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68.もう我慢できないんだ

ショーマは、差し出された手に対して反射的に体をひねった。

 そのおかげでネイラの手から放たれた光は、ショーマの脇腹部を浅く貫通した。

 ただ、ダメージとしては小さくない。


「ちっ!!」


 ショーマは、咄嗟にガルを抜いてネイラに振り下ろした。

 が、その剣は障壁によって防がれる。

 ショーマは後ろに跳んでネイラから少し距離を取った。


「結構血が出てるみたいだね。可哀想に」

「誰のせいだよっ!」


 ネイラは笑って、まだ行儀よく馬車に座っている。


「何事ですか!?」


 交戦の音を聞いて、自分たちのデイノロードに乗り込もうとしていたアードルフたちが異変に気づいたようだ。

 まずい。彼らを近づかせるわけにはいかない。


「こっちに来るな!街の方に走れ!!」

「えっ、なんだか分かりませんけど分かりました!」


 アードルフたちはすぐさま飛び乗ったデイノロードを反転させ、街道を駆けて行った。いい判断だ、ありがたい。

 ネイラは、逃げていく彼らを別段追いかける様子もない。


「良いんですか、逃がしても」

「別に彼らには用がないからね。好きなのは君だから」


 そう言いながらネイラはショーマに投げキッス。ハートがショーマにふわっと飛ぶ。

 緊張感薄い敵だなぁ、などとショーマが考えていると、


「ショーマくん、また油断してますよ」


 ショーマの()()()()ルシルが出てきて、ショーマに向かって飛んできたハートを弾いた。弾かれたハートは、周りの木々に当たり、爆発した。

 あのハートは異世界の特有の演出じゃなかったのか。危ない。

 それにしても、


「ルシルさん、僕の影に入り込むスキルでも開発したんですか」

「……ぽっ」

「なぜそこで顔を赤らめる」


 だが、ルシルのスキル(?)神出鬼没のお陰で、この時ばかりは助かった。


「それよりも止血が先ですね、ショーマ」

「うわっ!?」


 今度はショーマの足元から、エフユーがうにょっと生えてきた。そのまま一部がショーマの腹部に取り付いて、血管を繋いでくれる。

 普通に出てこれないのかい、お前さんら。


『ショーマくん。残りの2人も、もう馬車から離れたみたいだよ。優秀だねショーマくんの愛人たち』

(愛人ちゃうわ)


 残念ながら対女神精神攻撃(物理)を使う余裕はない。

 しかし、そういうことなら安心して戦える。

 後ろにエルヴィとリーネがいる状況では満足に戦えないところだった。


 さて、戦えるようになったとはいっても、相手の素性が分からない状況では迂闊に手は出しづらい。


(エロ、あいつの情報なんか持ってないのか?)

『エロ!?なんか色々省き過ぎじゃない!?』

(いいから早うして)

『まったく、失礼な奴だな君は…。えーっと、あいつは多分フェアリーだね』

(フェアリー?どういう奴なの?)

『少し前…ああ、君たちが生まれるより随分前だけど、当時最も繁栄してた国を3つくらい吹っ飛ばした魔物だね』

(国3つ!?)

「そんなこともあったねぇ」


 あ、エロ女神(自称)との会話はネイラにも聞こえてるんだった。


「調子よくやってたら、女神が出てきて封印されちゃったんだよね。折角楽しんでたのに、野暮な人だよね女神って」

『あれだけ勝手に暴れられるとこっちも商売上がったりなの!まったく、あれから復興させるまで苦労したんだからね!』

「大変だったんだねぇ」

『あー!ムカつく!ショーマくん、こいつめっちゃムカつくんだけど!!』

(ムカつくのは分かったから少し落ち着きなさい)


 こっちは塞いでるとはいえ横っ腹ちょっと抉られてるんですよ。呑気に喧嘩しないでください。


「ショーマくん、彼女は誰と話しているんですか?」

「あ、後で説明します…」


 エロ女神(自称)の声が聞こえないルシルが不思議そうにしていた。昔の因縁で女神とフェアリーが口喧嘩してるなんて言っても、直ぐには理解してもらえないだろう。


「彼女はフェアリーという魔物だそうです」

「フェアリー?亡国の足音と呼ばれる古い魔物のことですか?」

「そう言えば封印される前はそんな風に呼ばれてたね」


 フェアリーがやってきた国はもれなく消えていくものだから、フェアリー接近の情報はそのまま国の終わりを意味していたらしい。


「随分とおっかない魔物みたいですけど、僕らだけでどうにかなるんですかね」

「わかりません。ですが、もっと準備をして戦うべき相手なのは間違いないでしょうね。その時間をくれるかどうかは彼女次第ですが」

「あげないよ」


 ルシルの言葉に被せるように、ネイラが答えて笑う。


「もう我慢出来ないんだ。随分お預け状態だったから、気持ちが溢れちゃうんだ」


 フェアリーは、周りを攻撃する。それは何かを成すためではなく、ただ、それが彼女の欲求を満たす。

 人は、寝たい、食べたい、交わりたい。それらの欲求が、フェアリーであるネイラにとってはただ周りを攻撃したい、それだけだ。それを超える欲求を彼女は知らない。だから、力を振るい続けるのである。


 ネイラは、馬車から静かに立ち上がると、輝く大きな翼を広げた。一瞬の静寂。ピンと空気が張り詰める。


『来るよ』


 頭の中にエロ女神の声が届いたのとほぼ同時に、ネイラから強い衝撃波が飛んだ。


 ショーマは、結界魔法を展開し、自身とルシルを包む。

 しかし、結界は直ぐに壊れ、残った衝撃が2人を弾き飛ばした。


「いっててて…」


 すぐさま立ち上がるショーマたちだったが、眼前には既に次の魔法が迫っていた。

いつもご閲覧いただきありがとうございます。

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