8.ヴァネッサお嬢様
「カード紛失最短記録更新、おめでとうございます」
ギルド受付嬢は、笑いながら新しいカードを再発行してくれる。ショーマは苦笑いを返しながら、新しいカードに手を置く。
恐らくカードを落としたのは、あの馬車を助けた時だろう。身元がバレないよう名乗らずに去ったのに、意味がない。
くそー、とショーマは自分のドジを悔やむ。
「良かったなショーマよ!タイトルホルダーだの!」
ガハハッ、とガルが笑う。
「ガルが、あの魔物はリトルウルフと大差ない、とか言うから無策に飛び出しちゃったんだぞ」
「なぁに実際、倒すのに問題無かったであろう?」
確かに、倒すのに問題は無かった。
問題が無かったことが問題なのだ。
あの魔物、後でギルドの受付嬢に聞いてみたところ、リトルウルフより遥かに強い魔物だった。
上級騎士でもないと、1人で倒すのは難しい相手らしい。中級騎士であれば、複数人で相手をする必要がある。
恐らく、5人で互角に戦っていた馬車の護衛達は、中級なのだろう。
そんな魔物を駆け出し召喚士が剣で倒したとあっては、当然騒ぎになるだろう。
ショーマは戦っている時に、何となくその事に気づいた。
だから、無礼を承知で背を向けたまま、名前も言わずに立ち去ったのである。せっかくもらったギルドカードを落としてしまったことにも気づかずに。
いや、騎士風の人達が5人がかりで戦っている相手がそんな弱いわけないだろうと、そう言われてしまえばそうなんだが、ショーマも突然の事で動揺していたのだ。
ガルも大丈夫だと太鼓判を押してくれたし、まるで何かに促されるかのように自然と助けに入って⋯⋯。
───はっ!!!
ショーマは、自身の心の内に燦然と輝く"奇運招来(神)"のスキルを思い出す。もしやこいつか、とショーマは疑る。
「はい、カード再発行が完了しましたよ。」
ショーマが色々考えているうちに、カードの印字が終わっていた。
「あら、ショーマさんレベルがかなり上がっていますね」
「え?」
受付嬢の言葉を受けて、ショーマは自分のカードを確認する。
『職業:召喚士 レベル:15』
半日でレベルが12も上がっている。多分あの蛇型魔物のせいだろう。
「う、ウルフ狩りを頑張りすぎましたかね⋯⋯あははは⋯⋯」
笑って誤魔化そうとするショーマに、受付嬢はそれ以上詮索してこようとはしなかった。うむ、誠にいい受付嬢だ。ありがたい。
「はい、それではカードをお渡しします。今度は無くさないでくださいね。」
めっ、と受付嬢が冗談っぽく叱ってくれる。
この歳になって美人さんに叱って貰える機会はあまり無いので、ショーマはありがたやー、と心の中で拝む。
ショーマがカードを受け取った時、ギルドの扉が開く。ショーマが入口に目をやると、そこには騎士風の男性と、品の良さそうな女性が立っていた。
げっ、とショーマは焦る。
あの騎士風の男性は、馬車の護衛の中にいた人だ。恐らく拾ったギルドカードを手掛かりに、ここに来たのだろう。
「おねーさん、少し匿ってください」
「え?あ、はい」
ショーマは、咄嗟にギルドの受付の裏へ隠れた。
受付嬢は事情を知らないながらも何となく状況を察して、すぐに対応してくれた。うむ、やはりいい受付嬢だ。
ギルドに入ってきた2人は、その場で暫く周囲を確認した後、受付の方にやって来た。
「すみません、落ちていたギルドカードを取得したのですが」
「はい、ありがとうございます。」
騎士風の男性はカードを出しながら受付嬢と話をする。
「実はこのカードを落としたと思われる方に、危ない所を救っていただきまして」
騎士風の男性は、受付嬢に事情を説明していく。ショーマは、その横にいる女性の様子を陰から確認する。
「ほわー、美人さんだ⋯」
ブロンドの長い髪に緩やかなウェーブがかかっている。服装も立ち姿も、気品に溢れている。きっといい所のお嬢さんなんだろう。
そして何より気になるのが、狐耳と尻尾だ。時々ピコピコと動いているので、恐らく本物。
異世界ならばもしや、と思っていたがやはり実在していたのか、『獣娘』。
見ただけですぐに分かる、手入れの行き届いた毛並み。極上のモフモフを前に、ショーマはモフりたい衝動を抑えるのが必死だった。
ショーマは理性を保つため、目線を騎士風の男性に戻した。
「是非、直接その御方にお会いしてお礼を申し上げたいのだが、この名前に見覚えはありませんか?」
騎士風の男性は、非常に礼儀正しく話をしている。
騎士というと、庶民に偉そうにしているイメージが、何となくあったのだが、一概にそういうものではなさそうだ。偏見、良くない。とショーマは自分を戒める。
受付嬢はカードの名前を確認した後、すぐに首を横に振る。
「申し訳ございません。ギルド員の個人情報をお話し出来ない規則となっておりますので」
「そうですか、お礼を申し上げたいだけなのですが⋯⋯」
「申し訳ございません。過去に個人情報を出してトラブルになったこともありますので」
食い下がる騎士風の男性に、受付嬢は淡々と対応する。
素晴らしい、受付嬢の鏡だ。ショーマはそのやり取りを聞いてほっとする。良かった、この世界にもプライバシーの観念があるようだ。
