とある召喚士の噂
何となく気が向いたのでちょこっとアフターストーリーを
「皇帝陛下!!大変でございます!!」
「なんだ騒々しい、少しは落ち着け」
「はっ!⋯⋯失礼しました」
大臣は、大きく深呼吸をし、落ち着きを取り戻す。
「では改めましてご報告致します。サルディア王国にフェアリーが出現したものの撃退されたとの情報が入りました」
「フェアリーが出現!?何ということだ⋯⋯!急ぎ対策本部を立ち上げ、サルディア王国への援軍と我が国の防衛準備を⋯⋯ん?えっ、なっ、は?げげ撃退された??」
「はい」
慌てふためいているウルガン帝国皇帝をよそに、大臣は至って冷静さを保っている。
「しかも撃退した人間は、そのままフェアリーを連れているようですね。凄いですよねー」
「何を落ち着き腐って返事をしている!!」
「陛下が言ったんじゃないですかー!落ち着けってー!」
「しかし、伝説のフェアリーを撃退するとは、サルディア王国はそれ程の戦力をいつの間に⋯⋯」
「あっ、情報によると、撃退したのはサルディア王国軍ではなくて、数人の自警ギルド員らしいですよ」
「えっ」
「その中には例の召喚士も居たとか」
「・・・なんだ、あいつか」
ならば納得、といった様子で皇帝は玉座の絢爛な椅子に深く座り直す。見た目は派手でいかにも高価そうなであるが、実はこの椅子はどこかの亡国から流れてきた払い下げ品だ。新品で高額な椅子を置こうとしたら目の前の大臣の所で却下されて予算が降りなかったのだ。それで仕方なく皇帝は、この見た目ばかり良くて縁起の悪い玉座にいつも腰をかけている。これで帝国が滅んだら大臣のせいにしてやる、と皇帝は常に考えている。
さて、皇帝が口にしたあいつとは、ここ暫くこのウルガン帝国や隣国サルディア王国で暗躍しているという召喚士の事だ。
2年ほど前から、ちょこちょこと騒ぎの中心にいる人物であり、神話級の魔物であるジオ・ガルディンが封印された剣を携え、かの災害級の魔物、グランドイーターやジルディウムの撃退に成功している。
そして、それらに今回フェアリーというこれまた神話級の魔物撃退が加わる訳だ。
「色々やってますねぇ。これだけの強者であれば抱き込んでしまえば相当な利益になるのでは?」
「数ヶ月前であればそれも出来たかもしれんが、今となっては無理だな。サルディアを初めとした周辺国も目をつけている。我が国だけ抜け駆けすることはもう出来ん。近々、彼の扱いについて話し合いの場を設けねばなるまい」
「ではいっそ不安の芽を詰んでしまうというのは」
「ほう、いい考えだな大臣。で、それは誰がやるのだ?」
「えっ」
「・・・ジルディウムやフェアリーを撃退し、しかもそのフェアリーを従えているという男を、誰がやるのだ?」
「そうですね、こっそり不意打ちとか暗殺とかなら⋯⋯」
「仮にそのショーマという男を倒せたとして、その後にジオ・ガルディンとフェアリーがまとめて解放される可能性もあるのだぞ?どうすんの?滅ぶよ?この国。5回くらい滅ぶよ?」
「じゃあどうするんですか?」
「だから我々は静観するしかないのだ。ショーマという男が、穏やかーに過ごしてくれるのを、他国と牽制し合いながらな」
「かつ、彼に余計なちょっかいを掛ける輩が出ないように配慮しながら、ですか」
「そういうことだ」
「陛下お得意の、問題の先送りって奴ですね」
「大臣、更迭」
「あっ、酷いです!!この前、新年の挨拶でセリフ飛んだとき助けてあげたのに!!」
「ええい、私はどんな横暴でも許されちゃう皇帝だぞ!」
「この暴君ーっ!」
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「ぶえぇぇぇぇぇぇっくしょぉぉぉおおおい!!!」
「ショーマよ、風邪か?」
「いや、そういう訳じゃないんだけど⋯⋯」
また誰かが噂しているのか?
エルヴィさんかリーナさんかな、とショーマは知り合いの顔を思い浮かべる。まさか時のウルガン帝国皇帝に噂されているとはついぞ知らず、ショーマはいつものようにギルド施設から出て左へひたすら突き進む。相当遠くからでも見ることが出来る、大きく堅牢そうな城壁まで辿り着くと、ショーマは見慣れた警備兵にギルドカードを渡した。
「今から依頼をこなしに行くのか?」
「いや、今日はもう終わったよ。依頼は反対側の門の方に出る魔物だったからね」
「相変わらず仕事の早いことだな。」
よっぽど家で待ってる女に早く会いたいんだな、と門番はニヤリと笑う。
「ええそれはもう!」
ショーマはからわれていることなど意に介さず、それはもう首が取れる勢いで頷いた。
その様子を見た門番はもうそれ以上突っ込まないことにした。惚気話が始まっては敵わない。
城門を出たショーマは、いつもの帰り道を、不自然のない速度で歩みを進めた。逸る気持ちを抑え、周りの交通の流れに合わせて移動する。
家で待つヴァネッサに早く会いたいところだが、如何せんそれなりに人通りのある道だ。高速で移動なんかしていたら変態か魔物と見間違えられかねない。
「ん?ショーマよ、そこの茂みに何かいるようであるぞ?」
背中に背負ったガルから急に声がする。
魔物か?とショーマが身構えると、茂みから出てきたのは1匹の黒猫であった。(この世界で猫と呼ぶのが正しいのかは分からないが、ショーマには猫と認識されるし、そう翻訳もされるので気にせず猫と呼んでいる。)
「はぁぁあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ·····!」
黒猫に気づいたショーマが思わず声を漏らすと、周りの通行人が何事かと振り向いたが、ショーマは既に周りの目など気にしていない。
さっきまで変態とかなんとか気にしていたのはどこに行った。
黒猫はしばらくショーマを見つめたあと、サッと茂みの中に消えていった。
野良猫だろうか、幾分毛並みも乱れていたようだし、あまり元気そうにも見えなかった。
「大丈夫かな、あの子」
「まあ、野生生物というのは暮らしていくだけで必死なものであるからな。常に元気満々意気揚々傍若無人とはいかんだろうよ」
「ガル、最後のはなんかちょっと違うよ」
ショーマは猫の消えていった茂みを改めて見返す。
どこにでも居そうな、でも何か違うような、そんな不思議な感覚のある猫だった。
またそのうち見かけることがあるだろうかと、ショーマがぼんやり考えていると、
「こんな所でいつまでも油を売っていていいのかの?早くせんと狐娘の飯に間に合わんのではないか?」
「はっ!!!!!」
ガルの呼び掛けに我に返ったショーマは、再びいつもの道を進み始めた。
さっきの猫は触らせてくれなかったけど、帰ったらヴァネッサさん、モフモフさせてくれるかな。
ショーマはニヤニヤしながら帰路に着く。
もはや移動速度云々関係なく、その様子は変態のそれであった。




