日後だった。
その間は、二つの魔力循環スキルを地道に訓練していた。
魔力循環(対物)スキルを使っていて気づいたことがある。
このスキルを発動していると、極僅かに剣の錆が取れる。
ガルにこの事を確認すると、ようやく気付いたか、という反応をされた。
「魔力循環と相性の良いこの剣は、魔力を通してやることで剣の状態が正常に保たれるのだ。長い間魔力を通してなかったせいで今は錆び付いておるが、ちゃんと魔力を通してやればきれいな状態に戻るはずであるよ」
「ん?魔力ならもう結構通してるじゃないか」
ショーマがガルを召喚してから一週間以上、毎日欠かさず魔力循環(対物)のスキルトレーニングをしている。そういうことなら、もうきれいな状態になってもいいのではないだろうか。
「単純に流す魔力量が足りておらんのだ。淀んだ湖の水を入れ替えるのに、水差しでチョロチョロと水を流したところで大して意味はなかろう」
つまり、ショーマの流せる魔力量がもっと増えていけば、剣もだんだんきれいになっていくということか。
それならば、この剣がきれいになるくらいの魔力量を流せるようになるのを一つ目標にしよう。
うん、なんだか分かりやすい目標ができて良かった。地味すぎて心折れそうになるんだよね、このトレーニング。
ただ、米粒程しか錆の取れていない剣を前に、先は長そうだな、とショーマは感じていた。
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ショーマが筋肉痛から復帰した初日、ショーマにはある実感が湧いていた。
流せる魔力循環量が格段に向上している。
向上しているといっても、ガルの補助補助有りの時と比べるとまだかなり少ないが、ショーマの体感で倍くらいにはなっている。
魔力循環のトレーニング効果だけではなさそうだ。
恐らく、ガルが無理矢理魔力を多く流した事による効果だろう。
魔力の通る管が1回広げられたお陰で、次からも魔力が通りやすくなっているような感じか、とショーマは推測する。
でもなんだか、このやり方は身体に悪そうな気がする。
数日筋肉痛になるくらいなら良いが、内蔵とか血管とか、あるか分からないけど魔力器官とかにダメージが有りそうだ。もっと安全なやり方を選択した方が良いだろうか。
低ランク魔物を相手に地道にやっていくか、ハイリスク・ハイリターンで一気にレベルを上げるか。
低ランクのモフモフを狩り続けるか、高ランクの非モフを狩るか。
「うん、高ランクのモンスターを狩るか。効率いいし」
生命に貴賎はない。効率の問題だ、うん。
ショーマは自分にそう言い聞かせる。
もちろん、モフモフと効率だけが理由ではない。出来るだけ狩りのOFF日を確保して、情報収集をする為でもある。
ショーマは、この世界の事を知らなすぎる。大まかな話は、あのエロ女神(仮)に聞いたが、地理やより詳しい世界情勢についてはまだまだ知らないことが多い。
この1週間で得たちょっとした情報としては、以下の通り。
この街カデリナはあまり大きくはなく、図書館の様な紙資料がまとまっている様なところはないということ。
そんな状況なので、商人や旅人から直接聞くのが手っ取り早いこと。
商人、と聞いて狐耳お嬢様の事を思い出した。
この当たりでは名の知れた商人の家だと言っていた。彼女の父親、富豪オルランドは恐らく、この街周辺の情報を最も持っている人間の1人だろう。
情報ソースとしてはかなり強いが、今更そこに頼るつもりはショーマにはなかった。
折角異世界に来たんだ。ちょっとくらいカッコつけた生き方をしたい。
モフモフなオッサンを見てもあんまり嬉しくないし。
ということで、しばらくの基本方針が決まった。
ギルドでは、ショーマのレベルで目立たない程度の、中ランク魔物の討伐依頼を受ける。
途中、高ランクの魔物に遭遇した場合、ガルの判断で問題なければレベル上げに利用させてもらう。(ヤバそうならさっさと逃げる)
恐らく筋肉痛(魔力器官痛かもしれないが)になるので、その間は他のギルド員や商人などから情報収集を行う。
それからガルのことについても、調べておきたい。
ガルの身の上話が本当だとすると、神話か歴史書か何かに手がかりがありそうだ。
そしてガルがどこに封印されていたのか、ガルを持っていても血祭りにあげられないかを知ること、それが大事だ。
よし、まず今日は目立たない程度の非モフ魔物討伐だ。
ショーマはギルドの受付で中ランクのホーンリザード討伐依頼を受け、いつもの森に向かった。
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ショーマがホーンリザード狩りに向かっている時、狐耳族のお嬢様ことヴァネッサは、自宅の敷地で魔法のトレーニングに勤しんでいた。
狐耳族は、商才に恵まれる者が多いとともに、幻術、結界、火属性魔法に適性を持つものも少なくない。
ヴァネッサは、結界魔法を特に得意としていた。
先日、ボーグボアに襲われた際、自分の結界魔法が役に立たなかったことで、ヴァネッサは実力不足を痛感した。
ヴァネッサの家、オルランド家は富豪とは言われているが、片田舎を拠点とした地方地主程度に過ぎない。
高ランクの騎士を複数雇う程の余裕がある訳では無い。
そもそも、高ランクの騎士はその絶対数が少なく、基本的に王族や都市部の大富豪がほぽ独占的に抱えている。
オルランド家の抱える護衛騎士は、中級騎士がメインだ。
先日のような、高ランクの魔物と遭遇した場合、切り抜けるのは困難である。
盗賊、暴漢に襲われる事もままある事だ。人間は人間で、色々と魔物より厄介な部分がある。
そんな時に、自分が足手纏いになるようでは、とても生きていけない。
最低限、護身術を身につけ、自分の身は自分で守る。
いつでも、この間のように助けが来てくれるとは限らないのだ。
「ショーマ様⋯⋯」
ヴァネッサは自分達を助けてくれた剣士の事を思い出す。
流石に、たった1度運命的に助けられたからといって好きになるほど、ヴァネッサは刹那的な恋に生きられない。
強く、優しげで、謙虚な姿を、勿論尊敬はしている。
そう、尊敬だ。この間、ちょっとドキドキしたのはいわゆる吊り橋効果という奴に違いない、とヴァネッサは自分を納得させる。
「ヴァネッサ様、集中が乱れているようですよ」
ヴァネッサの護衛騎士、アルスターが声をかける。
ヴァネッサは慌てて、再び結界魔法の構築に集中する。
ふむ、とアルスターは最近のヴァネッサの様子について考える。
あのボーグボアの一件以来、物思いに更けることが多いようだ。
まあ、十中八九あの剣士、ショーマ氏について考えているのだろう。
颯爽と現れ、高ランクの魔物を打ち倒し、名も告げずに去る。
ギルドカードを落とすというお茶目さも忘れない。
富豪令嬢からの礼を受け取ることも無く、魔物討伐にひたすら打ち込むひた向きさ。
ヴァネッサ嬢も、もう18歳になる。
お嬢様と言えど、運命の出会いに憧れてもおかしくはない、1人の女性だ。
吊り橋効果もありつつ、救いのヒーローたる、ショーマ氏に少なからず憧れの気持ちが生まれたのだろう。
ただそれは、恋と呼ぶにはまだ浅い感情だ。
そこから進展するかどうかは、神のみぞ知る、というところか。
うむ、とアルスターがそんなことを考えていた時、森の中にいたショーマは、心の内に秘めたる″奇運招来(神)″のスキルがウズウズするのを感じて、嫌な予感がするのであった。
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