「アリスター、下がってください」
「はい、ヴァネッサ様」
ヴァネッサと呼ばれた狐耳のお嬢様が前に出る。
その際、フワリと尻尾が揺れた。ショーマの目があっという間に釘付けになる。頑張れ俺の理性、とショーマは自分の心と戦う。
「それでは、もしこの方がいらした時に、我々からのお礼をお伝えください。お名前を仰らなかったのも、何か事情がお有りなのでしょうから、こちらから無理に探し出す様なことは致しません」
「かしこまりました。もし、この方が、いらした際にはお伝え致します」
「それから、もしお礼を受け取って頂けるのであれば、名乗り出て頂ければ、いつでも歓迎致しますとも、併せて
お伝え願えますか」
それだけ受付嬢に伝言を頼むと、狐耳のヴァネッサさんは、騎士風男性と共にギルドを後にした。
ギルドから出る際、陰から覗いていたショーマとヴァネッサさんの目が合って、微笑みかけられた気がするが、もしかしてバレていたのだろうか。
「と、言う事らしいですよ、ショーマさん」
「と、言う事らしいですね、おねーさん」
受付嬢は受付の裏に隠れるショーマを一旦表に出す。
「名乗り出ればお礼が貰えるそうですよ、ショーマさん」
「名乗り出ればお礼が貰えるそうですね、おねーさん」
「名乗り出ないんですか、ショーマさん」
「名乗り出ないんですよ、おねーさん」
なんだか、ややこしい事になりそうなので。それに、
「1度名乗らずに去ったのに、後からのこのこ出ていったらめちゃくちゃ格好悪いじゃないですか」
「ギルドカード落としてる時点で、充分格好悪いですけどね」
それは言わない約束だろ、おっかさん。
「あの女性は、狐耳族の富豪、オルランド家のお嬢さんですね」
「有名なんですか?」
「この界隈だと知らない人はいないですね。父であるオルランドさんは勿論、娘のヴァネッサさんもお綺麗な方ですからね」
確かに、綺麗な人だった。
「モフモフでしたしね」
「モフモフ?」
「いえ、こっちの話です」
お礼が貰えるというのなら、あの尻尾をモフモフさせて欲しい。セクハラになるかな。なるだろうな。
そういえば、あのお嬢様、ショーマがいることに気づいていたように思える。明らかに目が合ってたし。
狐はイヌ科だし、嗅覚とかでバレたのかな。
「多分気づいた上で、俺の意志に委ねてくれたんだろうな」
わざわざ身元を隠そうとしたショーマの事情を慮ったのだろう。
イイトコのお嬢さんで、気の遣える出来た娘さんだ。金持ちであれだけ優れた容姿なら、もっと我が儘に生きてもおかしくないだろうに。きっと親御さんの教育がしっかりしているんだろう。
⋯⋯親御さんもモフモフなのかな。
モフモフのオッサンか、うん、結構です。いくらモフモフでもちょっと。
ショーマが悶々と考えているところに、受付嬢が声をかける。
「ショーマさんは、優しい方ですね」
「ん?何がですか?」
「普通こういう時は、助けた礼を沢山よこせーって、先方に要求するものですよ」
受付嬢は優しい笑顔をこちらに向けてくれる。うん、その素敵な笑顔が痛い。刺さる。
欲がない訳では無い。むしろお礼はむちゃくちゃ欲しい。モフらせてくれるというのなら、即ルパンダイブ。
ただ、目立ちたくないだけ。ガルのことがバレて村人達に血祭りにあげられたくないだけ。相手の為でない行為を優しさと取られるとどうにも後ろめたい気持ちになる。
「いや俺のは優しさとかではないですよ、自分の為です」
「そうですか。では、そんな素直でないショーマさんにはこちらを。リトルウルフ討伐の報酬がまだでしたね」
と、受付嬢はショーマに550ルビを渡してくれる。
おや、とショーマはその金額見てを訝る。
「リトルウルフの報酬は350ルビでは?」
「個人的に色をつけさせてもらいました。特別です」
内緒ですよ、と受付嬢は人差し指を口に当てて微笑む。可愛らしい仕草にちょっとキュンとするショーマである。
これで、再発行の損失分は無しになる。ここはありがたく受け取っておこう。
ショーマは550ルビを受け取って、いつもの格安宿に戻るのであった。
──────
ギルドから出てきたショーマの姿を陰から、見つめる者がいた。
ヴァネッサ・オルランド。この界隈を拠点とし、商売を営む富豪の娘だ。
狐耳族は利に聡く、商人になる者が多い。オルランド家もその例に漏れず、商人として成功を収めている。
「よろしいのですか、お嬢様。お声掛けをしなくて」
オルランド家の雇われ騎士、アルスターはヴァネッサに訪ねる。
「良いのです。どんな方か、一目見たかっただけですから」
ヴァネッサは、ショーマが通り過ぎるのを静かに見守った。優しそうな人、ヴァネッサはそんな印象を抱く。傍目には、ボーグボアを1人で打ち倒すような人には見えない。
「ショーマ様⋯⋯」
ヴァネッサは自分の胸が熱くなるのを感じていた。
自分に言い寄ってくる男、父が連れてきた男、誰を見てもこんな気持ちを感じなかった。
そんなヴァネッサの様子を騎士アルスターは、微笑ましげに眺めているのであった。
いつもご閲覧いただきありがとうございます。
ガル先生のス〇ウターは1000以下は切り捨てなのです。