71.もうすぐ
「お父様、お見合いはしないって言いましたよね?何でまた山みたいな量持ってきてるんですか!」
ヴァネッサは目の前に置かれた写真やら招待状やらの積み重なった山を丁寧にどけて、開けた視界の先にいる父エドモンに抗議した。
「ヴァネッサ、我儘を言ってはいけない。どれも父にとっては大事なご縁なんだ。ヴァネッサもわかっているだろう?(恋路を邪魔する父、それに耐え忍び想い人を待ち続ける娘!くぅっ立派になって…!)」
「心の声が透けて見えるから言っているんです!」
ヴァネッサは、娘の人間関係を謎にドラマチックに仕立てようとする父に大きくため息をついた。
普段はいたって真面目な人間のはずなのに、愛だの恋だの言い始めるとどうしてこうなってしまうのか。
「はぁ。ショーマ様、早くきてくれないかしら…」
ヴァネッサは、引き出しの中に仕舞った一通の手紙を眺めてポツリと呟く。
少し前に、ショーマから来た手紙。
修行が終わった、すぐに会いにいく。短い文章でそう書いてあった。
この手紙が来てから、ヴァネッサは少しフワフワした気持ちで日々を過ごしていた。
時折魔力通信をしたり、手紙をやり取りしてはいたものの、顔をあわせるのは2年ぶりになる。
浮かれたりしないように努めてはいるが、どうしても顔がほころびそうになる。
こんな小さな心のざわつきをゆっくり1人で楽しみたいのに、父の余計な気遣いがやたらと飛んでくるせいで、いまいち気持ちの整理が終わっていない。
「さあヴァネッサ、明日はパバロフさん所のご子息と会う約束になっている。準備をしておくんだよ」
「はぁ…わかりました」
見合いの話に対して、会いもしないでやたらめったらに断ってばかりでは、流石に父の仕事に差し障りがある。
たくさん話が来ている中で、本当に重要な所だけは、父が見繕って顔をあわせるようにしている。そして、最終的には相手に失礼のないよう上手く破談になっている。
たまたまタイミングよく先方が他の良縁を見つけたり、先方の事業が急に忙しくなってそれどころじゃなくなったり。
エドモンがなにかしているのは確かなのだが、一体どんな手段を使っているのやら。
「余計なところにエネルギーを使ってないで、仕事に集中して欲しいですね」
「まあまあヴァネッサ。そんなにお父さんをいじめないであげて」
そう言うのは母ベレニス。昔は相当に厳格な人だったそうだが、ヴァネッサにとっては優しい母で、怒っている姿は見たことがない。しかも、父エドモンに激甘。
何がきっかけで母が変わっていったのかエドモンに聞いたときは、「人に人を変える力は無い。人を変えるのは愛だ」などとエドモンは供述していたが、以前の母を知らないヴァネッサにはよくわからない。
何にせよ、この不毛なやりとりもきっと終わるはずだ。
ヴァネッサは、窓を開けて、街道とその先に続く空を見つめた。
もうすぐショーマが来る。ヴァネッサは胸の中の小さな高揚を、心臓の鼓動として感じるのであった。
「愛しい人を想い待ち続け、愛に浸る…くぅ立派になって…」
「小声で何言ってるかわかりませんが、うるさいですよお父様」
そう、もうすぐなのだ。
だが、初めにカデリナの街にやって来たのは、ヴァネッサの待ち人ではなかった。
────
ヴァネッサが、パバロフ子息に会う日の朝。淡々と身支度をしていたヴァネッサは、窓の外が妙に騒がしいことに気がついた。
「何かしら…」
窓を開けて外の様子を伺うと、やけに慌てた様子で人々が走り回っていた。その表情は固く、急な祝い事が出来た訳では無いことは確かだった。
「ヴァネッサ、今日の予定は中止だ」
慌てた様子でエドモンがヴァネッサの部屋に入ってきた。
その表情も、外の人達と同じく緊張している。
「何かあったのですか?」
「詳しいことは分からないが、自警ギルドからの避難指示があった。付近で危険な魔物が出たらしい」
「この辺りでそんな魔物が出るなんて珍しいですね…」
エドモンが急いだ様子で部屋を出た後、ヴァネッサは不思議に思いながらも、お見合い用の身支度から避難用の身支度にすぐ切り替えた。
次の瞬間、
激しい揺れと音、衝撃がヴァネッサの全身を一気に包んだ。
何かがあったと気づいた時には、ヴァネッサは吹き飛んだ家屋の瓦礫の中に倒れていた。
遅れてやってくる痛みに、ヴァネッサは思わず声が漏れる。
首だけを何とか上げると、周辺一帯が激しく破壊されている光景が映った。
「何が…」
ヴァネッサが、軋む体に鞭打ち、ゆっくりと体を起こした時、空から透き通った声が降ってきた。
「あれ?女神の匂いがしたと思ったんだけど、気のせいだったかなー」
ヴァネッサは、空から銀色の髪をなびかせ、空からゆっくりと降りてくる美しい女性の姿を見た。
瓦礫にまみれた景色の中にそぐわない、美しい姿に、ヴァネッサが感じ取ったのは死の恐怖だった。
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